42:《霊王》の話
喫茶『コンチェルト』のバックヤード。
ストレージボックスをいくつか配置し、アイテム倉庫と化しているその場所に、ライトたちは招かれていた。
倉庫といってもアイテムは全てストレージボックスの中に入っているため、片付けはきちんと行き届いている。
そんな中、中心に置かれたテーブルに商品であるケーキと紅茶が置かれ、ライトたち一行は歓待を受けていた。
「折角再会したんだしな、少しはくつろいで行ってくれ」
「ああ、それなら遠慮なく。そっちも、順調そうで何よりだ」
店の繁盛ぶりを思い出し、ライトは小さく笑みを浮かべる。
今の所は物珍しさから繁盛している部分もあるだろうが、この店のケーキは料理効果もあり、更に味もしっかりとしている。
金額もそれほど高い訳ではないため、ケーキ好きの人間はよく足を運ぶ場所となりつつあるのだ。
この世界でいくら食べても現実で太るわけではないし、と胸中で呟き、ライトはチョコレートケーキを口に運ぶ。
少々ビターな味になっているこのケーキは、店の人気商品の一つであった。
「お前らは、ずっとこの店を作るために活動してたのか?」
「まあ、その部分は大きいな。主に金と材料集め……おかげで、随分とレベルも上がっちまったよ」
「……こっちも結構上がってるつもりだったが、お前らは相変わらずか」
「って言うか何レベルなんですか、本当に」
現在、ライトたちのレベルは23前後と言った所だ。
これでも現行プレイヤーの中では非常に高い部類であり、あの遺跡でのレベル上げは非常に有効だった事が窺えるだろう。
しかし、現在のケージたちのレベルは28前後となっており、ライトたちよりも更に5近く上まで上がっていたのだ。
間違いなく、プレイヤーの中ではトップであろう。
そんな話を耳にして、ライトは思わず頬を引き攣らせる。
「お前ら、またレベルの高いエリアに行ってたのか」
「仕方ないだろ、そこまで行かないとケーキの材料が手に入らなかったんだから」
目の前の三人――ケージ、プリス、アンズに対して半眼を向けるライトであったが、返ってきたのはそんな言葉であった。
ケーキの材料などは殆ど店売りのもので賄っていたが、いくつかここでは手に入らないものも存在していたのだ。
それを目的にレベルの高いエリアまで足を運んでいた結果が、このレベルである。
「お前もプレイスタイルを色々と間違えてるなぁ」
「すみません、これだけは言わせて下さい……貴方には言われたくないわ」
「……まあ、それもそうなんだがな」
真っ当なゲームプレイをしていないのはライトたちも同じである。
それ故に、アンズが半眼で発した言葉を否定する事は出来なかった。
これ以上この内容で言い合っても仕方ないと苦笑し、ライトは紅茶を口に運ぶ。
と、そこで、隣に座っていたヒカリが声を上げた。
「それで、そっちもギルドを結成しているんだよな?」
「ん、ああ。俺たちのギルドの名前はこの店と同じ『コンチェルト』だ。俺がリーダーを勤めているよ」
「そっか。それなら、協力しないか?」
「協力?」
唐突なヒカリの言葉に、ケージは目を瞬かせる。
同様に、彼の仲間二人や、白餡とゆきねも驚いた表情を浮かべていた。
しかし、アマミツキはどこか納得した表情で頷き、ヒカリに続くように声を上げる。
「互いに素材を融通しないか、という事ですね。私は採取と薬品生産に特化したビルドをしています、貴方たちが必要とする素材も、効率的に集めることができるでしょう」
「……なるほど、それでこちらはランクの高いエリアで手に入れた必要のないアイテムをそちらに譲ると」
「別に、普段から定期的に渡す必要はないさ。あたしたちの方でアイテムが溜まったら、お前たちの所に持っていく。その時に、そっちの必要ないアイテムを譲って貰うってだけ」
それは、どちらにも利のある関係であると言える。
実際の所、そういった余った素材は店に売る以外の使い道は今の所存在していない。
それもまた、ケージたちにとっては収入源の一つであったが――
「……一応、余った素材は売って金にしてる。その分の収入を減らすだけの価値が、その取引にはあると?」
「そっちはその分、珍しい素材を使ったケーキを作れる。現状、作ったケーキはしっかりと売り切れているんだろう?」
「今はただ物珍しさから売れているだけかもしれないぞ? 開店してからそれほど時間は経っていないしな」
「時間が経ってないからこそ、この街に流入してきているプレイヤーの数はまだ多くない。むしろ、客足はどんどん増えていくんじゃないかな?」
そこまで言葉を交わし、プリスがどことなく落ち着かない様子で周囲をきょろきょろと見渡す中、ヒカリとケージは互いに笑みを浮かべていた。
ただの思いつきの発言ではなく、互いに利となる事を理解し、更に不利な条件を突きつけられる事を避けるだけの知恵を有している。
互いにやり手である事を理解したのだ。二人共、内心では既に答えを出しているのである。
「……しかし、そうなると物々交換の基準が難しいな。どちらにどれだけの価値があるのか、分かったものじゃない」
「その辺りはまあ、アイテムを持ち寄った際の相談じゃない? それが互いにとってどの程度利になるかは、見てみない限り分からない」
「まあ、確かにそうだな。その辺りは互いの生産職が交渉すべき内容か……まあ勿論、勉強してくれるんだろう?」
「にはは、そっちこそ。まあ、交渉次第だったら、うちの生産職に色々作らせてもいいけどな?」
そう告げて、二人のリーダーはにやりと笑う。
声の上には若干の棘が存在していたが、二人の表情はどこまでも楽しげであった。
これは、一種の勝負なのだ。どちらにも相応の利が存在しており、落とし所など当の昔に見えている。
しかし、相手が頭の切れる人間である事を察し、二人はじゃれ合いにも似た勝負を仕掛けていたのだ。
手に入るアイテムという意味でも、生産職の熟練度上げという意味でも、互いに大きなメリットのある話だ。
後は、どちらがより多くの利を得るか――遊び交じりの交渉に、二人は満足げに笑っていた。
「そんなレベルの高い素材を扱える生産職がいるなら心強いだろうな。たまには、こちらからも依頼を出させてもらうとするか。優遇してくれよ?」
「それなら、素材の量にも色を付けて欲しいぞ。いくらゆきねが優秀でも、高レベル素材は失敗する事もあるだろうからな」
「ああ、その代わり、品物はしっかりと作ってくれよ?」
「勿論、手は抜かない……ね?」
「う、うん……ヒカリって、こういうことも出来るんだね」
小さく幼い体躯からは想像もつかないような言葉の応酬に、ゆきねは面食らいながらも首肯する。
既に、彼はヒカリのリーダーとしての資質を認めている。どんなプレイスタイルでも受け入れると言い切った器の大きさは、確かに人の上に立つ上で必要なものだろう。
しかし、ヒカリが備えているものはそういった資質だけではなく、実力も相応にあるのだと、今この瞬間に知ったのだ。
と――そこで、これまで沈黙を続けていたプリスが、軽くケージの腕を引きながら声を上げた。
「あの、ケージ君。あの事を聞いておかないと……」
「ああ、まあ。このタイミングで話を切り出すのはちょっと好ましくなかったんだが……いや、彼女が相手ならどこで出しても同じ事か」
ちらりとヒカリの方へ視線を向け、ケージは軽く嘆息を零す。
そしてその言葉に、ヒカリもまた軽く目を細めていた。
アマミツキから、あらかじめ聞いてはいたのだ。ケージたちが、ある情報を求めているという事を。
「《霊王》の事、だな?」
「ああ。俺たちはその情報を求めている。そして、お前さんたちはそれを知っているんだろう……話しては貰えないか?」
そうやって問うケージの表情は、今までの軽いものとは違う、真剣なものと化していた。
突如として雰囲気の変わったその言葉に、白餡とゆきねは思わず息を飲む。
そんな中、ライトはちらりとヒカリの方へ視線を向けていた。
今までの部分は、相手も楽しんでいたからこそ、特に口出しはしなかった。
しかし、ライトの心情としては、かつてパーティを組んでいた際の恩からも、出来る限り助けたいと考えていたのだ。
今のケージは、真剣に《霊王》の情報を求めている。どのような理由があるのかは分からないが、それがどうしても必要なのだという事は容易に想像が出来た。
出来る事ならば詳しく教えたい――そんな意志の篭ったライトの視線を、自身の瞳を向けながら受け止めて、ヒカリは小さく笑みを浮かべていた。
「そーだな、その理由は教えてもらえるのか?」
「悪いが、詳しくは話せない。一応、プライベートに関わる事なんでな。勝手な言い分だとは思うが、どうか、この通りだ」
そういって、ケージはヒカリたちへと向けて頭を下げる。
その姿勢は非常に真摯であり、既に白餡は落ち着かない様子でアマミツキやヒカリへと視線を向けていた。
もしもこれが狙ってやっているならば、中々のやり手であると――ヒカリは、内心で苦笑する。
遊びではない、そんな雰囲気がある以上、こちらも真面目に答えざるをえないのだから。
「……うん、いくつか条件がある」
「言ってくれ」
「一つ。あたしたちは《霊王》の手がかりは手に入れているけど、それがどういった存在なのかは知らない。まず、それを教えて欲しい。二つ。あたしたちの情報を元に判明した情報は、あたしたちにも教える。三つ。絶対に他言しない。これでどうだ?」
「……分かった、その条件を受け入れよう」
頷いたケージと、ほっとした様子のプリス。その隣に座るアンズは、まだどこか警戒した様子を残したまま、じっとヒカリの事を見つめていた。
そんな中、ヒカリは軽く画面を操作し、いくつかのウィンドウを提示する。
「あたし達が《霊王》について聞いたのは、ニアクロウ近くの山の中にあった遺跡でだ。そこにあった石碑に、古代文字でいくつかの言葉が刻まれていた」
「その内容は?」
「風化していたため、あまり読み取れはしませんでした。しかし、その裏側に、この世界の神話に登場する神々……《霊王》もその一部でしょうが、そんな存在たちの間で使用されている合言葉が書かれていました」
引き継いだアマミツキの言葉に、アンズがはっと目を見開く。
しかしそちらには特に言及する事無く、アマミツキは続ける。
「また、その合言葉を読み上げると、その遺跡のボスに近いような存在と会えます」
「……それは、大丈夫なのか?」
「相手の気性にもよるだろうな。だが、俺たちが会った相手は、いきなり敵対するような事はなかった。まあ、そいつと話をしたんだが、それは僅かながらに《霊王》と面識があるような感じの事を話してたな。少なくとも、俺たちの持っている情報より遥かに多く知ってるだろう」
「そして、これを見てください」
アマミツキがそういって提示したのは、アイス・エレメンタルと戦う直前の大扉にあった地図だ。
各地にあると思われる遺跡の位置や、四つの紋章。それら全てを写した画像に、ケージは大きく目を見開く。
「これが、遺跡の位置です。しかし、こっちの四つの紋章は――」
「……これだ」
「……なんですって?」
その言葉に、アマミツキは面食らったように言葉を止める。
しかし、そんな彼女の反応を気にもせずに、ケージは食い入るように画像を見つめていた。
そして、一度顔を上げた彼は、アンズの方へと視線を向けて声を上げる。
「どうだ、アンズ。分かるか?」
「ええ、間違いないと思うわ。恐らく……《霊王》の紋章はこれね」
そう言って彼女が指差したのは、市松模様の背景に黒い円が浮かぶ紋章。
リオグラス内に存在するそれは、向かうには少々遠い場所ではあるが、国内である以上訪れる事は不可能ではない場所であった。
思いがけない情報の無いように、さしものヒカリも驚愕を隠せず目を見開く。
だが、すぐさま気を取り直して、彼女はケージたちへと問いかけていた。
「どうして、そんな事が分かる?」
「それは、あんたの提示した最初の条件に含まれるな……端的に言おう。《霊王》ってのは、《タカアマハラ》のメンバーの一員だ」
そんなケージの発言に、ヒカリたちは一様に言葉を失っていた。
予想もしていなかった内容に、反応できなかったのだ。
しかし、そんな彼らの様子を見つつも、ケージは話を続ける。
「これら四つの紋章は、そんな彼女たちが存在している場所だと思われる。常世思兼……あの人は恐らく《賢者》であり、この紋章の位置にいるんだろう」
「……まさか、あの図書館」
「その通りだ、ライト。この人達は、このゲーム内に独自のスペースを持っている。そして、それぞれがレイドボスのような存在であると、そう口にしていた」
「……つまり、レイドボスの《霊王》と戦うつもりだって事か?」
「いずれは、そうだな。どの道、今のままじゃ到底適わないし、俺たちだけで勝てる相手じゃない」
常世思兼――あの図書館の主は、その空間がゲーム内のエリアの一つであると口にしていた。
つまりあの地図は、その位置を示していたのだ。
「現状、情報も戦力も足りない。いずれ辿り着くにしても、今はまだ焦っても仕方ないか。場所が分かっただけでも御の字だ……ありがとう、約束は必ず果たさせてもらう」
「にはは。遺跡に入ったら、そっちの事も教えてくれると助かるかな」
「ああ、必ず伝えよう」
提供した情報が想像以上に有用なものであったために生まれた貸し。
しかし、それを好都合であると判断し、ヒカリはにやりと笑みを浮かべていた。
トップクラスのギルドが二つ。これらの関係は非常に有用であると、そう判断していたのだ。
「それじゃ、これからよろしく頼む。あたしたち『碧落の光』と、そっちの『コンチェルト』……何かあったら協力できるようにしよう」
「ああ、喜んで。何かあったら呼んでくれ」
笑みを浮かべ、リーダー同士が握手を交わす。
――ここに、二つのトップギルドが手を結んだのだった。
今日の駄妹
「先輩が所属しているところですし、仲良くしておいて損はないですね。早く兄さんを洗脳……もとい妹の良さを説いて貰わなければ」




