41:ギルド結成
ギルドとは何か――そう問われれば、多くの人間が『プレイヤー達が独自に結成したチーム』であると答えるだろう。
クラン、チームなどなど呼び方は様々あるが、MMORPGにおいて、集団での行動は大きなメリットが存在する。
狩りや生産の効率化、情報の共有、アイテムの融通――その中にデメリットが存在しないと言えば嘘になるが、これはゲーム内で強くなるためには非常に優れた方法である。
アイテムドロップの分配や行動が束縛される事など問題は多々あるが、それらに目を瞑っても問題ない優良なギルドは多く存在し、そこに所属して活動するならば安定したゲームプレイが約束されるだろう。
上手く統率された集団行動によって得られるメリットは、ソロプレイよりも遥かに大きい。BBOにおいても、それは変わらぬ事実であった。
「というわけで、やってきましたギルドカウンターです」
「へー、やっぱりプレイヤーいるな!」
ギルドの管理などを一括して行える施設、ギルドカウンター。
その建物の前に立った姉妹に、ライトは苦笑を零していた。
「一応ここに来ようって話にはなってたが……まさか、仲間を追加する事になるとはな」
「ボクも、こんなにあっさり仲間が見つかるとは思ってなかったよ」
にっこりと笑って告げたのはゆきねである。
量の多い銀髪で体の線を隠すその姿に、ライトは軽く笑い声を上げる。
「考える事は同じって訳だな。やっぱり、ネタビルドはネタビルド同士で組むしかない訳か」
「自分でネタビルドって言うのもどうなんですか……?」
「白餡、お前も人の事は言えないからな?」
「えっ?」
虚を突かれたように白餡は目を見開くが、これに関してはライトの言うとおりであった。
魔法の育て方こそ普通のメイジと変わらないものの、彼女はそれ以上に召喚魔法に対して情熱を傾けている。
より具体的に言うならば《テイミング》だが。
その果てに辿り着こうとしているのが氷古龍の幼生なのだから、少なくとも普通のビルドとは一線を画する存在である事は確かである。
結局の所、この仲間たちの中で普通のビルドをしているメンバーなど、ただの一人として存在していないのだ。
「さて、それはともかく」
「え、あの、ライトさん!? 今のって――」
「ただ組むだけか? それとも、生産施設を併設できるギルドハウスも購入するつもりか?」
「そうですね、どちらでもいいかなーとは思っていましたが」
白餡の抗議をスルーしつつ発せられたライトの問いに、アマミツキはいつも通りの無表情でそう返す。
生産施設は、使用するためには当然ながら料金が発生する。
また、部屋数には限りがあるため、人気の施設は予約しなければ使えないのだ。
施設の数はそれなりにあり、ライトたちにはそれなりに資金があるため高い施設を利用する事も可能だが、毎度毎度そちらに頼るのも心もとない。
対し、ギルドハウスを拡張する形で作成した生産施設であれば、ギルドメンバーならいつでも自由に使用する事が可能である。
「今の私たちの資金ならば、それなりのギルドハウスを購入する事はできます。少なくとも、アパルトメントタイプに甘んじる必要は無いはずです」
「……一応聞いてはいたけど、きみたち無茶苦茶な稼ぎ方してるよねぇ」
アマミツキの言葉に、ゆきねはそう呟いて苦笑を零す。
ライトたちの持っている資金は、今の所遺跡での取得アイテムは含んでいない。
あのドロップアイテムは生産に使える可能性があると考え、とっておく事にしてあったのだ。
当然ながら、アイス・エレメンタルがドロップしたアイテムも全て保存してある。
つまり、それらも売り払ってしまえば、さらに多くの資金を準備する事も可能なのだ。
「まあ、その辺りはちゃんと相談してからがいいでしょう。流石にケーキ屋さんみたいに魔改造する訳ではないでしょうけど」
「アマミツキ、アレはケーキ屋さんじゃなくて喫茶店じゃ……」
「細かい事はどーでもいいんです」
再び流されていじける白餡を他所に、アマミツキはしれっと声を上げる。
未だこのテンポに慣れず困惑した様子のゆきねであったが、特に口を挟むような事もなかった。
「まあ、いずれはギルドハウスの取得もしますけどね。少なくとも、今すぐに必要という訳ではないでしょう。ゆきねも、専用の生産施設はまだ必要ではないでしょう?」
「うん、確かに将来的には欲しいと思うけど、流石に今はきみ達に甘えるだけになってしまうしね。露天でそれなりに稼いでから、それだけの資金を提供出来るようにしてからにするよ」
これから、ゆきねの生産するアイテムはこのパーティメンバーの資金源となる。
先ほど試しにリビングアーマーのドロップアイテムを使って短剣を作っていたのだが、初めて作るものであるはずなのに見事にクリティカルを成功させ、非常に性能の高い武器を作成していたのだ。
とりあえず使える人間はアマミツキしかいないため、暫定的に彼女が使う事になっていたが、あまり活躍の場は無いだろう。
ともあれ、それだけの物を作れるのであれば、それらを元に資金を作る事も難しくはない。
「まあとりあえず、結成するだけ結成してしまいましょう。そこに損がある訳ではありませんしね」
「ま、そーだな。とりあえずここにいるメンバーで登録するけど、ゆきねは他に加えたい仲間とかいないのか?」
「また改めて相談になっちゃうだろうし、そんなに仲のいいフレンドはいないよ。ごり押してきたのを受け取ったぐらいで、すぐに削除してやってもいいぐらいだ」
肩を竦めるゆきねに、ライトは軽く苦笑する。
ゆきねとしても、メンバーを組む仲間の選り好みはしているのだ。
いくら仲間を求めていたと言っても、生産職にとって戦闘職の仲間は生命線であるといっても過言ではない。
それ故に軽々と決められるものではなく、慎重に信頼できる人間を探していたのだ。
とはいえ、当の仲間たちはと言えば、そんな事などさして気にしていなかったが。
「無いようでしたら、この五人で登録しましょう。行きますよー」
その筆頭であるアマミツキがそう声を上げれば、一同は頷きヒカリを先頭としてギルドカウンターへと入っていく。
内部は役所のような外観となっており、カウンターの向こう側に幾人もの職員が働いているのが見受けられた。
建物内にプレイヤーの姿は疎らであり、あまり忙しい様子ではなかったが。
「意外と人少ないんですね」
「まあ、大抵のギルドは組むだけ組んで普通にプレイしてますしね。そもそも、現状ではギルドハウス購入に足りるだけの資金を持っているギルドも少ないでしょうし、ここに通い詰める理由も無い訳ですから」
ギルドカウンターで行える処理は、ギルド結成とメンバー追加、そしてギルドハウスの購入と改装である。
このうち、一番最初のギルド結成は一度行ってしまえば永続的に続くため、幾度もこの施設を訪れる理由にはならない。
また、ギルドハウスも購入してしまえば家賃を払っている限り使用し続けられるため、ギルドカウンターに顔を出す意味は無い。
そのため、もしもギルドカウンターに頻繁に顔を出す理由があるとすれば、その他の二つになるのだ。
「とりあえずギルド結成のカウンターへ行きましょうか。リーダーは姉さんでいいんですよね?」
「ああ、勿論だ」
「おうとも、あたしが皆を導いてやるぞ」
「ええ、当然ですね。では姉さんが申請をどうぞ」
それ以外の選択肢など無いとばかりにライトは頷き、アマミツキもそれに同調する。
そんな二人の姿に頬を引き攣らせ、ゆきねは白餡の方へと視線を向けていたが、当の白餡は諦めたように首を横に振るだけであった。
ライトたちの中には、まず『ヒカリ以外がリーダーに立つ』という思考が存在しないのだ。
洗脳や妄信とも違う、確たる自信を持った上でのその言葉。
そして実際に、ヒカリはそれに応えうるだけの実力とリーダーシップを持っている。
ここ数日の付き合いで、白餡もそれは認めつつあった。
「まあ、ヒカリさんも何だかんだで人を使うのが上手いですから……リーダーでも問題は無いと思いますよ。あの決まり方はどうかと思いますけど」
「あの三人、変わってるよねぇ」
決して人の事を言えるはずも無い二人の嘆息を背中で受け止めながらも、ライトはカウンターへと向かっていくヒカリの背中を見つめる。
と――そんな時、ヒカリを観察するライトへと向けて、二人分の声がかけられた。
「ん? ライト、ライトか?」
「あ、本当だ。お久しぶりです、ライトさん」
「うん? その声は――」
響いた声に、ライトは振り返る。
そこに、見覚えのあるかつての仲間の姿が存在していた。
動きやすそうな服装の上に深緑のマントを羽織った罠使いと、長い黒髪を結った袴姿の侍。
かつてパーティを組んでいた二人の姿に、ライトは表情を笑みに綻ばせる。
「ケージ、プリス! こっちでは久しぶりだな」
「西の森以来か……リアルでは会ってたが、こっちでは確かに久しぶりだな」
リアルでの友人であり、そしてこのゲームを始めた際にパーティを組んだ仲間。
西の森を攻略して以来、直接会う事は無かったが、彼らは互いの事についてしっかりと把握していた。
互いに、どのように呼ばれているかについても。
「景気はどうだよ、『罠師さん』に『剣士さん』?」
「お前こそ、随分景気良さそうじゃないか。あっちの女の子が例の『爆撃機コンビ』の相方か?」
変わったビルドのプレイヤーを追いかけ続けるあのスレでは、プリスだけでなくケージの事も話題に上がっていたのだ。
その名前が現れたのは、彼が一度プリスの決闘を手伝った際の事。
あまりにも相手の人数が多すぎたため、ケージが加勢として加わったのだ。
足止めに特化したケージと素早い攻撃手段を持つプリスの能力が噛み合い、結果として決闘自体は圧勝に終わったのだが、それ以来ケージには『罠師さん』という呼び名が付いて回るようになったのだ。
内容的には全く間違っていないため、本人も否定してはいなかったが。
「王都の有名プレイヤーが二人、こんな所に何の用だ?」
「ああ、ギルドハウスの改装だよ。また金が入ってきたから、もうちょっと店の内装を仕上げようと思ってな」
「……アマミツキから聞いたが、現状でもかなりの再現度なんじゃなかったのか?」
「一応、こだわりたい所なんでね」
にやりと笑う喫茶店の息子の姿に、ライトは小さく苦笑する。
彼もまた、少々変わったプレイスタイルではあるが、このゲームを満喫している人間であった。
「で、お前たちはギルドの結成に来たのか?」
「ああ、そういう訳だ。折角王都に集合したし、新しい仲間も見つけた訳だしな」
ちらりとゆきねを視線で示し、ライトは軽く笑みを浮かべる。
それに合わせ、ゆきねもケージたちに対して軽く手を振りつつ笑顔を浮かべて見せた。
対するケージも会釈を返し、プリスは――ゆきねの姿に、大きく目を見開いていた。
「え、うわ……び、びっくりしました」
「プリス? どうかしたのか?」
「あ、うん、ごめんなさい。そんな格好してる人が本当にいるとは思わなかったから、びっくりしてしまって」
「……どういう事だ?」
疑問符を浮かべるケージの様子に、ゆきねは小さく笑い、ライトは嘆息を零す。
そしてケージ同様何も分かっていない様子の白餡の横では、普段とは違い珍しく表情を見せたアマミツキが、ぷすーと笑いの混じった吐息を押さえた口から零していた。
その様子に嫌な予感を覚えたのか、白餡は恐る恐るプリスのほうへと視線を向ける。
「あ、あの……どういう事でしょうか……?」
「え、だって――男の方、ですよね?」
「……え?」
その言葉に、白餡は呆然とした表情でゆきねを見つめる。
視線を向けられたゆきねは、プリスの言葉に驚いた様子を見せつつも、どこか泰然とした笑みを浮かべていた。
奇妙な沈黙が流れる中、苦笑を浮かべるライトは、硬直したままの白餡へと向けて声をかける。
「白餡、ゆきねのフレンド情報を見てみろ」
「っ!?」
ライトの言葉を耳にし、白餡は弾かれたように操作画面へと視線を向ける。
表示したフレンドリスト、そこには確かに、ゆきねの性別はMaleと表示されていた。
「き、気付いてたんですか!?」
「ああ、まあ。フレンド情報は確認してたし……しかし、プリスはどうして気付いたんだ?」
「はい、髪で体の線は隠していましたけど、骨格とかは明らかに男性でしたので」
「それで分かるのもどうなんだ」
リアルチート剣士呼ばわりされるだけはある、常人とは明らかに違った観察眼に、ライトとケージは頬を引き攣らせる。
しかし、驚いたのは当のゆきねの方であろう。彼女――否、彼は、驚かれる反応を試している節があったのだから。
「その判別の仕方はびっくりだね……アマミツキは抜け目が無いし、リアルで会うライトも気付いているとは思ったけど」
「姉さんも気付いてますよ? 仲間の事はちゃんと把握していますから」
「あはは、君たちはつくづく規格外だなぁ。まあ、そこの……プリスちゃんには敵わないけど」
「そ、そう言われましても」
恐縮した様子のプリスの頭を軽く撫で、ケージは肩を竦める。
最初は驚いたものの、彼はどこか慣れた様子で事実を受け流していた。
「別に、リアルでその容姿って訳じゃないんだろう?」
「髪の毛はね。小柄で中性的なのは確かだけど、短くしてれば女には見えないよ。ただ、伸ばしてみたらどうなるかなーってやってみたら、こうなった訳」
「やっぱり確信犯か……」
「あはは! いいじゃないか、折角のゲームなんだし。普段出来ない事を楽しまなきゃ」
実際の所、この見た目を使ってゆきねが何かしらの悪行を行った訳ではないため、ライト達としても特に止める理由は無い。
仮にこれまで勘違いした者がいたとしても、ゆきねはそういったプレイヤーの仲間になる事は無かったのだ。
彼の存在はライトたちにとっても助かるものであり、これからそういったプレイスタイルを貫くとしても、特に困りはしない。
そういった言葉を告げられた白餡は、微妙に納得しきれない様子ながらも、首を縦に振っていた。
と――
「おーし、書き上がった! 皆、こっち来い!」
テンションの高いヒカリの声に呼び寄せられ、パーティメンバーと他二人が彼女の傍へと寄っていく。
そうして視線が集まる中、ヒカリが掲げるギルド情報のウィンドウには、一つの名前が刻まれていた。
「あたしたちのギルドは『碧落の光』! これから、あたし達がやりたい事をやり続けるためのギルドだ。ライが空を目指して、アマミツキが皆を見守って、白餡が動物と友達になって、ゆきねが創りたい物を創って――そんな皆を、あたしが導いてやる」
どこか傲慢に、けれど誇らしく胸を張って。
全てを照らす太陽のごとき少女は、仲間たちの全てを肯定しながら言い放つ。
――人には受け入れがたいプレイスタイルを確立した仲間たちを、誰も見放す事無く。
「変わっているのも大いに結構、皆あたしが見届けてやる。だから、皆あたしに……『碧落の光』について来い!」
――何よりもその名前に、己自身の願いを込めて。
ヒカリは、仲間たちの全てを受け止めていた。
その姿に、ライトはただただ嬉しそうに笑みを浮かべる。幼き日と変わらぬ姿の彼女を、その目に焼き付けて。
「勿論だ、ヒカリ。昔の言葉通り、俺がお前を支えよう。だから、存分にやってくれ」
「おうともさ! またよろしく頼むぞ、ライ!」
不満などあるはずもない。ライトにとって、それこそが全てだったのだから。
そして仲間たちも、それを否定する言葉など持ち合わせてはいなかった。
「兄さんと姉さんがいるなら、いつだって楽しいですよ」
「あはは……私もやっぱり、ここが安心します」
「新参者だけど、ボクも結構当たりを引いたみたいかな。期待させてもらうよ」
全員が手をかざし、ギルドの名簿に己の名前を刻んでゆく。
ギルド『碧落の光』は、こうして結成されたのだった。
今日の駄妹
「流石に、ゲーム内にプライベートルームを作るのは難しいですね……惜しい」




