40:情報の統合
「ふぃー、到着っと」
「何か最早人目を全く気にしてないような気がするんだが……」
「気にしたら負け負け。どうせあたしたち、掲示板でネタにされるぐらいにはネタな存在なんだから」
「自分で言うのもどうなんだ、それは」
ニアクロウでの調査を終えた二人は、一度ログアウトしてその日のゲームを終了させ、翌日になってから王都へと向かっていた。
その間、現実においてひなたと様々な話しがあったのだが、いつも通りの展開であったため割愛する。
ただし、彼女の反応がいつも以上に激しかった事には、慣れている頼斗も辟易せざるを得なかったが。
(ゲーム内とはいえそこまで長い時間離れてた訳じゃないだろうに……全く)
妹を想うライトの表情は、苦笑と共にどこか嬉しげな色も混ざっている。
元より家族思いな人間なのだ、必要以上に絡まれて疲れを感じたとしても、それを邪魔だとは想わない。
それに関しては、どちらかといえばひなたの方が気を使っている部分もあった。
どちらにせよ、もう少し出会えるのだから問題はない。ライトは軽く肩を竦めると、ヒカリを地面に下ろして歩き始めた。
「そういえば、アマミツキのほうは何か見つかったのかな?」
「ああ、情報は手に入れたって言ってたぞ。まあ、他にも何かあったらしいが……乞うご期待、だそうだ」
「ふーん……何だか楽しみだな!」
「俺は嫌な予感もしているがな」
昨晩顔を合わせた際のしたり顔のひなたの表情を思い出し、ライトは若干口元を引き攣らせる。
長年の付き合いでなかろうとも、彼女が何かを企んでいる事は容易に知る事が出来たのだ。
流石に、それがどの程度の厄介事なのかは正確に推し量る事は出来なかったが、ひなたが表情に出すレベルは非常に厄介なのではないかとライトは睨んでいた。
若干気の重い再会を思いながらライトは嘆息し――軽く、周囲へと視線を走らせた。
「って言うか、やっぱり無駄に目立ってるな」
「ま、仕方ないさ。あたしたちが目立つのはある意味当然だ」
「しかしなぁ……そもそも爆撃機って何だよ、爆撃機って。ある意味そのままだけど」
「いいんじゃないか、カッコよくて。あたしはそれなりに気に入ってるぞ? いずれはドイツに君臨した空の魔王のようになってみたりしたら面白そうだ!」
「いや、アレは人間辞めてるだろう」
ちらちらと視線を向けてくる周囲のプレイヤーたちの事を、ヒカリは全くと言っていいほど意に介していない。
ごく自然に、胸を張って、堂々と王都への門を潜ろうとしているのだ。
その豪胆な性格に苦笑を零しながら、ライトはまるで付き従うように、けれど後ろに下がる事無く隣を歩きながら、新たな街である王都の景色へと視線を走らせていた。
「やっぱり、ニアクロウとは様子が違うもんだな……プレイヤーもレベル高そうな連中が多い」
「まあ、こっちの方が施設揃ってるしなぁ。で、集合は噴水の所だっけ?」
「ああ、街の登録もしてしまえばいい。あいつの事だから、我慢できなくなって門の所まで来てるかと思ってたが」
「にはは、ありえるありえる。でも、今回はそんな事なかったみたいだな?」
「ああ。余計に予想できなくなって怖いがな」
苦笑とも嘆息ともつかぬ吐息を零して、ライトはヒカリと共に中央の通りを歩いてゆく。
一度地面に降りてしまえばそれほど極端に目立つ事はなくなっていたが、それでも多少の視線は向けられている。
けれどここまで減ってしまえばそれほど気にする事もないと考え、ライトは警戒するように巡らせていた視線を元に戻していた。
(とはいえ、しばらく活動してればどんどん目立つ事になりそうだがな……)
その点に関しては半ば諦めつつ、ライトはヒカリと共に噴水の方へと進んで行った。
王都の街並みに感心し、様々な施設に興味を引かれ、どこか友人の姿に似ている人物の奇行を見て見ぬ振りをし、二人は通りの先にある噴水へと向かっていく。
と――見えてきた噴水の傍にあった姿に、ライトは疑問符を浮かべていた。
「ん……? あれ、誰だ?」
「おん?」
二人の視線が向かった先は、いつもと変わらぬ姿をしたアマミツキと白餡だ。
しかし、そのアマミツキの左側に、銀髪のプレイヤーが存在していたのだ。
纏っている服装はライトたちも見た事のないものであり、市販品ではないプレイヤーメイドの品である事が伺える。
背はあまり高くはないが、低くもない。アマミツキとあまり変わらぬ程度の背丈であった。
長い銀髪を身にまとわりつかせるその人物は、アマミツキが何やら発したと思われる声に反応し、ライトたちの方へと視線を向ける。
「んー。アマミツキの知り合いみたいだな」
「らしいな。この街で友達になったって事か?」
「……あたし、しばらくひなに会ってなかったけど、友達作るのすごく苦手じゃなかったっけ?」
「ああ、それは変わってない。ついでに言えば、白餡も割とコミュ障気味だ」
アマミツキの場合は周囲に敬遠され、白餡の場合は人に近付こうとしない。
こんな二人が、その辺にいるプレイヤーに積極的に声をかけ、友人になるとは到底思えなかった。
本人が聞けばしたり顔で肯定するであろう考えを胸中で浮かべ、ライトとヒカリは困惑気味に視線を交わす。
驚きはしたものの、このまま突っ立っている訳にもいかないのだ。
とりあえずそのまま頷くと、二人はアマミツキたちのほうへと歩み寄って行った。
ある程度距離が接近したところで、待ちわびたと言わんばかりにアマミツキが声をかける。
「お帰りなさい、兄さん、姉さん。一日千秋の思いで待ちわびておりました」
「いや、リアルでも会っただろうに、大げさな……」
「にはは。アマミツキは相変わらずだな。で、その子は誰だ?」
対して前置きもおかず、単刀直入にヒカリがそう声を上げる。
ちなみに、背丈に関しては相手の方が大きいため、『その子』という発言には若干の違和感を感じた面々であった。
しかしそんな中で、ヒカリのすっぱりとした反応も読んでいたのか、アマミツキは無表情のままに淡々と言葉を返した。
「こちら、図書館で友達になったゆきねです。生産職のプレイヤーですよ」
「どうも、ゆきねだよ。よろしく」
「アマミツキに、友達……?」
「何か?」
「いや、何でも」
思わず口を突いて出たライトの呟きに、首をぐりんと回してアマミツキはそう尋ねる。
対するライトは、即座に視線を逸らして追及を逃れていた。
白餡からも同じ反応を返されていたため、アマミツキがそれ以上追及するような事もなかったのだが。
「しかし、図書館でねぇ……あんな妙な事をしてるアマミツキに、よく近寄ろうと思ったもんだ」
「ああ、同時読み? あれ凄いよね、あんな事を出来る人がいるなんて驚いちゃったよ」
「割と普通に受け入れているんだな……っと、多分話は聞いていると思うが、アマミツキの兄のライトだ」
「同じく、姉のヒカリ。よろしくな、ゆきね」
「あはは、よろしくね。アマミツキからは本当に色々と聞かされたよ。噂の爆撃機コンビに会えるなんて、ちょっと楽しみだったし」
その言葉に、ライトは頬を引き攣らせ、ヒカリは愉快そうに笑う。
爆撃機コンビの名がここまで広がっている事は、二人にとっても予想外だったのだ。
尤も、ゆきねがそれを知っていたのは偶然であり、あのスレを覗いている人間が非常に多いという訳ではなかったが。
実際の所、先ほど視線を集めていたのは、純粋に目立っていた為という部分が大きいのだ。
二人は掲示板に対して意識が向いていた為、それが原因だと考えていたが、二人で空を飛んでいるプレイヤーがいれば目立つのは当たり前である。
「ま、まあとにかく……アマミツキ、彼女は俺たちの仲間に加わるって事でいいのか?」
「……。ええ、はい。この人も私たち同様ちょっと変わったプレイスタイルをしていますので、私たちみたいなパーティを探していたそうです」
「爪弾き者の集まりか。にはは、面白そうだな!」
歯に衣着せぬヒカリの言葉に、ライトとゆきねは思わず苦笑を零す。
現状では、間違った認識であるとは言えなかったためだ。
ただし、それが今後どうなるか――それに関しては、ライトたちも考察を行っている最中であった。
「まあともあれ、そういう事情だったら歓迎するさ。いいよな、ヒカリ?」
「おうともさ。あたしも別に構わないぞ」
「いいの? 正直、きみ達の事情は結構変わってるし、警戒してるかなーと思ってたんだけど」
「にはは。アマミツキが認めた相手なんだ、それなら安心しても大丈夫だろ」
「右に同じだ。コイツは友達少ないが、その分観察眼はかなりしっかりしてるからな」
「一言余計です兄さん。まあ事実ですが」
「そこは否定しましょうよ……出来ませんけど」
アマミツキは変わり者ではあるが、能力はこれ以上ないほど確かなのだ。
その点は、仲間たちも皆信頼していた。
「まあともあれ、このメンバーでパーティを組むのは確定でいいでしょう。では、当初の予定通り、得てきた情報の統合と参りましょうか」
「ここで話す訳にもいかないだろうけどな」
「あ、それなら生産施設の部屋を借りて、そこで話そうか。ボクも熟練度上げしたいし」
「うん、それでいいぞ。とりあえずさっさと噴水登録して、そこに向かうとするか!」
生産には専用の道具や施設が必要となる。生産施設は、ギルドハウスやマイホームを持たないプレイヤーが使用できる、生産用の道具が揃った施設なのだ。
そんなゆきねの言葉にヒカリは頷き、一同は目的地へと向かって移動して行った。
* * * * *
生産施設の内容は、目的によっていくつか変化する。
使用する道具が比較的安く済む薬品や呪物は、統一された鍋や壷といった道具がある施設。
武器や防具といった金属を扱うための、鉄床や炉などが用意された施設。
その他にもグレネードを始めとした特殊な生産スキルが存在しているが、それ専用の物もこの王都の施設には存在していた。
そして、そんな部屋の一角。武具作成用の部屋の中で、アマミツキから素材を受け取ったゆきねが生産を行っている中、相談が開始された。
「さて、まずは情報交換からいきましょう。兄さん、そちらはどうでしたか?」
「ああ。こっちは何やら不思議なメイジと出会えた。色々と怪しかったが、おかげで有用そうな情報を教えてもらえたよ」
「何か、氷古龍と知り合いっぽかったしな。まあとにかく、そのメイジ曰く、魔法で出した氷とか氷の魔法生物の欠片とかが餌として使えるらしいぞ」
「……なるほど」
二人の言葉に頷き、アマミツキは口元に手を当てる。
そして数秒ほど思案するように沈黙した後、ライトの方へと向き直って声を挙げた。
「こちらで調べたところ、古龍という存在は純粋な生物とは違うらしいという事が分かりました」
「何?」
「古龍は、いわば精霊に近い存在です。肉体よりも霊体が本体であり、あの身体は魔力で構成されたものであるらしい、という事でした。つまり、あの巨体を構成する為にはそれだけ多くの魔力が必要になるという事です」
「……つまり、必要なのは魔力であるという事か?」
ライトの問いに、アマミツキは小さく頷く。
今回得られた二つの情報。それらを合わせて、アマミツキは改めて声を上げる。
「恐らく、必要となるのは氷属性の魔力。あの肉体が本体でない以上、生物的な栄養の摂取は必要ないと判断します。ですので、氷の魔力を含むものであればなんでもいいのでしょう……氷古龍が説明しなかった理由も、何となく分かります」
「……つまり、卵――幼生結晶だったか。それにするのと同じ事だから、わざわざ説明しなかったって訳か」
「何か、そういう種族差みたいなところリアルにしなくてもいいのになーって思いますね……」
白餡の嘆息に、ライトは言外に同意する。
とはいえ、解決策が見つかった事は事実だ。氷の属性を含む物質ならば、探す事はそう難しくはない。
流石に、もう一度あの遺跡に入る訳にはいかないが――
「とりあえず、これで問題はないでしょう。白餡、これで遠慮なく卵を孵せますよ」
「あ、はい! ありがとうございます、皆さん!」
「お礼はいいって。何だかんだで楽しんでたしな」
「にはは、それよりも早く孵しちゃおうぜ。後どれくらいでいけそう?」
「もうしばらくは掛かりそうですね……昨日は結構な時間作業してたんですが、まだ四分の一ぐらいですし」
おかげで氷魔法の熟練度がどんどん上がってますけど、と苦笑する白餡に、ライトとヒカリは軽く視線を交わす。
とりあえず、孵化までの部分は問題ない。後は、餌となる氷の魔力を含んだアイテムをどう探すかだ。
「……よし、それなら、生まれるまであたしたちは餌探しと行こうか」
「あの山小屋……いや、今ならもうちょっと高い位置のセーフティハウスまで行けるか。そこを拠点にしてアイテム探し、ついでにレベルアップだな」
「ギルドを組んで共有ストレージを作りましょう。得られたアイテムをゆきねに送って、思う存分生産してもらう形で」
「いや、それはかなり嬉しいけど……いいの?」
「作ったアイテムは適当に露天で売ってください。資金を作るに越した事はありません」
一同はそう言葉を交わして頷き、笑みを浮かべる。
指針は出来た。後は行動するのみだ。幸い、今日のプレイ時間はまだまだ大量に残されている。
得意げに、楽しそうに笑みを浮かべ、ヒカリは大きく拳を振り上げて声を発した。
「よーし、それなら、ゆきねの生産が終わり次第ギルド結成に行くぞ! あたしたちの時代の始まりだ!」
『おー!』
それに倣い、全員が拳を振り上げて笑う。
これこそが、BBO内である意味最も有名となるギルドの、始まりの瞬間であった。
今日の駄妹
「ギルド……ギルドハウス……プライベート空間……ふむ、いいですね、色々と」




