03:製作者との邂逅
広大な、八角形の大図書館。
周囲に立ち並ぶ無数の本棚は数え切れぬほどにあり、そして天井は見えないほどに高い。
一体ここにどれほどの蔵書が詰め込まれているのか――ライトには、それが天文学的な数に思えてしまう。
そしてその中心にある机の上に直接腰を下ろし、一人の女性が笑みを浮かべていた。
「一人追加したとは聞いとったけど、成程成程、中々将来有望そうやないか」
「……ええと、貴方は?」
「常世思兼――そう言や分かるかいな?」
その言葉に、ライトは思わず大きく目を見開いていた。
常世思兼――日本神話に伝わる神の名をハンドルネームとする、《タカアマハラ》の人間だ。
唯一対外に顔が知られており、そしてそのハンドルネームに恥じないほどの知識を持っていると言われている。
様々な国に狙われているのではないか、と言う噂すら立つほどの技術力は、彼女の知識が元となっていた。
そんな人物が目の前にいると言われても、にわかには信じ難い事だ――本来ならば。
「ログイン途中のプレイヤーに干渉する……そんな事出来るのは、本物以外にいないと」
「理解が早くて助かるわ。ま、それほど意味がある訳やない。ちょっとした興味本位や」
「興味本位……?」
常世の姿は、このゲームの中のプレイヤーとしてのものだ。
彼女の現実での姿はライトも写真で見た事はあるが、非常に特徴ある姿をしている。
和服に長い黒髪、そして自己主張の激しい胸。彼女のファンクラブまで生まれていると言う噂があるほど、常世の容姿は整っている。
そしてここにいる彼女のアバターは、現実での姿とそれなりに似通った部分のあるものであった。
体型や顔の造作などは変わっていない。変化しているのは、その髪が金色になっている事と、頭に三角形の耳が飛び出ている事だ。
臀部からもふさふさとした金色の尻尾が二本伸びており、彼女がヴェーアンの種族である事が伺える。
「……狐の、獣人?」
「フォックステイルっちゅー奴やね。別に隠し要素って訳やないで?」
「ああ、はい。知ってます……尻尾は一本でしたが」
「それに関しちゃ追々やね。ま、ヴェーアン専用のクエストがあると考えてくれりゃええ」
地味でもなんでもなくネタバレなのではないかと思ったが、ライトは特に突っ込むような真似はしなかった。
別にヴェーアンのキャラクターを作った訳でもないので、あまり気にしない事にしたのだ。
と――そのとき、ライトの背後で足音が響く。
それに気付いて振り返った彼の目に入ってきたのは、四人のアバターの姿だった。
「お、ようやく到着やね。こっちやで、みんな」
「あ! い――じゃなかった、えっと、ええと、師匠!」
「その呼び方だとこのバカみたいだぞ?」
その四人の姿に、ライトは首を傾げる。
男女二人ずつの計四人――彼らの姿に、見覚えがあるような気がしたのだ。
そう、それは日常生活の中で幾度か目にした事があるような――
「……あ! お前ら、もしかして――」
「はは、この世界でのアバター名はケージだ。よろしく頼む。ええと……ライト、か」
ネットゲームの世界で現実の名前を出す事はマナー違反。
そんな事を気にしているのか、ケージはライトの言葉を遮るように、相手に注目する事で表示された名前を口にしていた。
その言葉で、ライトも確信する。彼が、嶋谷賢司である事に。
そうして意識してみれば、四人には確かに現実世界での面影があった。
篠澤姫乃――アバター名はプリス。黒髪をポニーテールにしている以外は、あまり現実と大差ない。彼女の種族はヒューゲンのようであった。
神代杏奈――アバター名はアンズ。髪型は長い髪の尾の部分を纏めている程度であり、常世に近い姿となっている。だが、その耳を見れば、種族がエルフィーンである事が見て取れた。
嶋谷賢司――アバター名はケージ。こちらは若干背が低くなり、種族がニヴァーフである事が分かる。ダークグリーンの髪に関しては、現実とあまり髪形は変わっていない。
篠澤友紀――アバター名はバリス。彼が現実から一番姿が変化しており、肩甲骨辺りまで伸ばした銀髪をオールバックにしてうなじで纏めている。ちなみに、手の甲や首筋などに鱗が見え隠れしており、種族はドラゴニアンである事が分かる。
「しかし、予想はしてたが……お前もここに呼ばれるとはな」
「と言うと、し……ケージはこの事を知ってたのか?」
「うん、師匠、じゃなくて、先生……? は、私達の事を呼ぶって言ってましたから」
「や、常世でええやん。流石に実名で呼ばれるんはちょっとあかんけど」
苦笑しながら言う常世に、プリスもこくりと頷く。
チケットを渡してきた男の時もそうであったが、彼らは《タカアマハラ》の人間と知り合いであるらしい。
ライトとしても若干興味のある交友関係ではあったが、今はそれよりも、何故自分たちがここに呼ばれたのか――そちらを知りたかった。
「で、話の途中でしたけど……ここに呼ばれたのは一体どういう事なんですか? 一体何が興味本位だと?」
「興味は興味や。君、ここにおるメンバーに、どんな共通点を思いつく?」
共通点と聞かれ、ライトの脳裏に浮かんだのはいくつかの事柄であった。
まず、現実世界で知り合いである事、同じ町に住んでいて、、同じ学校に通っている事。
その他の共通点と言えば――
「……あの男から、チケットを受け取った」
「正確に言やもう一人いるんやけど……ま、正解やね」
「あ、先輩は今日バイトなので来れないそうです。一応、夜にはログインするらしいですけど」
「ま、とにかくそういう事。うちは、あの子が直々に招待した相手ってのが気になった訳や。この子達だけやったらこんな所に呼ばんで、直接話しとったんやけどね」
その言葉に、ライトはあの学校でに一幕を思い返す。
九条と呼ばれていたあの男。彼が一体どのような人間なのか、それはライトにも分からない。
若干気になりはするが、《タカアマハラ》の関係者であるとするならば、詳しい情報を教える事はないだろう。
それ程、彼らの素性は謎に包まれているのだ。
「……それで、こうして会った訳ですけど、満足して頂けたんですか?」
ライトとしても、早くゲームに参加したい所なのだ。
常世と出会えた事を無駄だとは考えていないが、それでもあまり長い時間拘束されたいとも思っていない。
そんな感情を言外に感じ取ったのか、常世は苦笑交じりに尻尾を揺らし、声を上げた。
「ま、ここまで来て貰ったんに、何もなしに放り出すんはうちとしても本意やない。せやから、うちを楽しませてくれた報酬に、今後の成長方針に関して製作者が直々に相談に乗ったろうやないか」
その言葉に、ライトはぴくりと反応して、まじまじと常世の顔を見つめていた。
彼女は冗談めかして笑ってはいるが、その声音には決して嘘は含まれていない。
そして、彼女は『報酬』と口にしていた。まるで、ライトの――頼斗の性格を把握しているかのように。
九条と言う人物から話を聞いていたのか、そんな事を考えつつも、常世の言葉に対して頷いていた。
得体は知れないが、今後試行錯誤していく手間が省けるならば、ライトとしても助かるところだ。
「……じゃあ、お願いします」
「ほんなら任されようやないか。んで、君はどんなキャラクターを育成したいんかな?」
「俺は――」
空を飛びたい――そう口にしかけて、首を振る。
空に憧れているライトではあるが、その言葉は少しだけ、嫌っている表現だった。
具体的にどうしてとは言えないが、何かがしっくり来ない感覚があったのだ。
だからこそ、ライトは改めて己が望みを口にする。
「……《フライト》を極めたいと、考えてます」
「ほう? そらまた面白い育成指針やね。あのスキルが実用性においてかなり劣っとる事、知っとるんやろ?」
常世の言葉に対し、ライトは小さく頷く。
空を飛ぶ魔法――フライトは、風属性に分類される魔法だ。
BBOにおいて、スキルは二種類に分類される。それが、アクティブスキルとパッシブスキルだ。
そして魔法は、ほぼ大半がこの前者に属している。
「《フライト》は、アクティブスキル《メモリーアーツ:風》の熟練度50で出現する魔法や。アクティブとパッシブの育て方の差については分かっとるかな?」
「アクティブはスキル制、パッシブはレベル制でしたよね。習得にはメインクラスのレベルアップで得られるスキルポイントを使用する。メインクラスを上級職以外に転職させた場合、SPは初期状態に戻る」
「せやね。まあ、メインを元に戻せばそれまでの育成状況が保存されとるから安心してええけど」
この辺りに関しては、ライトも事前公開情報で把握していた。
ケージたちもこの辺りは知っていたのか、特に反応する事も無く聞き流している。
とにかく、《フライト》は風属性の魔法を使用し続けていく事によって発生する魔法なのだ。
ゲーム内で飛べる事は大きなアドバンテージになると思えなくもないが、これには大きな制約が存在している。
「《フライト》の話やったね。飛行魔法っちゅーても、あんまり便利なものって訳やない。使用中は常にMPを消費してゆくし、飛行中に一度でも攻撃を受ければスキルが解除されてまう。そしてこれが大きな点やけど――」
「飛行中は、その他のアクティブスキルを発動できない……ですよね」
「せやね。それが最大のネックって訳や」
《フライト》が死に技扱いされていた大きな理由がそこにある。
つまり、飛行中にはその他の魔法や武器の技を使用する事が出来ないのだ。
普通に武器を使って攻撃する事、アイテムを使用する事は可能だが、アクティブスキルによる強力な火力を持ち出す事が出来ない。
立ち回りと言う点では便利かもしれないが、パーティプレイが推奨されるこのゲームにおいては、あまり効率的な手段であるとは言えなかった。
「制動も中々難しいし、それぞれのフィールドに必ず一種類は対空攻撃を持っとるエネミーが存在する。一応パッシブスキルの中に《飛行魔法強化》があるんやけど、これがあっても効率的とは言い難いやろうね」
「でも、それってどうするんですか? 飛びながら普通に武器攻撃するにしても、その場で静止したり近付かないといけなかったりするじゃないですか」
「それにメインがメイジになるから、武器攻撃の威力も期待できないと……こりゃまた難しいな」
アンズとケージの言葉に、ライトも胸中で嘆息交じりに頷いた。
そういった理由で、アーケード版では《フライト》はほぼ使用されなかったのだ。
たまに使用する人間がいたとしても、それはあくまでも移動用であり、マジックスナイプキャラの移動手段として用いられる程度だった。
サブクラスが増えた今ならば何かしらの手段があるかもしれないが、手探りで育てるのは中々難しい。
だが――常世は、あっさりと笑みを浮かべて声を上げた。
「別に、あんまり難しい問題って訳でもないんやで?」
「……と言うと?」
「飛行中は武器攻撃とアイテム使用しか出来ない。そして武器攻撃は弱い。なら、アイテム使って攻撃すりゃあええ訳や」
その言葉に、ライトは他の面子と顔を見合わせる。
確かに納得できる言葉ではあるが、アイテムを使用しての攻撃など、いきなり言われてもピンとはこない。
それはライトだけではなく、他の四人も同様であった。
要領を得ないと言った表情のプレイヤーたちに対し、常世はどこか苦笑するような表情を浮かべながら続ける。
「サブクラスのアルケミスト、そこで取得できるアクティブスキルに《生産:グレネード》ちゅーのがある。アルケミストは生産職の登竜門という形で作ったクラスやけど、そこで生成できるアイテムなら、熟練度で威力も上がってくで?」
アルケミストには、様々な生産用スキルが揃っている。
武器作成に防具作成、ポーション作成など様々な物だ。この情報に関してはあらかじめ公開されており、生産職を目指すならばアルケミストを目指せと告知されている。
その中で、アルケミスト独自の戦闘手段の一つとして上げられるのが、この《生産:グレネード》である。
「まあ確かに、普通に育成しとるキャラよりは火力出ないかもしれへんけど、普通に戦える程度にはいける筈や」
「成程……確かに、それなら」
「ちゅー訳で成長方針としては、サブクラスが出るまでは風属性で育てつつ《飛行魔法強化》を取得してゆく事。《風属性魔法強化》も取っとくとええかもね。今ここで初期スキルを取得してもええよ」
言われて、ライトは左手を振ってメニュー画面を開く。
初期のスキルポイントは5、その後1レベル当たり1ポイントずつ増加してゆく。
そのポイントを用いて《メモリーアーツ:風》と《飛行魔法強化》、および《風属性魔法強化》を取得する。
残りポイントは2、これを何に使用するか悩んだところで、再び横から声がかかった。
「ま、メイジとして戦うならその他にもう一つぐらい属性を取っとくべきやけど、君は飛びたいだけやしね。なら、必須スキルとしてパッシブスキルの《オートガード》ぐらいはとっといた方がええと思うよ」
「《オートガード》? ああ、確かパッシブなのにレベル1しか取得できないアレですか」
一発までなら攻撃を受けてもダメージ大きく減少させ、ついでに衝撃も受けないと言う魔法使い御用達のスキルである。
クールタイムも存在し、一度受けてしまったら1分ほど破損したままであるが、それでも十二分に有用なスキルであると言える。
「ちなみにこれは飛行魔法中にも適応されるから、君にとってはかなり重要や。後は……一般スキルの《観察眼》辺りやないかな?」
「あ、それって生産職用の補助スキルですか?」
「せやね。これを持ってる状態でフォーカスすれば、採取可能オブジェクトの名前が表示されるで。まあ、熟練度低いと見れるもん少ないけど、初期のグレネードの素材程度なら簡単や。サブクラス取得までに素材を集めとくとええよ」
ちなみに一般スキルとは、どのクラスでも取得する事が可能なスキルである。
地味に便利と言うものが多く、あまりバカにはできない。
とりあえずその助言に従いスキルを取得し、ライトは満足したように頷いた。
「よし……助言、ありがとうございます」
「ええよええよ。うちも君の様子を眺めて楽しませて貰うんやし、どっこいどっこいや」
堂々と覗き宣言をしているが、ライトはあまり気にしないようにしておく事にした。
常世は忙しいのだし、そんな暇はないと踏んだ為であるが――実際に彼女がそこまで忙しいのかどうかは定かではない。
「さて、ほんなら君はそんな感じで行くっちゅー事で……他の皆の成長方針に関しては、前に相談したとおりやね?」
「はい!」
元気よく応えるプリスに、常世は嬉しそうに頷く。
そして彼女が一度手を叩くと――周囲の景色は、最初にこの場所に来たときと同じように、剥がれ落ちるようにしながら変化し始めた。
「ここは一応、BBOのフィールド内。とは言え、結構後半のステージやけどね。うちに会いたいなら、ここまで辿り着く事や。楽しみに待っとるで――――」
最後、常世はライトに対して何か呼びかけていたが――その言葉は、無数の紙が乱舞するような音にかき消され、届かずに消滅する。
そして次の瞬間には、目の前に広い街の景色が広がっていたのだった。
今日の駄妹
「所属国家を聞いていないのは失敗でした……が、兄さんですから何も考えずに一番上のを選んでいるでしょう。姉さんワード何も絡んでませんでしたし。兄さんの事だったら履いているパンツの色だって分かりますようふふふふ」