35:書店の手伝い
「ライ、その本はあっちだぞ。ライニ、引っ張り出した本を読んでたらいつまでも片づけが終わらない」
「了解だ……店主さん、あんたはきちんと仕事をしてくれ」
「あははははー……ごめん、つい」
話している内に店主と仲良くなり、すっかり敬語も抜けてしまった二人は、そのまま店の片づけを行っていた。
三人の身長の問題で、高い位置にあるものはライトが、低い位置にあるものはヒカリが、そしてその中間をライニが担当する事となっている。
が、三人でバラバラに作業を行うよりも、ヒカリが統率を行った方がよほど効率的であるという結論に達し、結果的に今の形へと落ち着いていた。
即ち、ヒカリが片づけをそこそこに行いながら二人に指示を飛ばし、二人が言われたままに動く、といった形である。
「いやー、思った以上だわ二人共。まさかヒカリちゃんにこんな技能があろうとは」
「ヒカリが火力馬鹿なのは単なる趣味だからな。元々、人に指示を飛ばしたりする方向性に向いてるんだ」
「君が彼女を褒めるのは惚れた弱みかなーと思ってたけど、全部が全部そうだとは言い切れないか」
くつくつと笑うライニに、ライトは軽く肩を竦める。
無論、ライトとてそれを否定できるはずもなかった。彼はヒカリを何よりも大切な存在であると認識している。
ライトにとってヒカリは太陽であり、一生を捧げるべき存在なのだ。
傍から見れば、大げさとしか言いようの無い状態だろう。
けれど、ライトはそれを、一部の疑いも無く信じきっているのだ。
だからこそ、戦闘においてもヒカリの突拍子もない指示を瞬時に理解し、有利に戦う事ができているのだ。
(惚れた弱み、ね……)
ライトは、内心で小さく笑う。
世間一般から言って、この感情を恋愛感情と呼ぶべきなのかどうかは、ライトにもわからない。
確かに、ライトはヒカリの事を愛している。世界で最も特別な存在であると言っても過言ではない。
けれど、それが恋のようなものなのか、或いは家族に向けた思いなのか――それは、ライトにも結論が出ていない事柄であった。
もしもこの場に白餡がいて、そんなライトの内心を聞いていれば、彼女は半眼の冷たい視線を彼に向けていた事だろう。
(まあどちらにしろ、俺のやるべき事は変わらないか)
《フライト》を発動させ、どうやって積み上げたのかも分からないような本棚の上の本を一つ一つ回収し、分類ごとに分けてゆく。
そんな地道な作業をしながらライトが思い浮かべていたのは、現在のパーティメンバーたちの事であった。
ヒカリを中心として、彼女に付き従うライトとアマミツキ。
初めは戸惑っていたものの、ヒカリの性格や能力を知ってそれに追従するようになった白餡。
彼女がヒカリを信じられるようになった事で、指示系統はかなり安定したといっても過言ではない。
以前パーティを共にしたケージたちのように、一人ひとりのスキルが突出したパーティという訳ではない。
その上、個人がかなり自由なキャラクター構成をしている中で安定して戦えているのだ。
この現状は、間違いなくヒカリの指揮とアマミツキの頭脳があってこそだろう。
ライトは、仲間を信じている。故に、ライトのするべき事は迷わない事だ。
彼女たちを信じ、彼女たちにとっての最善を尽くすこと。それが、ライトにとっての行動指針である。
(とは言え、ずっと今のままでは行かないのも事実だな)
高い位置の棚に――どう考えても普通では手が届きそうにない高さだが――本を納めつつ、ライトは軽く目を細める。
現状、ライトたちのパーティは非常にバランスが悪い構成となってしまっている。
メイジが三人にスカウトが一人。パーティの火力であり壁となるファイターや、回復補助を担当するアコライトが存在しない。
これは、どう考えても異常としか言いようのない構成である。
「前衛か……」
『仲間の盾として戦うためには』という本の表紙をちらりと眺めながら肩を竦め、ライトは嘆息を零す。
現状、前衛が必要な場合の戦闘では、白餡の召喚するMOBたちの力を代用している。
これに関しては彼女の召喚魔法やアマミツキのポーション作成の熟練度も伸びるため、決して悪いという訳ではない。
しかし、召喚魔法のコストは決して低いという訳ではなく、そのような使い方をしていればポーションを湯水のように使用する事となってしまうのだ。
それに関しては一概に悪いと言える訳ではないのだが、白餡自身がその事をかなり申し訳なく思っており、彼女の精神的な負担を考えるとあまり推奨できる内容ではない。
召喚魔法も酷使しなければ普通に運用できるレベルのMP消費にはなるため、やはり前衛の存在は必要となるだろう。
(しかし、それにはちょっと厄介な状況なんだよなぁ)
偏に、早い段階で仲間の勧誘を行わなかった事が原因であるとも言えるのだが――現状、ライトたちのパーティはプレイヤーの勧誘を行いづらい状況となってしまっている。
これは思いがけず爆弾と呼べるようなものを抱え込んでしまった事が原因であるのだが、それを責める訳には行かないだろう。
どう考えても普通ではない方法でダンジョンの中に侵入し、その奥まで辿り着いて明らかに珍しいアイテムを手に入れてしまった。
しかもそれがボスクラスのエネミーの卵であり、育てる方法はともかく卵を孵化させる方法までは分かってしまっている。
(下手な人間を仲間に加えるわけには行かない……と言うよりそもそも、プレイスタイルが独特すぎて仲間に入ってくれそうな人がいない)
自分で言うのもなんだが、と付け加え、ライトは小さく嘆息する。
一般的に、変わったプレイスタイルというものは面白おかしく扱われこそすれ、パーティメンバーとして歓迎される事はない。
パーティとして動く以上はある程度の安定性が求められるのだ。
極端な例であれば、特定のキャラクター構成以外は仲間として認めない、パーティに参加させないと主張するプレイヤーもいる。
安定した特化型。それこそが、MMORPGにおけるスタンダードであると言っても過言ではないだろう。
強化する事で有利になる能力に特化し、それ以外の部分を仲間と補い合う。
そのため、ある程度『強い』と周囲に認識されているスキルを取得していなければ、パーティの前提を築けないのだ。
(ただ、このゲームの場合は少々特殊か。ケージのパーティみたいに、特殊構成が必ずしも弱い訳じゃない)
総合力で劣るのは事実であろう。しかし、彼らのパーティは誰よりも強く成長している。
前もって有していた情報の差、プレイヤースキルの差。それが、彼らの持つアドバンテージである。
だが――それだけではないと、ライトはそう睨んでいた。
「……ライ、何考えてんだ?」
「ん……ああ、悪い。ちょっとな。キャラクター構成の事とか」
「ああ、前衛の事か」
見透かしているかのように核心を突くヒカリに、ライトは小さく苦笑する。
つまり、彼女もそれを気にしていたと言う事だろう。
防御を一切気にしない火力特化型の彼女にとっては、死活問題であるといっても過言ではないのだ。
ただ、ライトが気にしていたのはそれだけではなかった。
「ああ、それもなんだが……ちょっと思いついた事があったんだよ」
「ん? 何がだ?」
「隠しクラス、そしてユニーククラス……レベル30から発生する上級職の特殊クラス」
あらかじめ、存在すると明言されている特殊な職業。
それを明言した製作者、常世は――BBOの世界は、努力が実を結ぶ世界であると口にしていた。
「製作者が言っていた、己の信じた道のみを進んでいればどんな形であれ一線で活躍できるようになるという言葉……アレは、隠しやユニークの事を言っていたんだろうとは思っていた」
「つまり、ライはこう考えてるんだな? 隠しやユニークは、ネタ構成がテンプレ構成に追いつくためのクラスである、と」
「どういうバランス調整をしてるのか、或いはそんな事など気にしてもいないのか……そこまでは分からないが、俺たちのようなプレイヤーはレベル30以降台頭してくる可能性が高いと思うんだ」
隠しクラスやユニーククラスの発現は、掲示板を大きくにぎわせる事になるだろう。
そしてもしもライトの予想が正しければ、そういったプレイヤーは一線で戦えるまでに強くなる事となる。
ライトのように、ヒカリのように、一つの情熱を持って己のキャラクター構成を練っている人間は、その熱意を通常構成のキャラクターへと注ぎ込んでいれば、間違いなくトッププレイヤーになれる。
だが、そういったプレイヤーは、現在のところ周囲に理解されていないのが現状だ。
「青田刈りをしようって?」
「情報があるならな。唾をつけとくのも悪くないんじゃないのか?」
「にはは。そうだな、それにそんなパーティなら面白そうだ」
狙ったわけではないが、爪弾きされそうな者同士が組んでいるパーティ。
その中に、実際に爪弾きされた者を引き込んでしまおうというのが、ライトの考えであった。
尤も、それをどうやって見つけるかという事が課題ではあったが。
「おーいお二人さーん。喋ってないで作業してよー」
「っと、悪い。ヒカリ、この話はまた後でだ」
「ん、そーだな。あたしたちの今後に関わる話でもあるし」
「ん? 何々? 結婚の話?」
「にはは、それはまだ気が早いなー」
軽口で対応しつつも否定はしないヒカリに、ライトは思わず口元が緩むのを感じていた。
しかし、それをライニに見られれば動からかわれたものかも分かったものではない。
ライトはすぐさまその表情を消し去り、手に持った本を本棚に戻す作業へと戻っていた。
作業も既にそれなりの時間続けており、残る本は僅かな量となっている。
きちんと整理された本棚は小さな店内であるとは言えども壮観で、店の主たるライニはその光景を満足そうに眺めていた。
「うん、いいねいいね。これこそ私の店って感じだ」
「それなら普段から整理整頓しとけばいいだろうに……」
「いやぁ、やろうとすると手に取った本を読んじゃって、余計にごちゃごちゃするというか」
「おー、あるある。アマミツキもそんな感じだなー」
「……まあ、否定は出来ないが」
尤も、一度読んだ本であれば彼女は完全に暗記しているため、あまりそういった事態に陥る事はないのだが。
しかしそんな彼女の事を知らないライニにとっては、あまり興味を覚える内容ではなかったらしい。
ヒカリの言葉を適当に流した彼女は、ライトたちの方へと改めて視線を向け、声を上げた。
「ところでさ、こっちの依頼はいいとして……もう一つの方はどうするの? 二人共、魔法使いではあるけど、割とオーソドックスなタイプだよね?」
「……俺たちを見てオーソドックスという言葉が出てきた事に驚きを隠せないが、まあ確かに俺たちでは条件を満たせないな」
「『見たことも無いような珍しい魔法を見せる事』なー。確かに、あたしもライも、火と風のメモリーアーツしか使えないし」
ライニが紹介状を書く条件として提示した二つの事柄。
それは片方がこの店の整理であり、もう片方がこの、『珍しい魔法を見せる』という条件だったのだ。
どこまで行けば珍しいと判断されるのか、それはライトたちにとっても分からない。
しかしながら、確実に珍しいと呼べる特殊な魔法を持っている者が、仲間たちの中に存在していたのだ。
先ほど呼び出した彼女の事を思い浮かべ、ライトは口元に小さく笑みを作る。
「安心してくれ。その使い手なら先ほど呼び出した。恐らく、もう少ししたらやってくるはずだ」
「へー、それってどんな――」
『ごめんくださーい』
噂をすれば影、という事であろう。
元より人が寄り付きづらそうな内装をしている店の入り口を開けたのは、今話していた魔法の使い手、白餡であった。
おっかなびっくりとした様子で店の中に入ってきた彼女は、ライトとヒカリの姿を発見し、ほっと安堵の吐息を零す。
「あーよかった……本当にこんな所にいるのかって思っちゃいました」
「あっはっはー、こんな所で悪かったねー」
「え、あ、お店の方!? ご、ごめんなさい!」
気を抜くと迂闊になるのは彼女の直すべき部分だろう。
そんな事を考えながら、ライトは小さく苦笑を零す。
とはいえ、これで二つ目の条件を達成することができるだろう。
「ヒカリ、状況の説明を頼めるか? こっちは残りの本を片付けておくから」
「おう、了解だ。けど、魔法ってどこで使えばいいのかな? 街中でぶっ放していいものじゃないし」
「ダメージは発生しないとはいえ、なぁ」
街中は安全地帯であり、スキルを使用したところでダメージにはならない。
しかしながら、それは街中で魔法を放っていいという理由にはならないだろう。
魔法を見せるにも、それ相応の場所が必要なのだ。
「街の外まで行ってやるしかないか……」
「あー、いやいや。大丈夫大丈夫。ここの地下に、覚えたスキルを試すためのスペースがあるんだ。攻撃系は試すためのスペースがどうしても広く必要になるからね。見せてくれるならそこでやればいいよ」
「ほー、地下室か……ロマンだな!」
「あっはっは、ロマンだね!」
何やら波長があっているらしいヒカリとライニ、そしてその間に挟まれながらおろおろと二人の姿を見比べている白餡。
そんな彼女たちの様子を眺めて苦笑を零しながら、ライトは本の片付けへと戻っていた。
恐らく、これで条件を満たす事はできた。
もしも白餡の持つ魔法ですら珍しいと判断されなかった場合は、流石に打つ手がなくなってしまうが――
(図書館の本の山の中から一冊だけ、それもヒントらしいものも無しに偶然手に取るしかない本、それを最後まで読まなければ覚えられない魔法)
これを珍しいと呼ばないならば、何を珍しいとすればいいのか。
それでは、このクエストをクリアする事は殆ど不可能であるという事になってしまうだろう。
未だ、《アモンズアイ》以外の目撃条件は挙がっていない。
調べるにも時間がかかりすぎてしまうのだから、当然といえば当然だろう。
(もしライニが知っていたとしても、それはそれで収穫がある。あの魔法が一体何なのか、それが分かるかもしれないのだから)
図書館の中に一つだけあった強力な魔法。
それも恐らく、無意味なものではないのだろう。
かつて出会った製作者の姿を思い浮かべながら、ライトは最後の本を本棚の中へと突っ込んでいたのだった。
今日の駄妹
「はっ、兄さんが本と戯れている予感が……!」




