34:大図書館へ
「ア、アマミツキ!」
「はい、どうかしましたか?」
プレイヤー運営の喫茶店『コンチェルト』を出た二人は、王都フェルゲイトの大通りを歩く。
町には必ずこういった中央通りと呼べるものが存在し、その先にはワープポータルとなる噴水があるのだ。
現在、アマミツキはそのポータルへの登録を目指し、中央へと向けて歩き続けていた。
そして、そんな中声をかけてきた白餡に、彼女はいつも通りの視線を向けながら首を傾げる。
普段と何一つ変わらぬ落ち着いた返事であったが、白餡はあまり気に入らなかったようであった。
「どうしましたか、じゃありませんよ。さっきの人達の話――」
「《霊王》の事ですか。正直、あの情報は私の一存で教えられるものではありません」
先ほど『コンチェルト』で問われた内容。
兄がかつて在籍していたパーティのメンバー、そんな彼らは、少々特殊な境遇であることをアマミツキは知っている。
とはいえ、彼らの現実世界での事情まで知っている訳ではないが。
「彼らが何故《霊王》の事を調べているのか、そんな事は全く存じませんし、どのような事情があるのかも知りはしません。なので、彼らの行動が私たちにどのような影響を及ぼすのかも分かりません」
「……情報が無ければ、少なくとも行動はしないと?」
「現状では、そうでしょうね。《霊王》とはどうやらこのゲームの世界の神話に登場する存在のようですし、次第に明らかになっていくでしょうけれども」
氷の精霊王のダンジョンで見つけた石碑、そして氷古龍の言葉の中にあった存在。
《霊王》――その正体は、あらゆる本を読み漁ったアマミツキすらも知り得ないものだ。
しかし、どちらにしろ、本来現状では知り得ないはずの情報である以上、安易にそれを口外する訳には行かない。
「兄さんは彼らの事を信用しているかもしれませんが、私はそうでもありません。なので、私から積極的に教えたいとは思わない訳です」
「ですけど、あの人達がそれを悪用するとは……」
「まあ、そもそも悪用できるような情報でもありませんけどね」
肩を竦め、アマミツキは歩行を再開する。
隣に並ぶ白餡は未だ不満げな様子であったものの、アマミツキの意志が固い事を知ってか、積極的に反対意見を口にする事はなくなっていた。
けれど、疑問は未だ残っている。彼女は若干視線を細めて、それを口にしていた。
「あの人達は、どうして《霊王》の事を調べていたんでしょうか。そもそも、どうして知っていたんでしょう?」
「少なくとも、私たちと同じ事をした訳ではないでしょうね。調べていた理由なんてそれこそ分かりませんが」
「……ですよね」
いかなアマミツキとはいえ、人の心まで読める訳ではない。
けれど、仮定と呼べるものは彼女の中に存在していた。
「一応、彼らが《霊王》の存在を知っている事は、あまり不思議であるとは言えません。兄さんが言っていましたが、彼らは《タカアマハラ》のメンバーの知り合い。このゲームに関して何かしら知っていてもおかしくはありません」
「ああ、そういえば……でも、何でその中で《霊王》なんでしょうか?」
「まあ確かに、神話に出てくるのならかなり高レベル帯でのイベントになりそうですしね。今この段階から追い求める必要は無いはずです」
例えどれほど旨みのあるイベントであったとしても、レベルが足りなければ意味が無いのだ。
ならば何故、彼らはそんな存在を追い求めているのだろうか。
それは、アマミツキですら予想もできない事であった。
「彼らは、確実に一番乗りと呼べる早さでギルドハウス運営の店を開店させた……現状では、どれだけ稼いでもギルドの全財産を叩かなければ不可能なレベルの筈なのに。何故、そこまでする必要があったのか……」
「……それも、《霊王》に関係が?」
「さあ。そこまではいくら何でも分かりません。可能性はありますけど、断定する事は不可能です」
彼らが何を思い、あの店を開いたのか。
確かに何か急いでいる様子があったのも事実だが、アマミツキもそこまで推し量る事はできない。
ただ言える事は――
「彼らは、何か明確な意思を……目指すべき目標を持ってこのゲームをプレイしている。あの気迫は、最早遊びとは言えない領域です。何が彼らを追い立てるのかは知りませんが……あの人達は、間違いなくトップを走り続けるでしょう」
「……アマミツキがそこまで言うなんて、びっくりですね」
「私だって褒める時は褒めますよ。それが他人であったとしても」
基本的に家族の事以外は無関心なアマミツキですら、彼らの意思は認めざるを得ない。
彼らは何か明確な意思と目的を持って、このゲームに参加しているのだ。
一体それはどのような理由なのか、このゲームの世界に一体どんな謎が秘められているというのか。
そんな疑問を反芻し、アマミツキは僅かに自らの知識欲が疼くのを感じていた。
「彼らに聞けば分かるかもしれませんが、正直に答えてくれるとも限りません。まあどちらにしろ、話を進めるならば兄さんたちと合流してからです」
「はあ……分かりました」
気になる部分は多いものの、それ以上の問答は無駄だと判断し、白餡はそれ以上の質問を留めていた。
どちらにしろ、パーティの作戦参謀であるアマミツキがこう判断している以上、己が何を言っても無駄だと判断したのだ。
結論ならば合流した時に出せばいい、そう胸中で呟き、白餡は視線を上げる。
ひとまずの目的地である噴水は、既にその全容が掴める程度の距離まで近付いてきていた。
と――次の瞬間、二人の耳に同一の呼び出し音が響いていた。
「きゃっ!?」
「おっと、フレンドチャットですか……はいはい、何でしょうか兄さん?」
『ああ、悪いなアマミツキ。到着してからあんまり経ってないとは思うんだが……』
「いえ、行きは白餡の動物ランドで移動しましたので割かし早く着きました。既に休憩も終えた後ですよ」
『成程、熊か何かに乗ったのか』
熊は意外と素早く、体力も高い。
流石に乗り心地はあまりよくなかったが、早く着ける事に関してはアマミツキも特に文句はなかった。
とりあえずそれは思考の片隅に追いやり、アマミツキは改めて兄に疑問を投げかける。
「それで兄さん、何のご用事でしょうか?」
『ああ、済まないんだが、白餡にこっちに来て貰いたいんだ』
「え? わ、私ですか?」
『ああ、ちょっとクエストで必要になってな。あの龍の事を知ってる魔法使いに会えるかもしれないんだが、その紹介状を貰うのに白餡のスキルが必要なんだ』
「ふむ……成程、そういう事ですか。それでしたらすぐにいけると思います。ちょうど噴水の近くにいますし」
『そうか、それならちょうど良かった。こっちの位置はマップでフレンドマーカーを探せば見つかると思うから、あんまり急がずに来てくれ』
「は、はい。分かりました」
白餡が頷くと共に、軽い挨拶を交わしてフレンドチャットの通話が切れる。
詳しい内容の説明こそ無かったものの、調査が順調に進んでいるらしい事を確認し、アマミツキは満足げに頷いていた。
流石に、そういったシティクエストに手を出す事は予想外であったが。
「……私のスキルが必要って、何をするんでしょうか?」
「さあ? まあ白餡ですから、召喚かあのビームでしょう」
「ビームって……いやまあ、確かに光線ですけど」
必要に迫られて取得した魔法であったが、何だかんだで出番が多い。
《アモンズアイ》を使用した場面をいくつか思い浮かべながら、白餡は小さく苦笑を零していた。
火属性を優先的に取っているヒカリや氷の龍の事もあり、どちらかといえば氷属性に主眼を置いているつもりの白餡であったが、こと重要な場面に至っては、いつもあの魔法が活躍していたのだ。
「まあ、調べが進むんだったら何だっていいですけど。それで、町の登録ってどうやるんですか?」
「普通に、噴水のメニューを開けばいいだけですよ。そこに出てるでしょう」
「あ、成程」
転送メニューなどの下にある登録ボタンを押し、新たにリオグラス王都フェルゲイトを登録する。
アマミツキもそれに習い、二人はようやく、この街に辿り着いた証を手に入れていた。
この状態になれば、噴水さえあればいつでもこの街へと移動する事が可能となる。
とりあえず第一の目標を達成し、アマミツキは白餡のほうへと視線を戻した。
「さて、それでは、私は大図書館の方に向かいます」
「はい。私はニアクロウに戻って、ライトさんたちのお手伝いですね。それが終わったらこっちに戻ってきます」
「いいんですか? 件の魔法使いとやらと話せば、ドラゴンの事について何かしら分かるかもしれませんけど」
「う、それは確かに気になりますけど……でも、アマミツキを一人きりにするのは色々と心配ですし」
無論、彼女に身の危険が及ぶといった理由ではない。
この螺子が三本ほど抜け落ちた思考回路をしている天才にして変態が、一体何をやらかしてしまうのかがさっぱり分からないという事だ。
先ほども、『コンチェルト』の前で唐突に奇行に及んだのだ、それを否定できる人間など誰もいない。
そして当の本人も、それに関しては全く否定する事はなかった。
「さすが、私の親友ですね。私が心配で仕方ないから早く戻ってきたいなんて」
「……微妙に間違ってないのが腹立ちますね」
「ふふ。まあ、安心して下さい。図書館の中では静かに……というのは、私の信条でもありますから。あまり妙な行動をする事はありませんよ」
「自分で妙な行動って言うのもどうかとは思いますけど……頼みますよ」
「はいはい」
いまいち信用ならない、という表情ながらも、一応の納得を示して白餡は転送メニューを開く。
未だ二つしかないその中からニアクロウを選択すると、彼女の身体は足元から銀色の光に包まれ始めた。
速すぎず遅すぎず、上へとせり上がってくるその光の中、白餡は最後にもう一度アマミツキの方へと視線を向ける。
「それじゃあ、お願いします」
「はい、そちらも兄さんと姉さんをよろしくお願いします」
「あはは、私の方がお世話して貰っちゃいそうですけど――」
そこまで口にした所で、白餡の姿は銀の光に包まれて消滅していた。
消え去った彼女の姿を見送り、アマミツキは一息吐く。
アマミツキとて、ふざけるつもりは決して無い。何故なら、今現在兄と姉が頑張っているからだ。
家族たる二人が努力しているというのに、自分が何もしないなどという選択肢は、アマミツキの中には存在しない。
「さて、それでは図書館に向かいましょうか」
王立図書館――それが、目的地の名前だ。
ニアクロウの図書館は、規模こそ大きくなかったものの、蔵書はしっかりしていた。
しかし今回は、あの図書館を遥かに超える規模の建物となるのだ。
蔵書数は比べ物にならず、敷地の広さも遥かに上。
むしろ、規模の大きい都市の中にあってあの程度の大きさしかなかったニアクロウの図書館の方が珍しいかもしれない。
「場所は……お城の近くですか」
白は、フェルゲイトの中心部に存在している。
外から攻められづらい場所に作るのは当然といえば当然だろう。
幸い、大通りからならば城の場所を簡単に見つける事が出来る。
単に、真っ直ぐと進めばよいだけなのだから。
(とりあえず出発、と)
右手で王都のマップを開きつつ、アマミツキは目的地へと向かって歩き出す。
大通りを抜けてしまえば、そのまま城に繋がっているのだ。迷う要素などあるはずもない。
真っ直ぐ進んだ先に見える白亜の城を見上げながら歩んでいたアマミツキは、ふとあるものに気がついた。
道の端々に開いている、小さな屋台のような店。
しかし、売っているものは食べ物などではなく、ポーションや武器といった道具類であった。
「露天……もう生産職が進出し始めているんですね」
ことポーション作りという領域のみで言えば、アマミツキのスキルはここに並んでいる人々よりも上であろう。
けれど、アマミツキにはあのように商売をするつもりなど毛頭なかった。
自分はあくまでも仲間のサポートをする――彼女の考えている事は、ただそれだけだ。
しかし――
(どうにしてもうちは特殊ですからね……仲間に引き込めそうな人がいればいいんですが)
残念ながら、フリーで活動しているような生産職はまだこの場所まで進出してはこれないだろう。
今この場にいるのは、それなりに腕の立つパーティの専属となっているような生産職のプレイヤーたちだ。
ギルド運営のための資金集めや、より質の高い素材の買取。
そういった事を目的として、拠点となる店舗を築いているのだ。
(今の内に名を売っておけば、後々ギルドハウス店舗を作った時にも有利になる……確かに、生産職の人々が急いでここに来るのも頷けますね)
けれど、それは同時に、アマミツキの眼鏡に適うようなプレイヤーが少ない事を示している。
彼女は小さく嘆息し、再び視線を前に戻していた。
気にはなるものの、今悩んでも仕方のない事ではあるのだ。
それよりも今は、図書館に集中しなければ――そう考えて、アマミツキは再び歩き出す。
その視線の先には、白亜の城の近くに建つ、大きな建物の姿が映っていた。
今日の駄妹
「むぅ……白餡め、私を差し置いて兄さんに会いに行くとは。しかし仕事はサボれませんし、真面目にやりましょう」




