32:現実の再現
「はい、お待ち遠さま。特製レアチーズケーキとミックスベリータルトだよ」
「ほほう、これはこれは……素晴らしいですね」
「うわぁ、本当に『コンチェルト』のケーキだ……」
目の前に並んだアイスティーとケーキに、アマミツキと白餡は目を輝かせる。
変わり者と言っても女の子なのだ、甘いものを好んでいる点は変わらない。
そしてそれを差し出した店主レスカーナは、二人の言葉に対してどこか得意げな表情を浮かべていた。
「そりゃあ勿論、一年も店長の所で勉強したんだから、これぐらい出来なきゃ話にならないからねぇ」
「しかし、現実の料理をここまで再現できるものなんですね。結構手間が掛かると思いますが」
「材料自体は、現実の物と全く変わらないものを用意できるからね。ニアクロウに行けば何でも揃うよ。あとは、性能のいいオーブンさえあれば何とかなるって訳だね」
ぽんぽんと手元のキッチンを叩き、レスカーナは上機嫌にそう告げる。
《BBO》において、料理はスキルを使用すれば現実と寸分違わぬ方法で作る事が可能だ。
ニアクロウほど大きい都市であれば大抵の材料は揃う。名前こそ現実のものとは少々違うが、見てくれは基本的に何も変わらないのだ。
ただし、時折現実に無い果物や野菜が存在するので、それに関しては手探りでの使用を強いられてしまうのだが。
と、ブルーベリーのような実を落とさぬよう器用にフォークへ載せていた白餡は、ふと顔を上げて疑問符を発する。
「いつもニアクロウまで買い物に行ってるんですか?」
「ああ、うん。噴水のワープポータルを使えばあっという間だしね」
「そういえば、そういう機能もありましたね。兄さんに会いに行きましょうか」
「本来の目的を放り投げないでください」
一度行った街へは、ワープポータルを使って移動する事が可能だ。
これは街の中心にある噴水が目印であり、そこでのみ開けるメニューから選択する事ができる。
ただし、制限がある事も事実だ。
一度でも行った事のある街でなければならないのは当然として、噴水がない小さな村などへはワープできないなどの点もある。
更に、国を挟んだワープも不可能であり、決して万能の移動手段という訳ではなかった。
そんな情報を脳内の記録から取り出したアマミツキは、レアチーズケーキを嚥下してひょいとフォークを動かしつつ声を上げる。
「これだけの味となると、相当《クッキング》の熟練度を上げる必要があると思うのですが」
「うん、まあそれなりかな。ワタシはこれを集中して育ててるわけだしね。レベルに関しては、皆に付いて行くだけですぐに上がるし……その間はNPCに店番を頼めばいいしね」
「店番って、そんな事も出来るんですか?」
「オリジナルの料理は、完成させると《クッキング》の派生スキル《レシピ作成》でレシピ化する事が出来るからね。それをNPCに渡しておけば、NPCでも同じ料理が作れるよ。ま、アレンジは利かないからワタシが作った方が美味しいけど」
「ほうほう、それは中々面白い機能ですね」
プレイヤーがいつまでも店に張り付いている訳にはいかない、そのための救済措置が店番NPCであった。
商業ギルドと言う施設があり、そこではある程度の期間を指定して金でNPCを雇う事ができるのだ。
NPCにもそれぞれ能力があり、レスカーナが雇ったのはリストの中でも特に料理系統のスキルが優秀な者だった。
そうして雇ったNPCには店番や給仕など様々な指示をする事が出来、プレイヤーも店を離れて活動する事が可能なのだ。
「そういえば兄さんが言ってましたね、貴方たちがこういう店をやろうとしてる云々という話。中々好評のようですね、部長さん」
「あっはっは、だからもう部長じゃないんだけどね。うん、でも好評なのは我ながら頷けるかな。たぶん、これだけ素早くギルドハウス改造を済ませられたからこそって言うものあるだろうけど」
「そういえば、大きい家を借りてるだけじゃなくて、内装まで完全に弄ってありますもんね……一体どれだけお金かけたんだろう」
「殆ど全財産ですよ、全く……まあ、店のおかげでお金は入ってきてますけど」
そう口にしたのは、巫女服を纏った少女、アンズであった。
給仕服ではなく巫女服のままな事には若干何かしらの意図を感じさせる部分があったが、二人はそれに言及する事は無かった。
目の前のケーキの方が大切だったのだ。
どちらかと言えば、まだその金額の方が気になるレベルではある。
「プレイヤースキル特化でレベルとステータスに関しては恐らく全プレイヤー中トップであろう貴方たちの全財産ですか……むしろ、それぐらいかかる物なんですねぇ」
「いえ、むしろこの序盤でこれだけの条件のギルドハウスを購入できた事自体がおかしいと思いますけどね」
「はっはっは、おかげでかなりレベル上がっちまったからな!」
「もうすぐ上級職っていうのは明らかにやりすぎだと思うけどねぇ」
そんなレスカーナの言葉に、白餡は口をつけていたアイスティーを噴出しかけていた。
上級職の転職可能レベルは30からである。これを選択するとメインクラスが変化し、より強力なスキルとステータスを得られる。
本来であればメインクラスを変更した場合レベルがリセットされるのだが、上級職の場合はレベルは変化せず、30から継続して育成する事が可能だ。
この転職の際、それまでのプレイヤーのプレイスタイルによって転職可能な職業が表示される。
基本的にはそれまでの基本四職の派生なのだが、何らかの条件を満たしていた場合に発生する隠しクラスが存在するのだ。
「そういえば、そちらのパーティには隠しクラスを狙っている方がいたんでしたっけ?」
「おう、ケージだな」
「ああ、そうだね。彼もまあ、良くあんな玄人好みしそうなクラスをやろうと思ったものだよ」
「トラップばっかり使ってるんでしたっけ……」
ライト越しに聞いていた少年の成長方針に対し、アマミツキは若干感心したように頷く。
とはいえ、それに関しては自分の兄も人の事を言えない代表である事は間違いないのだが。
その事を覚えていたバリスは、にやりとした笑みを浮かべてアマミツキへと問いかける。
「お前の兄貴の方はどうだよ、空飛んでるのか?」
「はい、それはもうすごく飛んでますね。最近は主砲が追加されて馬鹿にならない戦闘力になってきました」
「主砲って……何の事ですか、それ」
「火力特化のメイジを背中に乗せて飛んでます。たぶん、ネタビルドスレかなんかで話題になってるんじゃないですかね?」
「ああ、プリスが話題になってたあそこ……」
口元を引き攣らせるアンズと、その様子に首を傾げる白餡。
彼女はあまり、掲示板を覗く人間ではなかったのだ。
そんな彼女の様子に対し、片手でウィンドウを開いたアマミツキは、お気に入り登録していた掲示板を呼び出す。
「これですね」
「はぁ……ああ、成程。そりゃあ目立ちますもんね、ライトさん」
「姉さんも一緒に目立ちまくりです。まあ、この先輩方のところにいるプリスさんもリアルチート剣士として有名になっているようですが」
「えっと、対人戦最強? これ本当なんですか?」
「まあ、あながち間違いとも言えないんですよね……」
ちらりと店の中――NPCが給仕をしている様子を眺めながら、アンズが嘆息交じりにそう呟く。
現実世界の彼女、神代杏奈は現在中学三年生。アマミツキたちにとっては一年下の後輩であった。
相手が先輩だからか、或いは客であるからか、敬語を保ったまま彼女は軽く肩を竦めて声を上げた。
「あの子の実力は本物ですよ。一年前だったらいざ知らず、ここ数ヶ月でかなり力を付けちゃいましたからね。ありえないのは、今の所こっちの世界よりも現実世界のほうが強い事だと思います」
「え? い、いやいや、そんな馬鹿な事……」
「プリスはそういう子なんですよ。これが現実世界そのままだったらどれだけヤバイんだか」
乾いた笑みと共に告げられた言葉は俄かに信じがたいものであったが、そこには現実であると信じさせるだけの凄みがあった。
プリス――篠澤姫乃は、現実世界においても非常に高い実力を持った剣士なのだ。
その情報に関しては、アマミツキもかつて耳にした事がある。
一年生の頃は剣道部に所属していたが、現在の師匠の下で修行するために剣道部を退部。
その後実力をつけ、彼女はたった一人で剣道部員全員を同時に相手取って圧勝できるほどの剣技を手に入れたのだ。
そんな現実の実力に、こちらの世界の実力が未だ追いついていないと、アンズはそう口にしている。
(……体の動きが追いついていない? いえ、彼女はステータス特化構成にしているのだから、それは無い筈。なら、一体何が?)
ケーキを口に運びながらぼんやりとした表情を浮かべ、けれど内心では鋭く視線を細めながら、アマミツキは胸中で思考する。
スレで話題になっている通り、プリスはスキルポイントの大半をステータス強化に費やしている。
現在、基礎能力値という点に関して言えば、彼女は間違いなく最強となっているのだ。
現実世界での実力と、非常に高いステータスに加え、的確に弱点を狙い打つ戦法によって、彼女はレベルの高いエリアであっても有利に戦闘を進める事が出来ている。
かなり無茶苦茶をしてレベルが上がっているライトたちよりも更に高いレベルを持っているのだ、現状では全プレイヤー中最も高い実力を持っているといっても過言ではないだろう。
(このゲームにはログイン時間制限がありますから、廃人勢との差はそこまで大きくは出来づらいですし……と、それは別に関係ないですね。とにかく、今の状態で現実世界より弱いというのはちょっと理解できませんが)
流石に冗談だと考えているらしい白餡の表情を横目に見つつ、アマミツキは僅かに目を細める。
勘に引っかかる部分はある――が、それを問い詰めるほどの理由も無い。
軽く肩を竦め、アマミツキは再びケーキを口に運んでいた。
それ程大きいとは言えないケーキは、黙々と食べればすぐに無くなってしまう。
味の良さも相まって、客の回転率については中々に高いものであった。
「ふむ……ケーキを食べても体重を気にしなくてもいいというのは素晴らしいですね」
「あはは、そうだねぇ。ワタシも試作品を良く食べてるから、体重はいつも気を使ってるよ」
「先輩は栄養がみんな胸の方に向かってるからいいじゃないですか。私やプリスはもっと気をつけてるんですから」
「あははは……でもやっぱり、女性客の方が多いですよね。物珍しさもあるみたいですけど、これからもっと流行りそうです」
そんな白餡の言葉に、アマミツキも内心で同意する。
体重の問題は、今も昔も変わらずに女性を苦しめる事柄なのだ。
いくら食べても太らないケーキなど、彼女たちにとっては夢のようなものだろう。
尤も、アマミツキはそこまでスイーツに対して情熱を傾けている訳ではないのだが。
「まあ、現状では知名度を独占している形ですからね。生産職が自分たちの拠点を完成しきっていない中で、これだけの規模を展開しているのですから。料理効果に関しても中々高いみたいですし」
自らのステータスを確認して、アマミツキはそう口にする。
《クッキング》で作成した料理は、食べるとステータスアップの効果が発生するのだ。
チーズケーキはAGI、ミックスベリータルトはINTに対するボーナス効果となっている。
ステータスの上がり幅や効果時間は《クッキング》の熟練度と使用した材料のグレードに影響されるため、現状でこれだけの効果を持っているのであれば、これから先も期待する事が出来るだろう。
そんな事を考えながら――アマミツキは、僅かにトーンを落として声を上げた。
「これだけ急いだ理由、果たせればいいですね」
『――――っ』
「え? どうかしたんですか?」
そんなアマミツキの声に、白餡以外の三人が息を飲む。
分かりやすい彼女たちの反応に、アマミツキは小さく笑みを浮かべていた。
理由がなければ、これだけの規模の店を急いで作り上げる理由は無い。
素早く市場を掴む理由は、ただの資金集めだけでは無い筈だ。
そう考えて、アマミツキはレスカーナの方へと視線を向けていた。
「……はは、流石は天才少女。油断できないね」
「あまり買い被られても困りますが」
「いやいや、事実だよ。それなら、君にも聞いてみようかな」
笑みを戻したレスカーナは、けれどどこか警戒の色を楽しそうに滲ませながら、そんな言葉を口にする。
しかしその声音の中から、いつもの冗談じみた調子は消え去っていた。
「君は、《霊王》を知っているかい?」
「え!?」
「……そうですね、多少は知っています」
反応を返してしまった白餡に胸中で舌打ちし、アマミツキはそう返す。
これに関しては、本来あまり知られるべきではない事柄だったのだ。
だが、このあからさまな反応を見逃してくれるほど、レスカーナは甘い相手ではない。
小さく嘆息し――アマミツキは、先手を打って声を上げながら席を立つ。
「その情報に関しては、兄さんと姉さんの指示を仰ぐ必要があります。また来ますので、その時にでも」
「……ふむ、分かったよ。それでは、またお越し下さい」
「あ、ちょっと、アマミツキ!?」
料金を置いて去ってゆくアマミツキに、白餡は困惑しつつも礼をしながら彼女の背中を追いかける。
彼女の中には――いくつかの疑問が、渦を巻くように存在していたのだった。
今日の駄妹
「兄さんと一緒に喫茶店デート……ふむ、あーんよりも口移しの方が私的に欲しい感じですが」




