31:NPCの噂話
「――バーボンをロックで」
「いきなり何言ってんだお前は」
酒場に着き、カウンター席に腰掛けたヒカリが発した言葉に、ライトは半ば反射的にそうツッコミを入れていた。
ライトが以前、ケージたちと共にレッサードラゴンを討伐した際、打ち上げのために利用した場所だ。
ニアクロウのスタート地点である噴水広場より、真っ直ぐ大通りを通っていけば見つかる場所。
ゲーム中の憩いの場として利用されている店舗であり、人の出入りは中々に多い場所だった。
しかしそんな中、二人が情報を聞き出す相手として選んだのは、カウンターの中に立つ店主だったのだ。
(……元冒険者って風情だよな、このオッサン)
非常に筋肉質な巨体に、口髭を蓄えたナイスミドル。
頭に巻いたバンダナは毛が落ちるのを防ぐためであろうが、見た目だけでは山賊か海賊の頭領のようにも見えてしまう。
着けているエプロンのおかげで何とか店の人間に見えているが、外を歩いていれば確実に冒険者NPCの扱いを受けていただろう。
そんな店主は、グラスを綺麗に磨きながら、目の前に座ったヒカリを一瞥する。
ちなみにではあるが――そんな彼女は、ようやく150cmに届いた程度の低身長である。
「……ガキに出す酒はねぇぞ」
「ほうほう、一応ゲーム内でも未成年は酒を呑めないと」
「まあ、そりゃなぁ……そういうのを助長するような事は出来ないだろ」
一応、その辺りは責任問題にもなりかねない内容だ。
幸い、キャラクター情報の中にプレイヤーの年齢は含まれているため、それを調べる事はあまり難しくはないのだが。
即ち、今二人の目の前にいる店主は、ヒカリの事を見た目だけで判断したわけではないのだ。
どちらにしろ、ヒカリは未成年であるため、呑めない事に変わりはないのだが。
「ガキはミルクでも飲んでな」
「ほほう、このあたりもネタをわきまえているとは」
「その辺は変な凝り方してるよなぁ、あの製作陣は」
以前出会った狐耳の女性の姿を思い返し、ライトは小さく嘆息をこぼす。
他のメンバーは定かではないが、少なくとも常世思兼と名乗った彼女は、そういった事を嬉々として行いそうであったのだ。
そんな微妙なテンションに苛まれながらも、ライトは店主の巨体を見上げて声を上げた。
「なあ、店主さん。情報を聞きたいんだが」
「……ほう?」
キュッと、綺麗な布でグラスを鳴らし、店主は興味深そうにライトの方へと視線を向ける。
まるで睨まれているかのように鋭い視線であったが、どうやら別に聞きとがめているという訳ではないらしいと判断し、ライトは続けた。
「ここから東に行ったところにある山。あそこにはドラゴンが住んでるって聞いたんだ」
「それに関して何か知ってる事があったら、あたしたちに教えて欲しい」
一応卵の事は伏せ、あの山にいるドラゴン――氷古龍の事に関して尋ねる。
NPCに知られたからどうなるという話ではないだろうが、ここでは他のプレイヤーの目もあるのだ。
万が一知られてしまえば、根掘り葉掘り聞き出される事にもなりかねない。
二人の言葉を聞き、店主はしばしじっと二人の事を見つめていた。
が、一度小さく息を零すと、磨いていたグラスを置いて声を上げる。
「確かに、そういう言い伝えはあるな。あの山には、巨大な龍が住んでいる」
「目撃談でもあるのか?」
「直接見た、って話は聞いた事がねぇな。伝承に、『山より巨大な龍が姿を現し、飛び去っていった』とか『山より吹く冷たい風は龍の羽ばたきなのだ』とか、そういう事が伝えられてる程度だ」
つまり、自分たちは凄まじく貴重な体験をしたという事になる。
思わず目を見合わせ、ライトとヒカリはぱちくりと瞬きをしていた。
苦労しなかったと言えば嘘になるが、ある程度のレベルがあれば攻略できるダンジョンだったのだ。
もしもあれから先もかなりの階数が続いていて、上に行けば行くほど強力なエネミーが出てくるという事であれば話は別だが。
「住んでいるのは氷の属性を持つエンシェントドラゴンだって話だが……まあ、あの山のどこかに氷の精霊王を祀った神殿があるって話だからな。それだったら、そんな龍がいてもおかしくはないだろ」
「氷の古龍はその神殿ってゆーのを護ってるのか?」
「ああ、古龍ってのは精霊王の眷属だ。ま、そんなところを襲おうなんてバカはいねぇだろうけどな」
最強の龍種であるエンシェントドラゴンと、スピリット系の頂点に立つ精霊王。
その二つを相手にして、果たして生き残れるようなものが存在するのか。
どう考えても物語の終盤辺りにありそうなイベントの気配に、ライトは思わず口の端を引き攣らせていた。
少なくとも、レベル30そこらで何とかできるような相手だとは到底考えられないだろう。
今現在彼の中では、アイス・エレメンタルの存在が『ボス』から『後半普通に出てくるようになる中ボス』へと格下げされていた。
店主は二人の様子を見て軽く肩を竦めると、ことんと二つのマグカップを二人の前に差し出していた。
中に入っているのは、湯気を立てているホットミルクだ。
「ほらよ、無料じゃねぇぞ?」
「……まさか、本当にミルクを出してくるとは」
冗談の一種だと思っていたそれに軽く苦笑しながらも、ライトはマグカップを受け取っていた。
隣のヒカリも上機嫌な様子である事を確認して、彼は喋る事で乾いた喉を僅かに潤していた。
そうして一息吐いてから、ライトは改めて声を上げる。
「それじゃあ、その古龍の事について何か知っていないか? どんな風な生態なのか、とか」
「んな事知ってるわけねぇだろ……エンシェントドラゴンってのはあれだ、半ば神にも近いような存在なんだぞ? そんなのが何食ってんのかとか、俺が知る訳ねぇだろうが」
「にはは、そりゃそうだ」
とはいえ、それでは困ってしまうのだが。
卵の孵し方に関しては、これまで白餡が行ってきた方法で間違いはない。
あの卵に対して氷属性の魔法を使用すると、ゲージのようなものが表示されて魔法が吸収されるのだ。
白餡があの作業を続けている内に、ゲージも僅かながらに溜まって来ていた。
となれば、あの作業を続けていればいずれ卵は孵化するであろう事は予想できる。
問題は、その先なのだ。
「それじゃあさ、おっちゃん。そういうのを調べてる学者みたいな人っていないのか?」
「学者だと?」
「そんなに高名なドラゴンなら、調べようっていう学者はいるんじゃないかなーって思ってさ」
ふと思いついたようにヒカリが口にした言葉――それに対し、ライトは思わず目を見開いていた。
ゲーム的な思考ではなかったため気付かなかったが、普通に考えればその通りなのだ。
ここは大きな都市であり、そして非常に稀有な存在の伝承が残っている場所である。
それならば、そういったものを調べている存在がいたとしても、何もおかしくはないのだ。
そんなヒカリの言葉に対し、店主はしばし黙考する。
口元に手を当て視線を外したその仕草は、記憶の中の心当たりを探ると言うよりも、何らかの事に対し逡巡しているようにも感じられるものであった。
そんな姿を認めて、ヒカリは小さく笑みを浮かべる。
「何か、心当たりあるんだ?」
「あー……見かけによらないな、お前。ったく、あんまりこれは言うべきじゃねぇんだけどな……」
店主は軽く嘆息すると、改めてヒカリの方へと視線を向けた。
その小柄さゆえに子供にしか見えない彼女であるが、受けている教育はかなりのものであり、さらに彼女自身努力を重ねている人間である。
舐めて掛かった相手が痛い目を見ているのは、かつて共に暮らしていた時にも幾度か遭遇した場面であった。
それに関してはアマミツキも同じように厄介な手合いであったが。
「流石に、お前が言うような学者とか、そこまでは知らん。確かにそういった奴もいなかった訳じゃないんだが、この街に定住してまで調べてる奴は聞いた事がない」
「ふむ……どうする、ヒカリ?」
「んー、流石に遠く離れた場所まで探しに行くのはリスクが大きいしなぁ」
近場ならばともかく、他国などであれば辿り着くにもそれ相応の時間がかかってしまう。
それに、現状のレベルでそこまで遠出ができるのかどうかも疑問なところであった。
しかし、ヒカリの表情の中にはあまり不安の色などは存在していない。
彼女は気付いていたのだ。この情報は、店主が出し渋ったものではないのだと。
この程度の情報ならば、それを口にする事を逡巡する必要もないはずなのだから。
「ならおっちゃん、他にそういった情報を知ってそうな人、心当たり無いの?」
「……仕方ねぇか。お前らも何か訳ありっぽいし、聞かなきゃ中々帰らねぇだろうからな」
そう口にすると店主は肩を竦め、その視線を右上の方へと上げた。
顎でしゃくるようなその仕草に、ライトとヒカリは首をかしげながらも同じ方向へと視線を向ける。
雑然とした店内、あまり人の姿は多くないカウンターの近くを通り過ぎ、窓の方へ。
そこから映る景色の中には、一つの高い建物が存在していた。
「あそこが、この辺りの土地を治めている領主の館だ。かなり昔からある家でな、代々この辺りの平和を保って下さっている」
「領主……その人が、ドラゴンの情報を知ってるって事か?」
「焦るなよ、小僧。あそこには、一人の魔法使いが滞在しているんだ」
魔法使いと言うその単語に、ヒカリがぴくりと反応する。
ヒカリの火力傾倒も、魔法に対する憧れから生まれている部分が多いのだ。
NPCの魔法使い、しかも貴重な情報を知っていそうな存在。
それだけあれば、彼女の目を輝かせるには十分であった。
「それで、どんな人なんだ!?」
「おいおい、いきなり食いつきがいいな。彼女はかなり力ある魔法使いで、『メモリーマスター』とか『エレメンタルマスター』とかそんな風に呼ばれてる人物だ」
聞きなれない単語に、ライトは目を細める。
ただの称号なら大した意味はないが、これが隠しクラスであればそれなりに大きな情報だ。
ケージの件もあり、隠しクラスというものは、普通ならばしないようなプレイ方法の先に存在している物なのではないか、というのがライトの見解である。
その場合、下手をすると自分たちのパーティは全員がそうなってしまうのではないかという懸念もあったが。
「……その人は、全ての属性魔法が使えるとか?」
「ああ、そういう事だ。それも、全てが高いレベルでな」
「ふーん……全ての属性を覚えた場合の隠しクラスとか?」
「ありそうだな。まあ、誰か試してそうな内容だし、その内判明するだろう」
ともあれ、自分達は既に現在のスタイルを確立しているのだ。
いくら隠しクラスの可能性があるといっても、わざわざ今現在のスタイルを変える理由にはならない。
二人で空を飛ぶあの形が、最良の形であると言っても過言ではないのだ。
二人は顔を見合わせて頷き、改めて店主の方へと向き直る。
「で、その人なら何か知ってるかもしれないのか?」
「ああ。姿こそ若い女だが、既に数百年生きているとすらいわれる人物だ。それなら、あの山の事も詳しく知っているかもしれないぞ」
「ほー……なるほどなるほど、それは確かに期待持てそうな感じだな!」
相手が魔法使い、しかも長命で強力な存在。ただそれだけで、ヒカリのテンションは際限なく上がり続けている。
そんな彼女の様子を苦笑しつつも微笑ましく見守りながら、ライトは店主に対して声をかけた。
「だが、領主の館ってのはそんなに簡単に入れるものなのか? かなり偉い人なんだろう?」
「一応役所みたいな場所でもあるからな。ある程度の所までは入れるが、そこから先は難しいな」
「その魔法使いも、やっぱり奥の方にいるのか?」
「まあ、知り合いじゃなきゃ呼び出しは難しいだろう」
その言葉に、二人は同時に眉根を寄せる。
知り合いであるはずがない。ならば、どうすれば会えるというのか。
早くも直面した問題に、二人は目を見合わせていた。
と――そんな二人の様子に、店主がくつくつと笑いを零す。
「まあ、確かにお前らが会おうとしても中々会える相手じゃねぇだろうな」
「けど、それならどうしろと?」
「簡単だ、紹介状を書いて貰えばいい」
「紹介状?」
店主の言葉に、ヒカリは思わず首を傾げる。
言いたい事は分かる。件の魔法使いの知り合いを探し出し、その人物に紹介状を書いて貰うのだ。
確かに、それならば会える可能性もかなり高まるだろう。
「成程……けど、その紹介状を書いてくれる人はどこに居るんだ?」
「ああ、この通りを向こうに行った所に書店がある。その店は彼女の行きつけの店らしくてな、あそこの店主も友人だとか自慢してやがった」
「本屋かー……何か、それはそれで面白そうなところだな」
「アマミツキが読み漁ってたりしないだろうな……」
店先で本を読んで内容を暗記するという行動は、現実世界でも度々行っている行為であった。
どう考えてもずるいが、それを咎められる人間も存在しない。
別に、盗んでいるという訳ではないのだから。
「まあとにかく、あいつならば紹介状を書いてくれる可能性が高いだろう。試しに行ってみるといい」
「うっし。それならやってみるか、ライ」
「ああ。ごちそうさまでした、情報提供感謝します」
「止せよ、いきなり丁寧な言葉使うな、気持ち悪い」
客に対して言う言葉では談じてない、と苦笑しつつ、ライトはテーブルに料金を置く。
そうして二人は、ひらひらと手を振りながら店の外へと歩いて行ったのだった。
今日の駄妹
「ゲーム内で兄さんにお酒を飲ませる……店売りは無理ですか。レアアイテムなら何かあるかも……」




