30:王都フェルゲイト
「と、ゆーわけで……やって来ました、リオグラス王都フェルゲイトです」
「お願いだから万歳しないで下さい、ただでさえ目立ちかねないんですから」
初期設定でリオグラスを所属国家にした者にとっては、ある種大きな拠点であるともいえる場所。
リオグラス王国の王都、フェルゲイト。
店舗などの活気で言えばニアクロウの方が上であるが、こちらの方がランクの高い店が揃っており、更にプレイヤーたちにとっては重要なものが多く存在している。
そこへと足を踏み入れるための門の下に立ちつつ、白餡は隣に立つ変人の奇行に辟易しながらも周囲を見回していた。
「結構人がいるんですね、ゲーム始まってからそこまで経ってないと思いますけど」
「買い物をするならニアクロウ、ゲーム上あると便利なものが多いのはフェルゲイトです。こちらに来てるのは、固定パーティが出来てる人たちとか、割とレベルの高い人達ですかね」
フェルゲイトには、ギルド結成のための窓口が存在しているのだ。
ギルドを結成してパーティメンバーを登録しておく事や、ギルドハウスの購入などもある。
また、ギルドクエストと言った特殊なミッションも存在しているため、ある程度ゲームにこなれてきたプレイヤーはこちらに拠点を移す事が多いのだ。
それなりに高級な装備も売っていることから、ニアクロウは初心者向け、そして初心者を脱した者達がフェルゲイトに足を踏み入れるようになる、と言う認識があれば十分であろう。
「で、図書館に行くんでしたっけ?」
「はい。入るのに特に条件などは必要なかったと思います。まあ、貸し出しには何かしらの条件がつく、と掲示板で話があがっていたような気がしましたが」
「へぇ……まあ、借りてくるつもりはないんですよね?」
「そうですね。その場で暗記してしまえば済む話ですし」
そんな無茶苦茶な行為が可能なのはアマミツキぐらいだろう、とは考えつつも、白餡は特に口は出さずに肩を竦める。
別にそれで損をしているわけではないのだ。それならば、今は問題は無いだろう。
むしろ、有効に活用していくべき事柄だ。
「場所は分かってるんですか?」
「正確な部分までは知りません。まあ、城の方にあるらしいという話は聞きましたけれども」
「成程、それならちゃっちゃと探すとしましょうか」
アマミツキの言葉に頷き、白餡は歩き始める。
城の方と言われれば、特に迷う事も無くそこへと向かう事が出来るだろう。
巨大な白亜の尖塔が並ぶ、大きな建造物。
それは、このフェルゲイトのどこからでも目にする事の出来る場所なのだから。
白で統一された景色は清潔感が漂い、美しく整然と立ち並ぶ中にも人の活気を感じ取る事が出来る。
この光景を目にする事が出来ただけでも、この街に来た甲斐があったと――白餡は、胸中でそう呟いていた。
街の中に人の姿は多いが、それ程大きな喧騒は感じず、どこか落ち着いた雰囲気が漂う。
まだ慣れていないプレイヤーがむやみやたらと騒いでいる姿が見当たらないのだ。
「こういうちょっと落ち着いた雰囲気もいいですよね」
「煩すぎず静かすぎず、と言った感じですか? 私は静かな方が好きですよ。兄さん除く」
「貴方はもうちょっと社交性とかそういうものを手に入れたほうがいいと思います」
「割とブーメラン発言ですよ、白餡」
正論と言えば正論な言葉で返され、白餡は口元を引き攣らせる。
若干人見知りな部分のある彼女では、確かにあまり他人の事を言えた義理ではなかっただろう。
言い返すことも出来ず沈黙した白餡は、誤魔化し紛れに周囲へきょろきょろと視線を走らせていた。
「ニアクロウほどじゃないですけど、やっぱりお店はありますね」
「まあ、無くても困りますからね。見て行きます?」
「んー……ちょっと気になりますけど、私としてはやっぱり卵を優先したいですから」
「そして毛玉ドラゴンをモフりたいと。その時は是非私もご相伴に預かりたいところです」
「その前に餌の事を調べないと、ですけどね」
白餡ほどではないが、アマミツキも動物はそれなりに好んでいる。
尤も、好むの方向性が少々異なっている事は無きにしも非ずだが。
アマミツキのそれはどちらかと言えば生物学的な方面の興味に傾いているため、あまり妙なことをしなければ良いのだが――というのが、白餡の認識でもあった。
小さな嘆息と共に、彼女は王都の街並みの観察へと戻る。
「武器屋、防具屋、道具屋……あそこの建物は何でしょうか。人が集まってますけど」
「ああ、あれがギルドを登録できる所ですね。私たちも兄さんと姉さんが合流したら行きましょう」
「今考えると、無茶苦茶なパーティ構成ですよねぇ、私たち」
メイジ三人にスカウト一人というどう考えてもバランスの悪いパーティ構成に、白餡は小さく嘆息を零す。
今までは運と相性で何とかなってきたが、ここから先はそうも行かないだろう。
前衛のパーティメンバーも探さなくてはならない。けれど、初対面の相手と一緒に行くのも少々怖い。
そんな複雑な感情を抱えたまま、白餡はふと、ギルド登録所ほどではないが人の姿が多い店を発見していた。
大きな通りに面したそこは、店の外にいくつかのテーブル席が存在しており、何人かのプレイヤーがそこで談笑している。
「喫茶店? ゲームの中なのに?」
「む? ふむ、あんな店の情報は聞いた事が無いですね」
「ええと、喫茶『コンチェルト』……って、ええ!?」
その名前に、白餡は驚愕の声を零す。
何故ならその名前は、二人が住んでいる街の喫茶店と全く同じものであったからだ。
店の人は女性一人、後はバイトと家族による手伝いで経営している小さな喫茶店。
その店の外装と、今二人の視線の先にあるそれは、殆ど変わらないものであった。
「あ、看板の端っこの方に《BBO支店》とか書いてありますね。と言う事は、やっぱりあのお店でしょうか」
「な、何でゲームの中に『コンチェルト』が……?」
「ふむ……あのお店はスポンサーやれるほど大きな規模ではないと思うんですけどね。ちょっと覗いてみますか」
「え、ええ」
相変わらず冷静なアマミツキに対し、白餡は動揺を隠せていない。
そんな対照的な様子のまま、二人は喫茶店のほうに近付いてゆく。
と――その、次の瞬間。
「どっせぃいいッ!」
「うわあああああ!?」
「ひぃ!?」
――開け放たれた扉から、一人の男性プレイヤーが外の通りへと叩き出されていたのだ。
横を掠めるように吹き飛ばされていったその男に対して白餡は悲鳴を上げかけるが、その辺は全く気にする事無く、アマミツキは店のほうへと視線を向ける。
その入り口の場所には、一人の男性プレイヤーが仁王立ちしていた。
「プリスを仲間に勧誘とはふてぇ野郎だ! この俺の目が黒いうちは、そんな事はさせねぇぜ!」
「いや、今現在あんたの眼は黒くないでしょ」
銀髪のドラゴニアンと思われる男性は、地面に叩きつけられた男性へびしりと指を突きつけながら声を上げる。
その後ろ、店の中からどこか呆れたような声が響いていたが――それは気にせず、アマミツキはじっとその男の事を見つめていた。
見覚えのある姿ではない。記憶に関してはこれ以上なく確かなアマミツキが断言するのだ、それは間違いない。
だが、一つの確信が彼女の中には存在していた。
そして、相手の男性もまた、ふと気がついてアマミツキの方へと視線を向ける。
「…………」
「…………」
共に、無言で見つめあう。
その妙な雰囲気に気付いたのか、白餡は交互に二人の姿を見つめ、首を傾げていた。
そんな状況がしばし続き――そして、二人は唐突に動きを見せる。
「妹道とは!」
「愛でる事と見つけたり!」
ビシッとポーズを決め、二人はまるで示し合わせたかのようにそう叫ぶ。
思わず目を点にする白餡を他所に、二人は周囲の目線を気にせず声高に声を上げていた。
「妹に頼られる事こそ!」
「兄の本懐!」
「妹を護る事こそ!」
「兄の使命!」
一言ずつポーズを変える二人であるが、相談もしていない筈なのに全く同じポーズを取っている。
ここは喫茶店の前であり、店の中にも外にも人の姿は多い。
当然、二人の奇行には周囲の奇異の目線が集まり始めていた。
が、それらに対して全くめげる様子もなく、それどころか更にテンションを上げて二人は叫ぶ。
「兄妹の関係こそが――」
「――世の至高にして無二の繋がりである!」
最後に、まるでどこぞの拳法のような姿勢を取りながら固まる二人。
呆れを通り越して感心していたらしい周囲の人々からは、半ば呆気に取られた様子のまま疎らな拍手が発生していた。
そしてそんな微妙極まりない空気の中、二人はつかつかと歩み寄り、固い握手を交わす。
「お久しぶりです、先輩。日頃兄さんに妹の素晴らしさを説いて下さってありがとうございます」
「何、妹を持つ兄同士、合う話もあるってだけだ。あいつも中々の妹愛だぞ」
「私にはあまりデレてくれないのですが、それもまた良し。しかし、先輩は大丈夫ですか? 妹をあちらの先輩に取られてしまいましたが」
「ふっ、兄は妹を愛でるものだ……妹が幸せならば、それ以上の幸せなど存在しない!」
「成程、微妙に悔しそうではありますが、素晴らしいお考えです」
まるであらかじめ示し合わせていたかのような会話であったが、生憎とそういった事情は全く無い。
そもそも、この場で出会うこと自体が予想外だったのだ。この男性――篠澤友紀と。
アマミツキの視点では、彼は現実世界における兄の同級生であり、妹を持つ兄として妹談義に花を咲かせる事がある関係である。
結局の所、どちらも変人であると言う結論に落ち着くのだが。
「えっと、あの、アマミツキ……? け、結局ここは何なんですか……?」
「おっと、済みませんでした白餡。思いがけず同志を見かけてしまったもので」
「同志って……」
周囲の視線が集まる中、他人の振りをしようか最後まで悩んでいた白餡が、半ば諦めの混じった口調でそう声を上げる。
一応、アマミツキも目の前の男性が誰であるか、一応の想像は出来ていた。
以前にも何度か、アマミツキに付いて来た時に見かけた事があったのだ。
流石に直接話した事は無いため、若干引き気味ではあったが。
「とりあえず、ここはあの『コンチェルト』でいいんですよね?」
「ああ、それは――」
「認識としては間違ってないから、いつまでも入り口で馬鹿な話するのは止めて貰えないかしら?」
と、そこに一人の声が割り込む。
この言葉を発したのは、男の背後に立っていた巫女服の女性プレイヤーだった。
赤い鼻緒の下駄を履いた足で軽く男の事を蹴りつけると、彼女は嘆息交じりに店の中を示す。
「店の人間が営業妨害してどうするのよ。ほら、さっさと入ってきて落ち着きなさい。そこのお二人も、どうぞ」
「はい」
「あ、ええと……わ、分かりました」
何の遠慮もなく頷くアマミツキと違い、白餡はかなり気が引けていた様子であったが、それでもここで遠慮しても仕方ないと考えて小さく頷く。
そうして招かれた店の中は、二人にとって確かにどこか見覚えのあるものであった。
内装が、現実にある『コンチェルト』に近いものなのだ。
「ほほう、これはギルドハウスでしたか。こんな使い方もあるんですね」
「ギルドハウス? これが?」
アマミツキの発言に目を見開いて、白餡は周囲を見回す。
ギルドハウスは、ギルドを結成した人間が購入する事のできる貸家のようなものだ。
立地や大きさでピンからキリまであり、高いものになれば非常に高額な買い物となってしまう。
大通りに面しているこの建物も、屋敷のような大規模なものでないにしろ、それなりに高価な貸家であろう。
「確かギルドハウスは、かなり内装のカスタマイズが可能だったはずです。しかし、わざわざ現実世界のものに近づけるとなると、随分お金をかけてしまうことになると思うんですが――」
「ほうほう、君は随分とゲームシステムに詳しいみたいだねぇ」
店内に招かれ、カウンター席に腰掛けたアマミツキは、かけられた声の方向へと視線を向ける。
カウンターの向こう側、そこに立っていたのは一人の女性プレイヤーだった。
白い髪に、どこか胸を強調するような制服が目立つ少女。
彼女は楽しそうに笑みを浮かべながら、アマミツキに対して声を上げる。
「どうも、喫茶『コンチェルト』BBO支店へようこそ。ワタシが店主のレスカーナだよ」
「あ、はい、白餡です」
「どうも、アマミツキです。現実世界では部長さんですね」
「あっはっは、そういう君はあの変わった妹ちゃんだね。ワタシもケージ君とバリス君から話を聞いてたし、それなりに知ってるよ。っていうか、部も潰れてるから部長も何もないけど」
レスカーナ、そう名乗ったプレイヤーに、アマミツキは心当たりがあった。
先ほどの男性プレイヤー、篠澤友紀。キャラクター名はバリス。
彼は頼斗の友人であり、先日少しの間だが一緒にプレイしていた仲間であったはずだ。
他に、ケージとプリスとアンズ。現実世界で言えば、嶋谷賢司、篠澤姫乃、神代杏奈。
特に男性二人に関しては、アマミツキも――ひなたも時々話をする相手であったのだ。
そして、そんな彼らが以前所属していた部の部長、それがこのレスカーナことテリア・スリュースという名の先輩だったのだ。
「成程、アマミツキって名前にしたのか。それで、ライトは今日はいないのか?」
「あ、はい。今日は別行動です」
「むぅ、お前さんが兄貴から離れて行動しようとは、何か妙な事態になっているということか」
「ワンセット括りなのね……」
真剣に考える様子を見せるバリスと、その姿に嘆息するアンズ。
そんな二人の様子を見つつ、レスカーナは小さく笑みを浮かべていた。
「さてさて、それでは二人のお客さん、ご注文をお伺いしようかな――」
今日の駄妹
「こんな所で同志と出会えようとは……世界は狭いですね」




