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Blade Blaze Online -太陽を抱く蒼穹-  作者: Allen
3章:情報探索と新たな仲間
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29:近況報告












 遠く、遠く、風が吹き抜ける。

地上が見えぬほどに高い山々。その頂上に、一つの建物が建っていた。

未だ何者にも触れえぬ領域。長き間、誰も辿り着けぬであろう危険な領域。

その中心に立つ天文台の中に、しかし望遠鏡の姿は存在していなかった。



『思うに――』



 そこに、女の影が一つ。

舞い踊るように両手を広げて、彼女は天文台の中をゆっくりと歩む。

本来望遠鏡があるはずの場所――そこに突き立つ、長大な刀へと向かって。



『――出逢いを願うようで出逢いを恐れている。その矛盾こそが人であり我々なんだ』



 その刀に背を預けるように、その踊る女の影の声を受け止めながら、一人の男が地に座する。

黒き髪と黒い瞳。白い甲冑の中心には、万色の光が渦を巻き集束する宝玉が一つ。

剣の主は、黙して語らず。けれど、その口元を僅かに歪める。



『ならば、ワタシは人と変わらないか?』



 女の影は、自嘲するように舞い踊る。

黒衣を纏って。ひらり、ひらりと。

嘲るように。祈るように。



『だがな、ワタシは思う。我が半身よ。我らが主こそが、その残酷さを定めた者なのだと』



 そう、口にして――女の影は、ぴたりと足を止める。

己の半身と、黒白の男と背を合わせるようにしながら。


 くすくすと、くすくすと――


 笑い声を響かせて――


 ――影は、芝居がかった様子で告げる。



『ああ、未だに四柱は健在。《賢者》にも《霊王》にも《刻守》にも《水魔》にも、辿り着ける者など在りはしない。僅かながらに《霊王》の痕跡へ辿り着いたものがいるのみだ』



 告げる。告げる。

呪縛のように。祝福のように。

世界を歩む者たちへ。たった一人の少女へ向けて。


 彼女は全てを識る者。

大図書館の主たる知識の王とは違った形で、総ての物事を知覚する。

万物を見通すその瞳は、今は未知に輝いて――



『しかし。しかし。我らが主の愛を受けし者たちよ。お前たちの行く末を、ワタシは知らない。知らないのだ!』



 ――喝采を、告げる。

純粋に。純粋に。女の影は、全てを識る者は、愛すべき者たちへの賞賛を口にする。



『我が半身よ、お前の愛を受けし《観測者》は、果たして何を見つめる?』

「――待てばいい。門は、いずれ開く」

『ならば現在いまを見つめよう。されど。されど。願う事は唯一つ』



 笑う女は、笑いながら。

 座す男は、瞳を開いて。


 ――告げる願いは、唯一つ。



『我らの楽園よ、永遠なれ』











 * * * * *











「それでは兄さん、姉さんを押し倒しちゃったらちゃんと報告して下さい。記念日として記録して毎年盛大に祝います」

「お前それ、実は全く祝福して無いだろう」

「とりあえず姉さん、兄さんの童貞は現実とバーチャルで分けるというのはどうでしょう。どっちかと言うと現実の比重多めなのでこっちで押し倒すのは勘弁して欲しいんですが」

「そうだな、ひなたとの契約ではそれぐらいは分けないと駄目か……」

「待て、真に受けるな。頼むから」



 真剣に悩み始めたヒカリに対し、ライトは半眼を浮かべながらそう告げる。

かなり引き攣った表情を浮かべている白餡の視線を気にしつつ、彼は盛大に嘆息を零していた。

アマミツキの気持ちも分からないではないのだが、ライトもこれに関しては言及しづらいのだ。



「まあどっちにしても、私たちの登録年齢ではまだ大人の機能は解除されてませんから、しばらくは無理なんですけどね」

「そういやそうだったな、にはは!」

「……ライトさん、貴方の家族大丈夫なんですか。頭とか」

「いや、うん。もう駄目かも分からん」



 何とも言いがたい感覚に襲われ、ライトは乾いた笑いを零す。

アマミツキの奇行と発言は今に始まった話ではないが、ヒカリとの再会によって更に悪化しているのだ。

これ異常なく話が合う二人であり、更に話の種が自分自身の事であるだけに、ライトとしても口が出しづらい。

彼女たちは純粋に――であるかどうかは微妙だが――好意を向けていているのだ。

大切な家族の想いを無碍に出来るほど、ライトも冷たい人間と言うわけではない。



「はぁ……とりあえず、二人共。王都の方で待っていてくれ。こちらも情報を集め終わったら飛んで行くから」

「にはは、まさに文字通りだな」

「流石に入る時まで飛んでると目立ちすぎると思うので自重して下さいね」

「……何故だろう、正論を言われてるのに納得行かない」



 すべき事は情報収集。

それも白餡が孵化させようとしている卵に関する事だ。

自分自身が発端であるために、今回は白餡もかなり乗り気であり、同時に責任も感じていた。

尤も、悪い意味で重圧を感じているという訳ではなく、孵化に対するモチベーションを上げている状態であったが。



「では兄さん、姉さん。向こうでお待ちしています。合流したらギルド結成でもしましょう」

「ああ、そうだな。それじゃ、頼んだぞ」

「はい。それじゃあ白餡、行きましょう」

「ええ。では、また今度」



 ぺこりと頭を下げて去ってゆく二人の背中を見送り、ライトはふとヒカリの方へと視線を向けていた。

それと同時にヒカリもまたライトの方へと視線を動かした所であり、思いがけず視線を合わせてしまった二人は、同時に苦笑を零す。



「にはは、まさかこんな形で二人きりになるとはなー」

「だが、ゆっくり話す機会が欲しかったのも事実だ。そういう意味では、都合が良かったかもな」

「うん、そーだな」



 二人で笑い、並んで踵を返す。

とりあえず街の中心部へと向かって歩き始めながら、ライトは隣を歩く相棒へと声をかけた。



「さて、どうやって調べる?」

「うーむ……アマミツキが調べても、図書館に情報は無かった、と」

「どこかの本を読み忘れているという事は無さそうだし、それは確実だろうな」

「ま、一番調べるのが面倒そうな場所が潰れてるのは助かるかな」

「同時に、一番可能性がある所がいきなり終わってるって事でもあるが」



 ライトの言葉に、ヒカリは軽く肩を竦めて苦笑する。

図書館と言えば、情報集めにはかなり適した場所であるとも言える。

そこが空振りであると確定しているのならば、後はどこを調べるべきか。

アマミツキとは違った形で優秀なヒカリは、その脳裏にいくつかの案をはじき出す。



「ゲームで情報集めの基本と言えば酒場だけど――」

「確かに噂話は集まりやすいだろうが、今回は伝承に乗るような相手だぞ?」

「うん、そっち方面はあんまり期待してない。精々、吟遊詩人辺りが何か語ってるかもなーって言う程度だ」



 ヒカリの言葉に、ライトは目を見開いて頷く。

以前酒場を利用した際、そういった姿のNPCが存在していた事を思い出していたのだ。

失念していたその可能性に、ライトはしかし軽く首を横に振った。



「面白い案であるとは思うが、今回はもっと詳しい話を聞きたい訳だしな。それに、人の多い場所でドラゴンの卵や子供の話しなんてしづらいだろう」

「ん、あたしもそう考えてた。いずれ広まる可能性の高い情報とはいえ、ひけらかす理由も無いもんな」

「と言う訳で、秘密裏になるようNPCから情報を集めなきゃならない訳だが――」



 本ではなく、更にプレイヤーが集まりづらい場所。

改めてそう条件を決めてみれば、非常に難しい。

プレイヤーが最初に訪れる街であるため、人の集まらない場所と言うのは中々難しいのだ。

路地裏にさえ興味本位のプレイヤーたちが足を運んでいる以上、人の目や耳が無い場所は殆ど無いのだ。



「……どうする? 正直、難しいと思うぞ?」

「んー……聞き方を変えよう。ドラゴンを知ってる人がいるかどうか、それを聞いて回るだけなら問題ないと思うぞ」

「成程、最初から卵がどうとか聞き回るよりは可能性も高くなるか」



 ドラゴンに関する情報のみならば、この街の図書館にも情報が記載された本がある。

例え誰かに聞かれたとしても、それ程問題は無いだろう。

そう判断して、ライトは小さく笑みを浮かべながら頷いていた。



「それなら酒場でも問題は無さそうだが、とりあえず行ってみるか?」

「ん、了解。えっと、どっちだったっけ?」

「ああ、向こうだ。この前行ったからな」



 ヒカリを連れて、ライトはゆっくりと歩き出す。

かなり小柄な彼女は、ライトとは歩幅が違ってしまうのだ。

特に意識する事もなく当然のように歩幅を合わせるライトに対して満足げに笑いながら、ヒカリはどこか、意を決したように声を上げた。



「なあ、ライ」

「ん、何だ?」

「ずっと、どうしてた?」



 具体的な単語が省かれた言葉。

けれどライトは、その意味を正確に把握していた。

二人は、長い間離れ離れだったのだ。互いを半身のように認識しながら、ずっと離れて暮らしていた。

それがどれだけ空虚な時間であったか――それを認識して、ライトは自嘲する。



「お前に恥じないような人間であろうとは、していたと思うよ。だけど、俺はきっと、ひなたがいなかったら駄目になっていただろうな」

「妹の前だからカッコつけようとしてた?」

「まあ、その通りなんだろうな。一緒にいる事が当たり前だと思っていたから……いなくなってしまった時、どうしたらいいか分からなくなったんだ」



 ライトにとって――頼斗にとって、彼女の存在はそれほどまでに大きなものであったから。

今でも別れの瞬間を夢に見てしまうほどに、あの輝きに焦がれた瞬間を思い返してしまうように。

三久頼斗は、ずっとずっと六木光の事を求め続けていたのだ。

その願いは、その姿勢は、十年前の日から何も変わらない。

そして、対する彼女もまた、それは同じ事であった。



「あたしも……ずっと会いたかった。けど、あたしを願ってくれた人がいたから、その期待に応えない訳には行かなかった。だからずっと、頑張ってたよ」

「ああ、そうだろうな。お前なら、どんな事だって諦めない」

「そうかな? 挫折しかけた事だってあったぞ?」

「それでも、諦めなかったんだろ」

「にはは。あたしは往生際が悪いからな」



 否定はせず、ヒカリは笑う。

ライトは知っていた。彼女が、期待される以上はそれを絶対に諦めない人間である事を。

幾度も壁にぶつかってきただろう。力が及ばない事があったかもしれない。

けれど、彼女は絶対に、最後まで諦める事は無いのだ。

だからこその輝き。再会したその瞬間に、ライトは既に確信していたのだ。

――何も変わっていない。彼女は常に一生懸命な、自分の焦がれた少女のままであると。



「辛く思う事があったっていいし、力が及ばない事があったって構わない。でも、手を伸ばす事だけは止めちゃいけない。あたしはずっと、そう考えてきた」

「そうして実力をつけたからこそ、お前は納得して、こうして俺の隣を歩いてくれているんだろう?」

「お前に甘えてしまう事は、やっぱり怖いよ。でも、一緒にいたい。あたしもそう思ってる」



 相手が己の半身であると言う認識は、ヒカリもまた持っていたものだ。

そしてそれは、今も変わる事は無い。

一つ余さず全てを受け止め、そして支えてくれるライトの在り方を、ヒカリは何よりも心地よく感じていたから。


 ――そっと、同時に、二つの手が伸ばされる。それは、躊躇う事無く重なり合って――



「これで、昔と同じだな」

「ああ。或いは、昔より進んでいるかな?」

「にはは」



 ヒカリは、ただただ嬉しそうに笑う。

その輝く太陽のような笑顔を眩しげに見つめながら、ライトもまた。

十年前に離されてしまったはずの掌は、現実世界の距離を越えて、今こうして繋ぎ合わされている。

それは、果たしてどれほどに奇跡であったのか。

或いは――



(必然だったら……)

(嬉しい、かな。にはは)



 強く、けれど痛みを感じさせない程度に、二人は手を握り締める。

そうして同時に笑みを浮かべながら、二人は街の酒場のほうへと向かって行ったのだった。






















今日の駄妹


「くっ、仕方ないとは言え、こんな長時間兄さんを観察できなくなるとは……!」

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