27:蒼白なる氷龍
何かサイトが調子悪いのか、更新が反映されてなかったので再投稿です。
蒼い体毛に包まれた、巨大な龍。
その外観はどちらかと言えば狼にも近いが、毛のない顔面に見えるのは確かに鱗だ。
また、その巨大すぎる翼も、狼には似つかわしくないものである。
氷古龍、アイシクル・エンシェントドラゴン。
その存在に関してアマミツキが知識を持っていたのは、偏にこのドラゴンが伝承に語られるような存在であったためだ。
即ち――
「……山の守り神、氷の精霊王イナギを守護する古龍」
『確かに、我はイナギ様が配下。あのお方を守護するものだ。よく知っている事だ、娘』
「ニアクロウの図書館に、伝承程度に書いてあった事です。全く予想していなかった訳ではないんですけど、まさか本当にいるとは」
その言葉を口にするアマミツキは、幾分か冷静さを取り戻していた。
あらかじめ知識を持っていたというのも大きいだろう。
ある程度は普段通りの調子に戻ったアマミツキは、その口調のまま氷古龍へと問いかけていた。
「それで、ここは何処なのでしょう?」
「お、おぉ……そうだった。あたしたち、石碑の裏側に書いてあった文字を読んだらここに飛ばされたんだ!」
『石碑、だと?』
アマミツキに続き正気を取り戻したヒカリが、大げさな身振り手振りを加えながらそう声を上げる。
初見でありながらすぐに冷静さを取り戻した彼女の胆力は、素晴らしいの一言であろう。
そんなヒカリの言葉に対し、氷古龍はどこか人間らしさすら感じる仕草で首を傾げた。
『お前たちは、我に挑みにきた訳ではないのか』
「……!?」
「ち、ちがっ!」
その言葉に、必死に首を横に振ったのはライトと白餡であった。
名前こそアマミツキの言葉で判明したものの、《観察眼》を使っても全くと言っていいほどデータが判明しない。
即ち、圧倒的にレベルが上の存在なのだ。
先ほどアイス・エレメンタルに勝利する事が出来ただけでも奇跡に近いというのに、続いてこんな化け物を相手に出来るはずがない。
さも当然のように言い放たれた言葉には、巨龍の姿に見蕩れていた白餡も反応せざるを得なかった。
ついでに正気に戻った彼女は、興奮冷めやらぬ様子ながらも、氷古龍に対して声を上げる。
「ええと、ですね。先ほど、私達は遺跡の中にいました。そこである石碑を見つけて、それを守護していたと思われるアイス・エレメンタルと戦ったんです。それに何とか勝利して、私達はその石碑を調べていました」
「そして石碑の裏側に書いてあった言葉……『我らの楽園よ永遠なれ』というそれを読み上げた瞬間、俺たちはここに飛ばされたんです。あれは、貴方の作った仕掛けではないのですか?」
思わず丁寧な言葉遣いをしながらも、白餡に続いてライトがそう問いかける。
座っている体勢ながらも二十メートル以上はありそうなその巨体に、首が痛くなりそうだと思いながらも、ライトはじっと視線を逸らさず氷古龍の瞳を見つめていた。
そのサファイアのごとき瞳には――僅かに、驚愕の色が浮かぶ。
『その言葉は……そうか、お前たちは《斬神》に導かれた者共か』
「ざんしん? 斬新……いや、《斬神》? この世界を作ったって言う、剣の神様?」
BBOの世界に関するストーリーに、その名は確かに語られていた。
銀の炎を纏う一振りの剣。その剣を操る主にして、その剣そのもの。
世界を斬り開き、創り上げた創造神。それが、《斬神》と呼ばれる存在であった。
そんな背景設定を口にするヒカリに、氷古龍はゆっくりと首肯する。
『その言葉は、かつて《霊王》閣下が我らに一度だけ告げた言葉であった。『我らの楽園よ永遠なれ』――それは、世界の根幹に座する者たちが、己が祈りを忘れずにいるための合言葉であると』
「《霊王》……ですか。その人物は聞いた事がありませんが」
『《霊王》閣下は、八つの精霊王を生み出した偉大なる霊魂達の主。そして、《斬神》直属の配下であるとされている、強大なる存在だ』
「……つまり、上司の上司と言う感じですか」
氷古龍は氷の精霊王を守護する存在であり、その氷の精霊王は《霊王》と呼ばれる存在によって生み出された。
さらにその《霊王》は《斬神》と呼ばれるこの世界の神の配下であり――思いがけずこの世界の根幹に位置するような設定に近付いている事に、アマミツキは苦笑を零していた。
しかし、彼女はすぐさまその思考を巡らせる。
世界の神と、その配下が使用している合言葉。それは、かなり貴重な情報であると言っても過言ではないだろう。
『お前達がその言葉に辿り着けたと言うのならば、それはお前達があの方々に認められたという事なのだろう』
「んー……あたしたちは別に偶然見つけただけなんだがな?」
『《霊王》閣下のお言葉だ。その合言葉はあの方々にとって祈りにも等しい言葉。その言葉に辿り着く事が出来たという事は、それ相応の力と英知を持つが故であろう』
「あー、成程」
ただあのエネミーを倒すだけでは、この場所まで辿り着く事は出来ないのだ。
あの碑文を読み、更にその場で読み上げなければならない。
画像データを持ち帰って解析したとしても、ワープする事は不可能だ。
アイス・エレメンタルを倒す事が出来るだけの実力と、古代文字を解読するだけの知識。
それらが合わさって、ようやく辿り着く事ができる場所なのだ。
ふむ、と小さく頷き、アマミツキは声を上げる。
「貴方は、氷の精霊王……イナギ様を守護しているんですよね」
『うむ、その通りだ』
「と言う事は、ここにイナギ様がいると言う事ですか?」
『否、それは違う。我は、あの方に必要とされた時、あの方の元に召喚されるのだ。ここは、我が普段棲家としている場所だ』
「となると、あのまま階段を上に上っていったら、イナギ様の所に辿り着いていたという感じですかね」
納得した様子で笑みを浮かべ、彼女はそう口にしていた。
そんな言葉に、他の三人も納得して頷く。進む先が二つある奇妙な階層も、そういった意味があるのであれば納得できたのだ。
「しかし、どうする? その氷の精霊王とやらに会いに行くのか?」
「いえ、別に必要はないでしょう。私たちの目的は、あくまでもこの人ですし」
少なくとも人ではないだろう、とは思いつつも、ライトは氷古龍の方へと視線を戻す。
元々、ライト達がこの山を登っていた目的は、白餡がこの龍に会いたいと言った為だ。
尤も、古龍種が存在しているなどとは、アマミツキもほんの少ししか考えていなかったが。
そんな当初の目的を思い出した一行に見上げられた氷古龍は、どこか人間らしい仕草で口角を吊り上げて見せた。
『ほう、我に会いに来たという事か』
「まあ、そういう訳です。この子、すっごくそわそわしてるでしょう?」
「にはは、ふさふさの毛を撫で回したくて仕方ないって感じだな」
「い、いや、そんな事は……あ、ありますけど」
ヒカリからの指摘に、白餡はあからさまに挙動不審になりながらも氷古龍の足に視線を向けていた。
ふさふさした体毛に覆われているそれは、龍と言う言葉のイメージにはあまり近くないものだ。
しかし、動物全般を好む白餡にとって、哺乳類と爬虫類の中間にありそうなその姿は、非常に魅力的なものだった。
流石に、手の届きそうな場所は足しかなさそうであったが。
そんな彼女の行ったり来たりする視線に、氷古龍はくつくつと笑う。
『変わった娘もいたものだ。人は我が姿を目の当たりにすれば、必ず畏怖するものだと言うのに』
「まあ、それは確かに」
「えっ!? でもほら、凄く綺麗じゃないですか! 最初はびっくりしましたけど、こんな綺麗な生き物なんて見たことないです!」
実際の所、氷古龍の姿は非常に威圧感のあるものとなっている。
その巨大さもあるが、視線や四本の角、手足の爪や尻尾など、ところどころ鋭く尖っている部分がある為に、美しさと同時に恐ろしさを覚えるような外見をしているのだ。
しかし、白餡はそれを前にして全くと言っていいほど恐怖を抱いていない。
それどころか積極的に触れたがってすらいるのだ。普段はあまり表に出す事はないが、彼女も十分変わった人間なのである。
『はははは! 面白い娘だ……しかし、我も好き勝手撫でられる訳には行かんぞ』
「うぅ……残念です」
『だが――』
ちらりと、氷古龍は白餡から視線を外し、残る三人の方へと向ける。
否――正確に言えば、アマミツキの方へと。
そして氷古龍は視線を細めると、どこか感慨深げに声を上げた。
『あの方々に導かれた者なのだ。ならば、何の手土産も無く帰す訳にはいかん。お前たち、我の後ろに回れ』
「……? は、はぁ」
氷古龍の言葉に、ライトは疑問符を浮かべながらも頷く。
そして全員で迂回するようにその巨体の後ろへと回れば、そこには氷の柱に包まれた巨大な洞窟のようなものが存在していた。
その入り口はかなり広い事から、氷古龍が出入りする事を想定した大きさであると考えられる。
「これは……巣穴?」
『いかにも、我が住処としている場所だ。そこに入れ、その奥に蒼白い結晶があるだろう』
氷古龍に促されて巣穴の中に入ると、奥の方には確かに、いくつかの結晶が存在していた。
非常に冷たいそれは氷で出来ているようであったが、触れても溶けるような気配は存在しない。
とりあえずそれを持ち上げ、様々な方向から眺め回しながらライトは首を傾げていた。
光をあまり通さない深い色は、まるで氷古龍の体毛そのものの色であるようにも思える。
一通り眺めたそれを白餡に手渡し、ライトは疑問と共に声を上げた。
「で、これが何だと?」
『お前たちに分かり易く言えば、それは我の卵だ』
「は?」
「えええっ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げたライトであったが、その声を掻き消すように、白餡の驚愕の声が響き渡る。
彼女は蒼白い結晶――氷古龍の卵を手にしたまま、呆然と氷古龍の姿を見上げていた。
四人分の驚愕が混じった視線を受け止め、氷古龍はどこか得意げな様子で声を上げる。
『そこの娘は我と同じ氷の属性を持ち、更に魔物を使役する力も備えているようであったからな。それをくれてやろう』
「あ、え……い、いや、これはあんたの子供なんじゃないのか……?」
『お前たちの感覚では分かりづらいかも知れんな。だが、それは我が生きていれば勝手に生み出されてしまうものなのだ。そして、それを孵すには、非常に繊細な魔力の操作が必要となる。大量の魔力を持つ我には不可能な作業だ』
先ほど、氷古龍は『お前たちに分かり易く言えば』と口にしていた。
それは即ち、この蒼い結晶は正確に言えば卵ではないと言う意味を示している。
それを察し、アマミツキはちらりと結晶の方へ視線を向けながら声を上げた。
「貴方にとって、これは別に必要ないものだということですか?」
『然り。イナギ様を守護する者は、我だけで十分だ。わざわざそれを孵してまで、戦力を増やそうなどとは思わん』
「成程な。それなら、遠慮なく貰っていいんじゃないか、白餡。で、孵化させるのってどうやるんだ?」
『その娘は氷の魔力を持っているのだろう。ならば、それを当て続けてやればよい。我がやると、それだけで砕けてしまうがな』
その言葉に、ライトは思わず口元を引き攣らせる。
氷古龍は先ほど繊細な魔力の操作が必要であると口にしていたが、それは単に、彼――或いは彼女の魔力があまりにも強大すぎて、細かな制御が出来ていないだけなのではないか。
まあ、氷古龍自身がそれに困っている様子は無いので、特に指摘するような事はなかったが。
白餡は、手にした結晶を恐る恐る持ち上げながら、氷古龍へと向けて深々と頭を下げる。
「え、えっと……その、ありがとうございます。私、頑張って育てます!」
『うむ。無事に孵化させられれば、お前の召喚する魔物の一体とする事が出来るだろう。それが育つ頃には、お前達も再び我と出会う事が出来るようになっているかもしれんな』
満足げな様子の氷古龍は、白餡に頷くとその翼を大きく広げていた。
それと共に周囲の氷が輝き出し、強く魔力を発し始める。
その規模は四人が使えるそれよりも遥かに強大であり、圧倒的過ぎるレベルの差が伺えた。
『では、麓まで我が魔法でお前たちを送り届けてやる事としよう。いずれまた相見える事を楽しみにしているぞ、《斬神》に導かれた者達よ』
「っ、氷古龍……!」
周囲を凍りに包まれていたため、ライトたちは輝きに目が眩み、腕で光から目を庇う。
そんな輝きの中に消えてゆく氷古龍は、どこか楽しげな様子で四人に語りかけていた。
『またいずれ会おう、人間たちよ――』
そして――全てが、蒼白い輝きに包まれた。
今日の駄妹
「また面倒なものを抱え込みましたね。さてどうしましょうか、兄さん、姉さん」




