24:遺跡の奥には
「よ、ようやくここまで辿り着いたか……」
「長かったですね……」
ライトたちは本来ならば歩いて十五分程度の距離を、時に迂回し、時に突っ切りながら、一時間ほどの時間をかけて攻略していた。
一撃でも攻撃を受ければアウトという状況であるためその緊張感は半端ではなく、目的地に辿り着く頃には精神的な疲労が蓄積してしまっていた。
とは言え、基本的に能天気なヒカリと逃げる手段がいくらでもあるアマミツキはさして変わらない様子であったが。
そうこうしている内に一行が辿り着いたのは、とりあえずの目的地点とした北側の門。
アマミツキから話を聞いてはいたものの、その見上げるほどに巨大な姿に、ライトはぼんやりと声を上げる。
「まさか本当にこんなものがあるとはな……」
「うーむ、デザインもかなり凝ってるし、こりゃまた凄いなぁ」
「地球の美術様式にはない新しいデザインですね。あの人達どれだけ多才なんでしょうか」
「……美術品の図鑑でも丸暗記してるんですか、アマミツキ?」
彼女の能力からしてそれも不可能ではないため、実際にやっているかもしれない所が怖い所ではあるが。
近くにエネミーの気配は無く、アマミツキは注意深く扉を調べながらトラップなどの有無を確認する。
その間、ライトは己のアイテムや装備品のチェックを行っていた。
今現在周囲に敵は見えないが、見るからに重要そうな扉の前なのだ。
この先にボスが存在する可能性も十分に存在している。
「うーむ……」
「ん? ヒカリ、どうかしたのか?」
と、そこで聞こえた小さな唸り声に、ライトは顔を上げて問いかけた。
その視線の先で、腕を組んで扉を見上げていたヒカリが、ライトの方へと視線を向ける。
彼女の瞳の中には、どこか困惑した色が浮かべられていた。
「なあライ、この扉に刻まれてる彫刻さ……何か地図っぽくないか?」
「地図?」
「あ、確かにそうですね。この大きな模様、ワールドマップの形と一致します」
両開きの大きな扉を跨ぐようにして存在している大きな模様を指差し、アマミツキが同意する。
その言葉に、ライトはすぐさまワールドマップを呼び出し、扉のものと比較していた。
その大陸の形は、現実のものと確かに一致する。
そして、ライトたちの現在位置は――
「……私達は今この辺りですかね。何かマークがありますけど」
「雪の結晶、ですかね。他にもいくつかマークがありますが……順当に考えれば、このダンジョンは同種のものが世界各地に存在していて、ここはその一部という事でしょうか」
「成程な……となると、マークは属性か。確かに、ここは氷属性っぽかったからな」
それぞれの属性に対応するようなマークは確かに存在している。
八つ、世界の各地に散らばっていると思われるそれが、この遺跡と同種のダンジョンが存在する場所であると考えられるのだ。
だが、刻まれているマークはそれだけではなかった。
「……四つ、それ以外のマークがあるな」
「ってかこれ、マークって言うより紋章って感じだな」
「そうですね。他のとはちょっと違う感じがします」
それぞれの属性を表すと思われるマークより、もう少し精緻なデザインが施された四つの紋章。
それを目にしたヒカリの言葉に、白餡がおずおずと同意する。
一つ目、市松模様の中心に浮かぶ黒い円の紋章。存在するのはリオグラス王国の一角。
二つ目、両開きになった本を思わせる紋章。存在するのは、自由国家群に位置する場所。
三つ目、鎖で繋がれ縛られた時計の紋章。存在するのは、グレイスレイド教国の南。
四つ目、揺らぐ水面に浮かぶ蓮の花の紋章。存在するのはディンバーツ帝国の奥地。
これら四つの紋章が、それぞれの属性とは異なる謎の紋章であった。
これが一体何であるのか、現状の情報では分からないが――
「……アマミツキ、どう思う?」
「正直な所、今現在ではさっぱり分かりません。精々、その場所に何かがあるのかもしれないという程度です。ただ――」
じっと睨むように、アマミツキは扉の彫刻を見つめる。
その視線は、普段通り半分閉じられているようなそれであったが、宿る眼光はいつも以上に強いものであった。
そんな普段は見られないような瞳に、ライトは思わず目を見開いていた。
「何かが、引っかかる。そんな気がします」
「アマミツキ……? どうか、したんですか?」
「済みません。漠然とした感覚なので説明は無理です。ただ、少なくともこれは無意味なものではないと、私の直感はそう確信しています」
無意味なものではない――その言葉を聞き、ライトはもう一度扉を見上げた。
巨大な扉、そこに刻まれた地図といくつものマーク。そして――リオグラス、グレイスレイド、ディンバーツの三国が接触する国境にある、巨大な山。
そこより伸びる二つの螺旋――
「……確かに、何か妙な感じがするな」
「あたしも、上手く言葉に出来ないけど……」
「え、私だけ置いてけぼりですか?」
「まあどちらにしろ現状では結論出せませんし、あまり気にしなくてもいいですよ」
このゲーム内において何らかの意味を持つ事は確かであろうが、現状ではその真相を把握する事はできない。
タカアマハラ――このゲームの製作陣でもない限り、それを知ってはいないだろう。
二つの螺旋、まるでDNAのごときそれにざわつく感覚を覚えながら、ライトは声を上げる。
「とりあえず、これは覚えておこう。アマミツキ、大丈夫か?」
「はい、完全に記憶しました。色がついてたらもうちょっと時間掛かりましたけど、これはモノクロでも問題ないでしょう」
扉に触れながら、アマミツキは首肯する。
じっと睨むような視線を向ける彼女に少々驚きながらも、ライトは再び扉へと視線を戻す。
これを見る事が出来ただけでも大きな収穫であったと言えるかもしれないが、折角ここまで来たのだ。
この先に何があるのか、確かめておく必要があるだろう。
「とりあえず、扉にトラップは無さそうか」
「はい。少なくとも、開けただけで発動するような物はありません」
「分かった……よし、開けるぞ」
頷き、ライトは巨大な扉を押す。
見た目からしてかなりの重量がありそうなそれであったが、不思議とSTR値の低いライトでもそれを押し開く事はできた。
ゴゴゴゴ、と重く擦れるような音を立てながら、扉はゆっくりと開いてゆく。
そうして開いた扉の隙間から、アマミツキが滑り込むように内部へと侵入していた。
一番乗りを狙った訳ではなく、単純に内部の偵察を行うためだ。
「大丈夫です、内部に敵の姿はありません」
「それはそれで予想外な感じだなー」
言いつつ、ヒカリがアマミツキの後に続く。
そしてライトや白餡がそれに続き、扉の向こうにあった部屋の内部が明らかになった。
材質は今までの遺跡と同じ、石造りの建造物。
ただし天井は非常に高く、高い柱が何本も立ち並んでいるような外観をしている。
「広いな……これなら飛べそうだが」
「って言うか、これって祭壇かな?」
頭上を見上げながら呟くライトと、部屋の中心にあるものを見つめながら口にするヒカリ。
二人の言ったそれが、この部屋にある殆ど全ての要素を言い表していた。
広い部屋の中心には祭壇のようなものが配置されており、そしてその上には一枚の石碑らしきものが建てられている。
広い部屋にある物はそれが全て。エネミーの姿も無く、何かが起こる気配も無い。
けれど、無意味には思えない。
「……調べるとしたら、あれぐらいですね」
「ああ」
祭壇の中央にある石碑。それ以外にめぼしい物は存在しない。
ここで行き止まりだとすれば、残る別の出口を目指さなくてはならない訳だが――
「扉であれだけ前振りしてくれたんだから、多少何かあると思ったんだけどなー」
「何かって、何ですか?」
「ん? まあ皆想像してたと思うけどさ――」
言いつつ、ヒカリが石段に足を乗せる。
瞬間――冷却された空気が、室内を満たした。
「ッ……!?」
「下がって下さい!」
驚愕と共に、全員が後方へと跳躍する。
見上げた石碑の前、そこに変化が生じていたのだ。
冷たく白い空気が螺旋を描くように石碑の前へと集束してゆく――その中心に輝くのは、白い光。
いつの間にか背後の扉は閉まり、そして氷によって閉ざされてゆく。
白い輝きもまた、自身を氷の外殻で包み込み、一つの多面体を形成する。
二つの腕によって包み込まれているような形状をしているそれは、石碑の前に浮遊しながらライトたちを睥睨していた。
「『アイス・エレメンタル』……レベルは、30」
「それが、あいつですか」
未だ誰も到達していない、上級クラス転職のレベルと同等。
ボスのレベルは下限値から上限値までが設定されており、それは対決するパーティメンバーのレベルによって変動する。
現状、そのレベルに遠く届いていない面々が相手でもレベル30を持っているという事は、即ち――
「……勝てるか?」
「可能性は、あります――」
未だ敵は動き出していない。ならば、作戦を伝えるなら今しかないと、アマミツキはそれぞれに取るべき行動を伝える。
やるべきことは簡単なのだ。後は、どれだけそれを繰り返せるかという事。
事前情報の無い格上のボス。それと戦う事がどれだけ難しいか、アマミツキは十二分に理解している。
故にこそ、彼女は全員の行動を限界まで単純化させていた。
「兄さんは飛び回って、回避する事を優先して下さい。敵の攻撃を引き付ける役が絶対に必要です」
まず、ライトは回避盾の役割を。
元々それ程攻撃力は高くないため、格上相手に攻撃に回った所であまり効果は見込めない。
その為、攻撃を度外視した回避行動を取らせ、相手の攻撃を集中させる役割を割り振った。
「姉さんは攻撃です。あのエネミーの弱点は中央部分にあるあの光なのですが、姉さんの攻撃でも貫けるかどうかは微妙なところです。けど、姉さんの攻撃力ならダメージは確実に通りますので、ヘイトを十分に稼いで下さい」
ヒカリには攻撃の役割を。
弱点属性を突ける上、彼女の攻撃力はかなり高い。
その攻撃力を生かして的をヒカリに絞らせ、ライトが回避行動を行う。
そうする事によって、フリーになる者が現れるのだ。
「白餡、貴方にはダメージソースになってもらいます。貴方の持つあの攻撃魔法なら、エレメンタルの外殻を貫いて弱点を攻撃できるはずです」
白餡には、ダメージソースの役割を。
このゲームにおいて、弱点部分に対する攻撃のダメージブーストは非常に高い。
その分、狙うのは中々難しくなっているのだが、今回の場合彼女の持つ《アモンズアイ》が役に立つ。
最大の弱点部位に、弱点属性の大ダメージ。例え相手がボスであっても、それは大きなダメージとなるだろう。
それを確信しながら、アマミツキは言葉を締めくくる。
「――以上です」
「……分かった。ライ、やるぞ!」
「ああ!」
「せ、責任重大ですね、私……」
そして、そんな彼女の進言を、メンバーたちは何の疑いも無く信用していた。
彼女が天才であると言う以前に、一人の仲間として信じていたのだ。
ヒカリはライトの背中に飛び乗り、白餡は魔法の準備を開始する。
アマミツキの仕事はと言えば、精々仲間に指示を出す事と遊撃を行う事程度だ。
直接戦闘に参加できない以上、できる事は限られてきてしまうのだから。
「何だか本来の目的とは離れてきちゃった感じだけど、折角ここまで来たんだ! こんな所で終わりにしたくないだろ!?」
「ああ、当然だ!」
「ここまで登ってきたんですから、ドラゴンに会う前に死に戻りなんて絶対に嫌です!」
「よし! それなら、絶対に勝つぞ! あたしたちに負けは無い!」
根拠など微塵も無い、空元気のようなその台詞。
けれど、それに対してライトとアマミツキは思わず笑みを浮かべていた。
これこそがヒカリなのだと、難しい事でも決して失敗を恐れずに挑戦し続けるその姿を見つめる。
それ故に、ヒカリはあらゆる困難を乗り越えてきたのだから。
「さあ、行くぞ! 戦闘開始だ!」
『――――――ッ!』
高まる戦意に反応するかのように、アイス・エレメンタルも動きを見せる。
まるで高級なグラスを打ち鳴らしたかのような甲高い音と共に、その氷の身体は白い光に包まれてゆく。
それを見ながら、ライトは跳躍して宙を駆けていた。
遥か格上の存在だとしても、まるで恐れる事も無く。
「頼むぞ、皆……ッ!」
小さく呟くようなその声音に――彼の背中に乗るヒカリは、不敵な笑みを浮かべていたのだった。
今日の駄妹
「私、超役に立ってます。これは兄さんにご褒美を貰わなくては」




