23:綱渡り
「さて、それでは出発しましょう」
「いいのかなぁ……」
同士討ちの誘発と敵の誘導によるレベル上げを繰り返す事一時間ほど。
フィールド内のエネミーをある程度間引く事に成功していたアマミツキは、三人に対してそう声をかけていた。
対する白餡は、非常に複雑そうな表情であったが。
「経験値も入ってきたし、アイテムも回収できました。いい事ずくめじゃないですか」
「いや、何だかずるした気分だったので」
「不正は無かった」
「限りなくグレーゾーンの何かだけどな」
インベントリに収まったリビングアーマーのドロップアイテムを確認しながら、ライトは苦笑交じりにそう呟く。
労せずして手に入れた、とまでは言わないが、それでも全くと言っていいほど消耗が無かったのは事実だ。
正面からでは倒せない敵に対して、知恵と工夫で対処する。
実にアマミツキらしいやり方であるため、ライトはそこまで抵抗を感じてはいなかったが。
「ある程度レベルは上がりましたけど、どっちにしろ一撃でピンチになることに変わりは無いので、出来る限り敵に見つからないようにはできます」
「今更だが、大丈夫なのか?」
「はい、問題ありません。《ハイディング》の熟練度も上昇して、普通に隠れられるようにになりましたから」
全員が一通りレベルが上がり、さらにスキルを使い続けていたアマミツキは熟練度も上昇している。
アイテムの回収やグレネードの作成のためにライトもスキルは使用していたが、アマミツキとは比べるまでも無い。
彼女はこのフロアを歩き回り、アイテムを回収して、更に敵を誘導し続けていたのだ。
一体どれだけの集中力があれば可能なのかと、ライトは小さく苦笑を零す。
「んで、どっちに行く?」
「と、それが問題なんですよねぇ」
マップを開きながらヒカリが口にした言葉に、アマミツキは肩を竦めて同意する。
このフロアには、出口と呼べるものが二つ存在していたのだ。
北側にある扉と、南側にある上り階段。《ハイディング》の熟練度が上がり見つからなくなったアマミツキがようやく発見したものであったが、これらの内のどちらかが入り口であると言う認識は無かった。
何故なら、このフロアの入り口のマークがついているのは、中央付近にある下り階段であったからだ。
「入って来た所が階段であると考えると、出口も階段である可能性が高いと思うんだが」
「でも、こっちは扉だったんですよね? しかもかなり大きい」
「ボスゲートっぽい気もするなぁ……むぅ、どっちにしようか」
今現在の状態でボスに挑んだとして、果たして太刀打ちできるかどうか。
ライトたちのパーティは、『嵌まれば強い』という非常にピーキーな性能をした面々で構成されている。
状況次第では勝つ事も可能かもしれないが、果たしてどうなるか。
そんな事を考えながらも、ライトはヒカリの方へと視線を向ける。
既に、リーダーの役目は彼女に明け渡しているのだ。現状の情報で判断が難しい以上、最終的な決定を下すのはヒカリである。
そんな全員分の視線を受け止めて――
「よし、それじゃあ北側の門に行くぞ!」
「その心は?」
「近い!」
至極単純なその言葉に、ライトは小さく苦笑を零す。
けれど、その結論も決して間違いと言う訳ではないだろう。
レベルが高く危険なダンジョンである以上、出来る限り歩く距離は短い方が良いのだから。
「と言う訳で、北の門に向かうぞー」
「ああ。それじゃあ、アマミツキ。また先行を頼むぞ」
「あいあいさー」
やる気があるのか無いのか分からない掛け声を上げながら、アマミツキは《ハイディング》を使用する。
瞬間、掻き消えるように姿を消した彼女は、その透明となった状態のまま部屋の外へと足を踏み出した。
長い廊下のようになっているその場所は、白い壁のおかげで幾分か明るく見えている。
故にこそ敵からも見つかりやすいが、アマミツキの姿を捉える事は不可能だ。
「ふむ。敵はいませんよー。私の姿がある所まで、マップを辿ってきて下さい」
アマミツキの姿は、仲間たちからも見えてはいない。
けれど、パーティの機能として、パーティメンバーの位置はフィールドマップに表示される。
アマミツキの手元にあるマップからも、仲間たちが移動し始めた様子が見て取れた。
それを確認して、アマミツキは更に周囲を警戒しながらも歩を進めてゆく。
(しかし……どういう設定のダンジョンなんでしょうかね、この場所は)
思いがけず入り込んだこの場所について、アマミツキは周囲の警戒を欠かさぬようにしながらも胸中でそう呟く。
自然に出来たものではなく、何者かの手によって作り上げられた建物。
遺跡、と表現するのが近いだろう。管理されている気配の無い、不可思議な建造物。
ただ意味も無くこの場所に置かれているとは考えづらいこれは、果たしてどういった設定を持っているのか。
(今の所、本棚の類は見つかりませんでしたし……情報を手に入れようにも方法がありませんね)
そういった形で資料が眠っているのであれば、アマミツキにとっては非常に都合がいい。
けれど、物事はそう簡単にはいかないだろう。この世界は、異様なまでに完成度が高いのだ。
(作り物のはずなのに、作り物に感じられない違和感……違和感が無い違和感? 表現がよく分かりませんね)
作り物であるはずのゲームの世界で、無意味に配置されたと思われるようなものが見当たらない。
街の住人は決まった行動を繰り返すわけではなく、それぞれがそれぞれの生活を営んでいる。
街の施設もそうだ。システム上、宿屋と言うものはあまり必要になるとは思えないと言うのに、通りの中にはいくつも存在している。
(タカアマハラ……彼らの作り出したAIは完全に人間の意識を再現したと言われていましたね。けれど、そのAIもゲームの中でしか利用されていない)
雛形と呼べるものは既に特許申請されているが、それだけでこの世界の住人たちのようなAIを構築できるわけではない。
特殊な教育プログラムなど、一体どうしたらそこまでさまざまな人の人格を形成させられるのか、それは一切謎に包まれている。
何となく興味を持って読み漁った記事などにも、情報はその程度しか載せられていなかった。
(そんな彼らの作り出した世界の中に在る、巨大な遺跡。何の意味も無いとは、到底思えません)
何らかの重要なイベントが存在している場所なのか。
この世界の中において、どのような役割を果たしている場所なのか。
現状では掴む事の出来ないその情報に、アマミツキは周囲を警戒しながらも視線を細める。
そもそも――
(ただ娯楽を提供したいから……そんな取ってつけた理由が、彼らの本音だとは到底思えませんしね。この世界には何らかの目的がある。私は、それを知りたい)
アマミツキ――東雲ひなたを構成する二つの要素。
それは家族への愛と、この知識欲だ。未知の事柄を知りたいと願うその感情こそが、家族以外で彼女を動かす理由となる。
――何故、どうして。
――この世界には、何らかの秘密がある。
「知りたい」
思わず口をついて出ていた言葉に、アマミツキは苦笑して口を噤む。
そして視線を前へと向け――その先にある角から、通路の先を覗き見る。
白い通路のその先に見えたのは、いくつかの鎧と黒い蜘蛛のような魔物。
鎧はアマミツキが先ほどから良く引き連れて走っていた、リビングアーマーと呼ばれる魔物だ。
一方、黒い蜘蛛はダンジョンスパイダーと呼ばれる魔物である。蜘蛛と言っても大きさはかなりのものであり、アマミツキの目線の高さほどまである。
(もうちょっとデフォルメして作ってくれませんかね……これがいきなり出てきたらトラウマものですよ)
無駄に精緻なデザインをした蜘蛛に、アマミツキは小さく嘆息を零す。
蟲に対してそれ程恐怖心を覚えていないアマミツキと言えども、蜘蛛となれば生理的嫌悪感を感じずにはいられない。
あの蜘蛛は他の魔物よりも感知能力が高く、初めて遭った時には《ハイディング》をしていたにもかかわらずアマミツキは発見されてしまっていた。
その為、ダンジョンスパイダーに対する苦手意識は強い。
(まあ、対処法はもう心得ていますが)
肩を竦めて、アマミツキは魔物たちの方へと向かってゆく。
現在の能力であれば、この魔物たちにも見つかる事は無い。
それでも慎重に、決して油断はしないようにしながら。
そして、アマミツキはリビングアーマーを挟んで盾にするようにしながら立ち、そこでわざと足音を鳴らした。
タン、と言う爪先が地を叩く音。その音に、ダンジョンスパイダーは即座に反応していた。
『――――――!』
言語化は出来ないような鳴き声と共に、ダンジョンスパイダーはその鋭い前足を振るう。
知能はさほど高くはないのだ。近くに敵がいれば、周りの状況など気にせずに襲い掛かってくる。
これが多少なりとも知能のあるエネミーであれば違っていただろうが――
『ゴッ……ォオ……!』
ダンジョンスパイダーの攻撃は、当然の如くリビングアーマーに命中していた。
結果、リビングアーマーのヘイトはダンジョンスパイダーへと向かう。
当然と言えば当然だ。何故なら、足音を鳴らした程度では、リビングアーマーはアマミツキの姿を発見する事ができないのだから。
そして、リビングアーマーは同種の仲間にリンクするエネミーだ。
一度ヘイトを向ければ、その相手へと同種のエネミーが向かってゆく。
その結果として起こるのは、蜘蛛一匹と鎧数体による乱戦だった。
(何度も見た光景ではありますけど、おバカですねー)
幸いダンジョンスパイダーはリビングアーマーよりも強いエネミーだ。
一体で戦っていたとしても、多少不利という程度で戦う事が出来ている。
けれど、リビングアーマーは物理防御が高いため、物理攻撃しか持たないダンジョンスパイダーには少々倒しづらいエネミーだ。
どちらが勝つにしろ、決着が着くにはそれなりの時間がかかってしまう。
無論、そこに何者かの干渉がなければ、の話であるが。
小さくほくそ笑みながらアマミツキは元来た通路を戻り、《ハイディング》を解除する。
その通路にいたのは、他でもない彼女の仲間たちだ。
突如として現れた彼女の姿に少々驚きながらも、先頭にいたライトが声を上げる。
「どうかしたのか、アマミツキ?」
「はい。この先の通路でエネミー同士の同士討ちを誘発させました。全員でそこに範囲攻撃を叩き込みましょう」
「にはは。成程、えげつないなぁ」
アマミツキの言葉に、ヒカリがいつも通りの笑顔を浮かべる。
けれど、やる事は既に分かっていたのだろう。すでに杖は準備され、爛々とその瞳を輝かせていた。
「顔を出しても大丈夫なのか?」
「はい。既にエネミー同士でヘイトを向け合っていますからね。相当近づきでもしなければ向かってこないでしょう」
ライトの問いかけに対し、アマミツキはそう答える。
逆に言えば、接近戦では結局乱戦になってしまうという事であったが、幸いここには接近戦を行う者は存在しない。
戦場を有利に進める事が可能だった。
随分と都合のいい事だ、と苦笑を零しながら、ライトたちは曲がり角を出て前方の様子を注視する。
「おお……ずっとこんな調子だったのか」
「ってかキモッ!? にはは! あんな敵もいるのか!」
「いやいやいやいや、何ですかあれ! 何ですかあれ!?」
「蜘蛛です。大事な事だからって二回言わなくてもいいですよ」
「見れば分かりますよそんなの!」
幸い、ここで騒いでも敵は向かってこない。
ダンジョンスパイダーの姿に震え上がる白餡はひたすら喚きながら、普段には無いような強い視線でエネミーを睨んでいた。
端的に言えば、彼女は蟲が苦手だったのだ。
「つっ、つつッ、潰します! ライトさん、ヒカリさん!」
「お、おう」
「にははは」
半ば正気を失って叫ぶ白餡の姿に、ライトは思わず気圧され、ヒカリは苦笑を零す。
二人共、『無理もないだろう』とは思っていたが。
ともあれ、このまま放って置いても意味は無い。ならば、と三人は共に詠唱を開始した。
『『爆ぜよ、炎熱。集いたる炎はその枷を外し、万物を砕く衝撃とならん――』』
ヒカリと白餡が詠唱しているのは、普段通り火の範囲魔法だ。
白餡には氷属性の魔法もあったものの、ここは一応雪山である。効果が薄い可能性もあると、彼女は火属性を選択していた。
対し、ライトが詠唱し始めたのは風属性第四の魔法であった。
「『逆巻け、風刃。螺旋を描く風はここに集い、風塵の如く寸断せよ――』」
元々攻撃魔法を唱える事が少ないライトであるが、詠唱はしっかりと暗記している。
魔法の性質としては《スラストウィンド》と似ているが、その範囲が非常に大きいのだ。
少なくとも、あの場所で乱戦をしているエネミーたちを全て包み込む事が出来る程度には広い範囲を持っていた。
『『――《ブレイズバースト》』っ!』
「『――《スラストトルネード》』ッ!」
唱えられるのは同時。だが、発生するのが速いのは風属性の魔法だ。
発生したのは風の刃によって構成された竜巻。
それによって、乱戦を行っていたエネミーたちに次々とダメージエフェクトが発生する。
そこに至ってエネミーたちはようやくライト達の方へとヘイトを向けていたが、最早手遅れであった。
何故ならそこに、二つの炎輪が集束したからだ。
――狭い通路の中に、二つの爆発が発生する。
「ふむ、私のフォローは必要ありませんでしたね」
「って言うか、これは全員で撃つ必要は無かったんじゃないのか?」
グレネードを手に持って呟くアマミツキに、ライトは軽く苦笑する。
二つの魔法の爆裂によって、エネミーのHPは完全に消し飛んでしまっていたのだ。
倒れたそれらからアイテムを回収しつつ、アマミツキは再び《ハイディング》を発動する。
「それでは、再び出発しましょう。北の門はそれほど遠くはありませんよ」
もしも、まともに敵と戦えばあっという間に敗北してしまう、そんな綱渡りの行軍。
そんな状況の中、決して油断だけはしないようにしながら、一行は未踏のダンジョンの奥へと進んでいった。
今日の駄妹
「はっ、今なら兄さんに気付かれずにボディタッチも……!」




