22:冷たい遺跡
全員ライトによって運ばれながら、一行は吹き飛ばされた扉の中へと侵入する。
白餡が持ち直した松明の明かりに照らされたそこは、白い石を積み重ねて出来たような石造りの室内であった。
一応ながら若干の照明は存在しており、松明なしでも内部を見る事は可能だ。
ただし、視界は著しく悪くなるだろうが。
そんな内部を見回して、ヒカリは声を上げる。
「さて、ここはどこだ?」
「マップを確かめてみた所、どうやらダンジョンに切り替わっているみたいですね。未踏のダンジョンです」
「まあ、そりゃ未踏でしょうね……」
アマミツキの言葉に、半眼で同意しながら白餡は嘆息する。
どう考えても正規の侵入方法ではないのだ。
事実、マップを確認しても、西の方の酷く中途半端な所から始まっている。
本来ならば、マップは南から始まるのが普通なのだ。
「ふーむ。しかし、それなら本来の入り口はどこだったのでしょうか?」
「地図の縮尺が分からんからなー。とりあえず、北に向かう?」
「そっちが山の上に向かってるみたいだしな。一応、いいんじゃないか?」
ヒカリの言葉に、マップを確認しながらライトは頷く。
方角的には、この南の側は街の方になるのだろう。しかし、もしも街まで辿り着いているとするならば、この遺跡はかなりの大きさであることになってしまう。
階層もかなり多く、少なくともこの段階で足を踏み入れるべき場所でない事は確かだった。
どちらにしろ、このまま今の小部屋に居続けた所で意味は無い。ならば進むべきだろうと告げ、ライトは出発しようとする。
が、その肩をアマミツキが掴んでいた。
「少々お待ち下さい、兄さん」
「ん? どうかしたのか?」
「ここは私が偵察してきます。皆さんは、こう部屋の端っこの方で見つからないようにしながら待ってて下さい」
「……大丈夫なのか?」
「はい。隠密してますので」
ライトの飛行と同じように、ほぼ常時隠密しているアマミツキの《ハイディング》の熟練度はかなりのものだ。
おまけに、それを補佐するスキルである《シャドウウォーク》のスキルレベルはMAX。
例えレベルがそれなりに上の敵であろうとも、感知が低ければ見つからないだけの能力を持っているのだ。
アマミツキならば敵に見つからずに行動できる可能性は高い――そう考えて、ライトは彼女の言葉に頷いた。
「分かった。それなら、頼む」
「はい、お任せ下さい、兄さん」
鷹揚に頷き、アマミツキは《ハイディング》を使用して姿を消すと、そのまま部屋を出て外へと向かっていった。
パーティで共有されているマップが広がっていくのを確認して、ライトは小さく息を吐く。
「さて、どうする?」
「ライトさんは消費したグレネードを作っていて下さい」
「あたしは白餡と部屋の中でも調べてるぞ。まあ、外に敵が居ても気づかれない程度にな」
小さく笑いながらそう口にした二人に、ライトは納得したように頷いていた。
問題はないだろう。元より、現状ではできる事もそう多くはない。
部屋の隅のほうに腰を下ろし、インベントリから材料となるアイテムを取り出しつつ、ライトはちらりと二人の姿に視線を向けていた。
道の状況ながら、どこか楽しそうに部屋の中を探る彼女たち。
あまり心配する必要はないだろうと頷いて、先ほど使用した【スモールグレネード】を作成し始める。
未だ麻痺や毒、睡眠などの状態異常付きのグレネードは小型化させられていないため、熟練度を上げる必要があるのだ。
(最終的にはどうなるんだかな……)
投げた途端に自分まで吹き飛ばされるような爆弾を想像して、ライトは小さく嘆息する。
製作陣が製作陣なのだ、半分ネタのような勢いでやりかねない。
ひょっとしたら、白餡の隠し魔法のように、どこかに別スキルとして存在している可能性まであるのだ。
流石に、極端にゲームバランスを崩すような真似はしないだろうが――
「……はぁ」
「おーい、ライ! ライ!」
「ん、ああ。どうした?」
小さく嘆息したところで声をかけられ、ライトは顔を上げる。
先ほどまでの憂鬱な雰囲気はどこへやら、ヒカリからの言葉のみでライトの顔は随分と明るい表情になっていた。
そんな表情を向けられたヒカリはそれを気にする事もなく、手に持った布のようなものを広げて声を上げる。
「ほら、ライ。ローブがあったぞ!」
「おお、結構期待できそうじゃないか。装備してたらいいんじゃないのか?」
「あの……ライトさん、それがですね」
喜色満面なヒカリと違い、どこか引きつった表情を浮かべる白餡が、目を泳がせながら声を上げる。
それと共に彼女が差し出したウィンドウは、そのローブに関するデータだった。
「ん、【フェザークローク】……AGIに若干のプラス効果ありか。結構いいアイテムだな。で、装備制限が20レベル……20!?」
「その、私たちだとしばらく装備できないって言うのもあるんですけど……」
ダンジョン内で現れるアイテムは、そのダンジョンの適正レベルの下限値に合わせて内容が決定する。
要するに、その攻略中に、出てきたアイテムにその都度変更できるようにしているのだ。
つまり、このダンジョンにおける適正レベルの下限値は――
「……少なくともレベル20になってから訪れるようなダンジョンだったのか、ここは」
「にはは、そうみたいだな」
「いやいやいや、笑い事じゃないですから」
全くもってその通りであった。
その適正レベルというのは、即ちそのレベルがないと『前衛が』即死するという目安である。
無論の事、装備による補正というものもあるが、基本的に後衛が即死する事に変わりはない。
つまり、ライトたちにとってみれば、この場は死地であるという事だ。
「ま、バランスが悪いあたしたちのパーティじゃきついだろうな。一応、あたしたちの魔法の熟練度はそのレベルに引けを取らないとは思うけど」
「まあ、そりゃそうだけどな……」
単一属性であるために熟練度の伸びが高い上、ライトはいつも《フライト》を使用している為に熟練度が高い。
発現している高ランクの魔法を使うとMPの消費が辛くなる程度には、ライトの魔法の威力は高かった。
ヒカリも言わずもがな単一特化の魔法使いであり、更に威力の高い火属性であるため、攻撃力はかなりのものだ。
このレベルのエネミーにも、しっかりとダメージを与える事はできるだろう。
「ま、油断したらやばいけどな。幸い時間はあるんだし、あたしたちで行ける所まで行ってみよう」
「……それに関しちゃ賛成だがな」
「ここまで来たんですから、流石に何もせずに帰るのはちょっと寂しいですものね」
ヒカリの言葉に、ライトと白餡は苦笑しながらも頷く。
雪山でクレバスの位置を探すのは難しい。一度死に戻りしてしまったら、ここまで来るのにはかなり苦労する事だろう。
それならば、今できるだけの事をしておきたい。そう考えて、ライトはヒカリの持つ【フェザークローク】に手を伸ばした。
非常に軽いそれに少し驚きながらも、そのデータを見つつライトは声を上げる。
「ま、了解した。一応俺が持っておくよ」
「にはは。ここでレベル上げすればすぐに届くんじゃないのか?」
「いや、いくら19とは言え、ここで稼ぎをするのはちょっとキツイものが――」
苦笑交じりにライトがそう口にした、その瞬間。
いつも通りのファンファーレと共に、ライトのレベルが20へと上昇していた。
「……は?」
レベル20達成のボーナスSP3点の配布が視界にテロップとして流れる中、しばし呆然としていたライトは、遠くから響いてくる爆音に何があったのかを察する。
ある程度の距離までならば、離れていてもパーティ間で経験値が配分される。
この場でそれを成す可能性があるとしたら、アマミツキただ一人だ。
しかし――
「あいつ一人で敵を倒せたのか……?」
アマミツキの戦闘能力は限りなく低い。
一応グレネードは持ち合わせているし、その威力は作成したライトの能力に依存しているが、それだけでアマミツキが敗れる前に敵を倒し切れるかと聞かれればそれは否であろう。
不意打ちの攻撃を行ったとしても、このダンジョンに出現するエネミーのライフを全損させられるとは考えづらい。
ならば一体何が起こったのかとライトは考え、しかしそれを途中で切り上げていた。
どちらにせよ、こちらに逃げ込んでくるならば迎撃しなくてはならない。
視線でヒカリと白餡に合図し、ライトは立ち上がろうとして――
『迎撃はいりませんよー』
まるで計ったようなタイミングで、アマミツキの声が響き渡っていた。
その声に出鼻を挫かれて困惑するも、声音には焦りなどの感情は一切含まれていない。
現状は伝わってこないが、今の所はアマミツキの予想を超える状態ではないのだ。
他の二人と視線を合わせつつ首をかしげながらも、ライトはその場に留まって様子を観察する。
そして、数秒後。
「はいはーい、こっちですよー」
隠密を解いているアマミツキが、若干駆け足で部屋の中へと入ってきていた。
そして、そんな彼女の後ろを、鎧型のエネミーの大群が音を立てながら追いかけてゆく。
ライトが《観察眼》を使用した所、『リビングアーマー』という名称が表示される。
レベルは25と、現在のライトからしてもかなり高いレベルだ。
そんなリビングアーマーたちはアマミツキからグレネードの攻撃を受けたのか、どれも若干HPを減らしてターゲットを彼女の方に向けている。
こんな高レベルのエネミーに群がられれば、アマミツキなどひとたまりもないだろう。
けれど――
「ひょーい」
そんな軽い掛け声と共に、アマミツキは先ほど吹き飛ばした扉を飛び越え、崖の向こう側にある足場へと飛び移っていた。
リビングアーマーたちは勢いのままそれを追い、一瞬踏みとどまろうとしたものの、後ろのリビングアーマーに押されてそのまま崖下へと落下していった。
踏み止まろうとしたぶん何体かは残ったが――
「よし、《ファイアーボール》」
その背中に、ヒカリの放った炎の魔法が炸裂する。
その爆風に圧されて、残ったリビングアーマーたちもダンジョンの外へと追い出されていた。
残ったのは開いたままの扉と、大量の経験値のみだ。
その様子を呆然と眺めていたライトと白餡に対して、外から戻ってきたアマミツキが変わらぬ表情で声を上げる。
「経験値は美味しいですが、ドロップ品を回収できないのが惜しい戦い方ですね」
「……俺が回収してくるか? 経験値が入ってきたって事は、そこまで遠くないって事だろう」
「ふむ、そうですね。ではお願いします。私は再び敵を集めてきますので」
「いやいやいやいや。一体何をしたらこんな状況になってたんですか!?」
と、ここまで来てようやく正気に戻った白餡が、うろたえながらもアマミツキに対してそう問いかけていた。
対するアマミツキは、こくりと鷹揚に頷いて声を上げる。
「はい。まず、ここの敵は相当レベルが高かったようなので、私の隠密が効かないエネミーが居ました。そいつに攻撃をされそうになったので、あの鎧を盾にした所、エネミー同士が同士討ちを始めた訳です」
「……で、リビングアーマーはリンクするエネミーだったからどんどん集まってきて、体力が減ってきたところで感知が高い方ごと爆破したからそのやられた方が倒れて俺にレベルが入り、お前は纏めて倒す方法を思いついてここに誘導したと」
「そういう事ですね。経験値が入らないかも知れないという危惧もありましたが、問題はないようです」
自身のレベルも上がって上機嫌なアマミツキの言葉に、ライトは小さく苦笑を零す。
攻撃の熟練度こそ上がらないものの、いい稼ぎの手段ではあるだろう。
ただし、若干綱渡りの部分がある事は否めないだろうが。
「まあそういうわけで、私は周囲の探索およびアイテム回収および敵の誘導をしてきますので、しばしまったりとお過ごし下さい。では」
そういって再び部屋を出てゆくアマミツキに、ライトとヒカリは互いに視線を合わせて苦笑を零す。
実に彼女らしい、効率的でありつつ製作者からすれば狙っていないような、そんな稼ぎ方である。
恐らく、その隠密が効かなかったエネミーに見つからなくなるまではこの稼ぎを続ける事だろう。
「……どうする、ヒカリ。トッププレイヤーの仲間入りしそうだぞ?」
「にはは。いいんじゃないか?」
「何であの子はこう変な裏道ばっかり思いつくんでしょうか……」
上機嫌な二人の様子に頭を抱えながら、白餡は呻くように声を上げる。
現状、レベルの半分以上を妙な方法で稼いだ彼女だ、複雑な感情がある事も否めない。
けれど現状それ以外にする事もなく、白餡は深々と嘆息を零していたのだった。
今日の駄妹
「争え~、もっと争え~」




