21:謎の扉の奥には
「な、何ですか、あれ?」
「分からんな……どうしてこんな所に?」
雪崩に追われ、クレバスに落ちて辿り着いた先。
どう考えても通常の手段では辿り着けない場所に、その扉は存在していた。
黒く巨大な両開きの扉。しかし取っ手と思わしき物も無く、さらには扉の下に足場も存在していない。
とてもではないが、中に入れようとする気配は感じ取れなかった。
「ふむ……仮説1」
ぴんと、扉を眺めていたヒカリが指を立てて声を上げる。
クレバスが雪で埋まり光が殆ど差し込まなくなったこの場所において、明かりとなるのは彼女の火の魔法で灯した松明だけだ。
その僅かな明かりの中でさえ、彼女は調子を変える事無く声を上げる。
「あの奥にはダンジョンがあって、あれはトラップの一種。不用意に開けて入ろうとすると真っ逆さまという仕組み」
「中々に嫌味な仕掛けですね。まあ、開けた扉にさっさと入ろうとする方が問題だとは思いますが」
「死体を引き上げる事も無理だし、強制的に死に戻りになるのか? しかし、飛べれば底に辿り着けるとは思うが」
「それは風属性持ちの魔法使いだけじゃないでしょうか……」
恐々と裂け目の底を覗き込む白餡は、視界の片隅にヒカリの姿を捉えながらぼんやりと考え事をしていた。
底抜けに明るい、ムードメーカーの少女。アマミツキ――ひなたが姉と慕うだけあり、かなりの変人である人物。
しかし、こうして見れば決して頭が悪いという訳ではない。むしろ頭の回転は速く、さらには決断も速い。
先ほど雪崩に追われていた時も、このクレバスを見つけて即座に全員が助かる方法を思案していた。
(それに、責任感が強い人、なのかな)
先ほど彼女が言い放った、『あたしが護ってやる』という言葉。
ヒカリはそれを、しっかりとやり遂げて見せたのだ。
あんなどうしようもない状況で、やろうと思えば自分たち二人だけで逃げられたと言うのに。
その事実に、白餡は僅かに頬を緩ませる。
(変な人ではあるけど、いい人に間違いはなさそう。東雲さんやお兄さんがあそこまで信頼するぐらいだし)
未だ警戒が抜けきっていなかった白餡であったが、これを期に信じてみるのも悪くないと、そう思い始めていた。
普段から被っているアマミツキ由来の厄介事を考えれば、非常に甘い判断であると言わざるを得なかったが。
しかしそんな事は忘れている根本的にお人好しである白餡は、明るい声音で声を上げていた。
「ここが正規の入り口って事はあるでしょうか?」
「その可能性は低いと思います。と言うか、こんな所それこそ《フライト》か専用の装備が無ければ辿り着けませんし」
「うーむ、そうだよなぁ。流石のあたしも、こんな場所に扉があるとは思わなかったし」
「むしろ、ダンジョン攻略後のショートカット出口の方がまだ考えられそうだ」
「でも兄さん、西の森を攻略した時は、ワープポイントが発生したんですよね?」
「ああ。そう考えると、やっぱりトラップの線が濃厚かね」
どちらにしろ、ただ考えているだけでも仕方ない。
入ってきた入り口が塞がってしまっているのだ、火の魔法を使えば穴をこじ開けられない訳ではないが、それよりは目の前の扉の方が気になる。
そう考えて、ライトは《フライト》を発動すると、ふわりと浮き上がって扉へと近付いていた。
松明を片手にしげしげと見つめ、時に角度を変えて触れないようにしながら観察する。
「どうでしょう、兄さん」
「少なくとも見た目から分かりやすいトラップの類は見つからないけどな。まあ、こっち側にトラップを仕掛けるような事は無いとは思うが」
「そりゃそうですよね……」
ライトの言葉に、白餡は思わず苦笑を零す。
どう見ても外側から入って来る事は想定されていない造りなのだ、当然と言えば当然だろう。
「あれかね、間違って開けても、ジャンプしてこっちに飛び移れば助かるかもしれないぞと言う事なのか」
「陰険な仕掛けですね。咄嗟に気付いてギリギリでジャンプしてもちょっと届かない感じかもしれません」
「嵌まる前に気づけてよかったと言うべきか、まあ勝手はかなり違うが」
苦笑しつつ、ライトは扉へと直接触れる。
例えダメージを受ける仕掛けがあったとしても、《オートガード》がある以上一度までなら問題ない。
若干覚悟を決めてはいたものの、ライトが触れても扉には変化が無かった。
ぺたぺたと触り、状況を確認する。
「ただの扉だな……蝶番を見た感じやっぱりこっち側に開くみたいだが、取っ手が無いから引っ張るのは難しいか。一応鍵はかかってないみたいだが」
扉の僅かな出っ張りに指を引っ掛けて動かしてみれば、僅かに扉が動く気配がある。
しかしそれは鍵という引っ掛かりが無いという意味であり、この重い扉を開ける事は非常に難しい。
どうしたものかとライトが思案し始めた所で、アマミツキが声を上げた。
「兄さん、ちょっと私に近くで見させて貰えませんか?」
「ん? 俺がお前を抱えるのか?」
「はい、お願いします」
「背中はあたしの特等席だから、アマミツキは抱っこだな」
ごく当たり前のように放たれた独占宣言にライトは苦笑しつつも、ライトは一度足場の方へと戻る。
そんな彼へと近付き、アマミツキはふと目の前で動きを止め――そして、ライトの事を見上げながら声を上げる。
「では兄さん、駅弁スタイルでお願いします」
「今日は大人しいと思ったらいきなりそれか」
「何を言ってるんですか貴方は!?」
「にはは、相変わらずだなぁ」
飛びついて腰に足を回そうとしてくるアマミツキを何とか圧し留めつつ、ライトは深々と嘆息を零す。
ゲーム内ではヒカリに譲るとの事であったが、接触が必要な場面で自重をする気はないらしい。
額を掌で圧し留められつつ、アマミツキは変わらぬ様子で声を上げる。
「むぅ。では妥協点として、プリンセスホールドでお願いします」
「お前は素直にお姫様抱っこと言えないのか……まあ、それならいいが」
「って、いいんですか!?」
「ああ、こいつの手も塞がらないしな。腹に手を回したり脇に手を差し込んで持ち上げたりするよりはコイツも楽だろう?」
驚く白餡に、ライトは肩を竦めてそう返答する。
と言うよりも、彼としてはむしろ最初からそちらを想定していたのだ。
身体を支えやすい上に、アマミツキの動きもあまり制限されないのだから。
問題と言えば、自分の動きが大きく制限される割に彼女の動きが制限されない事であろう。
動きづらいのをいい事に何をされるか分からない、とライトは嘆息を零す。
「脇の方で事故を装ってπタッチと言うのも構いませんが」
「落っことすぞお前は」
嘆息しつつも、ライトはアマミツキの身体を抱え上げる。
そうして再び《フライト》を唱え、彼女の身体を支えながら飛んでも問題が無い事を確認し、ライトは扉の方へと接近した。
相変わらず沈黙を保ったままのその扉は、やはり触れても変化する事はない。
「ふむ、確かにトラップ的なものは無さそうですね」
「分かるのか?」
「はい、一応スカウトですので。扉に仕掛けられるトラップの類はあらかじめ予習してあります」
それは果たしてスカウトとしての学び方なのかどうかは気になったが、今ツッコミを入れても仕方ないと判断して、ライトは特に口を挟む事はしなかった。
そんな間にも、アマミツキはコンコンと扉を叩いたり、隙間から中を覗き込もうとしてみたり、取り出したダガーで軽く叩いてみたりと様々な検証を行っている。
一部なんの役に立つのか分からない行為はあったものの、ライトはそのまま沈黙を保ってアマミツキの行動を見守る。
空中にいるためか、彼女は特にふざけた行動に出る事も無く、終始真面目に扉の事を調べ続けていた。
そしてしばしして、一度こくりと頷いたアマミツキは、満足げな表情でライトの事を見上げて声を上げる。
「大体分かりました。一度戻って下さい」
「ああ、了解した」
半ば拍子抜けしつつも、ライトは再び足場の方へと帰還する。
地面に降りたアマミツキは若干残念そうな表情を浮かべていたものの、一瞬後にはいつも通りの無表情に戻りつつ声を上げた。
「では結果ですが、あの扉はそれなりのSTR値がないとこちら側から開ける事は無理だと思われます」
「って事は、あたしたちじゃ開ける事は無理なのか」
「普通に開ける事は不可能でしょう」
ヒカリの言葉に、アマミツキはそう返しながら頷く。
けれど、この場にいた全員は理解していた。
アマミツキは『普通に』と言ったのだ。ならば――
「普通じゃない方法なら、開ける事は可能っていう事ですか?」
「はい、私はそう判断しました」
「何か理由があるんだろう? 説明して貰えるか、アマミツキ」
彼女の言う普通ではない方法とは一体何なのか。
若干嫌な予感は感じつつも、この場で立ち往生していても意味は無いと、ライトは彼女に対してそう問いかけていた。
対するアマミツキは、若干目を細めつつ口の端を歪め――要するに怪しげな笑みを浮かべながら、ちらりと視線を白餡の方へ向けていた。
それを受けて、白餡は感じた嫌な予感に若干後ずさる。
しかしアマミツキはそんな様子などまるで気にせず、先ほど抜いたダガーを手に持ってひらひらと振りながら声を上げた。
「あの扉、どうやら特殊な金属で出来ている訳ではないようです。どうやら、普通に鉄のようですね。先ほど鉄のダガーで叩いてみたところ、ちゃんと傷が付きました」
「全部鉄なのか?」
「いえ、それは無いと思います。おそらく表面のみを鉄で覆っているだけでしょう。叩いた時の音がそんな感じでした」
何故そんな事が分かるのかとツッコミを入れたい所であったが、どうせ聞いても理解できない部分であったため、ライトは沈黙のみに留めていた。
そんな彼の様子に気付いていたが、それでもまるで気にする事無くアマミツキは声を上げる。
「という訳で、私はあの扉の破壊を提案します」
「いや、何がという訳なんだ」
「でも、扉を傷つける事ができたと言う事は、破壊不能オブジェクトではないと言う事です。つまり、こちらから扉を破って進入するパターンも想定して、『やれるものならやってみろ』的な感じで残しておいたのだと判断します」
「……ああ、ありえそうだな」
以前であった製作者の一人を思い出し、ライトは視線を泳がせる。
そういった想定外の方向で入ってくる事も、彼女ならば喜んで歓迎しそうである、と。
しかしながら、問題が一つある。
「どうやってあんな扉を破壊するんだ? 流石に頑丈だと思うんだが」
「うーむ、あたしの魔法で扉周りにある外側の壁を削るか?」
「内側はダンジョンのようですし、あまり現実的ではないでしょう。ダンジョンの外壁は頑丈ですし。という事で、扉を総攻撃します」
一人ポーズを決めて扉を指差しながら、アマミツキはそう宣言する。
しかしながら、ライトや白餡としてはそれに疑問を抱かずにはいられなかった。
果たして、そんな事が可能なのかどうか、と。
「あの、流石にヒカリさんの魔法でも扉を壊すのは厳しいと思うんですけど」
「俺の風の魔法も熟練度はそれなりに高いが、属性が属性だから威力はそこまで高くないしな」
「白餡の魔法は二つに分けてるからそこまで熟練度高くないんじゃ?」
三人がそれぞれの魔法に関してそう言及する。
しかしながら、アマミツキはそれらの意見などまるで気にする事も無く、淡々と声を上げていた。
「ではまず白餡。貴方はあの隠し魔法で蝶番を熱して下さい」
「え? あ、あー……そう来ましたか」
「で、次に兄さん。白餡が蝶番を熱したら、それを風の魔法で切断して下さい」
「今の熟練度なら……まあ、それも可能か」
「最後に姉さんは、蝶番を切った所で扉を吹き飛ばす役目です」
「実にあたし向きだな、にはは!」
成程総攻撃とはそういう事だったか、とライトは小さく肩を竦める。
三人の魔法使いが揃ってようやく成せる技となると、若干作為的なものを感じざるを得なかったが。
しかし、都合がいい事に変わりは無い。ならば、アマミツキの案に乗るのも悪くは無いだろう。
そう考えて、ライトは小さく笑みを浮かべる。
「成程……なら、一丁やってみるか」
「いいのかなぁ……」
「破壊不能オブジェクトではないとは言え、修復機能は付いているようなので、思いっきりやっちゃって下さい」
まるで悪びれる様子も無く器物損壊を推奨するアマミツキに、一応ながら常識人側の二人は小さく嘆息する。
だが、乗りかかった船だ。そう考え、白餡は改めて扉の方へと視線を向ける。
使うのは、詠唱が長すぎてあまり出番が無かったあの魔法。
熟練度を上昇させるため時折使用していたのだが、MP消費も激しく使いづらい魔法である。
だが――
「『来たれ第七の魔、厳格にして偉大なる炎熱の侯爵。過去と未来、騒乱と調和、40の軍を支配せし魔なる者。我は汝が炎の魔眼を喚起する者なり――燃えよ、《アモンズアイ》』!」
――その威力は、折り紙つきだ。
フォーカスした蝶番へと向けて、紅の熱線が杖の先より射出される。
雪山の中である事を忘れさせるような熱が、蝶番を容易く赤熱させ――
「『風よ集え、刃と成れ。其は万象を斬滅する風神の刃。速く、疾く、大地を裂いて吹き荒べ――《エアロブレイド》』!」
そこに叩きつけられた風の刃が、熱せられ柔らかくなった蝶番を切断していた。
それは風属性第五の魔法。普段から《フライト》を使用し続けて熟練度を上昇させているライトだからこそ、このスピードで習得していた魔法だ。
それは単純に《ウィンドカッター》の上位互換といえる魔法であり、速度と威力が大幅に上昇している。
白餡とライトはそれを扉の四箇所に叩きつけ――最後に、ヒカリの魔法が解き放たれた。
「『燃えよ、炎の弾丸。我が敵を焼き尽くせ――《ファイアーボール》』!」
放たれる炎の弾丸は三発。
それらは着弾と共に大きく爆発を起こして――鉄の扉を、その爆炎で覆い隠す。
全員の魔法が収まり、一時的に上昇していた大気の温度が急速に冷やされてゆく。
そんな仲、全員の視線に晒される中で煙は吹き散らされ――
「……作戦、成功です」
扉が消え去った岩壁に、暗いダンジョンへと続く道が開かれていたのだった。
今日の駄妹
「こんなにも早くチャンスが巡ってくるとは……さすが私、強運です」




