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Blade Blaze Online -太陽を抱く蒼穹-  作者: Allen
1章:始まる世界とチュートリアル
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01:頼斗とひなた











「お帰りなさい、兄さん。ご飯にします? ライスにします? それともお・こ・め?」

「ただいま、ひなた。言っておくが、魚沼産コシヒカリは無茶振りだからな?」



 三上町にある児童養護施設、『皐月園』。

決して大きいとは言えないものの、寄付のおかげで資金は潤沢にある施設。

頼斗はここで暮らし、ここで育ってきた少年だった。


 頼斗は高校二年生、後もう少しで、この施設の庇護から外れる事となる。

しかし頼斗としては、このままこの施設の職員になる道を選ぶのも良いと考えていた。

とは言え、児童養護施設の職員も、そう簡単になれる仕事と言うわけではない。

大学や専門学校に通う資金の無い頼斗には、現在の職員の下で知識や技術を学んだ後に国家資格を取るか、三年以上児童福祉事業に従事する他無いのだ。

決して容易い道ではないだろうが、頼斗はそれだけこの施設の空気を気に入っていた。

そしてそんな理由の一つが、目の前にいる。



「駄目ですよ、兄さん。兄さんが手ずから作る料理ならば、最高の素材を使わないと」

「いや、金があるって言っても無駄遣いしていい理由にはならないからな。って言うかそもそも俺の金じゃないんだから。更に言えば、料理を作るのは厨房担当の職員だ」

「しかし買い物において兄さん以上の技術を持つ人間は存在しないでしょう。さすが戦場タイムセールをマスターした男」

「匿名の寄付がいつまでも続くとは考えてないってだけだよ。ほら、夕食の準備に行くぞ」

「はーい」



 頼斗を兄と呼ぶ少女――東雲しののめひなたも、この施設で育った子供だ。

無論、彼女が頼斗の妹であると言うわけではない。

頼斗とひなたはどちらも天涯孤独の身であり、家庭の都合によって施設に預けられた存在ではなかった。

けれど、頼斗と彼女と、そしてもう一人――三人は、家族同然に育ってきたのだ。

その為、彼らはある意味では本当の兄妹であると言っても過言ではなかった。

と言っても――



「お前の事だから、本来の台詞を口にすると思ってたんだが」

「お望みとあらば、あーんでも混浴でも貞操を奉げるのでもOKですが」

「はい却下」



 ――本当の兄妹ならば、こんな馬鹿げた会話は口にしないだろうが。

小さく嘆息し、頼斗はぼんやりと過去の事を思い返す。

一体、いつからこの少女はこんなおかしな性格になってしまったのか、と。

ぼんやりとした表情で長い黒髪を揺らすこの妹分は、昔から何かと頼斗の後を付いて回っていた。

とは言え、頼斗もあまり人の事は言えないのだが。



「何と嘆かわしい……兄の筆下ろしは妹が行うと言うのは最早憲法改正レベルの常識だと言うのに」

「そんなのが常識な国は滅んでしまった方がいいと思うぞ」

「まあ、兄さんの貞操は姉さんが予約済みなので、後二年ぐらいなら待ちますが」

「…………いや、あいつが引き取られたのは小学校入ったばかりの頃なんだから、そんな約束する訳無いだろ」

「今、ちょっと揺らぎましたね」



 したり顔のひなたに沈黙を返し、頼斗は普段使っている食堂へと向かう。

後ろをパタパタと付いてくるひなたは、そんな頼斗の態度すらも楽しんでいる様子であったが。

彼女が突拍子も無い事を言い出すのはいつもの事であり、いつもならさほど気にする訳でもない。

だが頼斗は、自分の心が若干浮ついているのを感じていた。

そしてそれを感じ取ったのは、ひなたも同じであったらしい。



「兄さん、何かいい事があったんですか? それとも悪い事?」

「珍しいな、お前がそのどちらかを決めかねるってのは」

「兄さんマスターの私と言えど、分からない事だってありますよ」



 普段通りの軽口を交わしつつ、食堂の奥の厨房まで入った頼斗は、とりあえずすぐには使わない材料を冷蔵庫に突っ込みつつ、今日の献立を確認する。

職員ではない頼斗であったが、施設のメンバーの中では最年長に近く、普段から積極的に家事などの手伝いをしている。

一応それはバイト扱いして貰っており、頼斗はそれを利用して小金を稼いでいた。

ちなみに、時給は950円。あまり長時間ではないため効率はよくないが、個人であまり金を使わない頼斗には十分な値段である。



「はい兄さん、エプロンです。で、どんな事があったんですか?」

「フリフリの方を差し出すな。ええと、いい事と悪い事だったか? 一概にどちらとも言えないが……まあ、どっちかと言えばいい事なんだろうな」

「ほほう、その心は?」

「BBOの無料キャンペーンチケットを貰った」



 厨房担当の職員が来るまでにメニューの下拵えを終わらせてしまおうと、頼斗は制服の上を脱いで厨房用の服に着替えつつ、今日あった事を至極簡潔に口にする。

と――そこで違和感を感じ、頼斗は振り返った。

普段ならばこの着替えシーンに興奮した妹分が訳の分からない事を口にする場面であったはずなのに、今日に限ってそれが無かったのだ。

そんな疑問と共にひなたの方へと視線を向けてみれば、普段は半分閉じている目を真ん丸に開いた彼女はその場で呆然と立ち尽くしていた。



「……おい、ひなた?」

「に……」

「に?」



 ひなたの口から僅かに零れ出た言葉は、その音のみ。

疑問符を浮かべ、頼斗は首を傾げつつ聞き返し――瞬間、ひなたが爆発した。



「――兄さんが事故死してしまうっ!?」

「って何だそれは!?」

「な、なな、何をやってるんですか兄さん! そんな一生分のリアルラックを前借りするような事をして! バカですか、死ぬんですか!?」

「とりあえず、お前は頭いいけどバカだろう」



 学年トップの成績を取っている妹分に対して半眼を浮かべ、頼斗は小さく嘆息する。

彼女の発言は普段からおかしなものであるが、今日に限って言えばいつも以上である。

しかしそんな頼斗の様子など気にもせず、ひなたはひたすらに捲くし立てる。



「兄さんは姉さんに運の八割を吸収されたと思っていたのに……そんな、残りの二割を人生の半分も終えていない内から使い尽くしてしまうなんて……!」

「いや、お前はあいつをなんだと思ってるんだ」

「尊敬する姉さんです。兄さん占有契約を結んでます。姉さん7割、私3割。と、それはどうでもいいんです」

「いや待て、どうでも良くない。何だそれは!?」



 衝撃の発言を問い詰めようとしたが、生憎と彼女が聞いている様子は無かった。

普段見せる事の無い興奮した表情は、頼斗としては若干複雑なものがある。

そういう表情が出来るなら普段からしてくれればいいのに、と。



「とにかく、兄さんは何かと運が悪いんですからそういう事をしちゃ駄目なんです」

「……どっちかと言うと、あいつとお前の悪運の良さとそのばっちりが俺に来ていた気がするんだが」

「という訳でチケットを私にプリーズ」

「結局それが魂胆か」



 割と強めにひなたの頭を平手で叩き、頼斗は嘆息する。

結局の所、彼女もこのゲームをやりたかったという事なのだろう。

カバンの中に仕舞ったチケットの事を思い返し、頼斗は肩をすくめる。

確かに、あまりゲームとは縁の無かった頼斗でさえ魅力を感じたゲームなのだ。

ゲーマーであり技巧派のひなたがBBOをやりたがる事に関しては、全く違和感が無い。

とは言え――



「お前、バイトでかなり金を貯めてるだろう。普通に買えるんじゃないのか?」

「まあ、そうなんですけどね。ちょっと計画が崩れたと言うか」

「計画?」

「こっちの話です……まあとにかく、兄さんもBBOをやるんですよね?」

「あー……まあ、な」



 若干歯切れの悪い頼斗の肯定に、ひなたはきょとんと首を傾げる。

何か問題でもあるのだろうか、と。そんな彼女の表情に、頼斗は小さく苦笑を零した。



「いや、普段から手伝いばかりしてたからな。いざやらないとなると落ち着かないと言うか」

「なるほど。でも、ぶっちゃけ兄さんは働きすぎです」

「けど、いきなり俺が抜けて迷惑が――」

「だからですね、兄さんが働きすぎてるから、他のお金稼ぎたい子達が働けないんですよ。先生たちも確かに兄さんに任せてた方が安心できるかもしれませんが、他の子が成長できません。自重してください」

「む……」



 妹分に正論で諭された事に対して地味にショックを受けつつ、手は止めないままに夕食の下拵えを続けてゆく。

頼斗がこの手伝いバイトを初めてはや十年近く。基本的に自分で金を消費する事は少ないため、個人的な貯蓄はかなりの額になっている。

とは言え、一回一回が短いので、流石に一人で大学に行けるような金額ではないのだが。



「確かに、もう他の奴に譲るべきか……俺も高二だしな」

「そうです。と言うわけで兄さん、遊び惚けましょう」

「いや、流石にお前みたいに何もしなくても成績保てる訳じゃないんだから、やるべき事は真面目にやるけどな」



 何かと天才肌の妹分に苦笑しつつも、頼斗はゆっくりと今後の方針に関して思考を続けていた。

とりあえずは、この施設の長である園長先生に話をしなければならないだろう。

けれど、きっと許してくれる。そんな風に、何だかんだで楽しみにしている自分に気付き、頼斗は苦笑を零していた。











 * * * * *











 皐月園では、児童に対して一人部屋か二人部屋が割り振られる。

基本的には年齢の高い子供、および女子が一人部屋を使用しており、最年長である頼斗も当然のように一人部屋を使用していた。

あまり広くはない室内には、勉強机と本棚、そしてデスクトップPCとベッド程度しか置いていない。

と言うより、それ以上の物を置くスペースが無かっただけなのだが。



「さて、と」



 パソコンを起動しつつ椅子に座り、頼斗は息を吐き出す。

起動を待ちながら机の方へと視線を向ければ、その上にはあの時手渡されたキャンペーンチケットが置いてある。

宝くじを当てると周囲の人間全てが敵に見えるという言葉があるが、頼斗は思いがけずその感覚を味わっていた。



「まあ、買おうと思えば自力でも買えるけど……これもきっかけって所か」



 完全に起動したパソコンでインターネットを開きながら、頼斗はBBOの情報サイトを検索し始める。

BBOはアーケード時代とは違い、様々な仕様変更がされている。

とは言えまだサービスは開始していないため、オンラインに関しては事前に公開された情報と、製作者――即ち、タカアマハラのコメントからの推測程度しか載っていない。

そんな中でも目を引く言葉は、『豊富な職業』だった。



「レベルはキャラクターレベルではなくクラスレベル、クラスは基本4職、基本クラスをレベル10まで育てると豊富なサブクラスを選択できるようになる、か」



 これは公式で公開されている情報であり、そしてアーケード時代からの大きな変更点の一つだった。

と言うのも、アーケード時代にはこの基本4職しか存在していなかったのだ。

その時点であったのは、ファイター、メイジ、アコライト、スカウトの四種類。

簡単に言えば、戦士、魔法使い、僧侶、盗賊と言った所だろう。

これだけでも十分遊べるゲームに仕上がっていたと言うのに、そこに大量と言えるレベルの職業増加である。



「まあ、テンプレ構成はしばらく模索されるだろうな……で、サブクラスは、と」



 サブクラスはメイン以外の付属クラスであり、これには様々な職業が存在している。

例えば軽戦士のフェンサー、白魔術師のホワイトマジシャン、錬金術師のアルケミスト、吟遊詩人のバード等々。

現状ではサブクラスの全てが公開されているわけではないため、いくつ存在しているのかは定かではない。

とにかく、基本クラスとサブクラスの組み合わせによって、千差万別なキャラクターを製作できると言う事なのだろう。



「んで、その基本とサブの組み合わせによって、様々な上級職が現れると」



 上級職に関しては未だに情報が少ないが、これは基本とサブの組み合わせによって発生する職業が変化するらしい。

そして、これはまだ噂の段階を出ないながらも、ほぼ確実であるとされている情報だが――



「……隠しクラスと、ユニーククラス」



 製作者であるタカアマハラ、そのメンバーの一人である常世氏のコメントの中にある、その言葉。

それぞれのクラスで得たスキルやそのレベル、熟練度、構成などを条件として現れる特殊な上級職。

そしてその中でも、たった一人のプレイヤーしかなる事の出来ないユニーククラス。

無論、その職業になったからと言って特別有利になる訳ではなく、むしろ情報の少なさ故に成長には慎重さを必要とするようになってしまうだろう。

けれどそこにはロマンがあると、肯定派の人間は口々にそうコメントしている。

そして常世氏もまた、こうコメントしていた。



『BBOの世界は、努力が形となって実を結ぶ世界や。人の言葉に惑わされんようにし、己の信じた道のみを進んどれば、どんな形であれ一線で活躍できるようになる筈やで?』



 『努力が形となって実を結ぶ世界』――頼斗がBBOに惹かれた理由は、これを目にしたからであると言っても過言ではない。

何も持っていなかった頼斗だからこそ、自分の力で手に入れた物が尊いものだと知っている。

ならば頼斗は、その世界で一体どのような努力をするのか。

――向かうべき道は、最初からある程度決まっていた。



(アーケードじゃ死に技扱いされてたが、サブクラスが追加されたオンラインなら行けるかもしれない。俺はやっぱり――)



 願う力は唯一つ。

頼斗の開く情報サイトには、アーケード版におけるメイジのページ、その中でも飛行魔法:フライトに関するページが開かれていたのだった。





















本日の駄妹


「くぅ、私がゲームを買ってあげてゲーム内で兄さんを言いなりにする計画が……仕方ありません、計画変更です」

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