17:空からの爆撃
「『風よ、天へと至る翼を我に――《フライト》』!」
扉の隙間からグレネードを放り投げ、それが爆発するのを待ち、ヒカリを背負ったライトは外に飛び出すと共に空へと駆け上がっていた。
地上にいるのは狼型のエネミーであるウォルフ、虫型だがアルマジロのように見えるロックワーム、そして熊型の巨体を持つウルフベア。
空中のエネミーは少ないが、風の塊を撃って来るショットバードというものが存在していた。
この中で、ライトが特に気をつけねばならないのは最後のショットバードだ。
「ヒカリ!」
「あいよ、上の連中を最初に倒すんだっけ!」
標的となるのは自分たち二人のみ。ならば周りを気にする必要もない。
そう考え、二人は空へと向けて一気に上昇してゆく。
飛行魔法に特化した構成となっているライトは、既に走る程度の速度で飛べるようになっており、ショットバードの集中砲火を受けても避ける程度なら容易かった。
(とは言え、ヒカリを背負ってる分は遅くなってるか――)
普段ならば避けながら相手に爆弾を投げ込む余裕があるが、今は回避しながら距離をとるので精一杯だ。
幸い、ショットバードは体当たりなどの直接攻撃は仕掛けてこないタイプのエネミーであり、この場合ではそれなりに対応しやすい。
が――
(やっぱ、それだけじゃあ駄目だよなぁ)
小さく笑みを浮かべて、ライトは宙を駆ける。
ショットバードの攻撃射程はある程度の長さしかなく、それを外れればこのエネミーはプレイヤーの事を追いかけてくるのだ。
それを利用して、ライトはショットバードたちの射程ギリギリを旋回する事でエネミーを一箇所に集中させてゆく。
そんな光景を見て、背中にしがみつくヒカリは楽しそうな笑い声を上げていた。
「にはは! 流石だな、ライ!」
「応よ。さ、お前の出番だ……っとぉ!」
あらかじめ警戒していた地上からの攻撃、ウルフベアの投げ放つ岩石を空中を蹴るようにして躱しながら、ライトは背中から聞こえる声に集中する。
彼女が唱えるのは、火属性に属する第三の魔法だ。
第一の魔法《フレイムアロー》、第二の魔法《ファイアーボール》は単体に対して放つ事がメインとなる魔法。
それに対し、第三の魔法は――
「『爆ぜよ、炎熱。集いたる炎はその枷を外し、万物を砕く衝撃とならん――《ブレイズバースト》』ッ!!」
ヒカリの詠唱と共に、周囲にはリングを描くような炎が発生する。
そして、それは一気にショットバードの方へと円を縮めつつ駆け抜ける。
集束する場所はショットバードたちがいる場所の中心。その一点に炎は固まり――そして、弾けた。
『キュィイイイイィィ……!』
爆発を巻き起こす、火属性第三の魔法。
一点集中で火力を上げ続けているヒカリの魔法の威力は、体力の低いショットバードのHPを纏めて一撃で消し飛ばす。
炎に焼かれながら地面へと墜落して行くそれらを見つめながら、ライトは移動を止める事無く声を上げる。
「流石だ!」
「にはは! あたしだから当然だ!」
上機嫌な様子のヒカリが見下ろすのは、地面で二人の事を見上げている大量のエネミー。
いかに大量のエネミーがいたとしても、残る対空攻撃を持つエネミーはウルフベアのみ。
ならば、それさえ落としてしまえば後は簡単だ。
予想以上にしっくり来ているこの戦い方に、二人はただ楽しそうに笑みを浮かべていた。
そして、それに対して苛立ったかのように唸り声を上げるウルフベアが、近場にあった一抱えもある岩をライト達の方へと投げ放つ。
「っと……ははっ、お返しだ!」
しかしそれを危なげなく躱し、ライトはグレネードを投げ返していた。
ショットバードの攻撃よりも弾速は速いが、ある程度の距離が開いている上に弾が大きいから軌道が読みやすい。
例えヒカリを背負っていて動作が遅くなっていたとしても、躱す事は難しくなかった。
(いや――)
むしろ、動きは鋭くなっている。
その事を自覚して、ライトは思わずその笑みを深くしていた。
ヒカリを背負っているという事は、彼女がダメージを受けるかどうかは全てライトにかかっているという事なのだ。
彼女を傷つけさせる訳には行かない、その想いがライトの中には常に存在している。
そう、何故なら――
(俺はその為に空を願ったんだ。全ては、光の為に!)
それはまるで忠義を捧げる騎士であるかのように。
主君が戦場に出て、それを期に士気を高めて戦場を駆ける騎士であるかのように。
ライトは、集中力が際限なく増していっている事を自覚する。
熊の投げる岩石程度、まるで当たる気がしない、と。
「『燃えよ、炎の弾丸。我が敵を焼き尽くせ――《ファイアーボール》』!」
響くヒカリの詠唱と共に、炎の弾丸がまるで隕石であるかのように地面へと降り注ぐ。
そしてそれに合わせ、ライトもまた取り出したグレネードを両手で投げ放っていた。
吹き上がる爆炎と、巻き起こる爆発。吹き飛んでゆくエネミーたちは、二重の爆発を受けてHPを全損させてゆく。
それでも、体力の高いウルフベアを落とすには至らなかったが――
「いいなぁ、ライ! 負ける気しない!」
「ああ、勿論だ。俺とお前が揃って、こんな雑魚共に負ける訳がない!」
「にははは! そうだな、その通りだ!」
最早時間の問題だ。この程度の相手に、自分たちが負ける事などありえない、と。
心の底からそれを信じながら、二人は宙を駆ける。
そんな彼らの表情は、雲一つない天空のように、どこまでも輝かしく晴れやかなものであった。
* * * * *
「本当に勝っちゃいましたよ……しかもノーダメージ」
「当然です。兄さんと姉さんにとって、この程度は造作もない事なのですから」
死屍累々といった様子で地面に転がっているエネミーたちから剥ぎ取りを行いながら、まるで自分の事であるかのようにアマミツキは胸を張る。
あらかじめ彼女が宣言していた通り、二人は容易く敵を倒しきってしまったのだ。
《オートガード》があるため一撃だけならば何とかなるものの、もう一撃受けてしまえば《フライト》が解除されて地面に落ちてしまう。
魔法使い二人では、地面に落ちれば成す術などないのだ。そうすれば一巻の終わりだというのに。
「ライ! ライ!」
「ん? ああ」
『いえい!』
件の二人はといえば、そんな高度な戦闘を終えた後だというのに、暢気にハイタッチを交わしていた。
ライトにいたっては若干キャラが変わってしまってはいないだろうか。
そんな彼らの姿に思わず半眼を浮かべつつも、白餡は考えていた事を口にする。
「でも、飛行魔法ってあんなに強かったんですね。もしかして、他にもやってる人がいるんじゃ――」
「いや、あれは兄さんが特別なだけですよ。ブラコン妹フィルター抜きにしても」
「まずフィルターがかかっている事にツッコミを入れるべきなのかもしれませんけど……その理由は?」
圧倒的としか言いようの無い二人の戦闘。
かなりの数をトレインしてしまっていたために、普通に戦えば成す術なくやられてしまっていただろう。
それだけの敵を相手に干渉したのであれば、それは非常に強い戦術なのではないか――白餡は、そう考えていたのだ。
けれど、アマミツキはそれに対して首を横に振る。
「まず一つ。先ほどの戦闘に関してですが、あれだけの攻撃を危なげなく回避するには優れた反射神経と空間把握能力が必要になります。片方は地上で数が少ないとは言え、十字砲火を受けていた訳ですからね」
運動能力に優れるアマミツキが同じ事をしたとして、果たしてあそこまで容易く躱す事ができただろうか。
無論、このあたりの敵はまだまだレベルが低く、回避する事は出来ただろう。
けれど、笑いながら、背後を気にする余裕を持ちながら――同じ事が出来るだろうか。
それが難しい事であると理解して、アマミツキは目を細める。
「それに、仮にそれが出来る人間がいたとして、二つ目に今度は物資と火力の問題が立ちはだかります」
「物資というと、グレネードの?」
「はい。正直、《フライト》を優先した構成では、アイテム集めにはあまり向かないんですよ。飛んでるんだから当然ですけど」
メインとなる火力が、グレネードしか存在しないという事実。
これも生産の熟練度が上がれば様々なものが発生するが、メインの攻撃として使用すれば、たちまち素材が足りなくなる。
現状、ライトがその問題をクリアしている理由は――
「採取専門のキャラクター構成である私がいるからこそ、兄さんはこうして遠慮なく攻撃しまくる事が出来ているのです」
「それは……確かに。一人だと効率悪いのは確かですね。けど、ヒカリさんみたいに背中に乗ってくれる人がいれば……」
「まず、そこですね。三つ目の条件です。ゲーム内とは言え、こうして体がある訳ですし、見ず知らずの人間と密着するなんて嫌でしょう」
身も蓋もないアマミツキの言葉に、白餡は思わず頬を引き攣らせる。
とは言え、彼女自身もそれには同意する所であった。
ゲーム内で出会った、素性の知れない異性。例え現実の体でなかったとしても、密着する事には抵抗を覚えてしまうだろう。
「ゲームに友達は付属していませんからね。現実世界でも近しい人間、それこそあれだけ密着しても問題ないと言えるような人がいるかどうか……まあ、これは場合によっては努力次第でクリアできる条件です」
「そう言われると難しい気がしてきますね……」
「そして次、四つ目の問題ですが」
「まだあるんですか!?」
四本目の指を立てて、アマミツキはそう口にする。
ライトが今立っているその場所が、どれだけ貴重なものであるかと説明するように。
「背中に乗る人の小柄さ。これも必要になると思います」
「そ、そうなんですか?」
「試してみないと分からないですけど、この世界は物理演算がしっかりしているみたいですからね。恐らく、重い人が背中に乗ればそれだけ飛行魔法の速度は遅くなります」
その言葉に、白餡は思わずヒカリの方へと視線を向ける。
ライトと同い年というには、随分と小柄な彼女。
彼女自身は全く気にした様子はなかったが、自分ならばコンプレックスになってしまう自信がある体格であると、白餡は頷く。
あの体格ならば、体重もそれだけ軽い事だろう。
「小柄で、火力のある後衛職。この人が、空を飛ぶ役の人に密着できるほど親しい人間でなくてはならない。更に物資の問題もあり、飛行魔法を扱う人物自体の才能も必要となる」
それが、ライトの揃えている条件だ。
無論の事、不可能であるとは言えないだろう。
けれど、非常に難しい事は紛れも無い事実である。
「これだけの条件を揃えるのは非常に難しいでしょう。真似しようとして出来る事ではありません。やったとしても、兄さんほどの空への情熱がなければ続けられるものではありませんし」
そこまで口にして、アマミツキは剥ぎ取りをしている自分の家族の方へと視線を向ける。
バランスが悪いにも程がある構成。どちらも単体では戦えないであろうそれ。
しかし、自身の情熱があればこそ、それをこうして運用しているのだ。
真似など出来まい。仮に出来たとしても、この二人に勝てるものなどありはしない。
何故ならこの二人は、自分の敬愛する兄と姉なのだから――そう胸中で呟いて、アマミツキは笑みを浮かべる。
「兄さん、姉さん」
「ん、どうした?」
「んにゃ? アマミツキ、何か用か?」
かつての日々と変わらぬ反応に、アマミツキは満足げに小さく頷く。
戻ってきたのだと錯覚するほど、彼らの反応は予想通りで。
そんな二人が誰も触れえぬ形を手に入れているのであれば、それはアマミツキにとっても喜ばしい事であった。
故に――
「フレンド交換、やってしまいましょう」
「あ……ははっ、今まで忘れちまってたな」
「パーティ登録はしてたんだけどなー。よしライ、お前は再びあたしの子分だ!」
「ああ、勿論だ。同じように俺たちを率いてくれよ、親分」
幼き日の冗談のような言葉を持ち出して、けれど二人は楽しそうに笑う。
そしてライトは、躊躇う事無くリーダー権限を彼女に明け渡していた。
予想できた事であったために、アマミツキが慌てるような事はない。
状況判断ならば、ライトの方が得意であろう。知識の深さであれば、アマミツキの方が上である筈だ。
けれど、二人はヒカリの事をリーダーとして認めている。
「うっし! それならお前たち、あたしについて来い! あたしが導いてやろう!」
彼女は旗印。彼女は行く道を照らす太陽。
彼女の才能と呼ぶべきものは、間違いなくそれであろう。
人の上に立ち、人を鼓舞する、そんな人間。
恥ずかしげもなく大声で、人を導くと大真面目に口にする。
そんな彼女であるからこそ、自分の力を何の心配もなく預ける事ができるのだと。
「向かうは山の上! トカゲの大将を拝んでやろう!」
『了解!』
変わらずそう信じる二人は、ヒカリの言葉に強く頷いていたのだった。
今日の駄妹
「しかし、アングルによってはぱんつが見えてしまいますね。兄さんが気付くと怒り狂いそうですし、ズボン装備を用意しなくては」