16:再会
「いやー、こんな形で出会えるとは思ってなかったなぁ。にははは」
テーブルも何も無いセーフハウスの中、適当に地面に腰を下ろして赤毛の少女は笑う。
六木光――彼女は頼斗やひなたと一緒に皐月園に引き取られた、孤児の少女であった。
そして、彼女は六歳の頃、とある家に養子として引き取られて行ったのだ。
いつかは再会すると、必ず会いに行くのだと胸に決めていた頼斗とひなたではあったが、このような形で再会できるとは露ほども思っていなかった。
「で、そっちの子は誰? あたしは六木光、キャラクター名はヒカリだ。よろしくなー」
「あ、え、ええと……東雲さんのリアルでの友人で、白峰愛莉といいます。キャラクター名は白餡です」
「おおー、これはこれは。うちの妹が世話になってます」
「あ、いえいえ」
独特な調子ではあるものの、基本的に礼儀は弁えている。
そんなアンバランスさに困惑しながらも、白餡はぺこりと頭を下げていた。
アマミツキが――ひなたが姉と呼ぶ人物であるために警戒していたのだが、どこか肩透かしを食らったような心境で白餡は微妙な表情を浮かべていた。
無論の事、彼女はそんな単純な人物ではなかったが。
「お久しぶりです、姉さん。残念な感じの体格に成長しましたね」
「ちょっ、アマミツキ!? いきなり失礼すぎません!?」
「にははは。そういう妹はでっかくなったなぁ。しかし、ライの性癖は常にあたしに合わせて変動するからでっかくても無駄だぞー」
「むぅ、口惜しいですがその通りですね……これは妹というブランドイメージで売るしかありませんか」
「いや、お前ら、それは……」
感動の再会はどこへやら、普段と変わらぬ調子でアマミツキは声を上げる。
その言葉に、しかし否定する事も出来ずにライトはしどろもどろな反応を示していた。
そして、そんな彼女たちの会話に、白餡は徐々に表情を引き攣らせてゆく。
(やっぱりこの人、東雲さんの姉だ……!)
主に、頼斗に対する姿勢が殆ど変わらない。
ひなたほど露骨ではないものの、彼の事を完全に自分のものであると認識している言動であった。
そして、それに対して満更でもなさそうな表情を浮かべている頼斗もまた、その同類である。
思わず頭を抱える白餡を他所に、アマミツキは変わらぬ様子で続けた。
「という訳でどうでしょう兄さん。鉄板である妹属性です」
「いや、どうでしょうと言われてもな」
「ライ。ひなた……じゃなくてここだとアマミツキか。とにかく、アマミツキなら手を出しても許す! 三割は譲ってやろうと約束したからな!」
「それ事実だったのか!?」
いつだったか妹分の口より放たれていたいい加減な言葉が事実であった事に衝撃を受け、ライトは思わず絶句する。
そしてその反対側で、家族の会話としてありえない内容に白餡も目を点にしていた。
しかしそんな彼女の様子など気にもせず、アマミツキは声を上げる。
「あえて幼馴染属性というならそれもありですが、最近はかませポジションみたいな扱いが多いですからね。やはり時代は妹でしょう」
「いや、だからそんな世間一般の常識みたいな風に語られても困るんだが……俺にそういう属性は無いと言うに」
「HAHAHA」
表情を全く変えず、いつも通りの眠そうな瞳のまま笑い声を上げるアマミツキに、ライトは半眼を向ける。
ヒカリはといえば、そんな彼らの様子を楽しそうな視線で見つめていた。
言わずもがなであるが、白餡は既に置いてけぼりである。
アマミツキは、ライトの言葉にやれやれと首を振る。
そんな仕草に神経を逆撫でされつつも沈黙を保つライトであったが、彼女の言葉が止まる事はなかった。
「ふぅ、仕方ないですね兄さん……」
「俺が悪いのかそれは」
「義妹派ではなく実妹派とは、業の深いお方です」
「おいコラちょっと待て」
「そうだったのか、ライ!」
「ヒカリも真に受けるな!」
本気なのか冗談なのか分からないヒカリの台詞にはしっかりとツッコミを入れ、ライトはアマミツキの方へと向き直る。
彼女の問題な部分は、ヒカリと違って全ての台詞がどこまでも本気である事だ。
思わず頭痛を感じかけながらも、ライトは声を上げる。
「お前な、俺にそっちの属性が無いとは思わんのか」
「何を言いますか兄さん。この世にブラコン妹が嫌いな兄なんているはずが無いでしょう」
「そりゃまあ嫌いとは言わん。お前のことは好いてるさ。だがお前の場合は少々行き過ぎと言うか――」
「大は小を兼ねますので問題ありません。兄さんが実妹派でも見事対応してみせましょう。ヴァリアブルシスターです」
「いや、無理だろうお前、物理的に」
キャッチボールではなくドッジボールな会話だが、ライトとしてはそれなりに慣れている。
元より、この手の会話ではまともに話が成立するとは思っていなかった。
ヒカリもアマミツキの性格は把握している為に、最もその会話に翻弄されているのは白餡であると言えるだろう。
「大丈夫ですよ、兄さん。血は繋がっていなくても魂的に繋がってる気がします。二人の魂の片割れから生まれた的な。つまりソウルシスターです。なので問題ありません」
「それは実妹と言えるのか……いやもういいよ、義妹でいいから。お前の妹に懸ける情熱は分かったから」
「ふむ、ではそういう事で……いざ!」
「いざ! じゃない」
服を捲り上げようとするアマミツキの頭を、ライトは慣れた手つきで叩いて止める。
尤も、システム的なストップがかかるために、ある一定以上は脱げないのであるが。
彼女自身それは分かっているため、流石にそれは半分冗談だったのだろう。悪びれる様子も無く服を元に戻す。と――
「アマミツキ。ある程度はいいと言ったけど、やりすぎるとあたしも怒るからなー」
「な……っ! くぅ、姉さんがそういうのであれば仕方ありません。今は身を引きましょう」
冗談を交えた調子で、けれどどこか迫力を滲ませながら、ヒカリはそう口にする。
その言葉に、アマミツキはどこか口惜しそうな様子で引き下がっていた。
ライトはそれに思わず安堵して息を吐き出すが、その様子を眺めていた白餡は呆然とヒカリの事を見つめていた。
「……まさか、アマミツキが素直に人の言う事を聞くなんて」
「何を言いますか。私はとても素直な妹ですよ」
「一分前に自分が喋ってた事を思い出してから言いなさい貴方は」
しれっとした様子のアマミツキの言葉に、白餡は半眼でそう返す。
伊達に現実世界でも知り合いではないのだ。白餡も、アマミツキの扱い方はそれなりに心得ている。
生まれた時から一緒にいるライトやヒカリには、遠く及ばないようであったが。
中でも、素直に言う事を聞いたヒカリの事を凝視して、白餡はアマミツキへと問いかける。
「お兄さんの言う事だって煙に巻くくせに、お姉さんの言う事は素直に聞くんですね……貴方にとってどんな扱いなのかと思いましたよ」
「姉さんですか? それはもちろん……ええと、ほら……ゆ、唯一神?」
「……本当に何があったんですか、一体」
凄まじくふわふわしたニュアンスを伝えようとジェスチャーで表現しようとするアマミツキに、白餡は半眼を向ける。
滅多に見ない姿ではあったが、生憎と白餡の内心には不信感以外に生まれる物は無かった。
ともあれ、彼女の中でこの三人の認識は、既に『変人』で確定している。
程度の違いであり、彼女にとってはライトも十二分に変人であった。
と――
「うん? 何か、外が騒がしくないか?」
「何?」
ヒカリが外の方へと視線を向けて発した言葉に、ライトは首を傾げつつ視線で追う。
聞こえていたのは、僅かな戦闘音だ。更に耳を澄ませて見れば、外にいると思われるプレイヤーの声が聞こえてくる。
それは、かなり切羽詰った声で――
『くそっ、何でセーフティエリアの前にこんな沢山敵が――うわあああああっ!?』
大きな悲鳴は耳を澄ませるまでも無く管理小屋の中にまで響いてきており、四人は思わず沈黙する。
戦闘音が消えたために辺りには静寂が戻ったが、小屋の周りにはいくつもの息遣いを感じ取る事ができる。
その状況に、中の視線が一斉にアマミツキの方へと向けられた。
この状況を説明出来そうなのは、彼女しかいない。
「はい、解説のアマミツキです。たぶん、ウォルフの仕業ですね」
「……と言うと?」
「あのエネミーは、臭いでプレイヤーを識別しています。セーフティエリアの中には入ってこれませんが、臭いは残っているのでしょう。さっき思い切りヘイトを稼いだ兄さんの臭いと、追いかけられてた姉さんの臭いに引き寄せられて、小屋の周りに集まっているのだと思います」
それはつまり安全な場所の入り口がエネミーによって占領されている事を示しており、逃げ込もうとしているプレイヤーにとっては地獄のような光景であった。
何でそんな習性のエネミーを作ったんだと常世の姿を思い浮かべながら嘆息し、ライトはヒカリと視線を合わせる。
彼女の意志は――当の昔に、決まっているようであった。
「うっし、このままでも迷惑かけちゃうもんな。あたしがあいつらを倒してこよう」
「え!? でも、さっき追いかけられていたのに……!」
「この原因になったのはあたしだから。そんなら、責任取んなきゃ女じゃない!」
むしろ漢らしい台詞を吐きながら、ヒカリは仁王立ちして扉の方を睨みつける。
その姿の中に、恐れと言った感情は一切存在していなかった。
責任感が強く、己の成すべき事を見据えて決して逃げ出さない。
彼女は、そういう人間であった。故にこそ、ライトは彼女に惹かれたのだ。
「俺も行くさ。昔言っただろう、俺たちは――」
「『いちれんたくしょうだ!』って? にはは、そうだな……他の奴にあたしの尻拭いをさせるのは嫌だけど、ライならいい」
「ちょ、ちょっと! いくら何でも無理でしょう! あんな数がいたら、あっという間にやられちゃいますよ!?」
「白餡は姉さんを知りませんからねぇ……あ、でも姉さん、ちょっと気になる事があるのでステータスとスキル構成見せてください」
「んにゃ? 何か思いついたのかー?」
首を傾げつつも、ヒカリは己のステータスを表示させてアマミツキの前に提示する。
それを横から覗き込んだ白餡は――思わず、目を点にしていた。
変わった構成といえばその通りであるが、ヒカリのスキル構成は一言で言えば『極端』だったのだ。
「レベルは9……《メモリーアーツ:火》と《火属性強化》Lv.10、そして《ステータス強化:INT》Lv.2ですか。そんな事だろうと思ってましたが、《オートガード》すら取らないとは、流石姉さんです」
「にはは、照れるなぁ」
「別に褒めてませんからね、一応」
珍しく、アマミツキが一つ嘆息を零す。
とは言え、これは彼女にとっては予想の範疇であった。
先ほどの強力な威力を持つ魔法、あれはヒカリの火力偏重によるものだったのだ。
離れ離れになってから十年近く、まるでその性質が変わらなかった事には喜ぶべきか呆れるべきか悩みながらも、アマミツキは一つの案を提示する。
「では、こんなのはどうでしょう――」
* * * * *
取り出したのはロープ。
ケージたちと共に戦っていた時に、彼のトラップ用に購入したものの余りだ。
それを使って、アマミツキはライトとその背に乗ったヒカリの体を結び付けてゆく。
そんな彼らの姿を見つめ、白餡は眉根を寄せながら疑問の声を上げていた。
「……本当に、そんな事出来るんですか?」
「流石にこれは本に書いてあった訳じゃないですけど、仕様上は出来てもおかしくない筈です。この世界は、ゲームではありますがあくまでも物理的な制限は少ないですから」
アマミツキの口にした突拍子も無い案を、ヒカリはいたく気に入っていたようであった。
そしてライトも口では何だかんだと言いながら満更でもない様子である。
合法的に――と呼べるのかは疑問だが――ヒカリと密着できるのが嬉しくてたまらないとでも言うかのように。
そんな二人の事を普段と余り変わらない表情で見つめながら、アマミツキは声を上げる。
「とりあえず、やってみてください。兄さんはあくまでも回避優先。この辺りは飛行エネミーもいますし、熊も岩を投げてきますからね。無理に爆弾を投げる必要はありません」
「ああ、了解だ」
「その代わり、あたしが撃ちまくるんだな!」
「はい。姉さんの火力なら、このあたりの敵にも十分対応可能です。MPポーションも渡しておきますので、存分に撃ちまくってください」
レベルに若干の差はあるものの、ヒカリの攻撃魔法の威力は完全に白餡を超えている。
あれだけ火力増強にSPを集中させているのだから、当然といえば当然なのではあるが。
故に、ライトが攻撃せずとも、その威力だけで十分に戦う事が出来るだろう。
そう判断して、アマミツキは二人に告げる。
「それでは、外に二、三個グレネードを投げて扉付近の敵を吹っ飛ばしたら行っちゃって下さい」
「ああ、任せてくれ」
「久しぶりの共同戦線だ、頑張ろうな、ライ!」
「勿論だ!」
盛り上がる二人は、アマミツキの指示通りに扉の方へと向かってゆく。
そんな二人の背中を見送りつつも、不安げな表情の白餡は、アマミツキに問いかけていた。
「あの……本当に大丈夫なんですか? ヒカリさん、適正レベルよりも低いですし……」
「ふむ。では、一つお話しましょう」
二人の身を案ずる白餡に、しかしアマミツキの様子は変わらず。
いつも通り、どこまでも自信満々なまま――彼女は、懐かしむように声を上げていた。
「白餡、私は自他共に認める天才ですが……」
「そういう言い方されると微妙に腹立ちますけど、それで?」
アマミツキは、東雲ひなたは天才だ。
その才能を打ち消して余りある変人ではあるが、完全記憶の才能に加えて運動能力も悪くない。
そちらに関しては面倒くさがりの性格が祟ってあまり本気ではやっていないが、その気になれば全ての授業でトップの成績を修められるだろう。
趣味は図書館の蔵書を全て頭の中に叩き込む事であり、知識量は大人顔負けだ。
故に人は、彼女の事を天才と呼ぶ。
けれど、と――アマミツキは、笑いながら。
「でも、私はどんな事でも、姉さんに負けてしまうんです」
「え……? もしかして、あの人も――」
「姉さんに私みたいな才能はありませんよ。それなりに才女ではありますが、普通です。でも、それでも私は姉さんに負けてしまう」
表情の少ない彼女には珍しく、どこか誇らしげに笑いながら――アマミツキは、そう口にする。
まるで、負ける事が楽しいとでも言うかのように。
「最初は勝てます。私はどんな事でもこなせますから。けど、いずれは負けてしまうんです。どんな事であっても……姉さんは、私との差を努力で埋めてしまう。頑張って、頑張って……どんな事であっても頑張り抜いて、私を追い抜いてしまうんです」
「嘘、そんな人が――」
「いるんですよ。だから私は、姉さんを尊敬しているんです。姉さんには勝てないって、そう思っているんです」
全力で学び、全力で遊び、全力で泣いて、全力で笑う――それが、六木光という人物だから。
だからこそ、頼斗は努力を尊ぶ人間となった。だからこそ、ひなたは己が才を絶対のものだと思わなくなった。
だからこそ、二人は――太陽のように輝く彼女を、支えたいと願うのだ。
「私が兄さんの事を好いているのは、兄さん自身の事が大好きというのもありますけど……私には手の届かない存在だから、というのもあります」
「……あの人は、お姉さんを第一に考えているから?」
「そして、姉さんも兄さんの事を第一に考えているからです。姉さんが望む以上、私はそれに勝てない。だからこそ、焦がれるんです」
眩しそうに、アマミツキは二人の姿を見つめる。
外へと爆弾を放り投げ、その後外へと駆け出してゆく二人の背中を。
「『風よ、天へと至る翼を我に――《フライト》』!」
「にはは! いくじぇー!」
この二人が、己の敬愛する兄と姉が負けるなどと、アマミツキは露ほども考えない。
二人はそういう人間なのだと、信じ続けていたのだ。
今日の駄妹
「とはいえ諦めるとは言いませんが。性的な意味で」