15:炎の少女
突如として響いた爆発音に、三人は顔を見合わせる。
先ほどまで自分たちが散々響かせていた音ではあるが、それとは少々違った音に感じたのだ。
爆発の性質が違う、と言うべきか。流石に、それだけでどのような爆発が起きたのか判別できる人間はここにはいなかったが。
いや、ひょっとしたらアマミツキなら分かるのではないかとライトと白餡が視線を向けるが、彼女は肩を竦めて首を振る。
「私でもどんな爆発が起きたのかなんて分かりませんよ。精々、今のが魔法なんじゃないかと言う程度です」
「いや待て、何故そんな事が分かる」
「グレネード使って戦う奇特な人間なんて、そうそういませんから。素材の採取が間に合いません。コストパフォーマンスが悪いんですよ、この戦い方」
身も蓋も無い言い方ではあったが反論する事もできず、ライトは沈黙する。
アマミツキの言葉は、彼としては認め難い事ではあったが、紛れも無い事実だった。
実際の所、グレネードを使った戦闘はコストパフォーマンスが本当に悪い。
敵が出てくる数に対して、素材を採取できる数が少ないのだ。
それこそ、アマミツキのような採取専門のプレイヤーでもいない限りは、需要に供給が追いつかなくなるだろう。
それを考えていた辺りが、彼女の恐ろしくも頼もしい所なのであるが。
「でも、この辺りまで来る人がいるなんて……」
「出来なくもないと思いますよ。兄さんの前のパーティの人達なら、たぶん頂上まで登れると思います」
「いや、あいつらは特殊すぎるから考えない方がいいと思う。それにそもそも、あいつらは王都の方に行くって言ってたしな」
数日間行動を共にした面々の姿を思い出し、ライトは肩を竦める。
製作陣からある程度の知識を得ていたと言うのもあるが、彼らの戦闘能力は凄まじい。
特に、プリスならば一人でも頂上まで登れてしまうのではないかという考えが、ライトの中には浮かんでいた。
そんな考えを頭を振って追い出す彼の仕草に、アマミツキは肩を竦めて声を上げる。
「まあ、それもそうでしたね。ともあれ、この辺りはレベル10に到達したバランスのいいパーティなら普通に来れると思いますよ」
「それもそうか。一応、西の森に対応するエリアだしな」
「あそこはエンカウント率と敵の多さから難易度上がってますから、こっちの方が単体の強さは高いですけどね」
つい最近まで入り浸っていたエリアの事を思い返し、ライトはアマミツキの言葉に頷く。
確かにあそこは、少し進めばすぐにエネミーが姿を現していた。
この東の山に関してはそこまで多くのエンカウントは無く、あわただしい行進をせずに済んでいる。
それに視界が広い事もあり、ライトが上空を飛んでいれば敵を簡単に察知できるのだ。
バランスの悪いパーティではあるが、レベルもあり知識もある彼らならばそれ程苦労するエリアではない。
と――
「あの、二人とも」
そこで、窓の外を見つめていた白餡が声を上げた。
眉根を寄せた表情を浮かべる彼女に、ライトとアマミツキは揃って首を傾げる。
同時に行ったその仕草は、血はつながっていないとは言え兄妹らしさが伺える場面であったが――生憎と、白餡にはそんな事を気にする余裕など無かった。
「何か、こっちに向かってきてるんですけど」
「……何だって?」
彼女の言葉に、ライトは立ち上がって窓の外へと視線を向ける。
白餡の後ろから覗き込むようにして見つめた窓の外。その遠景では、ちょうど爆発音と共に巨大な土煙が上がった所であった。
その大きさに、ライトは目を細める。そして後ろから覗き込んでいたアマミツキは、それに対して感嘆の声を上げていた。
「おお、この辺りのレベルにしては妙に威力高いですね」
「火属性魔法か?」
「そうですね。たぶん第二段階の《ファイアーボール》かと」
同じく火属性の魔法を操れる白餡が、発せられた魔法を目にしてそう判断する。
しかし、その威力は彼女のそれを大きく上回っていた。
全員の知らないもっと高いレベルの魔法である可能性もあるが、今それを判断する事は出来ない。
どちらにしろ、今の白餡よりもレベルの高いメイジだと言う事なのだろうが――
「……なあ」
「はい……えっと、一人だけで逃げてるように見えますね」
「って言うかその通りでしょうね。トレインしちゃってますし」
「MPKではなさそうだがな……必死で逃げてるみたいだし、たまに迎撃してるし」
窓の向こう、遠くからこのセーフティエリアへと向けて逃げ込もうとしている小柄な少年か少女。
距離があるため髪の毛が赤い事しか判別できなかったが、その人物がエネミーに追われている事だけは簡単に分かった。
この辺りのエネミーであるウォルフやロックワームが多数、そして若干強い中型のエネミーであるウルフベアが三匹ほど。
パーティで挑むにしても少々厳しい数であった。
「どうする?」
「正直正面から挑んでもきついですが、幸いセーフティアリアがありますからね。ここまで退避させる程度なら大丈夫でしょう」
「了解。作戦は?」
「白餡は魔法で牽制、兄さんは《投擲》を使って麻痺爆弾。私はそんな二人を応援します」
「……まあ、それが順当な所でしょうね」
何かしろと突っ込もうとして、白餡は言葉を飲み込む。
アマミツキは本当に何も出来ないのだ。隠れて後ろから攻撃する事も可能だが、正直な所火力が足りない。
爆弾を設置する事程度なら出来るが、これだけの数の敵がいる場合、察知される可能性も高いだろう。
下手な事をするよりは何もしないほうが安全である。
「それでは、行きましょうか」
「ああ」
「ま、ヒットアンドアウェイすればいい経験値ですしね……よし、頑張りましょう」
アマミツキの号令に二人は頷き――そして、一斉に扉から飛び出した。
そのまま、ライトは逃げているプレイヤーへと大きく声を上げる。
「そこの人! こっちへ逃げてください! 援護します!」
「――――っ!」
その声が耳に届いたのだろう。赤毛のプレイヤーは、真っ直ぐ振り返る事無くセーフティエリアへ向けて走り出す。
それを確認して、ライトはスキルを発動させつつ【パラライズグレネード】を振りかぶった。
「《投擲》……ッ!」
スキルのエフェクトに包まれ、投げ放たれたグレネードは真っ直ぐ敵の中へと飛翔する。
それは狙い違える事無く、進んできたエネミーの鼻先へと落下し、爆発と共に黄色の煙を散布していた。
ダメージと共に麻痺効果を与える【パラライズグレネード】、その効果によってエネミーの群れは麻痺して動けなくなるか、そうでなくても動きを鈍らされる事となる。
そして、その効果から外れたエネミーたちに対しては――
「『貫け、氷槍。凍てつく刃よここに集え、白銀を紅く染め上げよ――《アイシクルランス》』!」
白餡の放つ氷の魔法が突き刺さる。
放たれた魔法は氷の槍。三つ生み出されたそれは、それぞれ異なるエネミーへと飛翔し、その身を貫いた。
現在白餡が使える最大威力の魔法だ。それでも敵を倒すには至らないが、怯ませるには十分な威力を発揮する。
それらの攻撃によってエネミーは足を鈍らせ、赤毛のプレイヤーは危険域から逃れる。
それでも油断はせず、セーフティエリアの中へと駆け込み、ライトたちもそれに続いて――全員が退避したところで、扉を思い切り閉ざしていた。
「はぁっ、はぁっ……た、助かったぁ……」
この世界では別にどれだけ運動しようと疲れる訳ではないのだが、現実での身体の動きに意識が引っ張られる事は多々ある。
こうして荒い呼吸をするさまもまた、そういった意識が原因であると言えるだろう。
どうやら少女だったらしいプレイヤーは、四つん這いでしばし呼吸を整えてから、顔を上げて立ち上がった。
「助かりました、ありがとうございます」
「あ、いえ。偶然ここに居合わせただけですから」
ぺこりと頭を下げた少女に、白餡は苦笑交じりにそう返していた。
もみあげが妙に長く感じる髪型。くせっ毛なのだろう、微妙にウェーブのかかった頭の頂では、僅かに跳ねた髪が揺れる。
髪の毛と同じ紅の瞳は大きく丸く、その小柄さも相まって可愛らしい様相を強調していた。
先ほどの魔法からも分かるが、装備はメイジのもの。
何故一人でこんな場所にいたのかとそんな事を考えつつ――ふと、白餡は二人が声を発していない事に気がついた。
「あの、二人とも? 挨拶ぐらいしたほうが――」
「……兄さん」
白餡の諌める言葉を、しかし二人は聞いてすらいなかったようであった。
それどころか二人は少女の姿を凝視し、アマミツキに至っては白餡の言葉を遮りながら、呆然とした表情で声を上げる。
普段は見せないような、その表情を隠そうともせずに。
「私が、間違ってました……兄さんのリアルラック消費ポイントは、チケットを手に入れた時じゃありませんでした」
「色々と、言いたい事はあるが……ああ、そうだ、それでもいい」
一生分の運を使い果たしたとしても構わない、と――ライトは、胸中でそう呟く。
それ程に、それ程までに、それを後悔しないと言い放ててしまうほどに、ライトは歓喜していたのだ。
見間違えるはずも無い。焦がれた輝きを、手放したくないと願った太陽の光を。
あの日の約束を、自分が空に焦がれた、その最大の理由を――
「え、嘘……」
そして、二人の姿を目にした少女もまた、大きく目を見開く。
彼女とて、一度たりとも忘れた事は無かったのだ。幼き日の思い出を、別れた大切な片割れを。
それは彼女にとって、何よりの支えであったから。
「ライ、ひなた……?」
「ああ、ああそうだ、光……っ!」
六木光――幼い頃、六木家に引き取られた、二人にとっての大事な家族。
それを認識した二人は、何も考える事無く彼女の事を抱きしめていた。
他のプレイヤーへ無理に接触すれば、ハラスメントコールのボタンが発生する。
けれどそんな事など考えもせず、ライトとアマミツキは――否、頼斗とひなたは大切な家族との再会だけを認識していた。
そして、対する光もまた、驚愕に見開いていた目を細め、口元に笑みを浮かべる。
二人の、震える背中を抱きしめながら。
「何だ、二人共。こんなにでっかくなったのに、あたしがいないとやっぱり泣き虫なのか?」
「姉さん、姉さん……っ」
「は、はは……そう、かもな。やっぱり、お前がいないと俺は駄目だ……」
溢れる涙を堪えようともせず、頼斗はそれでも笑みを浮かべる。
その太陽のような暖かさを、変わらないその輝きを抱きしめながら。
この世界に来ることが出来た事に――これ以上ない歓びを、感じていたのだ。
* * * * *
天文学的な数の本が並ぶ、八角形の大図書館。
そこに収められていた本たちの一部は今、宙に浮かび上がって天体のように周囲を回転していた。
その中心にいるのは、机の上に腰を降ろす一人の女性。
常世思兼――《Blade Blaze Online》を開発した《タカアマハラ》の一人。
今日も変わらずゲームエリアの中に存在している彼女は、回る本の中心でじっと瞳を閉じて佇んでいた。
「――やっぱり、見つからへんね」
と――その閉ざされていた瞳が開く。
宙を回る本たちの中心で、それらの知識を統括する主は、どこか不機嫌な表情でそう呟いていた。
手にあった一冊の本を空中へと話し、常世は大きく息を吐き出す。
「三久頼斗、六木光、東雲ひなた――この子達の情報は、うちでも閲覧できん」
あらゆるプレイヤーの個人情報、そしてその現実世界での来歴まで。
本来手に入れられる筈も無い情報の全てを握った彼女は、それでも知ることの出来ない情報に苛立ちを隠せずにいた。
常世はこの世界における知識の王だ。彼女に答えられない事はないし、知らない事は存在しない。
だと言うのに、知る事の出来ない情報がある。それはつまり、彼女よりも力のある者がそれを秘匿していると言う事実に他ならないのだ。
「この子達がゲームの中で偶然再会した? 一体どんな天文学的数字やねん。ありえへんよ、普通なら。もうちょっと隠して操作する気はあらへんの?」
虚空へと放たれる言葉に返答は無い。
それが、相手へと届いている事など疑うべくも無いだろう。彼らはそういう存在だ。
けれど、返答は存在しない。それもまた、分かりきっていた事だ。
「この子達自身に、それを探させると。そういうつもりな訳や」
常世が追いきれずにいるのは、彼らの来歴について。
現在の彼らの生活やその状況程度なら、容易く閲覧する事が出来たのだ。
けれど、それよりも更に昔になると、途端に情報が途切れる。それを隠しているのは――
「魔王様か、女神様か、或いは愛しい斬神か。一体何のつもりなんやろね」
知識の王は静かに苦笑する。
己が主たる者達、《タカアマハラ》の頂に君臨する三人の名を思い浮かべながら。
誰が始めたのかも分からない企みに、僅かな苛立ちと多大な期待を込めて。
「――我らの楽園よ永遠なれ。それを違えるとは思っとらんよ。せやから、ちっとは楽しみにさせて貰うで」
常世は、誰にも触れえぬゲームの奥地で、静かに微笑を浮かべていた。
今日の駄妹
「むぐぅ……姉さんに会えたのは嬉しいですが、私の兄さん独り占めタイムが……」




