150:螺旋階段
「兄さん、姉さん」
「アマミツキ? 随分と早かったな」
ミフラミスルの中央、巨大な柱の足元。
その場に立って頭上を見上げていたライトとヒカリに、背後からアマミツキの声が掛かる。
この柱に挑むための準備中、一足先に準備を終えた二人は、この場で心の整理を行っていたのだ。
――そこまで考え、アマミツキは胸中で呟く。
(果たして、本当にそうなんでしょうか)
少なくとも、本人達はそう宣言して出てきた。
アマミツキもその言葉は聞いており、家族としての経験から、それが嘘ではないと確信している。
けれど、何か奇妙な違和感が、アマミツキの直感を刺激していたのだ。
この山、霊峰ヒュウガに登り始めた頃から――或いは、現実世界で異変に気づいたその時から、違和感はまるで薄皮を剥がすように顕在化してきている。
その感覚が告げているのだ。何かがおかしい、何かが起こっていると。
目の前の二人に不審な点はなく、いつも通りの自然体の姿。けれど――
「……二人は、気づいていますか」
アマミツキらしからぬ、明言を避けるような発言。
その言葉に対し、ライトは口元を引き結び、ヒカリは僅かに苦笑するように柳眉を下げていた。
――否定の言葉は、無い。
「……正直なところ、よく分からないんだがな」
「あたしも、ライも。ここに近づいてきてから、確かに何かが変わってきている感覚がある。いや、正確に言うなら……そうだな、何かに近づいてきている感覚と言うべきなのか」
「私には……分かりません」
ライトとヒカリが感じ取っている感覚――それを、アマミツキは理解することが出来ない。
だが、それとは別に、アマミツキ自身も感じている感覚があった。
具体的に言うならば、普段以上に勘が冴え渡るようになってきているのだ。
『こうなるのではないか』と思ったことが現実となる。
それ自体は以前からあったのだが、ここに近づくにつれてその頻度が増えてきているのだ。
最早無視できない、異常なまでの感覚。それが、アマミツキの不安を高めていた。
「兄さんにも、姉さんにも異変が起こり始めています。この先に、何かがあるのは間違いありません。私たちが求める情報である可能性も高いと思います……でも、そこまで辿り着いた時、私たちはどうなるんですか?」
同じように不思議な感覚を手に入れ、同じようにそれを使いこなしている家族。
ならば、自分だけがユニーククラスを手に入れることができなかった、その理由は一体何なのか。
《魔王》と《女神》との邂逅、そしてこのゲームの成り立ちについて告げた《霊王》の言葉。
それらから鑑みて、アマミツキは既に、ユニーククラスというものがどのような基準で手に入るのか予想を立てていたのだ。
故にこそ、疑問が残る。
「その先に辿り着いた時……兄さんと姉さんは。そして、私は……一体、どうなるんでしょうか」
不安は消せない。どれだけ理由を重ねて拭い取ろうとしても、こびり付いて離れず、徐々に徐々に塗り固められていくのだ。
一体、どうなってしまうのか。そんな不安を言葉として吐き出し――そんなアマミツキの頭に、小さな手が触れていた。
視線を上げれば、そこにあるのはヒカリの姿。少し背伸びをするようにしながら、それでも雑にならぬよう優しく頭を撫でるヒカリは、優しい笑顔と共にアマミツキへと告げる。
「大丈夫だよ、ひな。何も不安に思うことなんて無い」
「姉さん……?」
「だってあたし自身が、お前がいなきゃ困るんだから。お前を、一人ぼっちになんかさせないよ」
その言葉に、アマミツキは思わず目を見開く。
見透かされたと自覚して、僅かに気恥ずかしさを覚えながら、それでも求めて止まなかった言葉に心を溶かされる。
三人の中で自分だけが違う。その事実が、何よりもアマミツキの不安となっていたのだ。
ただの偶然ならばそれでよかった。単に自分に運がなかっただけだと納得することはできただろう。
だが、それに理由があっては、二人との違いが浮き彫りになっていくようで、どうしても不安を殺しきれなかったのだ。
そんなアマミツキの感情も、しっかりと飲み込み、包み込むようにヒカリは告げる。
「ちょっと打算的な言い方だったけど……でも、事実だ。お前とライは、あたしにとってたった二人だけの『特別』。だから、お前のことを蔑ろにするなんてことはありえない。そうだろ、ライ?」
「そこで俺に振るのか……俺はヒカリみたいに器用じゃないし、誰彼構わず構ってやれるほどの余裕は無い。だから、ヒカリとお前だけは離さない。お前を置いて行ったりなんかするものか。そんなこと、俺が耐えられない」
ライトは照れ隠しに視線を逸らしながら、それでもヒカリに倣うようにアマミツキの頭へと手を置く。
確かな変化はある。その変化をプリスから――篠澤姫乃から告げられたライトは、特にその自覚が強いといえるだろう。
故に変化への不安は強く、だからこそ、絶対に手放してはならないものを強く自覚している。
未だ謎の多い自分達の事情。この先で、それを知ることができたとしても、二人だけは絶対に護り抜くと――ライトは、そう決意しているのだ。
「だから、そう不安がるな。大丈夫だよ、ひなた。いつも通り、お前は俺たちのことを見ていてくれればいい」
「あたしたちは、必ず期待に応えて見せるから。だから、お前もあたしたちのことを信じて、支えてくれ」
「……兄さん、姉さん」
優しい笑みの二人に、アマミツキは息を飲み――そして、視線を上げる。
普段無表情な彼女には珍しい、晴れやかな笑みを浮かべながら。
「分かりました、兄さん、姉さん。私も、頑張ります」
「うむ、それでこそあたしの妹だ!」
「ははっ、しおらしくしているのもいいが、やっぱりお前はそうじゃなくちゃな」
「おや、でしたらしばらくああいう態度で行ってみますか?」
「やめろ、対応しづらい」
ライトは軽口を交し合いながら、普段の調子を取り戻したアマミツキの様子に安堵する。
そしてその上で、決して約束を違える訳には行かないと、そう決意していた。
少し離れた場所で、隠れながら様子を見ている仲間達の気配を察知しながら、ライトは苦笑する。
まだ、答えは口に出してはいない。けれど、己の進むべき道は既に決している。
「さて、行くとするか。ヒカリ、頼んだぞ」
「勿論だ。ライ、頼むぞ」
チャットを使って声をかけ、仲間達を呼び出しながら、二人は背後の柱へと視線を上げる。
ここに、挑戦の火蓋は切って落とされようとしていた。
* * * * *
柱の内部に続く螺旋階段。
天井は見えぬほどに高く、その先を見通すことはできない。
ある程度の高さを登るごとにバルコニーのような場所が設置されており、そこでエネミーが出現することは分かっているが、それ以上の情報は何も無いのが現状だった。
とは言え、非常に広い上に中央が吹き抜けになっている螺旋階段だ。
中央を飛行できるライトとヒカリからすれば、非常に戦いやすいエリアであるともいえる。
「次のバルコニーが見えてきたぞ。エネミーは……」
「……『名も無き戦士の幻影』が三体、『名も無き射手の幻影』が二体、『名も無き魔術師の幻影』が一体だな」
『まーた幻影? いい加減にして欲しいんだけど。あいつらアイテムドロップしないし』
『これも恐らく幻燈龍の能力なんでしょうねぇ……』
チャット越しに不満げな声を上げるのは、先ほどからエネミーのドロップアイテムをえられていないゆきねであった。
このエリアで出現する『名も無き○○の幻影』というエネミーは、プレイヤーに倒された瞬間、影も形も無く消滅してしまうのだ。
そのため、一切のドロップアイテムを手に入れることができず、新たなエリアの素材に期待していたゆきねからすれば、噴飯ものの敵だったのである。
バルコニーで待ち構えていることが分かっており、比較的戦いやすい敵ではあるのだが、それでも戦って旨味の少ないエネミーではあまり戦いたい相手ではない。
尤も、通路上に存在しているため、避けることは不可能なのであるが。
『全く……ライト、先制を頼む。向こうが混乱したらこっちも突っ込むぞ』
「了解。なるべく減らすとするさ」
ケージの声に頷き、ライトとヒカリは魔法の準備を開始する。
中央が吹き抜けとなっているため、攻撃自体は非常にやりやすい。
エネミーの姿を捕捉していたヒカリは、既に魔法の詠唱を開始している。
それにあわせ、ライトも展開していた《エアクラフト》の操作を始めていた。
目標は、バルコニーで待ち構えている六体のエネミー。
「――《エアクラフト:ミーティア》」
「――《ヒートスティンガー》!」
描かれる六つの蒼い軌跡と、それを追うようにして放たれる巨大な閃光の砲撃。
ライトの放ったエアクラフトは絡み合うような軌道を描きながらそれぞれのエネミーへと突撃し、その威力を発揮する。
エネミーたちは直前で察知し、回避や防御行動を取ろうとしていたが、炸裂する《エアクラフト》の威力を完全に殺しきれるものではない。
そして、体勢を崩した彼らへと向けて殺到するのは、ヒカリの放った《ヒートスティンガー》だ。
単純ながら強力な威力を持つその魔法は、六体のエネミー全てを巻き込んで炸裂する。
普通に撃っただけでは全員を巻き込むことは不可能だっただろう。
だが、エネミーたちはライトの《エアクラフト》によって位置をずらされ、全員が一箇所に固められていた。
ヒカリはあらかじめ予想していたとでも言うかのように魔法を放ち――六体のエネミーすべてに、強大な魔法を直撃させていたのだ。
「突撃! プリスは敵後衛を優先!」
「わかった!」
強力な衝撃によろける『名も無き戦士の幻影』の隣をすり抜け、プリスは敵後衛へと向けて肉薄する。
無論、大きくダメージを受けつつも未だ健在な戦士の幻影たちは、すぐさまプリスを追いすがり、挟み撃ちにしようと動き始める。
だが、それを阻むのは後続の前衛組みだ。
ダンクルト、旬菜、バリスの三人が、己の拳を武器に戦士の幻影へと向けて襲い掛かる。
受けた拳のダメージにより、戦士の幻影の標的は三人へと戻り、その気配を背後で感じ取りながら、プリスは魔術師の幻影に肉薄していた。
『――――――』
目深に被ったフードの奥より響く詠唱。それと共に、魔術師の幻影がその手に持つ杖の先端に、眩い雷光が走る。
《メモリーアーツ:雷》による攻撃だろう。それを察知し、プリスは数少ないスキルの発動を宣言する。
「――《斬魔刀》」
僅かに輝くプリスの刃。その瞬間、球電と化した雷がプリスへと向けて放たれ――プリスは、それを一刀の下に斬り裂いていた。
《斬魔刀》は、刀に魔法を破壊する効果を付加するスキルだ。
だが、その効果はほんの一瞬であり、本来は相手の防御魔法を破壊するために用いられるスキルである。
理論的に、攻撃魔法事態を破壊することも可能なのだが、高速で飛来する攻撃魔法を破壊することは至難の業だ。
だがそれを成し遂げたプリスは、返す刀で魔術師の幻影を斬り裂く。
「――――ッ!」
――そして、込めた剣気と呼気を一切逃さぬように力を込め、更なる一刀を魔術師の幻影の首へと差し込んでいた。
迅き一閃が魔術師の幻影の首を落とし、そのHPを消滅させる。
そして次の瞬間、飛来する音に反応したプリスは、一切動作を止めぬままに刃を振るい、向かってきた矢を弾き飛ばしていた。
放ったのは『名も無き射手の幻影』。その数は二体であり、放たれた攻撃はもう一つ存在する。
向かってくる矢のもう一方を打ち落とすことは不可能だと判断し、プリスは回避のために体を沈みこませ――飛来した蒼い魔法が、その矢を弾き落としていた。
「ライトさん、と――」
矢を落とされても動揺せず、再び攻撃に走ろうとする射手の幻影へと向け、蒼白い影が走る。
それは、白餡からの強化を受けて駆けるソルベだ。
「《ドラグノール》――《ドラゴンクロウ》っ!」
能力を大幅に強化する《オーバード・ドラグノール》の状態には及ばないものの、強化されたソルベの能力は十分に高い。
大型犬程度の大きさになったソルベは回避も許さずに射手の幻影へと襲い掛かり、その身を鋭い爪で引き裂いていた。
更に振るわれた鋭い尾は、もう一体の射手の幻影を打ち据え――
「はい、お疲れさまー」
弾き飛ばされた射手の幻影を待ち構えていたのは、ゆきねの呼び出した二体のゴーレムだった。
槍衾のように構えられた二本の槍が、体勢を崩した射手の幻影へと襲い掛かり、その身を貫いていく。
そのダメージは既にライフを削られた後衛職に耐えられるはずも無く、射手の幻影は沈んでいた。
消えていく幻影の姿を見つめ、止めを刺したゆきねは嘆息する。
「全く……アイテムぐらい残して欲しいもんだよ」
ぼやき、ゆきねは頭上を見上げる。
これから進んでいくべき道――しかし、その頂上にたどり着くには、もうしばし時間がかかる様子であった。
今日の駄妹
「ギャップ萌え……閃きました」