138:追撃戦
――輝く光の槍は四つ。
ブレスで動きの止まったスノウワイバーンの身を、そして翼を確実に貫いてゆく。
ヒカリの放った魔法である《サンライトスピア》は、単体に対して高い威力を発揮する魔法だが、攻撃範囲事態は若干広い。
高速で動き回っている場合はまだしも、動きを止めているスノウワイバーンの巨体に命中させられない道理はない。
とはいえ、スノウワイバーンも伊達や酔狂で竜種の一角に位置しているわけではなく、ブレスを即座に中断して身を捩り、回避行動を取っていた。
だが、それはあまりにも遅い。既に発動している魔法を回避することはほぼ不可能だ。
《サンライトスピア》を完全に躱すためには、ライトが飛び込んできたその瞬間に回避に移る必要があっただろう。
輝く槍は四方からスノウワイバーンへと襲い掛かり、内一本がスノウワイバーンの胴を、そしてもう一本が翼を貫いていた。
四本が命中したわけではないため、最後の一撃である五本目の槍が発動することはない。
あの状況から槍を二本も回避したことに驚愕しつつ、ライトは半ば墜落のような落下を中断させ、弧を描くように体勢を整える。
スノウワイバーンは――《サンライトスピア》が消えると共に、ライトたちを追うようにして地面へと落下していった。
《サンライトスピア》に貫かれたからといって、物理的に穴が開くわけではない。
赤いダメージエフェクトを撒き散らしながらも、スノウワイバーンの翼には穴が開いているわけではないのだ。
だが、大幅なダメージを受けた状態で飛行を継続することは出来ず、その白い巨体は地面に叩きつけられる。
地響きと共に白い雪煙を上げ――スノウワイバーンは、山の斜面へと横たわる。
その瞬間、待っていたと言わんばかりに、ケージが叫び声を上げていた。
「白餡の魔法攻撃に続き、突撃だッ!」
「行きます……《アモンズアイ》っ!」
地面に落ち、けれど闘志を燃やすように首をもたげたスノウワイバーン。
その体へと向けて放たれたのは、紅に輝く熱線の魔法だった。
灼熱の熱量を放つその一撃は、瞬く間にスノウワイバーンに命中し、巨大な火柱を吹き上げる。
砂漠の砂をガラス化させるほどの熱量を誇る一撃だ。周囲の雪は瞬時に溶け、更には蒸発して乾いた山の地肌を露出させる。
そしてその熱線の直撃を受けたスノウワイバーンは、苦痛に耐えるような呻き声と共にそのHPを大幅に減少させていた。
威力の優れるヒカリの魔法と、単体への攻撃力ならば十分すぎる性能を誇る白餡の魔法。
その二発によって三分の二以上のHPを削られたスノウワイバーンへ、三人の前衛が突撃する。
「ハッハァ! 大物だぜ、しかもドラゴン! 滾るってモンだ!」
「ワイバーンだからちょっと微妙?」
「気をつけてください、近寄っただけでもちょっとダメージを受けるみたいです!」
壁役であるバリスを残したままスノウワイバーンへと踊りかかった三人は、互いの邪魔をせぬように分かれながらも攻撃を開始する。
一番最初に踏み込んでいたのはプリスだ。山道であろうと重心をずらすことなく駆け抜けた彼女は、その一刀をスノウワイバーンの首へと向けて放つ。
だが、若干浅い。強靭で滑らかなスノウワイバーンの鱗は、斬撃によるダメージを軽減する性質があるのだ。
そういった相性差を埋めるためにスキルがあるのだが、生憎とプリスはそういった技を利用しない。
結果としてプリスが狙うことになったのは、鱗のない翼膜であった。
――尤も、あの力を使えば防御力の低い部位を狙う必要もないのだろうが。
(普通に勝てそうな相手なんだから、使うべきじゃない……!)
これが『コンチェルト』のみであれば、勝つことは難しかったかもしれない。
だが、今は他のメンバーがいるのだ。こういった鱗に対して有効なダメージを与えられる、打撃系を得意とするプレイヤーが。
「足場が悪い、が……でかくて動かない的なら十分だってなぁ!」
加速しながらの高速戦闘を得意とする『アクセルファイター』。
足場の悪い山道では、その真価を十全に発揮することは難しいだろう。
事実、先ほどのホワイト・アルミラージとの戦いでは十分な戦果を上げられたとは言えなかった。
だが、地面に落ちて動きを止めたスノウワイバーン相手ならば十分だ。
地を蹴り、一歩一歩加速しながら、ダンクルトは翼竜の巨体へと肉薄する。
「喰らえやッ!」
放たれた飛び蹴りは狙いを違えることなく命中し、スノウワイバーンのライフを削り取る。
残り三分の一のライフから見ても少ないダメージでしかなかったが、プリスの斬撃よりも確かなダメージを与えられている。
スノウワイバーン自身も、プリスよりダンクルトのほうが脅威であると認識したのだろう。
着地したダンクルトへと鋭い視線を向けると、素早く首を伸ばしその身を噛み砕こうと大口を開ける。
――そんな首の下へ、潜り込むように隠れた影が一つ。
「属性が分かりやすい奴で、助かる」
拳に纏う炎が燃え上がり、普段の無表情な口元には僅かな笑みが浮かぶ。
スノウワイバーンがダンクルトに注目した瞬間に、掻い潜るようにして接近した旬菜は、灼熱を纏うその拳でスノウワイバーンの首を打ち上げていた。
弱点属性の魔法が付与された打撃攻撃は、スノウワイバーンにとっては純粋な魔法攻撃の次に苦手とする攻撃だ。
ダンクルトよりも更に目に見えてHPを削られたスノウワイバーンは、己を取り囲む者たちを怒りの視線で睥睨する。
既に後がない、そのことを理解しているが故に、スノウワイバーンは更なる闘志を滾らせる。
決して屈することはないと、そう宣言するかのように。
そして、そんな姿勢のエネミーに対し――
『五秒後、もう一度魔法を放つ。仕留め切れなかったら、そっちにバックアップを頼む、ヒカリ』
『そう言うと思って、こっちも準備してる。確実に仕留めるぞ』
ケージとヒカリは、一切の油断も容赦もなかった。
例え追い詰めていたとしても、決して油断はしない。そう宣言するかのように、二人の魔法使いが詠唱を再開する。
スノウワイバーンもまた、その気配を察知したのか、警戒の声と共にブレスの準備を開始する。
だが、それを許す前衛組ではない。ブレスを溜めようとするスノウワイバーンの首へ、そして横っ面へといくつもの打撃を叩き込み、その動きを阻害する。
大きなダメージではないが、それでも無視できるものではない。
蓄積するダメージに、スノウワイバーンは悲鳴と呻き声を上げ、その長い首をぐらりと傾がせる。
そしてその瞬間、前衛の三人は即座にその場から退避していた。
『グ、ガァ……ッ!』
離れていく気配に、スノウワイバーンは何とか体を支えながら起き上がろうともがく。
だが――それはあまりにも遅すぎる。五秒のカウントは、その瞬間に終了していたのだから。
膨れ上がるのは炎の気配。氷属性の杖を入れ替え、使う機会の少なくなっていた炎の魔法を完成させ、白餡はじっとスノウワイバーンの姿を見据える。
ソルベに通じるような部分もあり、あまり戦いたい相手ではなかった。
それでも、これ以上抵抗させる訳にはいなかい――その決意と共に、白餡は己が魔法を解き放つ。
「――《アモンズアイ》ッ!」
放たれる真紅の熱線。灼熱の熱量を誇るそれは刹那の間に空間を貫き、横たわるスノウワイバーンに直撃する。
抵抗の暇などない。熱線はスノウワイバーンを貫き、その足元の地面へと着弾して、巨大な炎を吹き上げる。
既に周囲の雪は無く、その水分も消え去った状態だ。
故に放射される熱量を弱めるようなものは存在せず、白餡の魔法はスノウワイバーンお足元を赤熱させながら荒れ狂う。
そして、その巻き上がるような焔の中で――スノウワイバーンのHPは、完全に砕け散っていた。
* * * * *
「ぶはー、ようやく着いたかー……」
「今回はちょっときつかったな……流石に、難易度が上がってきたか」
辿り着いた次なるセーフティエリア、人気のない簡素な山小屋の中で、地べたに座りながらバリスとケージが呻くように声を上げる。
結果から言えば、『碧落の光』と『コンチェルト』の一行は、誰一人として脱落者を出すことなくこのセーフティエリアに到達することに成功していた。
難易度の高い山道ではあったものの、コツさえ分かってしまえば対処できないわけではない。
それでも、姿の捉えづらいホワイト・アルミラージや、巨体を持つにもかかわらず軽快な動きで回転しながら突撃してくるジャイアントイエタス、何を思ったのかアンデッド化していた斬撃耐性を持つスケルトンマルモス――純粋に強力でありながら、一癖も二癖もあるようなエネミーが、他にも色々と出現していたのだ。
極めつけは、あのスノウワイバーンだろう。群れで行動することこそないものの、戦闘を行っているとその気配を察知し、何処からか飛来して戦闘に突入することになる。
その索敵範囲はライトの持つ索敵魔法にも匹敵し、その姿を察知できたらすぐにでも離れなければ、ほぼ確実に戦闘に巻き込まれてしまうのだ。
「素材的には色々と美味しかったんだけどねぇ……いや、きつくなってきたね」
「お前さんはレベルも上がらなかったしな……まあ、それは仕方ないんだが」
インベントリのチェックを行っているゆきねの言葉に、ライトは軽く肩を竦めて同意する。
『創造技師』のユニーククラスを持つゆきねは、戦闘では殆ど経験値を獲得することが出来ない。
その代わり、生産を行うことで多くの経験値を獲得することが出来るのだが――効して遠征に同行している時点で、限られた環境でしかレベルを上げられなくなってしまう。
尤も、ゆきねもそれは割り切っているため、それほど気にはしていなかったのだが。
「私の攻撃もあんまり通じないエネミーが増えてきたし……どうしようか、少しレベリングをするべきなのかな?」
「正直、レベリングには向かない環境だ。あたしもライも十全に力を発揮できないし、普段なら楽にこなせる戦闘も苦戦することになってる」
「もう少し、先へは進んでおくべきか……だが、この先が戦いやすい環境であるとも限らないぞ?」
「それも否定は出来ないんだけどな……」
【転移の楔】の登録を行いつつ、ヒカリは小さく嘆息する。
山岳地形が続く以上、戦いやすいフィールドが出現する保証はない。
むしろ、その確率は低いと考えるべきであろう。
「最も確実な案は、一度下山してから手頃な所でレベリングして、それからここに戻ってくることだ。それなら、ここみたいに不利な状況ではなく、普通にレベリングができる」
「……だが、そうはしたくないんだろう」
「ああ、否定はしない」
既に、旬菜の時間を奪ってしまっている状態なのだ。
あまり回り道をしたくはないと、ヒカリはケージの言葉に首肯する。
尤も、それを言葉に出すようなことはなかったが。
旬菜はマイペースなようだが、人一倍周囲の様子に敏感なのだ。
それ故に、彼女に気を使っているという様子はおくびにも出さず、ヒカリは窓の外へと視線を向ける。
霊峰ヒュウガの頂上は、麓から見たときと比べれば近づいてきている。
だが、それでも未だ遠く、険しい道が続いているのだ。
どれだけ強くなれば、どれだけレベルを上げれば届くのか――どこにも、保証などない。
「そうだな……とにかく、明日集まったら少し先に進んでみよう。あたしたちの手に負えないようなエリアが出てきたら、その時は大人しく戻ってレベリングだ」
「……まあ、その辺が妥当なところか。とにかく、今日はここで一旦区切りだな」
無理はしたが、それでも大きく前進することができたと言えるだろう。
この先がどうなるかは分からないが、どちらにしろ一度挑戦が必要なのだ。
軽く笑みを浮かべ、ヒカリは周囲を――己の仲間の姿を見渡す。
彼らは一様に、どこか期待の篭った視線と共に、小さく笑みを浮かべていた。
それらを全て受け止めて、ヒカリはただ不敵に笑む。
「ま、進めるところまで進んでやるさ。策はある……付き合ってもらうぞ、ライ」
「言われなくてもな。無茶振りなんて毎度のことだ」
対するライトもまた首肯し――その表情を受け取りながら、ヒカリは次なる方策を作り上げていた。
今日の駄妹
「空中戦の勇姿は素晴らしかったのですが……まあ、アレ相手にわがままを言うわけにも行きませんか」




