12:解散、しばしの別れ
「それでは、ボス討伐を記念して――」
『――乾杯!』
ケージの取った音頭と共に、ライトたちは一斉にグラスを突き上げ、打ち合わせる。
西の森のボスであるレッサードラゴンを倒した一行は、ニアクロウへと帰還して打ち上げを行っていたのだ。
NPCの経営する食事処も存在しており、酒場のような様相をしているそこはパーティメニューも存在しており、まさに打ち上げ用の店と言うべき場所である。
何故か存在している箸には違和感を覚えつつも、気分良く笑みを浮かべながらライトは声を上げる。
「一時はどうなる事かと思ったが、何とかなったな」
「ああ。特に俺! すっげぇ働いただろ!?」
「ま、否定は出来ないわね……バリスが前線を抑えてくれたから何とかなったようなもんだし」
酒のような外見をしているジュースを呷り、テンションを上げるバリスにアンズは苦笑を零した。
彼の働きに関しては、誰も否定する事は出来ないだろう。
戦闘と言う面に関してプリスを超える事は出来ないが、バリスは常に味方が動きやすいように動いている。
後衛に攻撃が飛んで行かなかったのは彼の功績であり、あのドラゴンを相手に一人で前線を維持するのは並大抵の事ではなかった。
「全員が全員の仕事をこなしていただけではあるが……確かに、お前の仕事が一番難易度が高かったしな。ありがとう、バリス」
「おうよ。今後も頼ってくれって」
「ははは、勿論だ」
思案する表情の多いケージには珍しく、彼は心からの笑みを浮かべている。
それだけ、今回の戦いは難易度が高く、達成感のある物だったのだ。
事実、レベル13で出発した一行は、その途中でレベル14に、そしてボスとの戦闘でレベル15まで上昇している。
それだけ、倒した敵の強さを如実に表していると言えるだろう。
上昇したステータスやスキルレベルを確認して、思わず笑みを浮かべながら、ライトはケージに対して声を上げる。
「それで、情報を記名掲示板に上げたんだろう? どうなってる?」
「ああ、最初は信じられないという意見が多かったが、流石に完成したマップデータやボスドロップのキャプチャを見れば信じざるを得なかったって所だろう」
「あはは……やっぱり、びっくりされちゃうよね」
ケージの言葉に、プリスは乾いた笑みを浮かべる。
当然だろう。現状、最高クラスのレベルでもようやくサブクラスに辿り着いたかどうかと言う所で、レベル20のボスの討伐報告である。
パーティメンバーのレベルは公開していないものの、10やそこらで倒せる敵ではない事ぐらいは簡単に分かる。
それゆえの懐疑的な反応であったが、証拠を突きつけられれば疑う事も出来ないだろう。
「無駄に有名になっちゃったでしょうけど、いいの?」
「ああ。どうせそろそろ次の街に移動する訳だからな。あまり、人の目にはつかないだろう」
「ケージ君に迷惑を掛けちゃうのは、ちょっと……」
「だから、気にするなって」
申し訳なさそうな表情を浮かべるプリスに、ケージは小さく苦笑を浮かべる。
片手に広げられたウィンドウには、今も大論争が繰り広げられている掲示板が映っていた。
出している情報は本物であり、検証さえ入ればすぐに事実である事が判明するだろう。
とは言え、現在の高レベルパーティでも、西の森を歩きまわるのが限界であろうが。
「ま、さっさと王都の方に逃げるさ。たいした問題じゃない。それに、俺の付けた名前もそれほど珍しいもんじゃないだろうし、誤魔化しは効く範囲さ」
「まあ、お前がそう言うならいいんだけどな……」
ライトは軽く肩を竦め、一度インベントリを確認してからウィンドウを閉じる。
今回ボスと戦い、一つだけ有用な情報が判明した。
それは、ボスからはそれぞれのプレイヤーが一度ずつアイテムを剥ぎ取れると言う事だった。
リザードマンたちからは誰か一人が剥ぎ取ってしまえば死体は消えてしまっていたが、レッサードラゴンは全員が剥ぎ取りをするまで死体が消えなかったのだ。
さらに、ボスからは雑魚敵よりも多くのアイテムを取得する事が出来、全員が満足する結果を得られた。
「ともあれ、もしももう一度あいつに挑むような事があったら呼んでくれ。口の中にグレネードを放り込めば楽に倒せるんだ、弱点さえ分かれば何とかなる」
「お前の場合、飛んでいればあのトカゲもブレス吐くしかねぇだろうし、そしたら爆弾投げ込み放題じゃねぇのか?」
「いや、飛んでたら《投擲》も使えないしな。流石に一人で挑むのは難しいだろう」
飛行魔法の行使中はその他のスキルを使用する事が出来ない。
それは、たとえ一般スキルであろうとも同じだった。
地上でグレネードを使用する際には非常に役に立つスキルであるため、ライトとしても取得した事に後悔は無かったが。
「ともあれ――散々世話になっちまったな、皆」
「……やっぱり、一人で行っちゃうんですか?」
「ああ。やっぱり、俺の望んだプレイスタイルは、普通のパーティと一緒じゃやり辛いみたいだしな」
惜しむようなプリスの声に、ライトは小さく苦笑を浮かべる。
飛行魔法を使って跳び回りながら、敵に向かってグレネードを投げつける――ライトが目指したプレイスタイルは、前衛と一緒に戦う事が少々難しいものだ。
それを貫く以上、ケージたちと共に戦う事は難しく、そして彼らに迷惑をかけてしまう事が分かり切っていた。
故に、ライトは離別を選択する。
「それに、皆優秀過ぎるからな。言われた通りに魔法を撃ってるだけってのも味気ないし、役立ってる実感がわかない」
「そんな事……!」
「いや、正直俺である必要はないだろう? 単一属性しか使えないし、いつか絶対詰まる事になる。かといって、誰かに合わせて自分の願いを曲げるなんてしたくないんだ」
ライトは――三久頼斗は、どうあっても己の願いを違える事はできない。
空への憧れを、捨てる事は出来ないのだ。
だからこそ、このまま行けば足を引っ張るしかない自分が付いて行く訳にはいかないと、そう口にする。
それだけ、彼は己の願いに対して誠実だった。
「だから、やっぱり俺はここで抜けさせて貰う。もしも俺が力になれる事があれば、その時は連絡してくれれば協力するけどな。でもまあ……今はもう、大丈夫だろう」
「そうか……残念だが、仕方ないか」
ライトの言葉に、ケージは小さく嘆息する。
プレイ開始直後とは違うのだ。ケージはトラップを扱えるようになったおかげで戦力として数えられるようになり、アンズの強化も強力だ。
そして、プリスとバリスに関しては、素の身体能力と戦闘技能が高い上に、スキル構成が彼らの特性に驚くほどマッチしている。
魔法攻撃力が著しく低いと言う弱点はあるが、このパーティならばいかなる場面であっても切り抜ける事が出来るだろう。
それを確信して、ライトは声を上げる。
「俺は東の方……あの山が見える方へ行ってみるつもりだ。西の森よりワンランク下らしいが、それでちょうど適正レベルぐらいだろう。まあ、その前に妹と合流するべきだろうけど」
「あー……そういえば、妹分がいるんだったか。けど、あの子のレベルは大丈夫なのか?」
「流石に今の私たちほどのレベルは無いでしょうけど……」
ひなたの事を知っているケージは、彼女の奇行を思い返して口元を引き攣らせる。
時折頼斗の教室に現れていた彼女は、既にいい意味でも悪い意味でも有名となっていた。
そして彼女の事を知るからこそ、ケージは彼女が何か突拍子も無い事をしでかしているのではないかと考えていたのだ。
そしてそれに関しては、ライトも同意する所であった。
「……昨日の時点では、レベル1だった」
「は?」
「……あの、プレイしてたんじゃないんですか?」
「いや、してたんだがな。何か知らんが、街で図書館を見つけてそこに篭っていたらしい」
その言葉に、全員が沈黙する。
ただし、彼女の事を知るケージとバリスはある程度納得した表情だったが。
何故か申し訳ない気分になりつつ、ライトは小さく嘆息を零す。
「まあ、あいつの事だ。俺たちがボスを攻略してる最中に本を全部コンプリートしただろう。で、その内容を使って無茶苦茶なレベル上げでもしてるはずだ」
「何なんですか、その無茶苦茶な信頼……」
「いや、アンズ。あいつはそういう人間と言うか、天才と何とかは紙一重と言うか」
「何か、会ってみたいようなみたくないような……」
曖昧な笑みを浮かべているアンズやプリスの表情に、ライトは小さく嘆息する。
ひなたは決して悪い人間ではないと、彼はそう考えていた。
兄貴分としての贔屓目を無しにしても、彼女は他人を思いやれるし、知識を使って他者への協力を惜しまない。
ただし、その思考パターンが非常に特殊なのだ。
「えーと何だったか、『駄目だこの妹、早く何とかしないと』だっけ?」
「いや、『マジで思考が駄目すぎる妹』の略じゃなかったか」
「……『もう駄目ねこの妹』の略だ。残念ながら」
「えっと……その、何が?」
「うちのクラスでの妹のあだ名。略して『駄妹』」
思わず頭を抱えるライトに、ケージとバリスは曖昧な笑みを零していた。
近しい人間ではないからこそ、二人にとっては笑い話で済んでいるが――生憎と、もっとも近しい人間であるライトにとってはそうも行かなかった。
その駄目な思考の矛先となっている人間であるが故に。
だが、流石にアンズはその話を無視する事は出来なかった。
「ちょっと、そのあだ名は流石に酷いんじゃないの?」
「いや、本人が納得してると言うか……『妹』って付いてるからむしろ満足らしい」
「……本当に、どんな人なんだろう」
結局のところ、変人という枠に収まるのが東雲ひなたという少女であった。
それ故に、最も近しいライトですら、その動きが予測できないのだ。
「まあ、そういう奴だから……図書館で無茶苦茶な知識でも蒐集して、それを使って何か妙な方法でレベル上げをしてる事だろう」
「でも、流石に一日で私たちに追いつくなんて無理よね……?」
「追いつきはしないだろうが、たぶんサブクラス開放ぐらいまでは行くんじゃないかな……あいつだし」
「妙な信頼だな、本当に」
ケージの言葉に苦笑するほかなく、ライトは小さく肩を竦める。
ともあれ、パーティの心当たりが無い訳ではないのだ。
一々ライトの思考を読んでくるひなたならば、現状に合わせて何らかの方法を取っている可能性も高い。
二人の間には、妙な信頼関係が存在していた。
「とりあえず、そういう訳で話を戻すが……俺は、俺なりにやってみるよ。だから、お前たちも頑張ってくれ」
「元々そういう約束だからな。お前がお前なりにやっていくって言うなら、きちんと見送るさ。まあ、その目立つ戦闘方法を続けるなら、その内スレにでも話題が挙がってそうだが」
「あー、匿名の方でそれっぽいスレとかありそうよねぇ」
同意するアンズの言葉に、ライトは思わず視線を背ける。
全くといって良いほど否定できなかったからだ。
レベルの点だけならばいずれは他のプレイヤーに追いつかれるであろうが、変わったプレイ方法という点に関しては否定のしようが無い。
そういった点で注目されてしまえば、延々と話の種にされることだろう。
無論の事――ケージたちもまた、非常に変わった面々なのではあるが。
「スレの話は置いとこう。とりあえず、お前も何か困った事があったら俺たちを呼んでくれ。あのドラゴンを倒す事が出来たのは、間違いなくお前のおかげなんだからな。いざという時は、必ず力となろう」
「ああ、ありがとうな、ケージ」
ライトが小さく笑みを浮かべて杯を差し出せば、ケージもまた笑みと共にそれに応じ、グラス同士を打ち合わせる。
現実での付き合いがあり、短い間とは言えパーティを共にした仲間なのだ。
例え分かれて行動する事になろうとも、その間には確かな信頼関係が築かれていた。
「これは送別会も兼ねてるようなもんだ。これから先、この世界を自分なりに楽しもう」
「感謝するよ、ケージ。お前らの目的が果たされる事を祈ってる」
「っ、ライト、お前……いや、ありがとう」
ライトの言葉に、ケージは一瞬驚いた表情を見せ――それを、笑みで覆い隠す。
ライトは、決して深く追求しようとはしない。
今はただ、この世界を楽しむのみだ。
「さて、話はここまでだ! 後は思いっきり楽しもうぜ!」
パンパンと手を打ち、バリスが話を切り上げさせる。
それに肩を竦めて苦笑したライトとケージは、共に宴会の輪の中へと入って行ったのだった。
* * * * *
――光が、差し込む。
雲ひとつ無い蒼穹より降り注ぐ、南天の太陽の輝き。
その光は、硝子に包まれた半球の空間へを、惜しみなく照らし続けていた。
透き通る空間には、ただ輝きのみが在る――その筈だった。
「始まったな」
「始まったね」
それは、その光すらも灼き尽くすほどに鮮烈で。
けれど、全てを包み込むがごとき穏やかな輝き。
黒き衣と白銀の装甲を持つ、銀髪銀眼の男。
白き衣と黄金の薄布を纏う、金髪金眼の女。
硝子の床に置かれた白いテーブルと椅子に並ぶように腰掛けながら、二人はただ静かに微笑む。
「楽しみだね」
「楽しみだな」
二人の足元に広がる硝子の床――その下に、地面と呼べるものは存在していなかった。
けれど、頭上にある天空が続いている訳ではない。
そこにあるのは、無数の星々の輝く遠い遠い宇宙であった。
遠く離れれば離れるほど、どこまでも広く大きく、無限に全てを内包しながら広がってゆく無謬の宙。
それを包むのは、螺旋を描く黄金と白銀の輝き。
――無限螺旋――
「わたしは待ってるよ。ずっと、ずっと」
「俺は見守り続けよう。ずっと、ずっと」
輝く二重螺旋の根本は、そう口にして。ただ静かにテーブルの中心と視線を向ける。
置かれているのは硝子の地球儀。
その中で輝くのは――空に焦がれる少年の、戦う様。
夢を抱き、けれど友を裏切れず、そして成し遂げた少年の物語。
まだまだ始まったばかりのそれを、二つの輝きは静かに見守る。
――いつの日か、己の許に辿り着く事を夢見ながら。
「お前は、どんな願いを捧ぐのか」
「貴方は、どんな祈りを抱くのか」
そう呟いて、二つの輝きは目を閉じる。
どこか、耳を澄ますように。どこか、光を感じるように。
どこか、祈りを捧げるように――
『我らの楽園よ、永遠なれ』
今日の駄妹
「ふぅ……では、レベル上げに出発しましょうか」
※次回、駄妹メイン回