11:燃えるような戦いを
バリスとプリス、二人の影が開けた泉の横を駆け抜ける。
プリスの方がAGIを強化されているため足は速いが、今回はバリスに合わせて速度をある程度落としていた。
それでも十分な速度を持って、二人はレッサードラゴンへと肉薄する。
「『こっちへ来い!』、トカゲ野郎!」
「行くよ、《闘氣解放》!」
バリスが《プロヴォック》を発動してヘイト値を稼ぐと共に、プリスはブースト系のスキルである《闘氣解放》を発動する。
瞬間、彼女の身体より黄金の光が湧き上がり、彼女のスピードが一気に上昇した。
それまで抑えていた速度とブーストによる強化を合わせて一気に踏み込み、プリスは振るった刃でドラゴンの首を薙ぐ。
その速度は、詠唱しつつ様子を見守っていたライトが、彼女の姿を一瞬見失ってしまうほどであった。
「はぁっ!」
無拍子と呼ばれる極限の技能により放たれる一閃は、決して目で追う事ができない。
人間の反射速度では、予測からの回避など間に合わないのだ。
それは、このドラゴンにとっても同じ事であった。
振るわれた刃は、以前よりも確かに多く、このレッサードラゴンのHPを削ってゆく。
「よし……!」
小さな声が、アンズから零れる。
彼女のかけた強化魔法なのだ。その実感を得られるのが嬉しいのだろう。
そしてバリスもドラゴンの元へと辿り着き、その巨体を拳で殴りつける。
HPバーの減少は以前のプリスが攻撃した時程度。それでも、大きな進歩であろう。
しかし――いつまでも、このような有利な状況は続かない。
『Ga……AAAHHHHHHHッ!』
力任せに身体を拘束するロープを引きちぎり、ドラゴンは怒りの咆哮を発する。
プレイヤーの動きを止めるためのそれではなかったため、ライトたちの体が拘束されるような事はなかったが、一方的に有利なのはここまでだった。
「くっそ、高いロープだったってのに」
その光景に、ケージが小さく毒づく。
下級とは言え紛いなりにもドラゴン、その動きを止められるほどの強度を持つロープは、装備を購入した彼ではいくつも用意できる物ではなかったのだ。
舌打ちしつつも、ケージはインベントリより一つのアイテムを取り出す。
それは、ライトが練習がてらに作り上げたグレネードだった。
ジャムのビンのような見た目であったが、中に入っているのは無色透明な液体である。
それを手に、ケージは前衛二人に対して声をかける。
「二人とも、一瞬下がれ!」
「『逆巻け、風刃。集いたる刃の内で、逃れ得ぬ災禍と成せ――《スラストウィンド》』!」
それに合わせるように、ライトは同じ魔法をもう一度発動させる。
覚えたばかりでMP消費は少々痛いが、出し惜しみなどしていられない。
発生した旋風は前衛二人が効果範囲外に出た瞬間に発動し、レッサードラゴンの身体を再び斬り裂いてゆく。
しかし、ドラゴンはそのダメージをものともせず、大きく身体を横に曲げて――
「薙ぎ払いだ! 二人とも、伏せろ! 《トラップ設置》――『グレネードマイン』!」
その言葉に、前衛の二人は殆ど反射的に従っていた。
地面に倒れるようにしながら伏せた二人の頭上を、ドラゴンの長い尻尾が薙ぎ払って行く。
一撃、そして往復するようにもう一撃。けれどその攻撃は、地に伏せた二人に当たる事はない。
そして、それに合わせるように地面には魔法陣が現れ――ドラゴン尻尾を振るう為に踏み出した足を戻した瞬間、それが作動した。
下腹部に響くような音と共に発生したのは、地面を揺らす強烈な爆発。
けれどその規模はあまり大きくは無く、発した爆炎も精々ドラゴンの半身を包む程度のものでしかない。
が――
『GugAAAAAA!?』
踏み出した足に集中してダメージを受けたドラゴンからしてみれば、堪ったものではないだろう。
膝を突くようにバランスを崩したドラゴンへと、立ち上がった二人は再び肉薄する。
袈裟、払い、掬い上げ、薙ぎ払いと次々に放たれる無駄の排除された剣閃。
既にプリスの《闘氣解放》は効果時間が切れていたが、足りない火力は手数で補うと言わんばかりに、彼女の攻撃はドラゴンへと叩き込まれてゆく。
バリスも定期的に《プロヴォック》を使用し、決して後衛にターゲットが向かないように調整していた。
ここまでの総攻撃で、減らす事ができたダメージはそれでも二割五分ほど。
防御力か、HPか、どちらにしろレッサードラゴンは非常にタフだ。
(それでも、行ける……!)
確信を持って、ライトは胸中でそう呟く。
以前は全く勝ちの目が見えなかった相手だが、今回は確実に戦う事が出来ていた。
ケージは次なるグレネードを取り出し、トラップの設置できるタイミングを見極めようとしている。
今の彼の熟練度では、二つ同時にトラップを仕掛ける事は出来ない。
故に、タイミングを慎重に見極める必要があったのだ。
――と、次の瞬間。
「っ!? 二人とも、下がって警戒しろ!」
ダンダンと、ドラゴンが前足で地面を踏み鳴らす。
今までに見せなかったその動きに、ケージは即座に反応して前の二人へ警告した。
「HPが減ってから出てくるパターンか……?」
「いや、これは――」
まるで地団太を踏むようだ、とケージは視線を細める。
ドラゴンはその動きの後に大きく息を吸い、それを確認したライトは、詠唱していた魔法を再び解き放った。
「『――――《スラストウィンド》』!」
放たれた風刃の渦はドラゴンの身体を斬り刻み――怯ませる事なく、効果が終了する。
その結果にライトは目を見開き――
『GruaaAAAAHHHHHH――――――ッ!!』
巨大な咆哮が、響き渡った。
あらかじめ耳を塞いでいた為、行動不能になるほどの衝撃を受ける事はなかったが、それでもこれまでとは違った動きに全員の警戒が高まる。
そして、次の瞬間――ドラゴンは、猛烈な勢いで腕を振るい、バリスがいる場所を薙ぎ払おうとしていた。
「ぬおっ!? ぱ、《パリィ》!」
対し、瞬時に反応したバリスは《パリィ》を発動、見事にその効果時間の中でドラゴンの攻撃を受け止める。
が――
「ぬ、ぅ、おおおおお!?」
それでも受け流し切れず、バリスは数メートルほど勢いに乗せられて吹き飛ばされていた。
レベルに大きな差がある以上、正面から受け止めるのは無理であると分かっていたが、それでもここまではある程度受け流せていたのだ。
それが出来なくなっているという事は、つまり――
「ステータスが強化されてる、気をつけろ!」
「はっ、怒りモードってか!」
「『聖なる光よ、彼の者に癒しを――《ヒールライト》』!」
《パリィ》で受け止めたにもかかわらず四分の一ほどHPが減少していたバリスに、アンズの回復魔法が飛ぶ。
すでに《禊》を展開していた彼女の《ヒールライト》は、その一発でバリスのHPを全快させていた。
しかし、慰めにはならない。もしも彼以外が今の攻撃をまともに受ければ、一撃で大半を持って行かれかねないだろう。
その事にライトたちは戦慄するが、生憎とドラゴンは止まらなかった。
以前ブレスを吐いた時のように二本足で立ち上がり、大きく息を吸い込む。
その光景に、以前それをまともに喰らったバリスは、警戒しつつ声を上げた。
「またブレスかよ!?」
「いや……違う! これは――」
ブレスを吐く直前では、口から火の粉が漏れ出る事が分かっている。
しかし、今はそれを確認する事はできない。
それにそもそも、今のバリスの距離程度ならば、ブレスを吐くほど離れていない筈なのだ。
怒り状態での新たな行動パターン――それに対して、ケージは思わず苦い表情と共に目を細める。
そして、次の瞬間――
『RuooOOOOOOO――――!』
今までのものとは違う、どこか遠吠えのような響きのある咆哮が放たれた。
身体を縛り付けるような効果は無く、かと言ってデバフの効果がかかる訳ではない。
一体何だったのかと、ケージが訝しげに眉根を寄せた、その瞬間。
プリスが、切羽詰った様子で声を上げた。
「ケージ君! 森の中からリザードマンが近付いてくる! 数は7!」
「っ、仲間を呼んだのか! つくづく厄介な行動をしてくれるなこのトカゲ!」
その言葉に、ライトは内心どうしてそんな気配が読み取れるのかと突っ込みたくなったが、MPポーションを飲んでいたため断念する。
しかしケージはそんなプリスの言葉を一切疑う事無く、即座に状況を考え、指示を下した。
「プリス、一旦離れて雑魚敵の処理へ向かえ! 特にアンズには近づけるな! バリスは回避を優先してドラゴンを引き付けろ! その間は俺たちがダメージソースになるから、しっかりとヘイトを稼げ!」
『了解!』
その言葉に従い、バリスとプリスは行動を開始する。
そしてMPを回復させたライトもまた、再び魔法の詠唱を再開させた。
風の魔法とグレネード設置、どちらもMP消費は激しいながら、着実にドラゴンへとダメージを与えてゆく。
けれど――
「やっぱ、中々厳しいな……!」
しっかりと詠唱をして、無駄なMPの消費を防ぎながら攻撃を繰り返すが、やはり消耗が激しい。
元々MPポーションは比較的割高であり、あまり沢山は用意できなかったのだ。
特に、大量のスキルを組み合わせてトラップを使用しているケージは更に消耗が激しい。
このままでは、先にガス欠になってしまうだろう。
「チッ、どうする……?」
「どうもこうも、やるしかないさ。ガス欠になったらその時はその時だ。お前はグレネードがあるし、まだ戦えるだろう」
「まあ、な」
あらかじめ作ってあったグレネードを投げるだけであれば、MPの消費は無い。
尤も、スキルである《投擲》を併用すれば多少はMPを消費するが、使わずとも投げる事はできる。
グレネードの数は十分なのだ。
バリスは《プロヴォック》を使用しつつ、ひたすらドラゴンの攻撃を躱し続ける。
振り下ろされる足も、薙ぎ払われる尻尾も、噛み付いてくる顎も――大振りであるが故に、受け流して隙を作る事を考えなければ、回避する事は難しくない。
たまに攻撃が掠ってHPが削られても、すぐさまアンズの魔法によって回復する。
けれど――
(やっぱこれだけじゃ満足できねぇよな……くっそ、チャンスが来ないもんかね)
振り下ろされた爪を後方に跳躍して躱しつつ、バリスは胸中でそう舌打ちする。
彼が時間を稼ぐ度に、ドラゴンの足元からは旋風と爆発が炸裂している。
一撃一撃は決して高いダメージを叩きだしている訳ではないが、根気強く続けていたそれにより、ドラゴンのHPのゲージはついに2割を切る。
このまま行けば倒せるだろう――バリスがそう思った、瞬間だった。
「くそっ、MP切れだ! プリス、バリス、攻撃に回れ!」
悔しげな、ケージの声が響き渡る。
その言葉に――バリスは、楽しそうに笑みを浮かべていた。
攻撃しながら回避するのは至難の業だ。けれど、このままではつまらないと思っていたのも事実。
リザードマン達を排除して戻ってくるプリスの姿を確認し、バリスは拳を構える。
と――その時、ドラゴンが今までには無かった動きを見せた。
前傾姿勢になり、前足で地面を掻く――その姿勢に、バリスは半ば直感的に相手の次なる動きを察していた。
(どうする――)
考えかけ、けれど身体はそれよりも速く直感的に動く。
バリスが跳躍したのと、ドラゴンがいきなり突進してきたのはほぼ同時であった。
巨体での突進だ、怒り状態でないとは言え、正面から受ければ一撃でHPを持っていかれるだろう。
けれど――バリスは、空中にいるまま《パリィ》を発動させた。
そしてドラゴンの巨体が接触した瞬間、バリスは身体を捻り、相手の背に手を着いて、自らの体を押し上げながら更に高く飛び上がる。
「ッ……!」
自らの咄嗟の反応に驚愕しつつも、バリスの顔には笑みがこぼれていた。
HPはそれなりに削れはしたが、半分以下には減っていない。
地面に着地し、駆け寄ってくるプリスに手を振りながら、バリスはなおも敵の事を注意深く観察した。
突進を終えたドラゴンはすぐさま彼の方へと向き直り――大きく、火の粉を散らしながら息を吸う。
「ち……ッ!」
突進により距離が開きすぎたために、遠距離攻撃の範囲となってしまったらしい。
舌打ちしつつも、バリスは相手の動きを見極める。どちらのブレスが放たれるかさえ分かれば、避ける事は難しくは無い。
すぐさま動けるように重心を落とした、その瞬間――
「これでも、喰ってやがれ!」
スキルのエフェクトに包まれたビンが一直線に飛び、ドラゴンの口へと吸い込まれてゆく。
それは一瞬で喉の奥へと入り込み――そして数秒の後、ドラゴンの体の内側から衝撃を響かせた。
『Gu、Ga……ッ!?』
口から煙を上げて悶絶するドラゴンは、目に見えてHPを減らしながらダウンする。
その姿を認め、バリスは叫んだ。
「合わせろ、プリス!」
「了解、お兄ちゃん!」
そして、二人は同時に駆ける。
口の中に爆発物を放り込むのが弱点だったのか、それは誰にも分からないが――少なくとも、これ以上のチャンスは無い。
故に――
「《ソウルバースト》ッ!」
「《闘氣解放》っ!」
二人は、所有するブーストスキルを発動する。
プリスの体から湧き上がる金色のオーラに対して、バリスのそれは蒼いオーラ。
そしてそれと同時に、《ソウルバースト》の効果によって、バリスの鎧と上半身の装備が解除される。
インナー姿となったバリスは、肉薄したドラゴンの眉間に対して拳を叩き付けた。
「うぉうりゃあッ!」
理想的なフォームから放たれた拳の一撃に、ドラゴンは堪らず首を仰け反らせる。
けれど、攻撃はそこで終わらない。バリスの肩を足場に跳躍したプリスは、仰け反るドラゴンの頭部を追いかけるように一閃、その首を深く薙いでいた。
さらに彼女はそのまま後ろにあるドラゴンの背に着地し、再び帰るように跳躍。
そしてそれに合わせ、バリスもまた深く拳を構えていた。
「おおおおおおッ!」
「いっけえええっ!」
――狙いは、力なく落ちてくるドラゴンの頭部。
バリスが放ったのは、掬い上げるような強烈なアッパー。
そしてそれと挟み撃ちするかのごとく、プリスの振り下ろした兜割りがドラゴンの首へと振り下ろされる。
攻撃の命中は、寸分の狂い無く同時。そして――
「俺たちの――」
「私たちの――」
その同時攻撃によって、切断されたドラゴンの頭部は宙を舞い、地に落ちる。
レッサードラゴンのHPは、完全に削りきられていた。
『――勝ちだぁッ!』
二人は同時にそう叫びながら――力強く、拳を振り上げていた。
今日の駄妹
「読み終わり……む、隠しクラス解放? ふむ、これは……特に狙ってないですし、スルーで」




