10:リベンジ
二日目――ログインは、夕食の後となった。
あまり夜更かしをし過ぎない程度にタイマーをセットし、ゲームを開始する。
集合時間に関してはあらかじめ相談してあったため、早すぎず遅すぎず、ちょうどいい時間に頼斗はログインする。
目を閉じて、意識が切り替わり――頼斗は、ライトへと変化する。
「っ、と」
未だ慣れぬ感覚にバランスを崩しかけながらも、ライトは周囲へと視線を走らせた。
場所は、昨日ログアウトした所と同じ地点。
街の中やダンジョンのセーフティエリア内などでログアウトした場合、次にログインした時にはその場所から開始となるのだ。
ただし、フィールドやダンジョンなど普通に敵が出現する場所でログアウトした場合は、最後に訪れた街の中心に出現する事となる。
長い時間が必要となる移動やダンジョンの場合は、注意が必要となるだろう。
「さて、と――」
周囲を見渡しても、仲間たちの姿は見当たらない。
不思議に思い昨日登録したフレンドの画面を呼び出してみれば、まだケージしかログインしていない事が判明した。
しかし、それならば彼は何故この場にいないのか。
そう思ってライトは注意深く周囲を観察し――通りの向こうから歩いてくる、見知った姿を発見した。
未だに初期装備がちらほらいる中、それなりにレベルの高い装備を身に纏っているケージの姿は、若干目立っている。
「おーい、ケージ!」
「お……悪いなライト、ちょっと席を外してた」
ライトの呼びかけに気付いたケージは、すぐさま待ち合わせ場所へと駆け寄る。
待ち合わせ時間ギリギリとは言え、まだ若干早いため、決して遅れたという訳ではないのだが。
「別に、ちょうど入ってきたばっかりだったしな。いいタイミングだろうよ。それで、何か興味を惹かれることでもあったのか?」
「ああいや、ちょっと案内してただけだ」
「案内? 何だよ、女の子にでも声をかけられたのか?」
「人聞きの悪い事を言うな……まあ何度か声をかけられたのは事実だけど」
そう口にしつつ、肩を竦めてケージは苦笑する。
彼の容姿はそれなりに整っており、その見た目はゲームの世界にもある程度反映されている。
中々レベルの高そうな装備に身を包み、なおかつ容姿がいいとなれば、声もかけられるというものだろう。
尤も――
「まあ、お前がプリス以外に手を出さないのは分かり切ってるけどな」
「それはその通りだが……やっかみを込めるな、全く」
ケージがプリスに抱いている思いの強さに関しては、ライトも認めるところであった。
学生の身でありながら、それだけ真剣に想い合っているのだ。
一体何をしたらそこまで強く想い合えるのか、ライトには分からなかったが。
「で、案内ってのは?」
「ああ、お前の他にもう一人、あのチケットを渡した相手がいるんだが……その人だよ。俺たちの先輩でな、どうやら生産職を目指すらしい」
「へぇ。何を作るんだ?」
「料理、だそうだ」
ケージは苦笑しつつそう声を上げる。
対するライトは、若干ながら驚いて目を見開いていた。
生産職といえば、基本的にアルケミストのクラスで発生するスキルをメインに育ててゆく事となる。
しかし、《料理》に関しては一般スキルとして取得できるものだったのだ。
「確か、お前らはギルドハウスを喫茶店にするんだったな……そこで作って貰うのか?」
「まあ、そういう事だ。レベリングは俺たちのメンバーに加えていけば済むしな。ついでに材料を採取すればいいし」
「へぇ……それで、その人は?」
「ああ、今日は別行動だそうだ。俺たちの足を引っ張るのも申し訳ないってさ」
初期レベルであの西の森の奥まで連れて行くのは少々厳しいだろう。
護る手間も増え、格上であるドラゴンと戦うのは少々厳しくなってしまう。
そういう意味では、皆がログインしていない時間帯であるこのタイミングで別れておくのは正解であると言えるだろう。
優しいプリスは、恐らく付いて来るように勧める筈だ。
「へぇ……いい人そうだな」
「あ、ああ……うん、まあ。いい人だとは、思う」
やたらと歯切れの悪い様子のケージに、ライトは疑問符を浮かべ――ちょうどその瞬間、周囲に光の輪が現れた。
その光の中より現れたのは、店売りの巫女装束に身を包んだアンズの姿。
随分と近くに現れた彼女に面食らい、ライトは思わず一歩下がってしまう。
「っと……こんばんは、アンズ」
「ええ、こんばんは。ケージもね」
「ああ。こんばんはってのも奇妙な感覚だが」
周囲を見渡して、ケージは苦笑を零す。
実際のところ、この世界の時間で言えば明け方の少し前といった所だったのだ。
ゲームの世界と現実世界で時間が違うと言うのは、少々変わった感覚であった。
一体どのような技術なのか――ライトがそんな事を考えようとした所で、更に二つの光の輪が出現する。
二人同じタイミングで現れたのは、バリスとプリスの兄妹だ。
「皆、お待たせ」
「いよぅ、待たせちまったな」
「いや、大丈夫だ。さて――」
全員が揃ったところで、リーダーであるケージがメンバーを見渡しながら声を上げる。
その顔に浮かべられていたのは、非常に楽しそうな笑みだ。
「それでは、これからボス攻略作戦を開始する。戦法は昨日言った通りだ……行けるな?」
『勿論!』
全員の声が重なり、そして笑い声へと変わる。
どれほどリアルだとしても、彼らは忘れていないのだ。
これはゲームなのだから、楽しまなくては意味が無いという事を。
「さて、それでは出発だ」
それを忘れぬケージの宣言と共に、一行はニアクロウを出発していった。
* * * * *
「前以上のスピードだなぁ、こりゃ」
「それはそうだろうよ。レベルが上がっただけじゃなくて、サブクラスの恩恵も受けてるんだ」
破竹の勢いでエネミーを粉砕しながら、一行は西の森を進んでゆく。
メンバーは変わらないものの、サブクラスを解放した事によって戦闘力は大幅に増している。
特に、ケージが戦闘に参加できるようになったのは大きいだろう。
彼のおかげで、少なくとも一体か二体は敵の動きを止める事が出来るのだ。
「しかし……ミコの全体化って面倒だな」
「仕方ないでしょ。手軽に出来ちゃったらチートもいい所じゃない」
巫女の衣装が売っていた店で購入した鈴を手に、アンズは小さく嘆息する。
ミコのクラスが持つ《禊》と《神楽舞》――これは、発動するのに少々面倒な手順を踏む必要があるのだ。
まず《禊》は、実際に祝詞を読み上げる必要がある。
普通の魔法のようにショートカットも存在しているが、それではあまり効果が上昇しないのだ。
また《神楽舞》は、こちらも実際に神楽の足運びを真似て舞う必要がある。
《禊》と同じく単純化した手順もあるが、それも同様に効果が薄くなってしまうのだ。
「普通本当に踊らせるか? それに判定はかなりシビアなんだろ?」
「まあねぇ。私はリアルでもやってるから簡単だけど」
アンズ――現実世界での神代杏奈は、神社の娘であり巫女の仕事もこなしている。
そんな彼女からすれば、祝詞や巫女神楽はそれ程難しいものではなかったのだ。
それは現実世界で彼女が重ねた努力の結果であるが故に、ライトも否定するような事はなかったが。
対するアンズは己が力を誇るように、強気な笑みを浮かべる。
「ま、見てなさいって。最高のバフを掛けてあげるから」
そう彼女が声に出したところで、先頭を歩いていたプリスが立ち止まる。
マップには、その先にある広場が表示されていた。
ここから中へと踏み込めば、ボスであるドラゴンとの戦闘が始まる。
それを確認して、ケージはアンズへと声をかけた。
「早速出番だな、頼む」
「はいはい。まずは《禊》ね」
言って、アンズは大きく息を吸う。
そして高らかに音を奏でたのは両手の鳴らした拍手――
「掛まくも畏き 伊邪那岐大神――筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 禊祓へ給ひし時に成り座せる祓戸の大神等」
朗々と口に出される祝詞の言葉。
そしてそれと共に、アンズの足は独特の歩法で歩み始める。
マップによって確認した方角に沿って、北へ南へ。それこそが、《神楽舞》のスキルに指定された神楽の動き。
《禊》と《サンクチュアリ》は補助魔法が発動するまでに展開されていればいいのだ。
それが彼女の集中法であるならば、同時に行うのも問題はない。
「諸々の禍事 罪 穢有らむをば 祓へ給ひ 清め給へと白す事を聞食せと 恐み恐みも白す」
アンズがそう唱えると共に、足元に広がる《サンクチュアリ》の紋章。
そして、それとほぼ同時に、彼女の舞も終了した。
「『彼の者に光の加護を――《ホーリーアーマー》』、『光よ、猛き力をここに――《ウェポンブレス》』」
完全に舞い切った《神楽舞》によって全体化されたのは二つの魔法。
防御力上昇の《ホーリーアーマー》と、攻撃力上昇の《ウェポンブレス》だ。
範囲拡大と効果増強により、元々の上昇率よりも大幅に強化された補助魔法は、その場にいる全員のステータスを向上させる。
「流石、堂に入ってるな」
「まあね。それじゃあ、手筈通りに行くとしましょうか」
「応よ! 敵を釘付けにしといてやるさ」
拳を掌を打ち合わせたバリス。そして、その言葉と共に全員は頷き合い――揃って、泉の広場へと一歩を踏み出した。
「っ……」
その光景に、ライトは思わず喉を鳴らす。
以前と変わらず、泉の畔にいる赤いドラゴン。
フォーカスすると共に浮かび上がった名前は――『レッサードラゴン』。
「は、はは……」
笑いが、零れる。レベルは20であり、今のレベルなら勝つ事も不可能ではない相手。
それでも下級とはいえドラゴンなのだ。油断していれば、あっという間に倒されてしまう。
けれど――負ける気は、しなかった。
レッサードラゴンは向かってくるパーティに気付き、前回と同じく巨大な咆哮を響かせようとする。
「『逆巻け、風刃。集いたる刃の内で、逃れ得ぬ災禍と成せ――《スラストウィンド》』」
けれどそれよりも僅かに早く、ライトの魔法が発動した。
発生したのは小さな竜巻。しかしそれは風で作り上げられた刃の渦。
多段ヒットし、更に相手が小型ならば上空へと吹き飛ばしてしまう効果を持つ、風属性第三の魔法だ。
熟練度100で現れたその魔法は、使い勝手は良くないものの、現状では非常に高い攻撃力を持つ。
けれどそのダメージですら、レッサードラゴンのHPは5%も削れていない。
(いや、十分だ――!)
《ウィンドカッター》では殆ど削れていなかったHPバーが、目で見て分かるほどに減少している。
さらに、そのダメージを受けた事によってレッサードラゴンは咆哮をキャンセルしてしまった。
きちんと、通じているのだ。
「よし、《トラップ設置》――『マジックロープ』!」
咆哮の後、それでもレッサードラゴンが飛び上がろうとした瞬間、発動したのはケージのトラップ設置。
ドラゴンの僅か後ろに設置されたそれは、助走をつけるかのごとく相手が一歩下がった瞬間、魔方陣によって発動した。
使用したロープはリザードマンに使用していた物ではなく、もっと高価で頑丈なものだった。
地面より出現したロープはジャンプした瞬間のレッサードラゴンの足と尻尾を絡め取り、その巨体を地面へと叩きつける。
『GaAAッ!?』
堪らず悲鳴を上げるレッサードラゴン。
そこへ――
「おおおおおおッ!」
「はあああああッ!」
二人の前衛が突撃し、本格的な戦いが開始されたのだった。
今日の駄妹
「さて、今日中に全て読み終わりましょう。はいぱーレベル上げタイムはあの子が合流してからです」




