94:レイドイベントの告知
「いやー、もうちょっと注目されるかとも思ってたんだけどなー」
巨大なソファに腰掛け、足をぶらぶらと動かすヒカリの声は、広い室内に響き渡る。
その隣に腰掛けながら掲示板を眺めていたライトは、ヒカリの言葉に対して小さく笑みを零していた。
「ちょっと不満か?」
「んー、まあちょっと、って感じかな? 注目され続ける方が不都合なのはその通りだし」
「それなら、予想を外されたのが不満って感じか?」
「流石ライ、あたしの事をよく分かってる」
ニコニコと笑うヒカリに、ライトは苦笑を交えた表情で肩を竦める。
イベントの後、少し経って――ユニーククラスを三人抱えるギルドとして有名になったヒカリたちは、受ける注目の視線を薄れさせていた。
理由は単純で、新たな話題が生じたために、注目がそちらへと向けられるようになったためだ。
三日ほど前、運営より大々的な告知があった。
一つは、この前のイベントにおける特別な賞の表彰。そしてもう一つが、レイドイベントの公開だったのだ。
もしも表彰だけであれば、『碧落の光』に向けられていた視線が薄れる事はなかっただろう。
何故なら、『碧落の光』の面々実に三つもの賞を手に入れていたからだ。
しかし、そんな注目も、同時に公表されたレイドイベントの紹介によって塗りつぶされる事となっていた。
「いずれは情報として流れるだろうと思ってたけど、まさか向こうからやってくるとはなぁ」
「それについては私としても意外ですね。実際、レベル的にもまだまだ足りてないと考えられますし」
背後から響いた声に、ヒカリはソファの背もたれを使って仰け反るようにしながら後ろへと視線を向ける。
そこには、ポーションを調合した鍋を片付けているアマミツキの姿があった。
広い作業スペースから引き上げてきた彼女は、とりあえず保存用インベントリに鍋を放り込むと、そのまま開いているライトの隣へと腰を下ろす。
「正直、自然に広まるまでは放置されるだろうと思ってたので、今回の展開には何かしらの意図を感じずにはいられませんね」
「各国に一箇所ずつ、レイドイベントが発生する場所がある。そのボスは、タカアマハラの動かすキャラクターである、と」
「まず間違いなく、あのイベントの事だな。《賢者》……常世思兼の事だし、何かしらの意図があって公表したんだろうが――」
「正直、あたしはその辺を考えても仕方ないとは思うぞ。問題は、『コンチェルト』がどう動くかだ」
軽く肩を竦め、ヒカリはそう告げる。
これまで血眼になって《霊王》の存在を探し続けてきたケージ達からすれば、肩透かしを食らったようなものだろう。
とはいえ、イベント発生の正確な位置まで公表された訳ではないため、未だに情報のアドバンテージがある事は事実だったが。
「あたし達がギルドハウスを手に入れた事で、あいつらもアイテムの供給ルートを強化する事が出来た。その直後の大口注文だ、早速動き始めてるのは間違いないだろうさ」
「ですね。急ぐ理由は知りませんが、戦う気は満々のようです」
「そう簡単に勝てる相手なら、苦労はしないんだろうけどな……」
嘆息し、ライトは周囲へと視線を向ける。
広い、リビングのような部屋。ヒカリ達が手に入れたこのギルドハウスは、イベントの報酬としてヒカリに与えられたものであった。
襲撃イベントでライト達が手に入れた賞は三つ。
一つ目は、エネミーの総撃破数で一位を達成した白餡に対する『エネミー撃破賞』。
二つ目は、ヒル・ジャイアントに対して最後にトドメを刺した旬菜に対する『ラストアタック賞』。
そして最後の一つが、多くのギルドとプレイヤーを率い、イベントの勝利に大きく貢献したヒカリに対する『審査員特別賞』だ。
この最後の賞は常世思兼が半ば思いつきで作った賞らしく、賞品も詳しく決まってはいなかったのだが、それを逆手に取ってヒカリは常世に対して注文を出していたのだ。
――施設の揃った大きいギルドハウスが欲しい、と。
大型のギルドハウスは値段こそ高いが、金さえあればどのようなプレイヤーでも手に入る、いわばコモンアイテムだ。
イベントの景品で貰うには若干勿体無いとの考え方もあったが、他でもないヒカリが言い出した事であり、他のメンバーも異存は無かったのだ。
特に生産職であるアマミツキとゆきねにとっては、全ての生産施設が揃ったギルドハウスは喉から手が出るほど欲しいものである。
ゆきねなどは特に諸手を挙げて賛成し、ギルドハウスを手に入れるに至ったのだ。
ちなみに当然維持費なども存在するが、今の時点からこのギルドハウスを維持するのは難しいという事で、三ヶ月間維持費無料という特権も手に入れていた。
閑話休題。
ともあれ、特別なアイテムをいくつか手に入れた『碧落の光』であったが、周囲の注目はレイドイベントへと向けられるようになっていたのだ。
大型イベントの直後に公開された、大人数参加型イベントの話。
詳細な情報こそ伝わってはいないものの、イベントの規模は大きければ大きいほど見返りも大きいものであるが故に、注目の度合いも大きい。
早速場所を特定するため、各地を探索しているプレイヤーも多いようだ。
とは言え、まだ上級職に入ったばかりのレベルでは、到底侵入できないような場所も多いのだが。
「で、だ。うちのギルドとしては、どういう方針で行くんだ?」
「んー……そうだな。実際、興味は大きい。あたし達は、タカアマハラ――というより、《魔王》と《女神》に聞いてみたい事があるわけだし」
ライト達の――頼斗達の出生について知っているかもしれないという、《魔王》と《女神》。
彼らの元まで辿り着く事は、この場にいる三人にとって一つの目標となっていた。
だが、普通にプレイしていて手がかりなど見つかるはずもなく、最も有力な方法はタカアマハラとの接触なのだ。
レイドイベントは、彼女達と接触するための数少ない手段であると言える。
「恐らく、『コンチェルト』は私達に協力を求めてくるでしょうね。この間の借りを返すいいチャンスでしょう」
「あたしたち自身にメリットがある以上、あまり借りを返した気分にはならないかもしれないが……実際の所、あの《霊王》と正面切って渡り合えるのはプリスぐらいだとは思うな」
「それはまあ……否定は出来ないか」
ヒカリの言葉に、ライトは僅かに乾いた笑みを浮かべる。
対人戦最強と名高いプリスの実力は、プレイヤー中屈指であるといっても過言ではない。
しかも今回のイベントは、ボスがプレイヤー操作されているのだ。
より対人戦に特化したプリスにとっては、かなり相性のいい相手であると言えるだろう。
更に、彼女の持つユニーククラス『天秤剣士』は、相手が格上であればあるほど能力値が強化されるのだ。
その力を持ってすれば、レベルや実力が圧倒的に上である《霊王》が相手であったとしても、刃を届かせる事ができるかもしれない。
無論、推論でしかない話ではあるが――可能性があるとすれば彼女だけだという考えは、三人の共通認識であった。
「という事は、つまり……参加って事でいいんだな?」
「ですね。出来れば、向こうからの要請があってから動くのがベストでしょう」
さりげなくライトとの距離を詰めながら答えるアマミツキに、それを拒む事なくライトは嘆息する。
あまり借りを作りっぱなしというのも座りが悪いのだ。
それならば、要請を貰って借りを返させて貰った方がいいと、アマミツキはそう判断していたのだ。
「私達としても《霊王》には接触したい訳ですが……まあ、必ずしも倒さなければならない訳ではありません。話が聞ければそれでいい訳ですし」
「そうか? 《賢者》……常世さんなんかは、イベントで勝たなければ何も答えないとか言いそうな気がするぞ」
「にはは、ありえそうな感じだ! ま、その時は勝てばいい話さ」
自信満々なヒカリの言葉に、ライトは思わず苦笑を零す。
確かに、前のイベントのときのように時間が制限されている訳ではない。
気にはなるがそう極端に急いでいる訳でもなく、幾度も挑んでいればその内クリアは出来る。
どうしても急がなければならない理由は、ライト達にはない。
「それで……あの急いでる連中は、一体どうしてるんだ?」
「今日はフィールドを探索中ですよ。行き先は古城の丘です」
「……あらかじめフィールドの地形やら位置関係やらを調べに行ってるのか。あたしたちと今回の話とで、あいつらに向かう視線はかなり少なくなってたしな」
『コンチェルト』に――プリスに向かう視線はいつも多いものの、ここ最近ばかりはその限りではない。
そうして注目から外れているのを活かし、彼らは古城の丘へと向かっていたのだ。
徐々にエネミーが強くなるあの場所はレベリングにも適しており、彼らが向かってもそれほどおかしくはない場所である。
しかしライト達からしてみれば、彼らの目的は火を見るよりも明らかであった。
「イベントを開始するための方法は既に分かってる……となれば、地形やエネミーの調査かな」
「この間のイベントほどではないとは言え、六十人参加可能なイベントだしな。闇雲に突っ込むだけじゃ無理って事だろ」
「とは言え、今回は侵攻戦のようになりますし、この間のように単純には行きませんよ。護ってるだけなら結構単純作業で済みますけど、こちらから攻めるとなると不確定要素が多くなります」
「ま、だからこその入念な調査って事だろうな。イベント時までそのままかどうかは知らんけど」
「その辺は、ケージも考慮に入れてるだろうよ」
中々に切れ者な同級生の姿を思い浮かべ、ライトはそう呟く。
彼は、相手との戦力差が分からないほど愚かな人間ではない。圧倒的に不利な状況である事は理解しているはずだ。
しかしそれでも、彼らはこうして急いで《霊王》と戦おうとしている。
理由こそ分からないが、戦いが避けられないならば、それなりの準備をしてくるだろうとライト達は考えていた。
「事前調査、アイテムの収集……他には何をしてくると思う?」
「優秀な戦力を集める事と――あたし達に戦闘の協力を仰ぐ事だろうな」
「まあ、妥当な所でしょう」
にやりと笑うヒカリの言葉に、アマミツキが首肯しながら同意する。
プレイヤーの中でも高いレベルと特異なクラスを持つ『碧落の光』の面々。
その中でも、紅焔術師たるヒカリは、アンデッドに対して特に高い効果を発揮する紅焔魔法の使い手であった。
アンデッドを弱体化させ、味方を強化させるだけでなく、恐らく随一の瞬間火力を持つヒカリ。
生憎と、イベントは夜限定であるため、紅焔術師の能力を十全に使いこなす事はできないが、有する能力は十分以上に高い。
《霊王》との戦いにおいては、不可欠な人材であると言えるだろう。
「ともあれ――私たちの意志も、『コンチェルト』側の希望からしても、私達がレイドイベントに参戦するのはほぼ確定でしょう。既にゆきねもその方向で動いています」
「あいつはただアイテム作るのが楽しいだけのような気もするが……イベントは参加の方向でよさそうだな。じゃあギルマス、それに向けて俺達はどうする?」
「にはは、決まってるさ」
頷き、ヒカリは勢いをつけて立ち上がる。
ゆきね謹製の家具アイテムはスプリングも利いており、軽く跳ねながら地面に降り立ったヒカリは、二人のほうへと向き直りながら不敵な笑みと共に声を上げる。
「目標へ向けては手を抜かない。全力でレベリングと行こうじゃないか!」
「はは、だと思ったさ」
「素材アイテムもそろそろ減ってきましたしね。色々とやっておきましょうか」
追随するように、ライトとアマミツキも立ち上がる。
ゆっくりしているのも悪くはないが、この世界はあくまでゲームなのだ。
ぼんやりと過ごしているだけでは、プレイ時間が勿体無い。
「この間みたいな付け焼刃じゃなく、しっかりとこのクラスを使いこなして戦いに挑む。あの《霊王》様に、目にもの見せてやろう」
チャットで仲間達を呼びながら、ヒカリは力強く宣言する。
――こうして『碧落の光』の次なる目標は、レイドイベントへと定まったのだった。
今日の駄妹
「プライベート空間とか……もう好き勝手していいという事ですよね」




