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チェリとルイル  作者: 霧島まるは
おまけ
16/17

チェリとルイルの生活2

 弓と矢を背負い、チェリはいつものように森に入った。


 いつもと違うのは、一緒にルイルがついてきてくれること。


 そして彼は、とても静かだった。


 足音がない──というより、気配そのものがとても薄い。


 後ろに誰もいないのではないか。そんな不安で、時々チェリが振りかえって確認してしまうほど。


 短いが、彼女と一緒に暮らしていたニタも、もしかしたらそうだったのかもしれない。


 けれど、ニタはとにかく黙っていない人だったので、そんなことを考えもしなかった。


 ルイルは、静かな人だ。


 狩りの最中ということもあって気を使ってくれているのか、呼吸音ひとつ感じない。


 ある程度、森が深くなった時、チェリは弓と矢を一本つがえて木陰に隠れた。


 ふぅ。


 息をひとつつき、呼吸を整えてから薄暗い森を見る。そのまま、獲物が現れるまで待つのだ。


 鳥の鳴く声と、風が葉を揺らす音の中、静かに静かに待つ。


 これが、チェリの仕事。


 父は、罠は使わなかった。


 長い間、獲物を苦しめることになることが、好きではないという。


 そんな父の教えを引き継いで、チェリの狩りの道具は弓矢と小刀。


 ガサッ。


 どれほど待っただろうか。


 風の音ではない下草の揺れる音がした。


 すぅっと弓を引く。


 草むらを見る。


 ぴょこっ。


 周囲を確認するように、草の上に首をもたげた長い耳の兎。


 次の瞬間。


 その喉に、矢が突き立った。


 矢の勢いで後方へ倒れたその身に、チェリは駆け出した。幾度かの痙攣の後に、ウサギが絶命したのを確認する。


 それに、ほっとした。


 そして、はっとした。


 狩りに集中する余り、完全にルイルのことを忘れていたのだ。


 慌てて振りかえると。


 木陰から、彼がこちらを見ていた。


 狩人の仕事が、彼女の生業なのだから、何も恥じるところなどない。だが、それと照れの気持ちは、また別のもので。


 ずっと、ルイルに見られていたのだろうか。


 それとも、すっかり退屈してしまっただろうか。


 赤くなりながらも、身体に染みついた動きで矢を抜き去る。


「あの……森はいつも通りみたいですから……」


 退屈なら、先に家に帰って──そんな言葉を、チェリは続けようとした。


 のに。


 次の瞬間。


 不自然で強い風が、森の中を駆け抜けたかと思うと。


「あ、あれ……?」


 彼女は、間抜けな声をあげてしまった。


 矢を抜いたばかりのウサギが、忽然と消えていたのだ。


「……あれ……ウサギ……」


 慌てて草むらを探してみるが、どこにもない。間違いなくそれは絶命していて、逃げるはずないのに。


 膝をついて探す彼女の肩に、ぽんと手が乗せられた。


 どきっとして振りかえる。


 ルイルが、気難しそうな表情で、こちらを見ていた。


「……ニタの仕業だ」


 腕を掴まれ、立たされる。


 言われた言葉に、ほけっとしていると、彼がチェリの膝をはたいてくれようとするのに気づいて、慌てて自分で綺麗にする。


 ニタさんかあ。


 あの家は、いまや彼女のもので。それは同時に、この森も彼女のものという意味らしい。


 心配したルイルの通り、彼女は悪戯をしかけてきたようだ。


「……やはり、話をつけねばならないようだな」


 いつもと同じはずの森が、笑っているような気がした。


 クスクスクスクスと。


 それは、ニタの気配なのだろうか。


「ちょっと行ってくる……家にいろ。あそこは安全だ」


 チェリから離れて、一人森の奥へと進もうとするルイル。


 あっ。


 とっさに、彼のマントを握って引き止めてしまった。


 危険なケンカをしに行くのではないか──その恐れが、彼女を突き動かしたのだった。


「あ、あの……平気ですから」


 そんなチェリの手に、彼は手を重ねてから静かに、しかし力強くマントから引き剥がす。


「そうか、平気か。しかし、私は平気ではない」


 それだけを真顔で言い置くと、ルイルはさっさと彼女に背を向けて歩き出す。


 ああっ!


 止めることに失敗したチェリは、慌てて彼の後を追うのだった。


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