チェリとルイルの生活2
弓と矢を背負い、チェリはいつものように森に入った。
いつもと違うのは、一緒にルイルがついてきてくれること。
そして彼は、とても静かだった。
足音がない──というより、気配そのものがとても薄い。
後ろに誰もいないのではないか。そんな不安で、時々チェリが振りかえって確認してしまうほど。
短いが、彼女と一緒に暮らしていたニタも、もしかしたらそうだったのかもしれない。
けれど、ニタはとにかく黙っていない人だったので、そんなことを考えもしなかった。
ルイルは、静かな人だ。
狩りの最中ということもあって気を使ってくれているのか、呼吸音ひとつ感じない。
ある程度、森が深くなった時、チェリは弓と矢を一本つがえて木陰に隠れた。
ふぅ。
息をひとつつき、呼吸を整えてから薄暗い森を見る。そのまま、獲物が現れるまで待つのだ。
鳥の鳴く声と、風が葉を揺らす音の中、静かに静かに待つ。
これが、チェリの仕事。
父は、罠は使わなかった。
長い間、獲物を苦しめることになることが、好きではないという。
そんな父の教えを引き継いで、チェリの狩りの道具は弓矢と小刀。
ガサッ。
どれほど待っただろうか。
風の音ではない下草の揺れる音がした。
すぅっと弓を引く。
草むらを見る。
ぴょこっ。
周囲を確認するように、草の上に首をもたげた長い耳の兎。
次の瞬間。
その喉に、矢が突き立った。
矢の勢いで後方へ倒れたその身に、チェリは駆け出した。幾度かの痙攣の後に、ウサギが絶命したのを確認する。
それに、ほっとした。
そして、はっとした。
狩りに集中する余り、完全にルイルのことを忘れていたのだ。
慌てて振りかえると。
木陰から、彼がこちらを見ていた。
狩人の仕事が、彼女の生業なのだから、何も恥じるところなどない。だが、それと照れの気持ちは、また別のもので。
ずっと、ルイルに見られていたのだろうか。
それとも、すっかり退屈してしまっただろうか。
赤くなりながらも、身体に染みついた動きで矢を抜き去る。
「あの……森はいつも通りみたいですから……」
退屈なら、先に家に帰って──そんな言葉を、チェリは続けようとした。
のに。
次の瞬間。
不自然で強い風が、森の中を駆け抜けたかと思うと。
「あ、あれ……?」
彼女は、間抜けな声をあげてしまった。
矢を抜いたばかりのウサギが、忽然と消えていたのだ。
「……あれ……ウサギ……」
慌てて草むらを探してみるが、どこにもない。間違いなくそれは絶命していて、逃げるはずないのに。
膝をついて探す彼女の肩に、ぽんと手が乗せられた。
どきっとして振りかえる。
ルイルが、気難しそうな表情で、こちらを見ていた。
「……ニタの仕業だ」
腕を掴まれ、立たされる。
言われた言葉に、ほけっとしていると、彼がチェリの膝をはたいてくれようとするのに気づいて、慌てて自分で綺麗にする。
ニタさんかあ。
あの家は、いまや彼女のもので。それは同時に、この森も彼女のものという意味らしい。
心配したルイルの通り、彼女は悪戯をしかけてきたようだ。
「……やはり、話をつけねばならないようだな」
いつもと同じはずの森が、笑っているような気がした。
クスクスクスクスと。
それは、ニタの気配なのだろうか。
「ちょっと行ってくる……家にいろ。あそこは安全だ」
チェリから離れて、一人森の奥へと進もうとするルイル。
あっ。
とっさに、彼のマントを握って引き止めてしまった。
危険なケンカをしに行くのではないか──その恐れが、彼女を突き動かしたのだった。
「あ、あの……平気ですから」
そんなチェリの手に、彼は手を重ねてから静かに、しかし力強くマントから引き剥がす。
「そうか、平気か。しかし、私は平気ではない」
それだけを真顔で言い置くと、ルイルはさっさと彼女に背を向けて歩き出す。
ああっ!
止めることに失敗したチェリは、慌てて彼の後を追うのだった。




