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ノベロニア・アンソロジー【第一章・第二章 合併版】  作者: ノベロニア・アンソロジー実行委員会
■■■ ノベロニア・アンソロジー ■■■
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終焉の神器【作・山岸マロニィ】

挿絵(By みてみん)


 ──ヘカトンケイルが始動した。

 その報せは、まずゼウスに届けられた。

「愚か者が」

 オリュンポス山の影から現れた巨体は、天空神すら戦慄させた。


 それは、あってはならない存在だった。

 荒ぶる竜を殲滅する目的で、鍛治神ヘパイストスが造り出した兵器。しかし、その性能は想定を大幅に超えていた。

 ──世界を滅ぼせる。

 危惧した天位議会は、それをオリュンポス山へ封じた。


 ヘパイストスはゼウスの息子である。優秀だが倫理観に欠けるため、オリュンポスを追放した。

 以前彼が造った「アフロディテ」も、その危険性からゼウスが取り上げた。──恐らく、ヘパイストスの目的はアフロディテの奪取。そうなれば、世界は滅亡する。

 ゼウスは悔いた。……あの時、殺すべきだった。

 老いた右手が、雷を象った武器(ケラウノス)を握り締めた。




 天位議会の命を受け、四大天使率いる天軍はオリュンポスに赴いた。

「……これは……!」

 ミカエルの目に飛び込んだのは、山々を踏み砕きながら進む神像の姿だった。

 ウリエルが声を上げる。

「このままでは、ゼウス様の神殿が破壊されます」

「操縦している人を倒せば止まるの?」

 ラファエルが首を傾げる。

「いや、あれは自立稼働式だ」

「つまり……」

「あれを破壊するしかない」

 ヘカトンケイルの進路をオリュンポス軍が塞ぐ。しかし、絶対防御領域を展開され手も足も出ない。

「私なら止められるかも、一瞬だけど」

 ガブリエルが進み出た。ミカエルは頷いた。


 ガブリエル率いる第三軍、第四軍が近付く。すると美しい声が響いた。

「妨害行為を確認。直ちに排除す」

 ヘカトンケイルの周囲に浮く球体がプラズマを帯びる。

「そうはさせない」

 ガブリエルの杖が氷を放った。空間制御装置が凍り付き、巨像の動きが止まる。

「今だ!」

 ミカエルの合図で天軍本隊が総攻撃を開始した。それぞれの杖に、剣に、集めたエレメントの魔法を一気に装甲にぶつける。

 眩い光がヘカトンケイルの巨体を包んだ。

「やったか!?」

 ……しかし数瞬後、別の光が迸った。

「空間制御機能、解凍。これより、反撃に転ず」

 鋼鉄の巨像が放つ光の刃は、縦横無尽に空間を切り裂き、翼を刈り取られた天使たちは次々と落下した。

「撤退!」

 ミカエルの叫びを、次なる爆音が打ち消す。

「妨害者を殲滅する」

 聴覚を支配する起動音。怪物の胸に青い光が収束する。

「焼き尽くせ、ケラウノス!」

 声が轟き、稲妻が迸った。落雷を受けたヘカトンケイルは、感電し動きを止めた。その周囲に巨大な楔が穿たれる。楔の檻で囲む格好だ。

「この隙に撤退するといい」

 天空神がミカエルを見下ろした。

「感謝します、ゼウス様」




 負傷した天兵たちは神殿に集められた。ラファエルとウリエルが治療に当たる。

 ミカエルとガブリエルはゼウスの前に畏まった。

「お見苦しい所を……」

「いや、あの怪物相手によくやってくれた。おかげで何とか動きは封じられたわい」

 彼方に見える神像は、絶対防御領域の中で青く輝いている。感電から復旧すれば、檻を破ってこちらに向かって来るだろう。

「あれを倒す策はおありで?」

 ミカエルに問われ、ゼウスは顎を撫でた。

「弱点は分かった。胸に光を集めるあの攻撃に入る際に一瞬、絶対防御が弱くなる。

 だが、奴はこれから警戒し、弱点を見せぬじゃろう。奴を激昂させるには、神の力のみでは足らぬ」

「つまり、魔と竜と、力を合わせるって事だね」

 仕事を終えたラファエルがやって来た。

「そんな事を天位議会が許すとは……」

「天位議会の意地と世界の維持と、どちらが大事かな?」

 ゼウスに問われ、ミカエルとガブリエルは顔を見合わせた。

「そろそろ、奴らも動き出すじゃろ」





「……ねぇ、ルシファー」

 七罪を集め、サタンがニヤリと口を開いた。

「天界が大変な事になってるみたいじゃない?」

「誰から情報を?」

 ベルゼブブが射るような目をサタンに向ける。

「冥界よ。オリュンポスを張ってるスパイからの情報だから確かだわ。さすがのハデスも動くみたいね」

「でもアタシらには関係ないでしょ」

 ベルフェゴールが気だるそうに欠伸をする。

「何言ってるのよ、天界を落とすなら今がチャンスって事。ヘカトンケイルと天軍が遊んでる今なら……」

「ヘカトンケイル?」

 ルシファーが眉を寄せる。

「そう、封印されていたあの怪物が暴れ出したの。だから……」

 ルシファーは立ち上がり、サタンの言葉を遮った。

「全軍でオリュンポスに向かう」

「え? 行先が違うんじゃない?」

「敵はヘカトンケイルだ」

 退席するルシファーの背を眺めて、サタンは舌打ちした。

「堕天使であるルシファー様は天界の秘密をご存知だ。熟考がおありなのだ」

 ベルゼブブはサタンを一瞥し、出兵の準備に向かった。

 その後ろ姿に、サタンは燃える視線を投げた。

「タダじゃ帰らないから」




 

 一方、オリュンポスではある作戦が試行されていた。

 復旧したヘカトンケイルは、楔をへし折り檻を出る。

 そこに現れたのがミューズである。マイクを手にヘカトンケイルに向き合う。だが、歌を披露する訳ではない。

「自動制御解除、絶対防御を停止する」

 落ち着いた美声が告げる。ヘカトンケイルのアナウンスを担当したミューズが指示を出せば、構造上言う事を聞くかもしれない、というニコのアイデアだ。

「どうかうまくいきますようにっ!」

 自称・天才発明家の少女は、背負った『ワット』の指を組んで祈りのボーズを取った。

 ──神像は動きを止めた。起動音が停止し、絶対防御領域が縮小していく。

「やったか!」

 ゼウスも身を乗り出した。やがて、青い光が巨体の中に収縮し、ヘカトンケイルは完全に停止したかに見えた。

「今だ!」

 天軍が攻勢に出る。全力の魔法を一点に集中させる。これだけの攻撃を浴びれば、さすがの巨像も粉砕されるだろう。

 ──ところが。

「小賢しい」

 男の声が響いた。同時にヘカトンケイルは光を取り戻し、急速に広がる絶対防御領域が全ての魔法を弾き返した。

「知ってたか? 手動でも動くんだぜ」

「……ヘパイストスめ」

 ゼウスは声に気付いた。彼の愚息は、無数の腕で天軍を蹴散らし、神殿の目の前にやって来た。

「息子が帰って来たのに歓迎は無いのか」

 機械を通した声が響く。恐らくヘパイストスは、この巨像の内部に居るのだろう。

「アフロディテを返して貰おう」

「断る」

 毅然と見返す父に、ヘパイストスは声を荒らげた。

「でなければ、オリュンポスを貴様諸共踏み潰すまでだ」

「ほう、面白い。やって見せろよ」

 その声に注目が集まる。その先に、戦神アレスが立ち塞がっていた。

「まず冥界軍が相手になるぜ」

 ヘカトンケイルが動いた。巨大な拳が振り下ろされ、轟音と共に地割れが走る。──と同時に、何かが弾けた。

「うがっ!」

 突き上げる爆風を食らい、ヘカトンケイルの巨体が吹き飛んだ。

「何じゃ? 何が起こった?」

「罠だ」

 ゼウスの背後に、冥王ハデスが現れた。

「受けた力を何倍にもして弾き返す。見ていろ、冥界のやり方を」

 二人の前に、闇の蟲(シャドウワーム)を従えた女がやって来た。

「やれやれ、出張手当は出るんでしょうか」

 オルプネーが手をかざす。すると、青い光が蟲の口に吸い込まれていく。

「あの蟲の体内は異次元だ。力を吸い取れば、あの怪物と言えど動けまい」

 ハデスの見やる先で、だがヘカトンケイルは攻勢に転じた。

「バカめ。こいつの動力炉は無限なんだよ!」

 ヘカトンケイルがオルプネーに腕を伸ばす。そこへ双刃が飛んだ。切断された手首に火花が散る。

「大丈夫か?」

「エムプーサ、助かりました」

 黒い影はオルプネーを抱き上げ走り去る。

「貴様!」

 ヘパイストスの怒声が響く。

「全てをブッ潰してやる!」

 空間制御装置が唸りを上げる。周囲の岩や木々が宙に浮く。重力を操り、巨体が浮き上がる。


「残念だったな!」

 空の彼方から彗星が落ちた。翡翠色の光は、巨像に体当たりをして叩き落とした。

「……何だてめぇ」

「リンドヴルム。オセロニア界最速の竜よ」

「ブレネリヒトに呼ばれた。力を貸そう」

 ゼウスの隣に来たデネヴの視線の先に、空を染める竜の群れが現れた。雄大な翼は巨像を取り巻き、激しいブレスで防御領域を侵食していく。

「その程度で俺の神器がやられるとでも?」

 ヘカトンケイルの腕が伸びる。その時、下から激しい炎が立ち上がった。

「上に気を取られているうちに、火炎領域を張ってやったわ!」

「やっちゃえ、チュプー!」

 コルヌゲーラとテュポーンの放つ炎は、防御領域を突破し巨体を包む。

「やはりな。空間は防御できても、地面からの攻撃は防御できないようだ」

「おまえの策か?」

 竜使いはハデスにウインクで返答した。

「さて、仕上げといくか」


「くそおおお!」

 激昂したヘパイストスが攻撃モードに切り替える。胸に光を集め、渾身のビームが地を薙ぐ。その時──

「この時を待っていた」

 天から一筋の光が落ちる。螺旋の槍は弱まった防御領域を貫通し、ヘカトンケイルの動力炉を貫いた。

「ギィヤアアア!!」

 空間制御を完全に失った神像は、崩れ落ちバラバラに分解した。


「……ルシファー!」

 一同が見上げる中を、六双の翼がゆっくりと舞い降りた。

「事は終わった。帰るとしよう」

 その背中に、ミカエルが声を掛ける。

「天界に、戻る気はないか?」

 だが闇色の瞳は返答せず、魔の軍勢を率いて去って行った。

「……さて、我々の仕事はまだ残っている」

 ゼウスは険しい目をした。




 命からがら逃げ出したヘパイストスは、オリュンポス軍から逃れるべく身を隠していた。

「……見ぃつけた」

 背後から声を掛けられ、ハッと振り向いた先に、鋭い角の魔王が立っていた。

「でもね、見逃してア・ゲ・ル」

 サタンはニヤリと敗者を見下ろした。

「その代わり、アレを復元するの。で、アフロディテを取り返すのよ」

「……なぜだ?」

「だって、みんなが力を合わせて悪に勝ちました、なんて大円団(ハッピーエンド)、面白くないじゃない」

 鋭い爪がヘパイストスの顎を撫でる。

「次は、もっと頑丈に作るのよ」

「誰だ?」

 オリュンポス兵の槍が魔王に向けられる。

「話の邪魔をされるのは嫌いなの」

 不運な兵士は、憤怒の炎に跡形もなく焼き尽くされた。

「約束よ」

 深淵の炎を宿す瞳に見据えられ、ヘパイストスは恐怖のあまり、首を縦に振るしかなかった。




「──アフロディテはやらん」

 ハデスにそう告げ、ゼウスは背を向けた。

「くれとは言っていない」

 冥王は鋭い視線を去り行く弟に投げた。

「奪い取ってやる」




「……本当に良かったので? ルシファー様」

「何がだ」

「その、天界に、戻られる事は……」

「無い」

 七罪の長は、ベルゼブブの不安げな目を見下ろして微笑んだ。

「この世界を変えるまで、私は闇と共にある」

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