花会一夜【作・エイル】
夜半過ぎ、とある神社の社にて花会が催されていた。主催するはこの神社にて祀られる神が一柱、疫病神の冥美である。
「花会」という言葉にはいくつかの意味がある。生け花を飾り愛でる花会の時もあれば、関係各所に手回しして臨時で開く賭場・花会などを意味する場合もある。「花を愛でる会」という意味では両者に大した違いはない。少しばかり魅せ方が違うだけなのだと今日の主催は話す。
では今回はどちらなのか。表向きは儚い月に照らされた草花を愛でる風流な会、実態は知る人ぞ知る花札を嗜む場である。もちろん会場には雅な生花が至る所に飾られており、御用改への対応も万全である。要は警吏の目を掻い潜って開かれた違法な賭場、それが今日の花会なのである。
「はい、これであがりです。『花見で一杯』と『カス』で十四点です」
会場の隅の場で冥美が宣言する。相手の貧乏神は軽く舌打ちしながら点棒を支払う。
「ちっ、相変わらず強えなぁ。もうちょっと手加減してくれてもいいじゃねえかよぉ」
「だったらもっと精進なさい。もっとやりようはあるでしょう?」
「俺も色々試してるんだがねぇ……」
ガシャガシャと札をかき混ぜながら感想戦をする二人。その傍の点棒の差から互いの実力差が容易に推し量れる。本来であれば尻尾を巻いて逃げ出すほどの圧倒的な力量差。それでも貧乏神が諦めないのは、これまでに何度か勝ちが回ってきていたから、そして惜しくも後一歩で逃した試合が幾度となくあったからだ。しかしこれらは全て冥美の手のひらの上であったことを貧乏神は知らない。もちろん貧乏神が何かと頑張っている諸々の策も全て筒抜けである。何度か権能を解放された時もあったが、貧乏神よりよっぽど祀られている疫病神にとって弾くのは造作もないことである。その度に周囲の卓に少々とは言えない程度には被害が及んでいたのは……まぁみなかったことにしよう。
(まぁ、ここまでやりやすい相手もそういないんですけど)
冥美は内心嘆息しながらかき混ぜた札をまとめ始める。あらかた札を整え終わり再び配り出そうとすると、少し離れた席から男女二人の客がやってきた。男の方はきちんと身なりを整えた誠実そうな青年で、はっきりいってこの場にそぐわない。一方女の方はというと色気をたっぷりと振り撒いており、常に妖艶な笑みを浮かべている。
「おや、随分と珍しい組み合わせですね。初めての方ですか?」
冥美が尋ねると男が爽やかに応えた。
「えぇ。花札自体は以前から嗜んでいまして、だったらこういう場に参加してみないかと彼女に誘われたのです。金銭をかけるのは最初はやや気が引けましたが、今までにない緊張感を持ててとても楽しませてもらっていますよ」
「そうですか。それは主催としても喜ばしい限りです」
そして冥美はちらりと女に視線をやる。冥美がこの会に招いた人物はそう多くなく、同伴者含めほぼ全てが顔見知りである。目の前の男のように全く知らない者が参加するのはごく稀であり、まして見知らぬ女が限られた招待状を手にすることはありえない。その容姿にこそ覚えはなかったが、その正体を見抜くことは冥美にとってさほど難しいことではない。
(詰まるところ、この男がこの淫魔の次の搾取対象なのだろう)
随分と冷ややかな目線を受けても女は全く動じない。それどころか挑戦的な視線を返すあたりはさすがというべきか。とはいえ賭場は彼女の本領発揮の場ではない。わざわざ男を連れてきた目的を冥美ははかりかねていた。
「もうお帰りになられますか?でしたら精算の方をさせていただきますが」
「そうですね、ではそろそろ——」
「あらぁ、もうやめちゃうの?夜はまだまだこれからよ?それに今日はだいぶ調子もいいんでしょう?」
女、もといサキュパスの甘い誘惑が男を包み込む。
「い、いやしかしだね、引き際も肝心というかなんというか、それに遅すぎると宿にも迷惑がかかるし、明日のために早めに休んだほうが——」
「流れに乗るのも大事でしょう?それに安心して?あそこは夜遅くなっても問題ないわよ。そもそも私といながら早く帰って寝ちゃうなんてこと、するはずがないわよね?」
言いよる女とたじろぐ男。イチャイチャする二人を冥美は白い目で見ていた。
「それで?どうなさいますか?よろしければ私共がお相手しましょうか?」
「あら、じゃあお願いしようかしら。ね、いいでしょ?」
「し、仕方ないな……少しだけだぞ?」
甘ったるい空間は苦手だがこれも仕事。それに、目の前のかもをみすみす逃す理由はない。
「ではこちらにお座りください。四人ですので、花合わせなどいかがでしょうか」
「……え、俺もかよ!?」
貧乏神の懸命な抗議は黙殺された。
それから30分後。
「いやぁ貴方もなかなかやりますな。私、そんなに役を揃えられたことなどありませんよ?」
「いやいやいや。俺よりあんたの方がちょいとばかし点数高いじゃないか」
「ははは、たまたま運が良かっただけですよ」
男連中は和やかに談笑していた。一方の冥美とサキュパスはというと、
(この淫魔……)
(ふうん?なかなかやるじゃない?)
密かに睨み合いをしていた。
「えぇと、冥美さん、でしたっけ?一応確認しとくけど、イカサマの類は一切してないのよね?」
「本会の規約をご覧になっておりませんか?『不正が発覚した場合は厳罰に処す』とあります。具体的に申しますと、私共で運命力を吸収させていただきます。もちろんこれは私ども主催側にも適用いたしますし、残念ながら実例もございます。このような致命的な罰があるといいますのに、安易に一線を踏み越えるなんて考えられないでしょう?お疑いでしたら札の方を交換させましょうか?」
「そこまでしなくていいわ。疑ってごめんなさいね?」
事実使われている札には一切の細工はない。しかし実際にはかき混ぜた札をまとめる際に札順を入れ替えたり山から札を取る際にこっそり手札と交換したりといったことは当然のように行われている。この花会は『発覚した』不正については厳しいが、裏を返せば告発さえなければあらゆる行為が黙認されている。流石にあからさまだったり大仰だったりするものは許容されないが、よほどでない限りは参加者の中でも黙認することが暗黙の了解となっている。先程の貧乏神のようにこの場で修練を積む者も少なくなく、格好の餌食にできることも相まってそういったものには寛容である参加者がほとんどである。そのため冥美の花会は一部では「イカサマが楽しめる賭場」としても知られていた。
そして現在同じ卓を囲む冥美とサキュパスは、今日の参加者の中でも圧倒的な実力を持つ手練である。他者の思考感情を読むのに長けたこの二人であれば本来小細工などせずとも余程のことがない限り負けることはない。そんな二人が相方を補助しつつ互いの策を潰し合う熾烈な戦いを繰り広げていたことに男連中は一切気づいていない。貧乏神は冥美の雰囲気に気圧されて花合わせが始まってから一切の小細工を弄していないし、もう一人はというとそもそもイカサマをするという発想を持ち合わせていなかった。
「あぁ、最後にいい試合ができたよ。ありがとうございます」
「……えぇ、楽しんでもらえたら何よりです」
清々しい顔の男の精算を済ませる間も、冥美とサキュパスは互いの警戒を止めなかった。去り際、男が出口の角を曲がった時、サキュパスはチラリと見送りに来た冥美を振り返った。
「随分と楽しい夜だったわ。気が乗ったらまた来るわね」
「えぇ。お待ちしております」
月夜に映える不敵な笑みは、今宵のどの花よりも生き生きとしたものだった。




