↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノベロニア・アンソロジー【第一章・第二章 合併版】  作者: ノベロニア・アンソロジー実行委員会
■■■ ノベロニア・アンソロジー【第弐章】 ■■■
PR
16/29

オルプネー、買い物に行く。──極拉麺道──【作・山岸マロニィ】

挿絵(By みてみん)


 魔界からの使者を迎えるとあって、冥府には緊張が走っていた。

 冥府の扉番ヘカテー、冥府軍隊長テネブライの間を通り過ぎる、黒いフードを被った女。彼女を冥府の王ハデスの元へと案内するのが、オルプネーの仕事である。

 ──こんな時に何の用かしら。今日も仕事が忙しいのに。

 オルプネーは言葉を飲み込んで、はぁと小さくため息を吐いた。


 玉座に座すハデスの前に、使者はひざまずき畏まった。

「七罪の使者とは、一体何用だ?」

 ハデスの問い掛けに、使者はフードから顔を覗かせた。

「ボクちゃんはねぇ、ネルガルって名前なんだよぉ。ベルゼ様のお使いで来たんだよぉ」

 その言葉遣いに「は?」という表情をしたのは、オルプネーだけではないはずだ。ハデスの表情に険が走る。

 しかし、ネルガルは構わず続ける。

「なんかねぇ、ルシファー様が最近元気ないんだって。だからぁ、元気付けるために、パーッとパーティーをしたいんだよねぇ」

「だから何だ?」

 苛立ちを隠せないハデスの口調は、冥府の者たちにとっては震え上がるほど恐ろしいものだ。しかし、ネルガルは全く意に介さず、ニヤニヤと薄笑いを浮かべて答えた。

「盛り上がった方がいいからねぇ、パーティーを一緒にやらない? っていう、お誘いなんだよぉ」

「断る」

 目を細めたハデスは、強い口調で続けた。

「七罪で勝手にやればいいだろう」

「七罪と言ってもね、半分どっかに行っちゃって連絡が取れないんだよぉ」

「そんな事は知らん」

「もしかしたら、ルシファー様が、自分が嫌われてるからみんな魔界に寄り付かない、とか思ってるといけないから、大勢が集まった、賑やかなパーティーで励ましたいんだよねぇ」

「冥界には関わりの無い事だ」

 ハデスは立ち上がった。

「準備が面倒だから、我々に手伝わせようとしているのだろう。確かに、我が配下の者たちはこの上なく優秀だ。パーティーの準備など、あっという間に済ませるだろう。しかし、我々は魔界と違って多忙なのだ。そんな児戯に付き合う暇などない!」

「あら、パーティーですか。よろしいんじゃありません?」

 そこへやって来たのは、冥府の妃ペルセポネだ。

「たまには賑やかに楽しみたいですわ」

「今まさにそう言おうと思っていたところだ」

 ハデスの発言にポカンとしたのは、オルプネーだけではない。ネルガルまでもが呆気に取られた表情を浮かべている。

「冥府軍総力を挙げてパーティーに協力する」

「……はぁ」

「パーティーの成功は確約された。安心するがいい」

「…………」


 ハデスの過剰な愛妻家ぶりは、今に始まった事ではない。それが彼の長所でもあると、冥府の者たちは理解していた。──血気に逸るテネブライやアレスなどは、それを些か不満に思っているようだが。

 だから、ハデスの気変わりはいつもの事だと、冥府の面々は粛々と準備に取り掛かった。

 そして、事務を仕切るオルプネーが計画書の作成や人員配置を担当するのは、自然な流れだった。

「はぁ……、パーティーですか。しばらく参加した事がありませんので、どのような計画を練ればよいのやら……」

 事務所にやって来たネルガルが、白紙の計画書を眺めながらニヤリとした。

「ベルゼ様はねぇ、サプライズでルシファー様を喜ばせたいんだって」

「サプライズ、ですか」

 オルプネーはあごに手を当てた。

「プレゼント、という事でしょうか?」

「そうだねぇ、特別なプレゼントとか、いいんじゃないのぉ?」

 オルプネーは窓の外を見た。冥府軍は会場の設営の準備、ヘカテーとガルムは会場に掲げる看板を描いている。

「買い物は、私がやらなければならないようですね」

 オルプネーははぁとため息を吐いた。


 買い物先は、スー商会が経営する巨大ショッピングモールだ。食品から衣料、雑貨に至るまで、何でも揃う。

 ……しかし、黒の大地に於いてこの物資はかなり貴重なものであり、価格も高価なため、ここで買い物ができるのは、ごく限られた階級層のみだ。

 シャドウワームとエレシュキガルをキッズルームに預けて、オルプネーとネルガルは煌びやかに飾られた通路を進む。

「たまにはショッピングもいいものですね」

 流行りのファッションや可愛らしい雑貨を眺めていると、ウキウキした気分になる。けれど、今日の買い物は自分のためではない。ルシファーが好みそうな物を選びに来たのだ。しかし……

「魔界の殿方が喜びそうな物など、私には想像がつきません」

「ボクちゃんねぇ……」

 ネルガルがニヤリとオルプネーを見た。

「スパイだから、ルシファー様の大好きなモノ、知ってるんだよぉ」

「なら、早く教えてください」

「でもね、スパイだから、タダじゃ教えてあげられないんだよねぇ」

 さすがのオルプネーもイラッときた。

「お金は依頼人のベルゼブブ様に貰ってください」

「そう言わずに……ねぇ?」

 ネルガルは視線で、通路の先のカフェを示した。オルプネーはため息を吐いた。

「このくらいなら、領収書を切ってもいいでしょうか」


 パンケーキとフルーツパフェとクリームソーダを前にして、ネルガルが満面の笑みを浮かべた。

「お腹が冷えますよ」

 オルプネーは紅茶にミルクを入れてかき混ぜる。

「で、ルシファー様の好きなものとは?」

「あのね……」




 ルシファーが『ルシフェル』と名乗っていた頃の話。

 現在もだが、天軍には、四大天使をはじめ、女性の天使が圧倒的に多く、男性の天使というのは、些か肩身の狭い思いを強いられていた。

 天軍の長という立場にはあるが、プライベートな事となると、天使たちの輪にはどうにも入りにくい。

 そして、そういう思いをしている天使がもう一人。──ファヌエルだ。

 特に気が合うという事もないが、何となく、二人で顔を合わせる事が多かった。

 そんなある時。突然、ルシフェルが自宅にファヌエルを誘ってきた。

 驚いたファヌエルだが、上司の誘いを断る訳にはいかない。私用との事なので、エスペランサたちを撒いて、ルシフェル宅に向かうと……。

「ラーメンだ」

 ファヌエルは差し出された麺料理を見て戸惑った。

「……ラーメン、とは?」

「所用で東方に赴いた時に口にして、あまりの美味さに心を奪われた。しかし、天界にはラーメン屋がない。だから作った」

 食べろ。言われてファヌエルは、ラーメンに箸をつけた。──味がない。ふにゃふにゃした麺はふやけていて、決して美味いと言える代物ではない。

「どうだ?」

 感想を聞かれ、ファヌエルは迷った挙句、正直に答えた。

「私は、もう少しの濃いめの味付けで、固めの麺が好みです」

 怒らせるかと思ったが、ルシフェルはニコリと微笑んだ。

「私もそう思う」

「…………」

「何度か試してみたが、あの味の再現には至っていない」

 試食をし過ぎて味覚に自信がなくなったため、ファヌエルを呼んだらしい。

「おまえの舌は信用できる。どうだ? 一緒にラーメンを作らないか?」


 ──こうして、『天軍ラーメン部』が地味に発足した。




「……それで、どうなったの?」

 七罪の長の思わぬ素顔は、オルプネーにも興味深かった。

「かなりいいとこまで完成させたらしいんだけどねぇ。ルシファー様が堕天しちゃったから、ラーメン部も廃部になったらしいんだぁ」

 そして、黒の大地である。ただでさえ食糧に限りがある地域であり、ラーメンの材料など容易く手に入らない。

「じゃあ、ラーメンを用意すれば……」

「ルシファー様は歓喜されるんじゃないかなぁ」

 パーティーの方向性は決まった。オルプネーはミルクティーに口をつけた。


 すぐさま、スー商会を通して材料や器具を発注する。

「どうせなら、会場もラーメン屋の雰囲気にしちゃおうよ!」

 ガルムの提案で、パイプの折り畳みテーブルと丸椅子も大量に注文した。

 ヘカテーはその達筆を生かして、メニュー表を作成する。それらを経年と脂で汚れた雰囲気に加工するこだわり様だ。


 その頃、計画書を見たサタンがやって来た。

「何? アタシがラーメンを作る係?」

「料理は火加減が重要なんです。ですから、サタン様が適任なんですよ」

「責任重大じゃないの」

 憤怒の魔王の前で、講師となるラーメン屋の店主が震え上がっている。


「準備は進んでいるようだな」

 ベルゼブブも監督に来た。

「ハデス様には感謝の言葉もありません」

 殊勝に頭を下げるベルゼブブに、ハデスは注意した。

「蠅取り紙に、お主の眷属が引っかかっているぞ」

「あらあら」

 にこやかに笑うペルセポネを見て、ハデスは満足そうだ。


 ──こうして、パーティーの準備は着々と進み、当日──。


 会場に入ったルシファーは目を輝かせた。

「これは……」

「ルシファー様が以前行かれたラーメン店を調べ、その様子を再現いたしました」

 ベルゼブブが恭しく席へ導いた。……その店を探すのに苦労したんですよ、オルプネーは心の中でため息を吐いた。

「らっしゃっせー! 何にします?」

 カウンターの向こうで、『極拉麺道』のロゴの入ったTシャツをキメたサタンが前掛けで手を拭く。

「……濃厚豚骨醤油コーンバターをひとつ。ネギ抜きニンニク増し、キムチをトッピングで」

「かしこまりぃ~!」

 サタンは手際よく寸胴に向き合う。その様子を、厨房の隅で店主が見守る。弟子を仕込む師匠の顔だ。

「へい、お待ちー!」

 差し出された丼を見て、ルシファーの表情が緩んだ。細麺を包み込む濃厚なスープ、艶めかしく彩る背脂、肉汁を湛える焼豚、そして、食欲を刺激する匂い──。

「いただきます」

 ルシファーは箸を付け、麺を啜った。

「……この味だ」

 その言葉で、会場は歓喜に沸いた。サタンと店主は抱き合い、ベルゼブブとヘカテーはハイタッチをし、オルプネーとネルガルは固い握手を交わした。

「まだまだあるわよ! みんな座んなさい」

 サタンと店主が腕を振るう。

「忙しいんだけど」

「あたしなんかが運ぶとマズくなるわよ」

 サタンと同じ格好のベルフェゴールとレビヤタンが、文句を言いつつトレイを運ぶ。

「アンタたち、何にもしてないんだから、そのくらいやりなさいよ」

 オルプネーの前にも丼が運ばれてきた。豚骨ベースのクセのある風味をバターの滑らかさが中和し、コーンの甘みとキムチの辛さの反比例が、絶妙な味わいを醸し出している。これまでの苦労が吹き飛ぶ美味さだ。

「何これ、美味しい」

 隣でネルガルが素になって麺を啜る。


「──さて」

 突然ルシファーが立ち上がった。

「ラーメンはそれだけでも完成した料理だ。だが、これにあるものを合わせると、更なる高みへ昇華する。それを披露しよう」

 ルシファーは厨房に入り、恐れ入る店主から材料を受け取ると、何やら作り始めた。ジュージュー焼ける音と香ばしい香り。

 皿に盛られて運ばれてきたのは、餃子と、ご飯。

「麺を食べ終わり残ったスープにご飯を入れる。おじやにすれば、スープも無駄なく楽しめる。餃子と合わせれば、まさに無敵だ」

 会場に歓声が上がる。

「ルシファー様……、最高です……」

 夢見心地のベルゼブブの箸が止まらない。

「おかわり!」

「はーい。……って、アタシにも残しときなさいよ。売り切れたりしたら、店ごと燃やすわよ」

 会場に笑い声が飛び交う。

 ──こういうのを、楽しいと言うのかしら。オルプネーは穏やかな気持ちで箸を置いた。

「ご馳走さまでした」




 ──その頃、ファヌエルは空を見ていた。

 常に青く輝く空は、白い雲を穏やかに浮かべている。

 このように平和で満たされているのに、何かが足りない。

 今でも、ふと思い出す。……あの味。

 『ラーメン部』などという児戯に等しいものだったが、彼が熱中するには充分な魅力があった。

 エスペランサたちの目を盗み、ルシフェル宅のキッチンに通った。あり合わせの材料でいかに目的の味に近付けるか。試行錯誤に熱中する時間は、全ての虚しさを忘れられる貴重な時間だった。

 ファヌエル自身は「ラーメン」というものを知らないのだが、ルシフェルの熱意でそのイメージが伝わり、一度でいいから本物を食べてみたいと思いながら、その思いは叶えられないでいる。


「……ファヌエル様」

 振り向くと、エスペランサたちが畏まっている。

「どうしたのです?」

「近頃、お元気があられないご様子が気になりまして……」

「調べさせていただきました」

「……ラーメン部の事を」

 ファヌエルは猛烈に照れ臭くなった。

「あ、あれは、当時の上司であったルシフェル様の付き合いで仕方なく……」

 しどろもどろなファヌエルの前に、エスペランサたちが何かを差し出した。

「……こ、これは!」

「東方より特別に取り寄せました」

「カップラーメンでございます」

「しかも、〇ちゃん製麺の本格中華食堂シリーズではないか!」

「塩、醤油、味噌、豚骨、全て取り揃えてございます」

 早速湯を沸かし、注ぎ入れて三分待つ。この時間が実にもどかしい。思わず手を伸ばし、エスペランサにたしなめられる。

「まだ二分二十秒です」

「このカップラーメンは二分三十秒が最高のタイミングなのだと聞きました。……もういいでしょう」

 蓋を開ける。強い主張の香りが嗅覚を刺激する。

「いただきます」

 箸に絡む縮れ麺を口に運べば、ルシフェルの笑顔とあの時の味を思い出す。

「美味しいです」

 私は幸せ者だ。良い部下を持った。

 ルシフェルは、今頃どうしているだろうか? 日の当たらない大地で、日々、鬱屈とした心持ちを持て余しているのではないか。

 また一緒に、ラーメンを作りたいものだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。