第11話「屋根の上の皇帝と雪解けの牡丹鍋」
灰色の雲が数日にわたって辺境の村を覆い尽くし、音もなく降り続いた雪は家々の屋根に重くのしかかっていた。
一晩で大人の腰の高さまで積もることも珍しくないこの時期、村人たちにとって最も恐ろしいのは雪の重みによる家屋の倒壊だ。
朝の冷たい空気を切り裂くように、村の広場の方から切羽詰まった声が聞こえてきた。
レオは厨房の窓の霜を手のひらで溶かし、外の様子をうかがう。
深い雪に足を取られながら、村の長老が数人の若者とともに顔を真っ青にして集まっているのが見えた。
どうやら、村外れにある古い納屋の屋根が雪の重みでたわみ始め、今にも崩れ落ちそうになっているらしい。
高齢の者が多いこの村では、屋根に上って雪を下ろす重労働は常に人手不足だった。
レオが心配そうに窓の外を見つめていると、背後で重い足音が響いた。
振り返ると、分厚い革の外套を羽織り、手に大きな鉄のスコップを握りしめたアレクが立っている。
「どうしたの、アレク。政務の時間はまだ……」
「村の家が潰れかかっているのに、暖かい部屋で書類を眺めているわけにはいかない」
彼は迷いのない足取りで土間へ下り、革の長靴に足を入れた。
皇帝の離宮としてこの家を定めて以来、彼は宿場町に待機させている近衛兵たちにも、村の有事には手を貸すよう命じている。
だが、自らが真っ先に泥と雪にまみれることを、彼は少しも厭わなかった。
「すぐ戻る。昼食は遅れても構わない」
短く言い残し、アレクは重い木の扉を押し開けて猛吹雪の余波が残る外へと飛び出していった。
彼の広い背中が白銀の世界に吸い込まれていくのを見送り、レオは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
権力で人を動かすのではなく、自らの力で人を守ろうとする。
それが、アレクという男の本来の姿なのだ。
昼過ぎになり、村の広場の方から大きな歓声が上がった。
レオが外套を羽織って外へ出てみると、危機に瀕していた納屋の屋根から、巨大な雪の塊が次々と地面へ落とされているところだった。
屋根の上には、近衛兵たちに混じって、上着を脱ぎ捨てて薄手のシャツ一枚になったアレクが立っている。
彼の強靭な腕がスコップを振るうたび、重く湿った雪が面白いように宙を舞い、眼下の雪山へと吸い込まれていった。
氷点下の寒さだというのに、彼の体からは白い湯気が立ち上っている。
村人たちは初め、皇帝である彼が直々に力仕事を買って出たことに恐縮し、遠巻きに見守るだけだった。
しかし、誰よりも早く、そして正確に屋根の雪を払い落としていくその姿に、次第に畏れは純粋な敬意と親愛へと変わっていったのだ。
長老が深々と頭を下げ、村の若者たちが彼を手伝おうとスコップを手に走り寄る。
身分という見えない壁が、アレクの流す汗と確かな行動によって、雪解けのように崩れ去っていく瞬間だった。
レオはその光景をしばらく見つめた後、静かに家へと戻った。
冷え切った体で帰ってくる彼のために、今日は特別に体の芯から温まる料理を作らなければならない。
厨房に戻ると、裏口の扉が控えめに叩かれた。
開けると、村の猟師の青年が、麻袋を抱えて雪まみれで立っていた。
「レオさん。これ、陛下への……いや、アレクさんへのお礼です。村のみんなを助けてもらったから」
青年が差し出した麻袋の中には、仕留めたばかりの冬の猪の肉がたっぷりと入っていた。
厳しい寒さを乗り越えるために分厚い脂肪を蓄えた、見事な真紅の赤身と純白の脂身の層だ。
さらに、青年の背中の籠からは、村で三年寝かせたという秘伝の熟成味噌が入った小さな樽が手渡された。
「ありがとう。彼も絶対に喜ぶよ」
レオが深く頭を下げて受け取ると、青年は照れくさそうに笑って雪の中へと帰っていった。
村人たちがアレクを皇帝としてではなく、同じ村の仲間として受け入れてくれた証だった。
レオはさっそく、猪の肉を大きなまな板の上に乗せた。
肉は冷たく引き締まり、刃を当てると微かな抵抗とともに美しい断面が姿を現す。
赤身と脂身の境目が鮮やかな牡丹の花のように見えることから、この肉を使った鍋は特別なご馳走として知られている。
肉を薄く、しかし食べ応えのある厚さに切り分け、大きな木の皿に花びらのように並べていく。
次に、もらった熟成味噌の樽を開けた。
深い焦げ茶色をした味噌からは、大豆が長い年月をかけて発酵した、えぐみのない芳醇で丸みのある香りが漂ってくる。
大きな鉄鍋に昆布で引いた出汁を張り、裏庭の洞窟で採れた甘みの強い根菜と、太い葱をたっぷりと放り込んだ。
薪ストーブの火で鍋が沸き立つと、そこに熟成味噌を丁寧に溶き入れる。
味噌が熱に触れた瞬間、香ばしく深いコクのある匂いが厨房いっぱいに弾け飛んだ。
夕暮れ時になり、ようやくアレクが帰還した。
彼の髪は雪と汗で濡れ、外套には土と泥の跡が残っている。
だが、その表情は充実感に満ちており、琥珀色の瞳は清々しい光を帯びていた。
「遅くなった。村の家々の雪下ろしは、すべて終わらせてきたぞ」
彼が革靴を脱ぎながら言うと、レオは温かい布巾を差し出した。
「お疲れ様。村のみんなが、君に心から感謝していたよ」
アレクは布巾で顔を拭い、照れ隠しのように小さく息を吐いた。
「皇帝としてではなく、俺自身の腕力で誰かを助けられたのは、初めてかもしれない。不思議と、悪くない気分だ」
彼から漂う森のような香りが、汗の匂いと混じって、より一層力強く男らしい気配となってレオの鼻腔をくすぐった。
着替えを済ませたアレクを食卓へ促す。
中央には、赤々と燃える小さな炭火の炉が置かれ、その上で味噌仕立ての鉄鍋が湯気を立てていた。
脇に添えられた牡丹の花のような猪肉の皿を見て、アレクが目を丸くする。
「これは、猪の肉か」
「村の猟師さんが、君へのお礼にって持ってきてくれたんだ。三年熟成させた特別なお味噌も一緒にね」
レオが微笑みながら、真紅の肉を数枚、沸き立つ鍋の中へ滑り込ませた。
肉の表面が瞬時に白く色を変え、真っ白な脂身が透き通ってちりちりと縮んでいく。
味噌の香ばしい匂いと、猪肉の野性味あふれる香りが混ざり合い、強烈に食欲を刺激した。
火が通った肉を器に取り分け、アレクの前に差し出す。
彼は木の匙で肉とスープをすくい、ゆっくりと口へ運んだ。
「……すごいな。猪の肉特有の臭みが一切なく、脂の甘みが驚くほど深い。それに、この味噌のコクがすべての味を力強くまとめ上げている」
彼は感嘆の声を漏らし、次々と箸を動かして肉を鍋から引き上げていく。
雪下ろしで消費した体力を補うかのように、信じられない速度で平らげていく姿は、見ていて気持ちがいいほどだった。
「体を動かした後の食事は、格別だろう」
「ああ。帝都の宝物庫の金銀財宝よりも、村人からもらったこの肉と味噌の方が、俺にとってははるかに価値がある」
アレクが真っ直ぐな瞳で告げた言葉に、レオは胸の奥が甘く締め付けられた。
彼がこの辺境の村を、そして自分との生活をどれほど深く愛してくれているかが、痛いほどに伝ってくる。
レオも自分の器に肉を取り、その熱さと脂の甘みを噛み締めた。
お腹に落ちた熱が、冷えた体を芯から燃え上がらせていく。
食事を終える頃には、二人の額にはうっすらと汗がにじんでいた。
互いのフェロモンが鍋の熱気とともに立ち上り、甘い果実と深い森の香りが、薪ストーブの暖かい部屋の中で濃密に絡み合う。
アレクが食卓の向こう側から手を伸ばし、レオの指先にそっと触れた。
剣だこのある大きな手から伝わる確かな体温が、レオの心を満たしていく。
外は再び雪が降り始め、世界を白く閉ざしている。
だが、この小さな食堂の中だけは、村人たちとの絆と互いへの深い愛情によって、どんな冬の寒さも寄せ付けない絶対的な温もりに守られていた。




