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どうも!淫魔聖女です!~魔王を倒すためにキスで能力をコピーしていたら最強になったので監視役と結婚して聖女ルートを拒否します~

掲載日:2026/04/15

「陛下、ご安心ください。淫魔サキュバスの性質は、必ずしも淫らな行為を必要としません」


 謁見の間、居並ぶ重鎮たちの視線が私の背中に突き刺さる中、私は堂々と言い放った。

 頭の中には、前世でやり込んだR指定乙女ゲー『淫魔の聖杯』の完璧なデータが並んでいる。


「粘膜接触による魔法伝導率を計算した結果、セックスは不要です。『効率的なキス』さえあれば、私は彼らのスキルをコピーし、魔王を詰ませることができます」


 これが、私がこの詰みゲーの世界で生き残るために弾き出した、最高効率の生存戦略だ。


 「淫魔の聖杯」――それは、かつて私が不眠不休でやり込んだ伝説のR指定乙女ゲームだ。

 内容を端的に言えば、「愛の力(物理)で魔王をフルボッコにする」というパワー系恋愛シミュレーション。

 ヒロインは淫魔として、並み居る美形の騎士や魔術師たちと「そういう行為」に及び、相手のスキルをコピーして自分をバフ盛り最強状態に作り上げる。

 最終的には、まるで御神輿のようにイケメンたちを侍らせて魔王城に乗り込み、エナジードレインで得た最強スキルを連打して魔王をボコボコにして終わるという、絵面的にはもはやどっちが魔王か分からないとんでもないゲームだった。

 だが、この世界の魔王はガチだ。

 ゲーム通りの「攻略人数」と「スキル」を揃えなければ、待っているのは悲惨なバッドエンド。

 だから私は、この謁見の間で最大効率のショートカットを提案したのだ。


「……は?」


 玉座に座る国王陛下が、今日一番の困惑に顔を歪めた。

 周囲の重鎮たちも「セックスは不要」「効率的なキス」というパワーワードを処理しきれず、フリーズしている。


「あの……聖女よ。本来、淫魔の力とは、その、もっと……情熱的な睦み合いの果てに得られるものではなかったか?」

「陛下、それは旧時代の解釈です。魔力結合の本質は、深度ではなく密度。適切な角度と吸引力を維持すれば、接吻のみで十分な『わざマシン』化が可能。あ、いえ、スキルコピーが可能です」

「ええ……」


 陛下が引き気味に視線を彷徨わせた時、私の背後で一人の男が淡々と口を開いた。

 眼鏡の奥の瞳は、これっぽっちも私を聖女として敬っていない。


「……失礼。陛下、発言の許可を」


 そこにいたのは攻略対象の誰でもない、見覚えのない男だった。

 私は一瞬で脳内の『淫魔の聖杯』全キャラ名鑑を検索する。


(……え、誰? 騎士団のモブ? いや、この銀縁眼鏡と冷徹なオーラ……隠しキャラ? いえ、全ルート攻略した私が見逃すはずない。こいつ、原作にいない!)


「陛下。彼女の言うことは、術理と資源管理の観点から言えば極めて合理的です」

「……お主は、王宮魔導監査官のライアスか。確かに、お主以上に魔力効率にうるさい男はおらんが……」

「本来、スキルコピーには膨大な時間と儀式費用、そして兵士の深刻な精神的疲労が伴うとされてきました。ですが、彼女の提案する『接吻による即時抽出』が事実なら、予算を8割削減でき、かつ兵士たちの貞操……コホン、尊厳も最小限の被害で済みます。検討の価値はあるかと」

「……お主、よくそれを真顔で言えるな」

「私は常に最適解を求めているだけです。……そこの聖女、いや淫魔サキュバスよ。お前の理論が机上の空論でないことを、今ここで証明してみせろ」


 ライアスは懐から金時計を取り出し、冷徹に文字盤を弾いた。


「制限時間は30秒。……始めろ」

「う、うーむ……ならば、そこの騎士で試してみるか。おい、カイル。前へ」


「カイル卿、前へ」


 陛下に呼ばれ、一歩前に出たのは、彫刻のように整った顔立ちをした若き騎士だった。

 カイル・ヴァン・ブライト。近衛騎士団の期待の星であり、原作では『不落の盾』と呼ばれる鉄壁の守護スキルを持つメイン攻略対象の一人だ。


(キタキタキタ! カイル卿! 彼の『神速の抜刀術』と『金剛の守護』は、序盤の魔物狩り効率を爆上げしてくれる神スキルなのよね……!)


 私は獲物を定めるハンターの目で彼を見た。

 一方、カイル卿は、淫魔を自称する私の視線に汚らわしいものを見る目と恐怖を綯い交ぜにしている。


「……淫魔よ。国のためとはいえ、貴女のような不埒な存在に……っ」

「いいから黙って、顎引いて。ちょっとあなた、計測開始して」

「了解した。……始め」


 ライアスの冷徹な合図と同時に、私はカイル卿の胸板を掴み、背伸びしてその唇を塞いだ。


「!?!?!?!?!? んんっ!!!」


 カイル卿の全身がビクンと跳ね、あまりの衝撃に目を見開く。

 本来ならここで甘いBGMが流れ、彼の葛藤や羞恥を堪能するシーンなのだが、私の脳内はプログレスバーで埋め尽くされていた。


(……硬い。さすが不落の盾。でもこの角度、ちょっと魔法伝導率が悪いわね。もう少し深く……よし、吸い出し効率アップ)


 カイルの身体が硬直するがおかまいなしだ。

 頭の中のシステムログが、猛烈な勢いでゲージを溜めていく。


[ 進行度:80%... 95%... 100% ]

[ スキル:『神速の抜刀術』を習得しました ]


「……ッ、はぁ、ぁ……っ!!」


 三十秒後。私が唇を離すと、カイル卿は生まれたての小鹿のように膝をつき、肩で荒い息をついていた。頬は真っ赤になり、その瞳には屈辱と、自覚したくない熱が浮かんでいる。


「……ふぅ。ごちそうさまでした」


 私が唇を離すと、カイル卿は魂が抜けたような顔でその場にへたり込んだ。

 乙女ゲーム的な演出なら、ここで彼が「……っ、貴女という人は!」と顔を真っ赤にして叫ぶスチルが入る場面だ。けれど今の私にとって、彼はもうインストール済みのソフトウェアでしかない。


「ライアス、計測結果は?」

「吸い出し開始から完了まで二十八秒。お前の理論通り、粘膜接触による情報の転写は正常に行われたようだ」


 ライアスが手元の記録帳に無機質な数字を書き込む。その隣で、カイル卿が「はぁ、はぁ……」と熱い吐息を漏らしながら私を縋るような目で見つめているが、私は一瞥もくれなかった。


「よし、インストール成功。――見せてあげるわ」


 私は腰の訓練用木剣を抜き、一度も習ったはずのない、だが脳が「知っている」動きで空を斬った。


 シュッ!


 空気が鳴る。カイル卿特有の、目にも止まらぬ鋭い剣閃。


「……ご覧の通りです、陛下。スキルとは本来、一生をかけて磨く唯一無二のもの。ですが、今、私は彼の研鑽を完全にコピーしました。――証明完了です」


 私は剣を鞘に納め、誇らしげに胸を張った。

 静まり返る謁見の間。

 陛下は引きつった笑顔で、ポツリと呟いた。


「……本当に、キスだけで終わったな……」

「はい。さあ陛下、次は誰にします? 魔法師団長? それとも将軍? 効率よく行きましょう、効率よく!」


 私の「ゲーム脳」がフル回転を始める。

 その横で、ライアスが深いため息をつきながら、金時計――ストップウォッチをリセットする音が聞こえた。


「……陛下。検証結果は十分かと。次は『属性魔法』および『広域バフ』のサンプルが必要です。対象の召喚を」


 ライアスの事務的な催促に、陛下は「本当にやるのか……?」と言いたげな顔をしながらも、傍衛の兵に頷いて見せた。

 数分後。

 謁見の間に入ってきたのは、豪奢な杖を携えた神経質そうな美青年と、熊のような体躯を鎧に包んだ屈強な男――魔法師団長ゼノス卿と、騎士団将軍バドック閣下だった。


「陛下、お呼びでしょうか。このゼノス、研究の合間を縫って参じましたが……」

「がっはっは! 演習の途中に急ぎとは、魔王軍に動きでもあったか!」


 原作での彼らは、物語の中盤以降にようやく心を通わせる、いわば「大人の余裕」枠の攻略対象だ。そんな彼らに、陛下はひどく言いづらそうに口を開いた。


「……済まぬ二人とも。これから、聖女に唇を捧げてやってくれ」

「「…………は?」」


 重鎮二人の思考が、同時にフリーズした。

 だが、私には彼らの困惑を待ってあげる余裕なんてない。魔王戦までのスケジュールは過密なのだ。


「はい、魔法師団長。口開けて、あ、いえ、閉じてていいです。じっとしててください」

「な、何を――むぐっ!?」


 魔法師団長、ゼノス卿。原作では『孤高の賢者』と呼ばれ、ヒロインが数多の試練を乗り越えてようやく心を通わせる難攻不落の男。だが、今の私にとっては「広範囲殲滅魔法バースト・フレア」の配布用QRコードに過ぎない。


「……インストール、完了。はい、次! 将軍!」

「ま、待て! 某はこのような――」

「将軍は『全軍鼓舞』のパッシブスキル持ってますよね? 効率的に魔王軍を削るのに必須なんです。失礼します、んんっ」


 王宮の重鎮たちが、次々と私の「事務的接吻」の犠牲になっていく。

 本来なら甘い囁きが交わされるはずの謁見の間は、今や最新OSのアップデート会場のような殺伐とした空気に包まれていた。


「……ライアス、記録は」

「魔法師団長、二十二秒。将軍、十八秒。……お前、少しは躊躇という概念を学んだらどうだ。将軍が顔を真っ赤にして卒倒しかけているぞ」

「いいのよ、スキルは無事に抜けたんだから。さあ陛下、これで王宮内の『必須スキル』は一通り揃いました。これらはあくまで土台。……本番はここからです」


 私は、頬を染めて呆然と立ち尽くす大人たちを背に、陛下へ「次」の要求を突きつけた。


「魔王戦の難易度を確実に下げるには、まだ成長の余地がある、若く希少なスキル持ち……いわゆる『有望株』を今のうちに囲い込む必要があります。――場所は、王立学園。とっとと入学(潜入)の手続きをお願いします。あ、ライアスももちろん付いてくるわよね?」

「……私の本職は魔導監査官だが、これほど不透明かつ破天荒な魔力運用の現場を放っておくわけにもいかないからな。……いいだろう、お前の『記録係』として同行する」


 ライアスが呆れ果てたように金時計を閉じる。

 こうして、本来なら物語のクライマックス近くで攻略するはずの王宮最強陣を「初期装備」として引き連れ、私は次なる獲物……もとい、攻略対象たちが待つ学園へと足を踏み入れることになった。



■■



 王立学園。ここは、将来国を担う若きエリートたちが集う場所であり、原作乙女ゲー『淫魔の聖杯』においては、中盤のメイン舞台となる「スキルの宝庫」である。

 私は今、その大理石の校門の前に立っていた。

 隣には、私を監視し、記録し、教育係という名目で同行する銀縁眼鏡の男――ライアスが立っている。


「……いいか、聖女。ここは戦場ではない。あくまで『学園』だ。あまり露骨に獲物を物色するような目で生徒を見るな。不審者として通報される」

「分かってるわよ。でもライアス、見てよ。あっちの飛竜騎士団の訓練場。あの中に一人だけ『反射速度上昇』のパッシブ持ちがいるわ。あれ、ボス戦の回避にあったら便利だと思うのよね……原作ではなかったスキルの取得をしたら魔王戦がもっと楽になるわ」

「……溜息しか出ん。お前というやつは。飛竜騎士の動体視力をただの人間がコピーしようなど、発想が獣そのものだぞ」


 私たちは「特別講師」と「編入生」という設定でこの学園に潜り込んだ。

 私の目的は、卒業までに残りのメイン攻略対象……もとい、「希少スキル保持者」たちを最短ルートで回収すること。

 ライアスという名の、原作には存在しない「最強のカンニング竹中」を相棒にして。



■■



「失礼します、生徒会長。王宮からの親書を届けに参りました」


 放課後の生徒会室。ターゲットは、学園のアイドル的存在である生徒会長、ルカ・オーウェン。

 原作では「爽やか王道王子様」だが、実は押しに弱いという攻略難易度:低(通称:チョロ枠)のキャラだ。


「ああ、ありがとう。君が噂の編入生――むぐっ!?」


 挨拶もそこそこに、私は彼の豪華なデスクを乗り越え、驚愕に目を見開くルカの唇を奪った。


[ 進行度:100% ]

[ スキル:『王者のカリスマ(精神汚染耐性)』を習得しました ]


「……よし、回収完了。お疲れ様でした」

「……え、あ、あ……っ、き、君……!?」


 顔を真っ赤にして固まるルカ。本来ならここから「君のような情熱的な女性は初めてだ……」という甘いイベントが発生するのだが、私は一秒も無駄にしない。扉の影から、ストップウォッチを片手にしたライアスがヌッと現れた。


「今の接触時間は九秒。……ルカ君、驚かせて済まない。彼女は少し、突発的な魔力暴走を抑えるための特殊な体質でな」

「特殊な……? ですが、今のは……」

「気にするな。……行くぞ、聖女。次は騎士科の訓練場だ」

「本当、あなたって便利ねライアス!」


 ライアスの有能なフォローを背に、私は足早に部屋を出た。ルカが「……魔力暴走……。命懸けの接吻だったのか……?」と勘違いで頬を染めていたが、私は次のわざマシンの選定で頭がいっぱいだった。



■■



「……下品な。平民の血を引く女など、この学園の品位を汚すだけだ」


 案の定、二週目に狙ったアリステア卿は私を蛇蝎のごとく嫌っていた。彼に近付こうとするだけで、反射魔法の障壁が展開される。本来なら三ヶ月かけて彼の孤独に寄り添う必要があるが、私にはライアスがいる。


「アリステア君。君の提出した魔導論文だが……三ページ目の数式に致命的な欠陥がある。放課後、講師室へ来なさい。『再教育』が必要だ」

「な、なんだと……!? 私の理論にミスなど……!」


 放課後。ライアスの「説教(物理的な退路遮断)」によって密室に追い詰められた彼は、逃げ場を失っていた。


「……ライアス先生! 話はまだ終わって――」

「私との話は終わりだ。……次はお前だ、聖女。障壁が再展開される前に終わらせろ」

「了解!」


 私はドアの影から飛び出し、呆然とするアリステアの胸ぐらを掴み、そのプライドごと唇を塞いだ。


[ スキル:『魔力鏡リフレクト』を習得しました ]


「……ふぅ。いい反射だったわ」

「……な、……な、ななな何を……っ!!」

「アリステア君、数式のミスは私の勘違いだった。失礼したな。……行くぞ」


 ライアスが冷たく言い捨て、私を連れ出す。背後で「もてあそばれた……私という者が、あんな女に……!」と膝をつく音がしたが、作業効率は120%だった。



■■



 だが、三人目のターゲット、騎士科の特待生レオナードとの接触後、少しだけ空気が変わった。

 彼は「正面突破」が信条。ライアスが仕組んだ「演習中の事故」で私が彼の上に重なり、なし崩し的に唇を奪った後のことだ。


「……おい。……聖女、と言ったか」


 スキルを抜き取られ、肩で息をするレオナードが、私の手首を掴んだ。

 今までのような「呆然」や「羞恥」ではない。その瞳には、熱を帯びた独占欲が灯っていた。


「……お前、他の男とも同じことをしてるのか?」

「え? まあ、効率の問題で――」

「効率……? 冗談じゃねえ。……俺をこんな気持ちにさせておいて、他に行くなんて許さねえぞ」


空気が凍りついた。

 乙女ゲーム的な「ガチ恋ルート」への突入。だが、今の私にとっては予定外の拘束でしかない。


「……そこまでにしろ、レオナード君」


 間に割って入ったのは、ライアスだった。

 彼はレオナードの手を無機質に振り払い、私の肩を抱いて自分の方へ引き寄せた。


「彼女の行動はすべて王命による『記録対象』だ。お前の感情を挟む余地はない。……行くぞ、聖女。次の計測に響く」


 いつになく冷たい声。

 背中越しに歩き出す中、ふとライアスを見上げると、彼は一度もこちらを見なかった。ただ、私の肩を掴む指先に、微かな力がこもっていた。


「……やはり、全員にするのか」


 四人目のターゲットへと向かう廊下で、ライアスがぽつりと、何かを言った。


「え? ライアス、何か言った?」

「……いや。……次のターゲットは図書館だ。歩くスピードを上げろ。時間の無駄だ」


 彼はいつものようにストップウォッチをリセットした。

 だが、その音は、いつもより少しだけ鋭く響いた気がした。



■■



「九人。……ライアス、あなたが事前にピックアップしていた攻略対象わざマシンは、これで全員ね」


 放課後の誰もいない召喚実習室。私は内側に満ちた万能感を噛み締めながら、最後の一人の唇を離した。

 けれど、私の脳内ログは「九」という数字で止まってはいない。


「……何を言っている。私のリストは確かに九人だが、お前の魔力波長は……これ、一体何人分だ?」


 ライアスが手元の記録帳をめくり、眉をひそめる。

 そう。私は「最高効率」を求めるあまり、ライアスが用意したメインディッシュ(攻略対象)以外にも、登校中にすれ違った才能あるモブや、学食で隣り合った有用スキル持ちの教師たちからも、片っ端からつまみ食いをしていたのだ。


「えーっと……中庭で飛竜の世話をしてた飼育員から『野生の勘(トラップ探知)』を、購買部のおばちゃんから『鑑定Lv.5』を、あ、あと昨日廊下でぶつかった男子生徒から『毒無効』を貰っておいたわ」

「……お前というやつは」

「だって、あればあるだけ魔王戦が楽になるじゃない。ええと、ライアス。結局、今の私の中に何人分のスキルが入ってるのかしら?」


 ライアスが頭を押さえながら、黒ずんだ記録帳を数え直す。その指先が、ある一箇所で止まった。


「……メインが九人。野良からの取得が……二十一。合計三十人分だ。もはや聖杯というより、スキルの欲張りセットだな」


 呆れ果てたような声。ライアスの金時計が、カチリと冷たい音を立てて止まる。


「おめでとう、聖女。君は人類史上最強の……いや、人類史上最も節操のない『加護の寄せ集め聖女』になったわけだ。……これでもう、この学園に用はないな」


 いつもの事務的な声。

 けれど、西日に照らされた彼の横顔は、どこか突き放すような冷たさを孕んでいた。


「……ええ。そうね。ライアス、あなたのおかげよ。あなたが最短ルートを弾き出してくれたし、私が勝手に拾い食いしても黙っててくれたから、予定よりずっと早くフルスペックになれたわ」


 私は拳を握る。抜刀術、広域魔法、反射、無限MP、おまけに毒無効と鑑定エトセトラまで付いている。今の私は、一人で世界を書き換えられるほどのリソースの塊だ。

 けれど。


「…………」


 なぜだろう。

 三十人分ものスキルを詰め込んだはずの私の胸の内に、底冷えするような空洞がある。

 まるで、一番肝心なラストピースを、どこかの溝に落としてきてしまったかのような。


「……ライアス。これで、魔王に勝てるわよね?」

「ああ。計算上、勝率は限りなく100%に近い」

「そう。……なら、明日には学園を発って、魔王城へ向かいましょう。効率を考えれば、一日も早く終わらせるべきだわ」


 私は努めて明るく言った。

 ライアスは窓の外、ねぐらへ帰っていく飛竜たちを眺めたまま、一度も私の方を向かない。


「……そうだな。……だが、その前に一つ、確認しておきたい」


 彼はゆっくりと振り返った。銀縁眼鏡の奥の瞳が、これまでにないほど鋭く、そしてひどく寂しそうに私を射抜く。


「……お前、その三十人の男たちの顔を、今、一人でも思い出せるか?」

「え……?」

「声でもいい。彼らが君に触れられた時、どんな表情で、どんな言葉を漏らしたか。……スキルの名前以外に、君の中に残っているものはあるのか。……ふ、私のことも、いつかそうやって『便利な記録媒体ストップウォッチ』として忘れるんだろう」


 彼は自嘲気味に笑い、私の横を通り過ぎて部屋を出ようとする。

 その背中が、三十人の誰よりも、私から遠いところにあるように見えた。

 攻略対象ではない、スキルも持たない、ただの人間。

 一番近くにいて、私のすべてを記録みていたはずの男。

 その彼との「親愛度」だけが、私の頭には、いまだに「0」と表示されていた。



■■



 魔王城、最深部。

 禍々しい魔力が渦巻く玉座の間を、私はたった一人で歩いていた。

 本来ならここで、十一人の(実際には三十人以上の)男たちが私の盾となり、剣となり、愛を囁きながら共に戦う「絆の総力戦」が繰り広げられるはずだった。

 けれど、私の後ろにいるのは――。


「……三歩下がれ。次の足場は三秒後に崩落する計算だ」


 煤けた軍服の袖を捲り、金時計を片手にペンを走らせるライアスだけ。

 彼にはスキルも魔力もない。魔王が放つ絶望的な威圧感プレッシャーに、その膝はとっくに限界まで震えているはずなのに、彼は眉ひとつ動かさずに記録を続けている。


「……ライアス。あなたは、逃げてていいのよ。ここから先は、私の『作業』なんだから」

「黙っていろ。お前の魔力循環の効率が落ちている。……心拍数の乱れが原因か。不合理だな」


 不合理。そう、今の私はひどく不合理だ。

 目の前の魔王を倒せば、私の「生存戦略」は完遂される。この世界で生き残るという目的は果たされる。

 なのに、喉の奥が焼けるように熱い。


「不合理……そうね、本当に不合理だわ」


 私は足を止め、振り返った。

 驚いたように顔を上げたライアスの胸ぐらを、私は迷いなく掴み寄せる。


「なっ、おい、何を――」


 金時計を握る彼の指先が跳ねる。

 私はその唇を、これまでの誰よりも、そして自分でも驚くほど強く塞いだ。


「!?!?!?!?!?」


 ライアスの思考が完全に停止したのが分かった。眼鏡の奥の瞳が、これまでにないほど激しく揺れ、陶酔とも困惑ともつかない熱が彼を襲う。

 スキルも魔力もないはずの彼から、熱い「何か」が私の聖杯へと流れ込んでくる。


[ 警告:未知のデータを受信中 ]

[ 検索:対象にスキルは存在しません ]

[ 検索:対象に魔力は存在しません ]

[ 警告:エラー ]

[ 警告:エラー ]

[ 警告:エラー ]

[ 警告:…… ]


 ――エラーログを無視すること十分後。私が唇を離すと、あの鉄面皮のライアスが、顔を真っ赤にして口元を抑え、膝をついた。


「お前……、今、この状況で、……何を、して……」

「……言ったじゃない。心拍数の乱れは不合理だって。これでスッキリしたわ」


 私は、呆然とする彼をその場に残し、くるりと扉へ向き直る。

 内側に渦巻くのは、三十人以上のスキルと、そして――たった一人の、最高に不器用な男から奪った「独占欲」。


「お待たせ、魔王様。――さあ、掃除の時間よ」


 ドォォォォン!!


 私は『金剛の守護』を乗せた蹴りで、魔王の間の重厚な扉を粉砕した。

 玉座に座り、いままさに「よく来たな人間よ」と口を開きかけていた魔王が、飛んできた扉の破片に目を見開く。


「なっ、何ご――」


 その瞬間、私は「消えた」。

 『虚空の歩法』による音速の接近。


「……捗る、捗るわぁ!!」


 『神速の抜刀術』が魔王の結界を紙のように切り裂き、返す刀で『バースト・フレア』が至近距離で炸裂する。

 

「がっ!? 貴様、挨拶もな……っ!!」


 魔王の反撃は『魔力鏡』で跳ね返し、追い打ちの暗黒魔法は『聖域』で霧散させる。

 それはもはや戦いではなかった。

 完璧に管理され、最適化された、一方的な解体作業だ。


「馬鹿な……っ! 我は闇の支配者だぞ! 絆も、愛も、希望もない貴様に、なぜこれほどの力が……!!」


 膝をつき、絶望に顔を歪める魔王。その頭上に、私は最後の一撃を振り下ろした。


「絆も愛も、これから作るのよ。――効率よくね!」


 轟音と共に魔王が霧散し、魔王城がその役目を終えて崩壊していく。

 すべてを終わらせた私が入り口まで戻ると、そこには、投げ出された金時計を拾い、震える手で眼鏡を直しているライアスがいた。


「……ライアス。今の、何秒だった?」


 彼は真っ赤な顔のまま、ひどく悔しそうに文字盤を睨みつけ、それから私を睨み返した。


「……三十二秒だ。……お前の人生で、最も無駄で、……そして、最も完璧な三十二秒だったぞ。……この、大馬鹿者が」


 私は満面の笑みで、彼の手を引いた。

 魔王を倒したあとの「幸せなエンディング」なんて、これからの私たちがいくらでも効率的に作り上げてみせるのだ。



■■



 魔王討伐から一ヶ月。

 王都は沸き立っていた。魔王を単騎で蹂躙した「最強の聖女」の凱旋。

 私は今、かつてスキルを奪い尽くした重鎮たちが並ぶ謁見の間で、再び玉座の前に立っている。


「聖女よ、よくぞ成し遂げた。……さて、次は平和な時代の礎を築かねばならん」


 陛下が満面の笑みで、一通のリストを広げた。


「そなたのその『力』、絶やしてはならぬ。国中から選りすぐった若き精鋭、百名を招集した。彼らと睦み合い、次世代に最強のスキルを継承するのだ。……効率を考えれば、これ以上の策はあるまい?」


 周囲の貴族たちが「おお……」と感嘆の声を漏らす。

 カイル卿やゼノス卿たちが複雑そうな、どこか期待の混じった視線をこちらに送ってくる。


(あ、これ……ループだ)


 頭の中に、前世で見た「お決まりの結末」が浮かぶ。

 私はまた、国のために「最強の器」として、顔も名前も覚えきれない男たちと唇を重ね続ける、終わりなき作業ルーチンに戻るのか。


「……陛下」


 私は静かに、だがはっきりと口を開いた。


「お断りします」


 静まり返る謁見の間。

 陛下が「え、効率いいのに?」と言いたげに目を丸くする。


「……確かにそれは効率的でしょう。でも、もうお腹いっぱいです。それに――それ、単純につまらないので」

「つま、らぬ……?」

「はい。私は、誰よりも効率を求めて魔王を倒しました。でも、最速でゴールに辿り着いた結果、一つだけ気づいたんです。……不合理なノイズがない人生なんて、ただの作業ログだって。だから、その百人のリスト、破り捨ててください」


 ざわめく周囲を無視して、私は隣に立つ男に視線を送った。

 彼はいつものように銀縁眼鏡を押し上げ、ため息を吐きながら一歩前に出る。


「……陛下、発言の許可を」


 ライアスは懐から金時計を取り出し、カチリと蓋を閉めた。


「彼女の魔力運用は極めて不安定です。今後、不用意に他者のスキルを混ぜれば、暴走の危険性がある。……そこで、私が責任を持って、彼女を終身監視下に置くことを提案します」


「……監視? 具体的にどうするのだ、ライアス」

「婚姻、という名の形式による24時間体制の魔力管理です」


 謁見の間が、今日一番の沈黙に包まれた。

 ライアスは冷徹な無表情のまま、私の手をしっかりと握り、王宮の面々を見据える。


「彼女が望むのは『ノイズ』だそうです。……ならば、これほど効率にうるさい私が、彼女の不合理な人生を生涯かけて記録し続けましょう。文句はありませんね?」

「「「「はあぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」」」」」


 カイル卿が、ゼノス卿が、そして王様が、椅子から転げ落ちんばかりに絶叫した。

 そのどよめきの中で、私はライアスの腕に抱きつき、陛下に向けて勝ち誇ったように笑って見せた。


「そういうことですので。……ね、ライアス。一人で済むんだから、これが一番『効率的』でしょ?」

「……黙れ、この大馬鹿者が。……行くぞ、記録の時間だ」


 彼は真っ赤になった耳を隠すように顔を背け、私を連れて謁見の間を堂々と後にした。

 最強のスキルを全部持ったまま、私は「一番攻略が面倒な男」と共に、世界で一番不合理で幸せな、新しい人生を始めることに決めたのだ。

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