第二章 折れないフラグはない
王都へ戻る馬車の中。
息苦しい沈黙が続く
がたん、ごとん、と揺れるたびに、お嬢様の縦ロールがぴょこんと跳ねる。
こんなに静かな帰り道は初めてかもしれない
「……アルト」
「はい」
「わたくし、処刑されますの?」
直球きた。
「まだ“審議”です。即処刑ではありません」
「“まだ”って言いましたわね今」
言葉尻捕まえるの早いな。
俺は小さく息を吐く。
視界にはまだ赤い表示が浮かんでいる。
《破滅回避ルート 分岐条件:あと3つ》
3つ、か。
今はこの未知のルートに縋るしかない
「お嬢様。これからは戦略的に行きます」
「せんりゃく?」
「頭を使って頑張りましょうという事です」
「できるかしら」
正直でよろしい
「まず破滅フラグ…つまり破滅へ続く道を事前に潰します」
「それから?」
「お嬢様の評判を上げます。そして強力な味方を増やしましょう」
「まぁ!そうすれば、わたくし達は処刑を免れますのね!?」
そんな単純な話じゃない気もするが…
黙っておこう
俺の視界に表示が出る。
【リリアーナ:やる気+20】
どうやら黙ってて正解だったみたいだ
「まずは情報整理です」
俺は指折り数える。
「毒未遂疑惑。階段突き落とし疑惑。陰口疑惑。手紙捏造疑惑」
「全部疑惑ですわ!」
「ええ。全部“証拠なし”です」
お嬢様は胸を張る。
「当然ですわ!やっておりませんもの!誰も信じてくださらないけど」
堂々としてるのに、なぜか信用が薄いのがこの人の才能。
だが、ここで気づく。
(あれ?)
視界の端に新しいゲージ。
【学園内噂レベル:72/100】
高い。高すぎる。
「まずいですね」
「何がですの?」
「お嬢様の悪い噂が学園内で熟成しているようです」
「ワインみたいに言わないでくださいませ!」
◇◇◇
翌朝。
王立学園の中庭。
春の花が咲き、白い石畳に陽光が反射している。
本来なら平和な風景だ。
だが生徒たちの視線は、明らかにこちらを見ては逸らす。
ひそひそ。
ひそひそ。
【学園生徒→リリアーナ 評価:42→39】
じわ下がり。放置は危険だぞ。
俺は小声で言う。
「お嬢様、今日から特訓です」
「と、特訓!?」
「第一項目。言い方を柔らかく、お嬢様の言い方は冷たく感じる時がおありですので」
「わたくしは常に柔らかくてよ?」
「ほぉ?では、昨日の“紅茶三分蒸らすのが常識でしょう?”を再現してみてください」
「もちろん!“はぁ…紅茶は三分蒸らすのが常識でしょう?“」
どこか高圧的に感じる仕草と口調
「これは…冷たいというより、怖い、ですね」
「手厳しいですわ」
俺は深呼吸する。
「これは例です、“もしよろしければ、三分蒸らす方法もオススメですわ”」
お嬢様きょとん。
「まどろっこしくありません?」
「社会はまどろっこしいんです」
しばらくの沈黙の後。
やがて彼女は、小さく頷いた。
「……やりますわ。わたくし、もう“悪役令嬢”とは言わせませんもの」
その表情は、真剣だった。
【リリアーナ→アルト 信頼度:100(固定)】
固定表示って何だ。バグか?
バグだとしても、ほんのちょっとだけ、いや、かなり嬉しい
◇◇◇
特訓開始三十分後。
「ご、ごきげんよう」
ぎこちない。
お嬢様が挨拶した相手は下級貴族の令嬢。
「え…?ご、ごきげんよう、ローゼンベルク様…」
距離あるなぁ。
頑張れお嬢様。
深呼吸して。
「えっと、あの、……その、ドレス、とても素敵ですわね」
言えた!
令嬢が目を丸くする。
「え……?」
【学園生徒→リリアーナ 評価:39→40】
おお、上がった!
お嬢様がこっちを見る。
目がキラキラしている。
「アルト!どうでした!?上手くおしゃべりできたかしら!」
「大きな一歩です、お嬢様!よく頑張りました」
こんな小さなことで喜ぶ俺たちを、周囲が怪訝な顔して見てる。
そのとき。
中庭の階段上部で、ざわめきが。
「またやったらしいぞ」「毒の件」
これは、覚えがある。
噂拡散イベントだ。
視界にポップアップ。
《小イベント:毒疑惑再燃》
こんなタイミングで!
すると階段上から、男子生徒が叫ぶ。
「エルミナ様のティーカップから異臭がした!毒だ!」
俺は即座に走る。
このイベントは発生時間が短いため早期解決が鉄則なのだ。
お嬢様もドレスを持ち上げて追う。
「アルト待ちなさい!ヒールですのよ!」
現場。
割れたティーカップ。
そして部屋に漂う甘い匂い。
エルミナが涙を浮かべ震えている。
「こ、怖いです……」
野次馬はお馴染みの同情モード。
遅れてやってきたお嬢様の顔が青ざめる。
「わ、わたくし、やっておりませんわ!」
【学園生徒→リリアーナ 評価:40→28】
急降下!?
俺はしゃがみ、地下に散らばるカップの破片を嗅いだ。
(これは毒じゃない)
「ただの蜂蜜酒ですね」
「え?」
「この甘い香り。間違いありません。強い香りがするものならなんでも良かったのでしょう」
周囲がざわつく。
俺はさらに言う。
「床に零れているのは蜂蜜酒なのに、机の上に零れてるのはただの紅茶のようですね」
毒だと叫んでいた男子生徒の顔が引きつる。
もう一押しだ
俺はエルミナを見た
「エルミナ様、カップはどうやって割れたのですか」
「あの…紅茶を淹れている最中に、その方と軽くぶつかってしまって」
エルミナが見る先には例の生徒
エルミナは続ける
「床に落ちた破片を、危ないからと言って拾ってくださり、その時に、これは毒だと」
視界に表示。
【???→アルト 動揺:+40】
やっぱり。
「君、さっき“異臭”と言ったが、なぜ毒だと断言したんだ?毒の匂いを知っているのか?」
男子生徒はしどろもどろ。
「わざとぶつかりカップを割って、床に零れた紅茶に蜂蜜酒を混ぜて毒だと騒いだ…」
その場が静まり返る
「そう受け取られてもおかしくない状況だ」
「い、いや……その……」
お嬢様が一歩出る。
「わたくしを陥れたいのなら、もっと上品にやりなさいな!」
こら、そこ煽らないの!
だが。
周囲の視線が、男子生徒へ向く。
【学園生徒→リリアーナ 評価:28→45】
うお、逆転できた!
小イベント成功。
エルミナが困惑した顔で俺を見る。
一瞬だけ、ゲージが揺れた。
【エルミナ→アルト 関心:15/100】
やめてくれ。
男子生徒は気づいたら退散していた。
あの生徒の処罰は学園側に任せよう
そして、噂ゲージが下がる。
【学園内噂レベル:72→54】
こうして、この小イベントは幕を閉じた
現場を離れてから、お嬢様がほっと息をつく。
「アルト……」
「はい」
「わたくし、少しは学びましたわ」
「ええ。さっきの“もっと上品にやりなさいな”は余計でしたが」
「ぐぬぬ」
でも、笑っている。
その瞬間。
新しい表示が。
《断罪回避ルート 解放条件:残り2》
減った!?
今の小イベントで!?
何が解放条件だったのかさっぱり分からない
けど
(とにかくやったぞ!)
希望が見えてきた
そして同時に。
【???→アルト 監視:100(変動なし)】
消えない。
誰かが、俺の行動を見ている。
ふと視線を感じて振り返る。
学園塔の上に人影が見えた。
黒いマントが一瞬ひるがえ、消えていった。
……ゲームにいないキャラだ。
お嬢様が袖を引く。
「どうかしましたの?」
「いえ。少し面倒な匂いがしまして」
「毒ですの!?」
「どうでしょう…分かりません」
深呼吸。
分からない事だらけだ
でも、今はまだ序盤。
味方は増やせる。
評価は上げられる。
破滅は、きっと回避できる。
俺はお嬢様の前に立つ。
次にやるべきことは
「お嬢様、騎士団長候補のシリウス殿なら、我々の話に耳を傾けてくれるかもしれません」
「まあ! あの無口筋肉!」
言い方ぁ!
【シリウス→アルト 興味:12→20】
どこかで聞いてるな、これ。
だが構わない。
俺は静かに笑う。
(折れないフラグはない。全部、へし折る)
見えてきた希望に胸を躍らせる。
そのとき、視界に新しい警告が浮かんだ。
《次回:騎士団イベント 難易度:SS》
いや……ちょっと待って、いきなり難易度高くない?
本当に、折れるのか――?
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次回は、筋肉と理屈のぶつかり合い。




