第9話 再会と断罪
地下牢の出口へと続く、長く暗い回廊。
背後では警報の鐘が鳴り響いている。
だが、前方から駆けてくる衛兵たちは、私に届く前にことごとく悲鳴へと変わった。
ある者は、錆び付いた天井の鉄柵が頭上に落ちて絶命し。
ある者は、古びた石床が突然陥没し、階下へと消えていく。
私は一度も足を止めなかった。10年閉じ込められていた私に順路など分かるはずもないが、迷うことはない。
分かれ道に来るたび、私が選ぶべきではない通路は「偶然」の崩落によって塞がれていく。まるで世界が、「こっちだ、お前の獲物はここにいる」と手招きしているかのようだった。
「ふふふ……」
私は、監獄の上層にある重厚な扉の前に立った。
『副看守長室 ザックス・ドレイク』。
一年前、私の左手首を切り落としながら「俺の人生はこれで上がりだ」と笑った男の部屋だ。
私はノックもせずに扉を開けた。
「……あ?誰だ!?」
かつて私の飯を抜き、骨を折り、右目を潰した男がそこにいた。
不潔な革鎧は脱ぎ捨て、今は金糸の刺繍が入った副看守長の制服に身を包んでいる。
「久しぶりだな、ザックス。私の手首と引き換えに手に入れたその制服は、さぞかし着心地が良いのだろうな」
微笑みながら近づくと、ザックスは椅子を蹴り飛ばすように立ち上がった。
「……き、貴様。なぜ、ここに」
「主の御加護、と言いたいところだが……残念ながら神は不在だ。代わりに世界が、君に借りを返したがっている」
ザックスは腰の剣を引き抜こうとした。
だが、私から搾り取った幸運で肥え太ったその指は、剣の柄を掴み損ねた。
焦った彼が身を屈めた瞬間、壁に飾られていた重厚な紋章の盾の鎖が、音を立てて千切れた。
ドゴォッ!!
「ぎ、ぎあああああああかっ!!」
重厚な盾が、ザックスの右肩を、机との間に挟み込む形で叩き潰した。
かつて彼が私の右足を折り、手首を落とした時と同じ――いや、何倍もの衝撃かもしれない。
砕けた骨が肉を突き破り、鮮血が机上の高級ワインに混じった。
「が、ぁ……抜いてくれ……!おい、絶禍!お前は俺の幸運の貯金箱だろうが!助けろ、俺を助けやがれ!!」
ザックスは涙と鼻水を流しながら、壁に釘付けにされた状態で叫んだ。
私は彼の目の前まで歩き、その潰れた肩を見下ろした。
「貯金箱、か。……ああ、その通りだ。だが残念なことに、今日が満期でね。これまで溜め込んだ利子をつけて、すべて引き出させてもらう」
私は彼の目の前で、机の引き出しを一つずつ開けていく。
「ノエルマの棺の場所を吐け。お前なら、聖遺物の移送記録を管理しているはずだ」
「言う、わけ……が……!」
ザックスが言いかけたその時。
彼が苦痛で激しくのたうち回った拍子に、その足が机の隠しスイッチを「偶然」蹴り飛ばした。
カチリ、と音がして、背後の書棚が反転する。そこには、極秘の移送記録と、教団本部の聖域へ立ち入るための『通行証』が収められていた。
「……ふふ。隠した秘密さえ、お前自身の身体が暴いてくれる。本当にお前は、運がいいな」
私は通行証を拾い上げた。ザックスは絶望に目を剥き、潰れた腕を抱えて呻いている。
「あ、ああ……待て、行くな……頼む……死なせてくれ……っ!」
「お前は私に、無理して生きてなくていいと言ったな。……なら、私からも言葉を送ろう。お前は、無理して死ななくていい」
私が部屋を去ろうとしたその時、ザックスが叫ぼうとして、自分の唾液と溢れた血を喉に詰まらせた。激しくむせ返り、パニックで暴れる彼の手が、卓上のランプをなぎ倒した。
瞬く間にカーテンに火が燃え移る。
「お前が手に入れた『一生遊んで暮らせる幸運』だ。最後まで、たっぷりと味わうがいい」
背後で、肉が焼ける臭いと、焼かれた男の声にならない喘ぎが響く。
「アーメン」
燃え盛る監獄を背に、私は夜の聖都へと歩き出した。
手元には、彼女へと続く通行証。
さあ、本当の『執行』を始めよう。




