第3話 ローレンツォの思惑
葬儀が終わり、人々が去っていく。
私は一人、墓の前に残った。
「ノエルマ……待っていてくれ。必ず、君を連れ戻す」
その決意だけが、今の私を支えていた。
その夜、私は聖堂の地下にある、禁忌の書庫へと向かった。本来なら、若き神父の身分で立ち入れる場所ではない。
だが、どういうわけか、今夜に限って監視の目は緩く、重厚な扉の鍵すらも「偶然」開いたままになっていた。
私は、それを神の慈悲だと思い込んでいた。
死者蘇生。教団が封印した、触れてはならぬ古の知識。
私は一冊の黒い装丁の書物を手に取った。
「時を止める聖遺物……これだ」
魂が霧散する前に、肉体を保存する遺物。
その間に、必ず蘇生の術を見つけ出す。どれだけ時間がかかろうとも。
◇
翌日。
私はノエルマの亡骸を、聖遺物の棺に封じた。
聖堂の最深部。数多の聖遺物が保管されている、誰も立ち入らぬ冷たい石室で。
ここへ至る道も、驚くほど平坦だった。
まるで、誰かが私をこの罪の深みへと、誘っているかのように。
「待っていてくれ、ノエルマ……すぐに、君を取り戻す」
私は彼女の冷たい頬に触れた。
その時、背後から静かな足音が聞こえた。
「やはり、ここにいたか」
振り返ると、ローレンツォが立っていた。
「ローレンツォ……。君に隠し事はできないな。どうしてここが分かった」
「君を探していた。何をしようとしているのか、察しがついたからね。……やめておけ。死者蘇生は禁忌だ。それに手を出せば、君は異端者として抹殺される」
「構わない。たとえ世界を敵に回しても、私は彼女を取り戻す」
私は彼を強く睨んだ。
ローレンツォは長い沈黙の後、深々と溜息をついた。
「分かった。君を止めることはできないようだ。ならば、せめて力になろう」
「ローレンツォ……。本当か?」
「ああ。君は、私の唯一の親友だ。……一緒に、彼女を取り戻そう」
彼は優しく微笑んだ。
私は、その手を強く握った。
ありがとう、と。
涙を流して彼を信じた。
だが、私は気づかなかった。
差し出された彼の瞳の奥で、粘りつくような暗い愉悦が蠢いていたことに。
◇
それから三日後。
私は教団の幹部たちが並ぶ、大聖堂の審問場へと引き出された。
冷たい石畳の上。
私の隣には、あの日、石室に安置したはずのノエルマの棺が「証拠」として無造作に置かれていた。
「汝、死者蘇生の禁忌に手を染めし罪により、異端者と断ずる」
高壇から見下ろす大司教の宣告が、広間に冷たく響く。
彼は私の足元にある棺を、汚らわしいものを見るかのように忌々しげに指差した。
「……愚かな。よりにもよって、その『聖遺物』に触れるとはな」
「大司教……私は、彼女を救いたかっただけです。禁忌だとは知っていましたが、私は……!」
「黙れ。この教団に伝わる古き訓えを忘れたか? 『聖遺物は神の光なり。なれど、私欲で触れる者の運を食らう顎となる』。神聖なる器を、蘇生などという不浄な目的で汚した報いだ」
大司教の目が、狂気を帯びた厳格さで光る。
「言い伝えにある通りだ。聖遺物の怒りに触れた者には、神の慈悲に代わって絶禍が降りかかる。汝がその身に宿した黒い痣こそが、聖遺物に運を食らい尽くされた証拠だ」
「そんな……私が、彼女を救おうとしたことが、呪いだと言うのですか」
「左様。汝は聖遺物に触れた瞬間に、自らの手で『至福』を捨てたのだ。証人も、それを認めている」
大司教が指し示した先に、ローレンツォが立っていた。
「ローレンツォ……君が、証言したのか?」
「ああ。君を止めるためだ。……君は、棺に触れてしまった。呪いはもう始まっている」
ローレンツォは冷たく言い放ち、私に近づいて小声で囁いた。
「いずれ、分かる日が来る。……物言わぬ肉塊のために、自分から呪われにいく愚かさがね」
私は彼を睨んだ。
裏切り。侮蔑。そして、目の前の男が怪物であるという恐怖。
「この……裏切り者……ッ!」
「連れて行け。二度と光を拝めぬ奈落へ」
大司教が命じ、兵士たちが私を力任せに取り押さえる。
引きずられていく視界の端で、ローレンツォは私のノエルマに贈ったはずの銀の指輪を、自分の指で弄んでいた。




