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第3話 ローレンツォの思惑


葬儀が終わり、人々が去っていく。

私は一人、墓の前に残った。

 

「ノエルマ……待っていてくれ。必ず、君を連れ戻す」

 

その決意だけが、今の私を支えていた。

その夜、私は聖堂の地下にある、禁忌の書庫へと向かった。本来なら、若き神父の身分で立ち入れる場所ではない。

だが、どういうわけか、今夜に限って監視の目は緩く、重厚な扉の鍵すらも「偶然」開いたままになっていた。

私は、それを神の慈悲だと思い込んでいた。

死者蘇生。教団が封印した、触れてはならぬ古の知識。

私は一冊の黒い装丁の書物を手に取った。

 

「時を止める聖遺物……これだ」

 

魂が霧散する前に、肉体を保存する遺物。

その間に、必ず蘇生の術を見つけ出す。どれだけ時間がかかろうとも。

 

 

翌日。

私はノエルマの亡骸を、聖遺物の棺に封じた。

聖堂の最深部。数多の聖遺物が保管されている、誰も立ち入らぬ冷たい石室で。 

ここへ至る道も、驚くほど平坦だった。

まるで、誰かが私をこの罪の深みへと、誘っているかのように。

 

「待っていてくれ、ノエルマ……すぐに、君を取り戻す」

 

私は彼女の冷たい頬に触れた。

その時、背後から静かな足音が聞こえた。

 

「やはり、ここにいたか」

 

振り返ると、ローレンツォが立っていた。

 

「ローレンツォ……。君に隠し事はできないな。どうしてここが分かった」

 

「君を探していた。何をしようとしているのか、察しがついたからね。……やめておけ。死者蘇生は禁忌だ。それに手を出せば、君は異端者として抹殺される」

 

「構わない。たとえ世界を敵に回しても、私は彼女を取り戻す」

 

私は彼を強く睨んだ。

ローレンツォは長い沈黙の後、深々と溜息をついた。

 

「分かった。君を止めることはできないようだ。ならば、せめて力になろう」

「ローレンツォ……。本当か?」

「ああ。君は、私の唯一の親友だ。……一緒に、彼女を取り戻そう」

 

彼は優しく微笑んだ。

私は、その手を強く握った。

ありがとう、と。

涙を流して彼を信じた。

だが、私は気づかなかった。

差し出された彼の瞳の奥で、粘りつくような暗い愉悦が蠢いていたことに。

 

 


それから三日後。

私は教団の幹部たちが並ぶ、大聖堂の審問場へと引き出された。

 

冷たい石畳の上。

私の隣には、あの日、石室に安置したはずのノエルマの棺が「証拠」として無造作に置かれていた。

 

「汝、死者蘇生の禁忌に手を染めし罪により、異端者と断ずる」

 

高壇から見下ろす大司教の宣告が、広間に冷たく響く。

彼は私の足元にある棺を、汚らわしいものを見るかのように忌々しげに指差した。

 

「……愚かな。よりにもよって、その『聖遺物』に触れるとはな」

 

「大司教……私は、彼女を救いたかっただけです。禁忌だとは知っていましたが、私は……!」

 

「黙れ。この教団に伝わる古き訓えを忘れたか? 『聖遺物は神の光なり。なれど、私欲で触れる者の運を食らうあぎととなる』。神聖なる器を、蘇生などという不浄な目的で汚した報いだ」

 

大司教の目が、狂気を帯びた厳格さで光る。

 

「言い伝えにある通りだ。聖遺物の怒りに触れた者には、神の慈悲に代わって絶禍ぜっかが降りかかる。汝がその身に宿した黒い痣こそが、聖遺物に運を食らい尽くされた証拠だ」

 

「そんな……私が、彼女を救おうとしたことが、呪いだと言うのですか」

 

「左様。汝は聖遺物に触れた瞬間に、自らの手で『至福』を捨てたのだ。証人も、それを認めている」

 

大司教が指し示した先に、ローレンツォが立っていた。

 

「ローレンツォ……君が、証言したのか?」

 

「ああ。君を止めるためだ。……君は、棺に触れてしまった。呪いはもう始まっている」

 

ローレンツォは冷たく言い放ち、私に近づいて小声で囁いた。

 

「いずれ、分かる日が来る。……物言わぬ肉塊ごみのために、自分から呪われにいく愚かさがね」

 

私は彼を睨んだ。

裏切り。侮蔑。そして、目の前の男が怪物であるという恐怖。

 

「この……裏切り者……ッ!」

 

「連れて行け。二度と光を拝めぬ奈落へ」

 

大司教が命じ、兵士たちが私を力任せに取り押さえる。

引きずられていく視界の端で、ローレンツォは私のノエルマに贈ったはずの銀の指輪を、自分の指で弄んでいた。


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