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第2話 疫病



それから、半年が過ぎた。

季節は秋へと移り変わり、聖都の街路樹が赤く染まり始めた頃、疫病が聖都を襲った。


「また、一人亡くなったそうです」


講堂で、神父たちがヒソヒソと囁き合っている。


「原因は分からないのか?」

「医師たちも手を尽くしているようですが」


私はその会話を聞きながら、不安を覚えた。

疫病、それは死の宣告に等しい。病への対処法は限られている。かかってしまえば最後。もはや祈るしかない。


「心配そうだな」


ローレンツォが、私の隣に座った。


「疫病のことか?」

「ああ」

「大丈夫さ。この聖都には優秀な医師がいる。それに我々には、祈りがある」

「祈り、か」


私は複雑な表情を浮かべた。


「君は信じているのか? 祈りの力を」

「さあな」


ローレンツォは曖昧に答えた。


「少なくとも、何もしないよりはマシだろう」


それは彼らしい答えだった。ローレンツォは神を信じているわけではない。ただ、効果があるなら利用するという実利主義者なのだ。


「そうだな」


私は頷いた。

だが、その時私はまだ知らなかった。疫病が、私の最も大切な者を奪おうとしていることを。

 


それから一週間後。

ノエルマが倒れた。


「熱が下がりません」


孤児院の院長が、青ざめた顔で私に告げた。


「医師を呼んだのですが、もう手の施しようがないと」

「そんな」


私は愕然とした。

急いでノエルマの部屋へと駆け込んだ。小さなベッドの上で、彼女は苦しそうに息をしていた。


「ノエルマ」


私は彼女の手を握った。

冷たい。あまりにも冷たい。生きている人間の手ではない。


「あ」


ノエルマが薄く目を開けた。


「……きてくれたのね」

「ああ、いいかい?大丈夫だ、すぐに治る」


私は必死に笑顔を作った。


「私が祈る。だから」

「ありがとう」


ノエルマはか細い声で言った。


「でも、もういいの」

「何を言っている」


私は彼女の手を強く握った。


「諦めるな。君は、まだ」

「ねえ」


ノエルマが私の手を握り返した。


「私、幸せだったわ」

「ノエルマ!」

「あなたと、一緒にいられて」


彼女の目から一筋の涙が零れた。


「本当に、幸せだった」

「やめろ。そんな、別れの言葉みたいなことを言うな!」


私は叫んだ。


「君は死なない。私が、私が必ず救う!」


私は彼女の手を握ったまま、祈り始めた。


「あぁ主よ、どうか、どうかこの者をお救いください」


膝をつき、額を床に押し付けた。


「私の命に代えても構いません。ですから」


だが、神は答えなかった。

私は何時間も祈り続けた。喉が枯れるまで。膝が砕けるまで。だが、ノエルマの容態は悪化する一方だった。


「もう、いいの」


ノエルマが弱々しく言った。


「あなたまで、倒れてしまうわ」

「黙っていろ」


私は涙を流しながら叫んだ。


「私は君を失うわけにはいかないんだ!」


ノエルマは微笑んだ。

彼女の手から力が抜けていく。


「ノエルマ!?ノエルマ」


私は彼女の名を叫び続けた。

だが、彼女の瞼がゆっくりと閉じていく。


「待ってくれ。頼む」


私は彼女の身体を抱きしめた。


「……アーメン」


最後の祈りを捧げた。

だが、神は沈黙したままだった。

ノエルマが息を引き取った。

私の腕の中で。静かに。穏やかに。


「嘘だ」


私は呆然と呟いた。


「嘘だ。嘘だ」


彼女の身体はまだ温かい。まるで眠っているかのようだ。


「起きろ。ノエルマ。頼むから」


私は彼女の名を呼び続けた。

だが、彼女は二度と目を開けることはなかった。

私は石畳を殴りつけた。拳が砕けた。血が滲んだ。痛みすら感じなかった。


「なぜだ」


私は天を仰いだ。


「なぜ、なぜ私から彼女を奪った」


あぁ神よ。あなたは本当に存在するのか。存在するなら、なぜ私の祈りを聞かなかった。なぜ彼女を救わなかった。


「神など」


私は震える声で呟いた。


「最初から、いなかったのか?」


その時、扉が開いた。


「酷い有様だな」


ローレンツォが立っていた。

彼は部屋の中を見回し、ノエルマの亡骸を見た。


「そうか」


彼は静かに言った。


「彼女も、逝ったのか」

「ローレンツォ」


私は彼を見上げた。


「助けてくれ。何とか、何とかならないのか」

「無理だ」


ローレンツォは冷たく言い放った。


「死者は蘇らない」

「そんな」

「現実を見ろ。彼女は、もう」

「黙れぇ!」


私は叫んだ。

そして再びノエルマの身体を抱きしめた。


「待っていてくれ」


誰にも聞こえない声で囁いた。


「必ず、君を連れ戻す」


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