不審者探偵
[1900年、8月23日 朝刊 義和団の暴動、鎮圧か]
笑顔の絶えないこの街で、また今日も事件が起きようとしている。
昨日の事件の被害者は隣人だし、明日の加害者はあなたかもしれない。
そう、私は。私は不審者なんかじゃない。探偵だ
「ままー、あれなに〜?」
「シッ!みちゃいけません!」
そう、不審者なんかじゃないんだ...!
「十分不審者だよエーデル先生」
「おゥっ!!」
猫のように1メートル跳ねて見せる
「なんだ、フィルか…べっ別に小学校の塀に耳を当ててただけだよ。」
「言い訳はいいからさっさと帰ろう?時計の針がもう少しで四則計算で10になる時間だよ!」
助手に首根っこ掴まれ引き摺られていく
ああ〜私の日課がァ〜…
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カタカタカタ…
サラサラサラ…
ジャラララッ チーンッ
サラサラ…カイカイ うーん
タタタタタッ、ジャラララッ チーンッ
「それ、難しい?」
「23の未解決問題の一つだよ。Problem of the topology of algebraic curves and surfaces…」
「できるの?助手ちゃん?」
「不可能なことはこの世にはないよ」
サラサラサラ…紙の上を万年筆が走る
カタタタッ、ジャラララッ チ(リ)ーンッ
「こんにちは、エーデルさんはいまして?」
ふわふわ髪で高校生くらいの背丈のお嬢様が現れた
「ん、何か依頼?」
「ええ、窃盗ですの、お財布が盗まれましたわ。」
上げた腰をまた椅子に座らせタイプライターに向かう。
助手ちゃんも不可能の挑戦に戻ったようだ。
そして口を開く
「まず警察には聞いたの?」
お嬢様は腕を組んで言った
「ええ、今捜査してもらってますわ。でも全然見つからないからあなたにお願いしにきましたの。人間の間で有名な“ちょっと変な”探偵さん?」
「…きみ、哲学者でしょ。」
事務所内に数秒の沈黙が流れ、糸のように張り詰めた空気になる
マフラーの下に口元を隠す
「…きみはどこまで知ってるのかな?」
「存外何も知らないかもしれないですわ」
「まあそれは置いといて棚の上は確認した?イタズラ妖精が隠してるかもしれないからね」
お嬢様は黙りこくってしまった。
イタズラ妖精、ふわふわした綿毛のような存在。
気に入ったものを隠す習性があるんだけど、
寝てる間に指輪とか無くなるのは大体この妖精のせい
「…確認してきますわ!」
「はーい行ってらっしゃい」
お嬢様は急いで出て行った
ため息をつきタイプライターに向かう
すると助手ちゃんが口を開いた
「…あんなはちゃめちゃしたら有名になるに決まってるよ」
「それはそうだけどさ〜…」
そうして助手ちゃんへの言い訳を考えること数分
お嬢様がドアを破るようにまた現れた
「ありましたわあぁァァ〜!?」
バコーン!バタバタバキッ
私は顔を必死で押さえたくなった
助手ちゃんは破壊されたドアの下敷きになったお嬢様を突いている
そして紙を出しいそいそと計算を始めた
「お財布はありました…けれど…」
「うん、見事に弁償だね」
助手ちゃんは人力電卓をやめスッと立ち上がった
計算始めてから4秒しかたってないよ…?
「計算が終わったよ。アンティークで特別性のノブ使ってたりセキュリティ面強めで特殊なドアだから、今回の依頼費… っていうか相談料みたいなもんだけど
合わせて42万2000ガリスだよ」
突きつけられた領収書を見てお嬢様の顔がみるみる青ざめていく
私もこのあと大家さんに怒られるのと数日玄関まで吹き抜けの事実に青ざめる
絶対怖いんだけど…
「ねえ、大きい音がしたのだけれど…」
玄関から大家さんが入ってくる
長い黒髪に日光が当たりキラキラと光る
真紅の目をギョッとした後ため息をつき
手袋をつけた手で顔を覆い座り込んでしまった。
私はお嬢様を指差し
「…この人が犯人です!!」
「探偵の仕事ができてて偉いわね…」
大家さんはため息をつき頭を抱えてしまった
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「えーっと…この人が事務所の上に住んでる大家のレーヴェスさん。」
「こんにちは。不動産を営んでいるレーヴェスよ。」
後ろで結った黒髪が風でなびく。その真紅の瞳はお嬢様をじっと見つめていた
「私の名前はエロイーズ・オルレアン、オルレアン家の娘ですわ!」
ご令嬢なんだ…と感心しているのも束の間レーヴェスさんは何か思いついたらしい
「あら、ご令嬢なら修繕費を2倍にしても払えるわね?」
またしてもエロイーズさんの顔が青ざめていく
「そそそそんな、84万ガリスなんて払えませんわ!!私今独り立ちしてますの!」
「サプラ〜イズ。ふふっ驚いた?ただの冗談よ。」
「大家さんは普段はこんな人じゃないけどね」
助手ちゃんが補足する
まあなんていうか、妖艶な人ではあるけど誠実ではあるから…
ジャラララッ チーンッ
「それじゃあ、私はそろそろ上に戻るわ。本の続きを読まなくちゃ」
そして自由人だ。
玄関を開け、レーヴェスさんを見送ろうとした。その時だった
バサァッ——。
階段の上から何かが落ちてきた。
埃を巻き上げながら、地面に転がったそれは……新聞紙の束だった。
「……え、新聞?」
助手ちゃんが眉をひそめる。
レーヴェスさんは落ちてきた束を拾い上げ、表紙を見た瞬間、真紅の瞳を細めた。
「……おかしいわね。これ、今日の朝刊じゃない」
「え?でも日付は——」
エロイーズさんが覗き込む。
「1900年8月24日……明日の日付ですわよ?」
「……え?」
私たち三人の声が重なった。
新聞の一面には、大きくこう書かれていた。
1900年8月24日朝刊
《ロンドン市内で児童連続失踪事件 “白ウサギ”の目撃情報相次ぐ》
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「……白ウサギ?」
助手ちゃんが新聞を奪い取るようにして読み進める。
「“子どもたちは、白いウサギを追いかけて姿を消した”……
“現場には不可解な穴が残されており、内部は底が見えない”……」
「……穴?」
私は新聞を覗き込み、背筋が冷たくなるのを感じた。
——これは、ただの事件じゃない。
「……不思議の国のアリス」
私はぼそっとその物語を口にした
少女が白ウサギを追いかけ穴に落ちた先は不思議の国だったというあの有名な話。
「でも…でもこれ明日の新聞ですわよ!?
誰かのイタズラに決まってますわ…!」
エロイーズさんは震える声で言った
「誰かが“投げ込んだ”…?」
助手ちゃんがつぶやく
これはただのジョーク記事でもない…
記事を一枚めくるとそこには目を見開くようなことが書いてあった
[義和団、イギリスダウニング街10番地占拠。狙いは首相か…]
「ねえレーヴェスさん、朝刊で義和団って…」
レーヴェスさんは頷き、言葉を繋げた
「ええ、鎮圧されたはずよ」
レーヴェスさんが新聞を閉じ、静かに言った。
「……エーデル。あなた、これを放っておくつもりはないでしょう?」
「もちろん。子どもが消える事件なんて、放っておけるわけないよ」
首元のマフラーを巻き直す。
「久々の大事件だね。助手ちゃんは大丈夫?」
「——大丈夫だよ。わたしの円はいつも平静を保ってる」
そうすると横の震えていたエロイーズさんの手が上がった。
「私も行きますわ!!まだ相談料とかっ、払えてないですもの!できる限り力になりますわ!」
「そうきたなら早く旅の準備しなきゃね。」
「でもどうやってイギリスまで行くんですの?」
私と助手ちゃんはその質問にニヤけ顔で返した
「わたしは次元を越えることのできるアイオーンの術を持ってる」
「ベルギーまでは範囲内だからそこから船でいけばいいってわけ!」
「なるほど!すごいですわ!」
エロイーズさんは助手ちゃんの手を握りぴょんぴょん跳ねた
私は新聞を丸めポケットに突っ込む
——私たちは時代の転換期を目にするのかもしれない




