第9話 言葉
魔導核を探すという仕事から数日。
本格的に冬が始まる。
息が白くなり、肌が寒さで刺されるような気がする。
あまりにも寒くて、外に出る気もなくなるけれど、生憎と魔法師は昼間に家にいてはいけないことになっている。いやまぁ、いけないってことはないんだろうけれど。
討伐隊の魔法師は、何も用がなければ基地に行くことになっている。
基地というと少し物々しいけれど。実際のところは魔法学校とあまり変わらない。授業はないけれど。
でも、訓練所があって図書館があって食堂があって、他にも色々な便利設備がある。ほとんど魔法学校と環境は変わらない。授業がない代わりに、大抵の魔法師は自己研鑽をして過ごしているらしい。
自己研鑽というと言葉が鋭すぎるけれど、実際のところは魔法の練習をしているだけと言った方が正しいかもしれない。いや、戦闘の練習というべきか。
仮に融合体と戦うことになったとして、どれだけ魔法が使えても意味はないのだし。
思い返してみれば、魔法学校も自らの魔法力を高めようとしている人は多かったけれど、同時に戦闘力を高めようとしている人もいた。
魔法学校という場所に来ている時点で、討伐隊でなくても何かの魔法師になろうという意志のある人が多かったから、魔法力を高めようとする人が多いのは当然なのだろうけれど、ああして戦闘力を高めようとしている人は元よりこういう討伐隊のような職種を希望していたのかもしれない。
去年の今ごろは私も魔法学校にいた。
あの頃はどうすればいいかわからずぼんやりとしていた記憶がある。討伐隊に入ることは決まっていたけれど、それは私の意思というよりは親の意志で、それに従っていいのかと考えていた気がする。
ほとんどあったこともない金銭関係しかない親の意志なんかに。
でも、その金銭という施しは子供だった私にはありがたいものだった。魔法学校に通うにはそれなりにお金がいるし、魔法学校という閉鎖環境で暮らすのにも多少のお金がいる。
それらの大部分は親が出してくれたのだから、少しぐらい返すのがそれっぽい気がする。当時はそう考えたし、今も同じように思っている。
……まぁ、もう返し終えたような気がするとも思っているけれど。
そんな感じだったから、結局私はその意志に抗わずにこの空中要塞都市に来ることになる。
抗わないという選択をしたというより、選択すらできずに流されてここに来た。
そしてまた選択の時が来ている。
討伐隊の魔法師には、魔法師を続けるかやめるかの2択を選べる時期が来る。
……まぁより正確に言うのなら、やめるを選ぶことができる時期だけれど。続けるのなら何もしなくていいけれど、やめるのならその旨を伝えないといけない。
つまり辞め時というやつらしい。
別にこの機会以外でもやめようと思えば辞められるけれど、わざわざ魔法師管理機構側でこんな仕組みを作っているのは、それだけこの討伐隊の魔法師という仕事の危険性が高いから。
多分、辞める機会はいつでもありましたよという風にしておいたほうが、魔法師が死んだときに言い訳もしやすい。そのためのこの仕組み。それだけで言い訳になるのかは知らないし、別に管理機構への不満を聞いたことはあまりないけれど。
もちろんそれを私も利用することができる。
適当に通信機で申請連絡すれば、辞めることができる。
そうすれば、融合体が月に1度ぐらいの頻度で来るこの場所から出ることができる。多分、そうしたら二度と空中要塞都市に入る事はない。もう一度入隊するのなら別だけれど。
「辞め時ね……」
その時きぃと音がして、扉が開く。
振り向けば、そこにはアイリがいた。
「アイリ、おはよう」
「お、おはよう。あ……退役申請?」
「まぁ、うん」
私の開いている画面を見られてしまったらしい。
まぁいいか。アイリになら。
「やっぱり、辞めちゃうの?」
「……どうして?」
その言葉はまるで私が辞める前提のようだった。
でも、よく考えてみたらそこまで不思議でもない。
こんな場所で何もせずに毎日過ごしているのだから。
「まぁ、魔法師が好きそうには見えないよね」
「……うん」
「そういう意味ではアイリも同じじゃない?」
「……私にはここ以外に行く場所がないから」
「そっか」
戦いたくないという意思はアイリも同じだった気がする。それに魔法師という職種を好んでいるようにも見えない。こんな何もない部屋でもう3カ月以上も無為な日々を過ごしているのだから。
けれど、彼女は続けるらしい。この魔法師という役割を。
彼女にはそれなりに理由があるということなのだろう。
……きっと戦う意志があるのだと思う。そこに同時に恐怖があるだけで。
恐怖しかない私とは違う。
「私は……どうしようかな」
まだ決めていない。
それが答えになる。
決められるほど、意思はない。
そして選択しなければ自動的に来年も魔法師を続けることになる。多分、私の意思の強さではこの機会以外に辞める時などない。
この融合体と戦う最前線に、特に覚悟も役割もなく存在することになってしまう。
ここにいればこの前のように魔物と戦うこともあるのだろうし、それで死ぬ可能性も零じゃない。まぁ前ぐらいの相手ならほぼほぼ大丈夫だけれど……
「……私もアイリと同じかもね」
「そうなの?」
「うん。行く場所がないかもしれない。ここを辞めても」
「そんなことないよ。きっとレーネなら、どこだって居場所にできるよ」
「……そうかな」
「きっとそうだよ」
少し困る。
過大評価がすぎるというか。
時折不思議だけれど、アイリの目から見た私はどんなふうに見えているのだろうか。
私はどこにも居場所がないのに。
居場所なんてできたことはないのに。
「多分、アイリは私のこと勘違いしてるよ。そんなに私は立派じゃないし、強くもないよ。魔法力だって、それだけで何とかなるほど高くもないし」
逆に低いとも思わないけれど。
魔法学校に入るだけの先天的魔法量と出力があって、仮にも魔法師になれるぐらいにはなったのだから、全体からみれば魔法力が低いことはない。でもまぁ、討伐隊の魔法師なんて基準としてはとても低いものになるから、魔法師全体に限れば低い方にはなるのだけれど。
「でもまぁ、幸運だったのかな」
「……幸運?」
「まぁこれだけ魔法が使えるわけだから。そういう意味では幸運だったのかなって」
くるりと手の中で魔力障壁を回す。
この小さな魔力障壁さえ展開できない人はいる。それどころかもっとも基礎的な魔法である魔力放出も難しい人は難しいのだろうし。
「……魔法が使えると幸運なの? 私達は魔法が使えるから、融合体と戦わないといけないかもしれないのに」
「そうだけれど。でも、魔法が使えなかったらもっと酷いことになっていた気がする。たまたま魔法の才能が人並み程度にはあったから、まだ生き永らえているという感じはするっていうか」
まぁこれだけ現代文明で魔法が使えないぐらいで死んでしまうとは思わないけれど。もし魔力すら扱えないという感じなら、色々苦労しそうな気はする。
「だから、まぁ……ここにいるのも幸運なのかもってね」
「幸運……」
まぁ冷静に考えてみれば、毎日ここに来るだけで生活できるのだから、少なくとも不運なわけはない。成績が低いから贅沢するほどのお金はないけれど、明日の生活に怯えるわけでもない。
……まぁ、これは遺物との同調率が低いからというのもあるのだろうけれど。もしこれが、同調率も高くて融合体と戦う日々なら、同じように思えるかは微妙な気がする。
「そうは言っても未来はあんまりないけれど。私は多分長くても5年だし」
少なくとも同調率が今のままなら、最大在籍期間は5年。流石にいつまでも同調率が低いままの人を雇用するほどの体力は討伐隊にはないらしい。だから、その後は別のことをして生きていかないといけない。
そう思えば、これは現実逃避なのかもしれない。今に甘んじるための言い訳か。それとも自分を慰めるための方便か。
「私がここにいるのも幸運なのかな」
「……どうだろう。アイリ次第じゃないかな」
私とアイリでは立場も違えば目標も違う。
だから、アイリもここにいるから幸運だとはそう簡単には言えない。
「……今までのことが幸運だったとは思えないけれど、でもこの部屋に来たことは幸運だったかも」
「この部屋?」
ここに来ることはそこまで良いこととは思えないけれど。
誰も来ないようなこんな隔離された部屋に。
「だって、もしここに来なかったらレーネと出会えてなかったよ」
「……え、わ、私?」
アイリが頷く。
少し頬を染めながら。
「私か……」
私と出会えたのが幸運って……
冗談? 彼女のふにゃりとした顔を見れば、そういうわけでもないらしい。
「どうして?」
「……だって、私はずっと居場所がなかった。けれど、レーネと出会えて、居場所ができた気がする」
……居場所。
居場所か。
「……それなら、良かったけれど」
少し変な考えがよぎる。
あぁもう。私の思考はどうしてこんななのかな。
けれど、一度生まれた思考は簡単には消えてくれない。そして私は生まれたその問いを言わずにいられるほど、大人でもない。
「なら、アイリは私がいたほうがいいの?」
「……うん。レーネがいてくれた方が嬉しい」
「そっか」
なら、もう少し続けてもいいかもしれない。
……ここは私の居場所じゃないけれど。でも、私がアイリの居場所になれるのなら。
もう少しぐらいはこの部屋にいてもいい。
なんて。
自分でも意外だったけれど、そんなことを想うなんて。
そんな私のことを私はそこまで嫌いじゃないらしい。
それはきっとアイリのおかげで。
そう思えば彼女と出会ったことは、私にとっても幸運だったことらしい。




