第8話 手を握る
討伐隊の魔法師には基本的に命令は与えられていない。緊急事態に即応可能にするという意味なのかなんなのか知らないけれど、毎日規定の敷地内にいないといけない。
それでも一応、私は魔法師としてここにいるわけで、ずっと何もないということはない。もちろん遺物と同調できない以上、融合体と戦えと言われることはないけれど、それ以外の命令が下ることもある。それなりに稀なことではあるけれど。
今日はそういう日だった。
昨日襲来した第830融合体の死骸の探索。それが今日の仕事らしい。
通常魔物というのは魔力生物という名前通りに魔力によって身体を形成するから、魔力情報が大きく欠落すれば身体を維持することができず大部分は魔力へ還ることが多い。
けれど今回の融合体は、その例外だったらしい。
こうして死骸の大部分が残っている。
上空ではさっきまでいた空中要塞都市がずしんと浮いている。当然だけれど、融合体よりも大幅に大きい。人口はざっと数万ぐらいらしいから当然かもしれないけれど。
確か座標固定だかなんだかで浮いているらしいけれど、よくもまぁあんな大きいものを浮かせたものだと思う。あまりその必要があるようには感じないけれど。
そういえば久しぶりに地上に降りてきた気がする。
正直、あの都市にいても空中にいる実感はないから、特に感慨はないけれど。
どちらかと言えば不安かもしれない。
ここは融合体が出現した場所なだけあって、未開拓領域だから、魔物とか……それこそ融合体とかが出てきてもおかしくない。
今からそんな場所で、探し物をしないといけないらしい。それも魔物達がいる中で。あまりにも正気とは思えない。
まぁでも大半の魔物は先行した魔法師達が倒しているはずだから、探索をするだけでいいはずなんだけれど。見落としがなければ。
「アイリは……」
いないのかな。昨日聞いた感じは、確か同じ場所の探索担当範囲だと言っていたけれど。
同じ場所とは言ってもそれなりに広いし、会うのは難しいかもしれない。私は地上への最終便で来たから、先に行ってしまったかもしれないし。
いるのなら楽なんだけれど。1人で探していてもどうにもつまらないことは目に見えているし。
探してみれば、アイリの姿は割とすぐに見つかった。
彼女は幾人かで話していた。
邪魔しては悪そうというか。知らない人にいきなり話しかけられるほど、勇気はない。意志薄弱というのか。
「まぁ……」
独りでもいいか。
時間もないしとっとと終わらせよう。
……なんだか言い訳しているみたい。アイリと一緒に行きたいならそう素直に言えばいいのに。
まぁでも、わざわざああして知らない輪を崩すよりは独りのほうが楽なことは事実ではある。友人の友人を友人とは思えないし。
でもまぁ……彼女の言葉の節々からわかっていたことではあったけれど。
アイリにはそれなりに周りに人がいる。私とは違う。
なのに、どうして彼女はあの部屋に来たんだろう。
なんであんなことを。
「レーネ」
声がする。
振り向けば、そこにはアイリがいた。
咄嗟にさっきまでアイリのいた場所を見れば、もう人はいなくなっていた。
「一緒に行こうよ」
彼女は綺麗に笑みを浮かべる。
その顔を見て、どうにも私は……
なんと言えばいいのか。
知らない感情になっていた。
「あ、うん」
その感情に目を背けて、素直に頷く。
アイリに手を取られて、私達は大きな亡骸の隙間を進んでいく。
祭りの日以降、こうして手を握られるのにも慣れてきた。
抵抗感はほとんどない。少し近いと思わないことがないわけじゃないけれど。
アイリはまだ慣れていないようだけれど。そんなに無理して触れなくてもいいのにと思わないでもない。
でも、別に振り払う理由もない。
巨大な亡骸の上や中を通り、探索予定範囲を目指していく。
魔力分解が始まっているとはいえ、それなりに気持ち悪い。早く終わらせたいけれど、融合体の亡骸は視界に収まらないほど巨大で、ちょこちょこと魔法師の姿が見える。
「なんかやっぱり無理があるんじゃないかな。こんなに広いところから、魔導核を探すなんて」
融合体の強さの理由。完全循環型魔力増幅器。融合体の核。
それが今回の探し物らしいけれど、これだけ大きな身体を見れば、どうにもやる気が出ないというか。こんなの見つけられる気がしない。
「魔導核の大きさはわからないんだっけ」
「そうだね。大きさはまちまちって感じで。だいたい球体っぽい感じではあるけれど。まぁでもそれ自体が高魔力存在だから探知魔法で探せばなんとかなると思うんだけれど……」
「それなんだけれど、上に大規模探知魔法機能あるよね?」
私は頭上に浮く空中要塞都市を指さす。
あそこには魔法師が使う探知魔法とは比べ物にはならないほどの大規模探知魔法が設置されていて、それで融合体の出現とかを察知しているはずなんだけれど。
「あれは使えなかったのかな」
「そうみたい。あれはもうちょっと大雑把というか。それでも普通なら簡単に核を見つけられるんだけれど、今回はほら、これが残ってるから」
アイリが死骸を指差す。
確かに死んだとはいえ、かなりの魔力を帯びている物質が周囲にあるせいで探知魔法が妨害されるということらしい。
「だから局所的に探知魔法を使わないといけないみたい」
「それで私達が直接探さないといけないってことね……魔導機とか使ってやってくれればいいのに」
「なんか難しいんだって。魔導機だと術式の複雑性の問題がどうこうとか」
そうなんだ。
軽く探知魔法の術式を編んでみる。
これぐらいなら私でも簡単に使える。
そんなにこの術式は複雑なのかな。
確かにこれは探知魔法の第4番だから簡単とは思わないけれど、魔法学校では割と早く習った記憶がある。
「この辺には無さそうだね」
アイリが呟く。
彼女も同じ魔法を使ったらしい。
というか、これ同じところで探知魔法を使っても効率が悪い気もする。
でも、手を繋いだままじゃそこまで離れることはできないし……まぁ、仕方ないか。
「あの、これ放してもいいかな」
「え、あ、う、うん。たしかに少し離れた方がいいよね」
そんなに悲しげな顔をされても困る。あんまりゆっくりやるのも怖いし。
周囲の魔力濃度が高すぎて、あんまり周囲の様子がわからない。まず無いと思うけれど、魔物とかが急に来たら困る。
というかなんでこんなに魔力濃度が高いんだろう。
……まぁ、理由は1つしかないか。この巨大な死骸のせい以外には考えられない。
「そういえば、これってなんで残ってるの?」
「えっと……総体型融合体だったからじゃないかな」
「総体型っていくつかの魔物がくっついてるやつだよね」
「そう。今回は4体って言ってたかな」
4体。
それが純粋に1体より4倍強いということにはならないのだろうけれど、扱える魔力情報が多ければそれだけ取り得る形状や使用魔法の数が増えそうというのはわかる。
「基本的に融合体は1体の魔物の魔力情報を拡張することで強大になるわけだけれど、それが今回は4体だからね。もちろんそのうち中心は1体で残り3体は補助のような形なんだろうけれど」
「もしかして魔物の数が多いほど強くなるってこと?」
「そうだね。それこそ少し前に出た総体型には個体数が100ぐらいのもいたよ」
100って。桁が2つも違う。
流石に多すぎるというか。魔導機械もそんなに大量の魔物を制御するのは大変だろうに。
「あ、これ」
そんな風に話してみれば、ふと探知魔法に何かが引っかかる。その場所を見ればそこには拳ぐらいの石があった。
「これが魔導核?」
「うーん。外れじゃないかな……魔導核ってもう少し球体っていうか……」
アイリも同じものを見て呟く。
たしかに、これが魔導核ならその辺の石ころだって魔導核になる気がするし。
「まぁとりあえず持って帰ればいいんだよね」
私は適当に回収袋に入れる。
これが魔導核がどうか判断するのは私達じゃない。言われたことだけなるべくやっておけばいい。
楽でいい。判断するのは疲れるし。
それから同じような石をいくつか見つけた。多分その全ては魔導核ではなくて、魔力が濃いせいで帯魔状態になっているだけのただの石だとは思うけれど。ただの石というか、金属というか。
この3つ目に見つけた石なんかは、少し青く光っている気もする。魔力を帯びると光る金属というのも少し面白い。魔導核候補の石を手の中で遊んでいれば、ふと疑問が生まれる。
「もしこれが魔導核だったら、何に使うの?」
「大体は遺物の元になるんじゃないかな」
「遺物の元? 魔導核自体が遺物になるの?」
魔導核を解析して遺物を作っているって聞いたけれど。
というか、それはアイリから聞いた話なんだけれど。どうして当人から別の言葉が出てくるのか。
「……一般的には遺物は魔導核を解析して作られるっていうけれど、多分実際のところは魔導核を魔法師用に調整しているだけな気がする。正直、完全循環型魔力増幅器なんて仮初でも再現なんてできるとは思えないっていうか……」
「まぁ言われてみればそうだけれど」
完全循環型魔力増幅器は実質的に魔力量を無制限にするものだけれど、今の人類の持ち得るものの中で明らかに突出しているという気はする。
魔力を扱う技術の発展によって、1つの都市を空中に留めていられるぐらいになったけれど、それでも無限の魔力には程遠い。今でさえそんな感じなのだから、50年前に再現できる気はしない。
「魔導核をほとんどそのまま流用しているのなら、魔導核にも魔物との同調率みたいなのがあるのかな」
「……どうなんだろう。確かにあってもおかしくないけれど……安全性を度外視して、魔導機械による制御下なら、無理やり同調させるのも可能なのかも」
確かに融合体が魔物の安全性を考えているようには見えない。
それどころか雑に扱っているような感じはする。魔力さえあれば大抵の損傷はどうとでもなるからなのだろうけれど。そういうところは魔力生物らしいというか。
「だからそういう意味でも遺物との同調はちょっと怖いよ。同調って言葉に誤魔化されているけれど……実際のところは魔力的融合だから。仕組みは融合体とほとんど変わらない気がするし」
「まぁ……たしかに」
魔導核と魔物。
遺物と魔法師。
アイリからの話を聞けば聞くほど、違うのは制御しているのが、魔導核主体か魔法師主体かの差しかないのかもしれない。
「……でも、それしかないから、仕方ないけれど」
「まぁ……そうなるよね」
実際の所、遺物というものを使わなければ人類は滅びる。
それなりの危険や、解析しきれていない未知があっても、使わざるを得ないというのが魔法師管理機構の本音なのかもしれない。
「普段はあの部屋にいるからわからないけれど、融合体ってちゃんと人類の危機なんだね」
自分で言ってて、とても今更だと思う。多分、ここにいるほとんどの魔法師はそれを理解している。
けれど、私には遠い出来事でしかないから。アイリとこういう話をするときぐらいしか、ちゃんとそれを実感しない。そう思えば、やっぱり私はここにはふさわしくない気がする。いや、それは入る前からわかっていたことだけれど。
「……ん?」
音がする。
何かが動くような音が。
こんな場所でこんな音を上げるのは1つしかない。
「レーネ、ここに来るよ」
アイリの警告と共に、音の正体が融合体の亡骸を突き破り目の前に現れる。
ケイアス種の一種だろうか。毛並みを逆立てた存在がこちらを睨む。
肉片が飛び散り、少しばかりぐろい。
どうやらこの魔物は先行部隊の偵察から逃れたらしい。まぁ、これだけ魔力濃度が高い中だと仕方ないかもしれないけれど。
魔物は私とアイリの間に出現したけれど、一応狙われているのは私っぽい。アイリじゃなくて良かった。見たところ、この魔物の魔力量はそこまで多くない。多分、そこまでの脅威じゃないはず。私の魔法でも十分倒せる……と信じたいところ。
そんなことを思いながら腕を振る。魔法を放つ。
使う魔法は魔力放出系攻撃魔法第1種魔力弾。
魔力を飛ばすだけの単純な魔法だけれど、それだけに使いやすい。
それと同時に魔物も右に跳ぶ。
躱された。
次はもう少し速度を上げないと。
接近される前に決着をつけないと面倒なことになる。
魔法を放てるのはあと3回か。
そう思いながら再度術式を編む。
それと同時に近くで魔力が膨れ上がる。
「ぇ?」
瞬間、閃光が駆ける。
その光は魔物の首を貫いていた。
これをしたの私じゃない。そしてこの場には私以外には1人しか人はいない。
「ぁ、ありがとう」
編みかけた術式を霧散させる。
アイリの方を見れば、巨大な魔力の残滓が漂っていた。
「ううん。レーネが気を引いてくれてたから」
……さっきのは魔法。
光系攻撃魔法第一番。光線。
魔物の死骸には小さな穴が開いている。
これが光線によるものなら、かなりの魔力出力がいる。
光線は指向性の持つ収束光を放つ魔法だけれど、その魔法単体で実戦運用するにはかなりの魔力出力が必要になるはずなのに。
「アイリ……すごいね」
「……えっと。光魔法はちょっと得意だから」
これでちょっと……?
まぁ……アイリのとってはそうなのかもしれない。
「それにしても、魔物と戦うなんて久しぶりだよ」
魔法学校の実習授業以来か。
そう思えば、さっきのが私にとっては初めての実戦だったのかもしれない。実習授業も、ほとんど実戦形式だったけれど。
「魔物も魔導核を狙っているみたいだから。大きな魔力っていうのは気になるみたい」
「へー……だから、私が狙われたのかな」
ちらりと魔導核もどきを入れている袋に目をやる。
これのせいか。なら、私が持っていて正解だった。
目の前の誰かが狙われているのを見るのはあまり好きじゃないし。
「さて、そろそろ戻ろうか。一応、指定範囲の探索は終わったし」
「そうだね。うん」
その言葉と共に、アイリは私の手を握りなおす。
探知魔法を使わなくてもいい帰り道は放す理由もない。
それが……うん。恥ずかしがらずに正直に想えば、とてもありがたかった。




