第7話 導きの中に
過去を思い出す。と言っても昨日のことだけれど。
アイリとの会話を思い出す。
こんな夜に起きている理由を。
「い、一緒に祭り……行かない?」
「祭り? あー……明日だっけ」
「そ、そう。どうかな」
「うーん……」
一瞬考え、すぐに答えはでた。
「私は行かなくていいかな」
「ぇ……」
私の返答にアイリは一瞬、掠れた声をあげていた。
それに今思えば、少しばかりなんというか……泣きそうだった。
「なんで……?」
「えぇっと……あんまり人混みは好きじゃなくて」
この答えは真実の全てじゃないけれど。
でも、無難そうな答えをしておかないといけない気がした。
ここで注意するぐらいなら、その前の答えからもう少し注意して答えて欲しいけれど……でも、吐いた言葉は戻らない。
「それじゃあ……ええっと……」
アイリは目をぐるぐるとさせ、次の言葉を呟いた。
「……そ、そうだ。明日もこの部屋で会わない? 明日は休日だけれど。でも、夜に。どうかな……?」
「うーん……」
アイリはこれで私が断れると思っているのかな。
あまりにも断りづらい。少しばかり目じりに涙が見えているし。
……まぁいっか。別に何か予定があるわけじゃないし、外に出たくない理由があるわけでもない。
「わかった。明日もここでね」
そう答えた。
そんな答えをしてしまったばかりに、こんな夜に外に出る。
「はぁ……」
息を吐く。
少しばかり白い。
まだ本格的な冬というわけじゃないんだろうけれど、それなりの寒さがある。外気に晒された手が少し痛い。
この辺りの冬は長いけれど、空中要塞都市の機能か何かで何とかならなかったのかな。まぁ季節感を感じるというのは、この隔離された場所では大切な事なのかもしれない。
けれど、こんな夜に出るのは久しぶりかもしれない。
星が明るい。いつもこの時間は家で横になっているから。
普段は静かなこの辺も心なしか今日は少し騒がしい。
今日は休日だけれど、同時に祭りの日でもある。
解放祭、そう呼ばれている。由来は良く知らない。魔神教関連の言葉だとは思うんだけれど。
時間を確認する。
まだ時間はある。
余裕があるというほどではないけれど。
宿舎の一室を出て、廊下を歩き、道路に出る。
しばらく歩けば、いつもの交差路を右に曲がる。
そうすれば、訓練所が顔を出す。
その先にあの部屋がある。
いつもは昼間に来るけれど、夜にはほとんど来ない。
それは明かりがなくあまりにも暗いというのもあるし、昼間の指定基地内にいないといけないという義務要件を満たす必要がないからというのもある。
あの部屋は別に逃げ場所でしかなくて、好んでわざわざ行く場所じゃない。
でも今は夜なのに、あの部屋を目指している。それは変化なのか。それとも。
きぃと音を立てて扉を開ける。
「あ、レーネ。おは、じゃないよね。こんばんは」
「うん。こんばんは」
アイリはもう来ていたらしい。
いつもと違い、着物を着ている。
「待った? ごめんね」
「ううん。別に。私は……その、暇だったし」
「そっか」
ちらりと時計を盗み見る。
集合時間には遅れていない。
それならまぁそこまで罪悪感を覚える必要もないのかな。
「それにしても、着物ね。持ってたんだ」
「う、うん……その、貸してもらって。私はいらないって言ったんだけれど……」
アイリは少し目を伏せる。
恥ずかしいらしい。まぁ確かに普段はそういう服装はしていないけれど。
でも、祭りの日なのだからそこまで恥ずかしがる必要はない気がする。さっきも同じような服装をしている人達が流れていくのを見たところだし。
「でも、良いんじゃない。気分も上がるでしょ?」
「……どうかな。だって、こんなの着たことないし」
「そう? そうは見えないけど」
それなりに着慣れているように見える。似合っているというべきか。
アイリの場合は動きが綺麗だから、そのせいかもしれない。不自然さが薄いというか。私じゃ多分こうは行かない。
「そ、それはよくて。ほら、こっち」
アイリはいつも座っている場所とは反対側の方の椅子に座る。
この部屋は外壁に埋まるように存在していて、要塞都市外部を見ることができる窓の反対側には都市内部を見ることができる窓がある。
なんとなくだけれど、元々この部屋は監視用か何かだったのかもしれない。なんにせよ、今は使われてはいないようだけれど。
「ここからなら祭りが見えるかなって。ほら花火とか」
「花火が見たかったの?」
「……子供っぽいかな」
「どうかな」
典型的とは思うけれど。
まぁでもそれが悪いことだと思うほど、何かに染まっているわけでもない。
「アイリは子供っぽいのは嫌なの?」
「……レーネにそう思われるのは嫌かも」
「そっか」
私は別にどちらでもいいけれど。
そこまで彼女に何かを求めたりはしない。何かを求められるほど、何かを与えてはいないから。
「……だってレーネが子供だとは思わないから。置いていかれてるみたいで」
「そう見える?」
アイリは頷く。
彼女はどう見えているのだろう。
私のことが。
「私は、子供だよ。まぁ子供でも大人でもないと言った方がいいのかもしれないけれど」
私はもう16歳。
大人になったはずなのに。年齢だけで言えば。
「大人になるために必要な物が手に入らなかった気がする」
「……レーネは大人になりたいの?」
どうだろう。
「それも、手に入らなかったものかもね。でも、みんな否応なしに大人になっているように見えるよ。自らの意志で進む道を決めて、意志に準じて生きている」
みんながそれを望んだのかは知らないけれど。
「そして、大人になっている」
私は違う。
自分の物には見えない私の手を見つめる。
自分の意志がない。この私という総体は、私自身の中ですら相対的で、統一された意志や視点というものを持とうとはしてくれない。
そういう悩みを持っていたのは私だけではないはずなのに、気づいたら皆は悩みを解決するか折り合いをつけて前に進んでいっている。
私だけだ。ずっと同じ悩みの中で生きているのは。
「気づいたら、こんな風にしているのは私だけみたいな……そんな気がする」
それが寂しいとか、悲しいとかそういうことを思うほど誰かに期待してはいないけれど。事実として、私は独りだと感じる。
……いや、これは強がりか。
私は独りで寂しいのかもしれない。
「私は……私はレーネと一緒にいるよ」
「……それなら助かるけど」
アイリは綺麗に笑う。
でも、それが叶うとは思えない。
きっといつかは別れがくる。
いつか彼女はこの部屋から出ていく。私を置いて。
それは予感などではなく、ほとんど確定した未来のようにしか感じない。
……まぁそうでなくても、規定により5年経てば私は討伐隊の魔法師ではいられなくなるのだし。今から考えても仕方ないことだけれど。
「あ、光ったよ」
ふと窓の外が光る。
「花火?」
「あれは多分、魔法師の出し物だよ」
巨大な術式で組まれたであろう魔法の光が空中に鮮やかな光を生み出す。
それはいわゆる綺麗な光だった。私にはそうは見えなかったけれど。
そして光は空中で様々な生き物の姿に変わっていく。
ラーカイ、ガルバイエ、ケイアス、ラコ、竜といった様々な魔物の姿を模る。
「すごい術式だね」
「そうだね。少し魔物の姿が現実的過ぎる気もするけれど」
「……まぁね。ちょっとぐろいかも」
ちょっとかな。
あれだけ魔物の姿を真似ている光を生み出すのは確かにすごいけれど。
少し怖い気もする。現実的すぎて。
「……あれは、5と12……いや、15あたりの術式を使っているのかな」
アイリが呟く。
それが光魔法の種別を言っているのはすぐにわかった。
流石にそれがわからないほど、魔法学校で何も勉強しなかったわけじゃない。
光魔法の5と12と15がどんな術式なのかは忘れてしまったけれど。5は光の維持だっけ。
「見るだけでわかるの?」
「まぁ、その……光魔法はちょっと得意で」
「そっか。すごいね」
多分それはすごいという言葉で片付けられるほどの事ではない気がする。流石にこれが誰にでもできるとは思いたくない。
まぁでも好きな魔法系統に関してなら、推測ぐらいはできるのかな。私にはそういうものはないからあれだけれど。
そんなうちに次第に光は弱まっていく。
そしてまたしても星明りだけの世界になる。
「あ、終わっちゃった……」
「……まだあるみたいだよ」
けれど、少しすれば、次の光が灯る。
次は大きな光の花だった。また別の組の出し物らしい。
「わぁ……綺麗だね」
私はその言葉に返事を忘れる。
すごく楽しそうにしているアイリの横顔があまりにも。
……あまりにもこの場所には似つかわしくなくて。
「……祭り、行かなくて良かったの?」
「え?」
私の漏らした言葉にアイリが振り向く。
彼女の横顔を光が照らす。
「行きたかったのかなと思ったんだけれど。違う?」
アイリは私を祭りに行こうと誘った。
私は興味がない上に色々と面倒になる可能性が高そうだったから断ったけれど。
そんな服装をするほど祭りが好きなのなら、行けばよかったのに。わざわざこんな部屋に来なくても。
「違わないけれど……」
「けれど?」
「……言いたくない」
「そっか」
なら無理に聞き出すこともない。
まぁ1人で行くのも居心地が悪いのかもしれない。祭りというのは大抵、2人以上で行く人ばかりらしいし。
その瞬間に、大きな音がする。
それはどう聞いても花火の音で。
「綺麗だね」
「……うん、すごい」
いちおう定型的な言葉を放ってみれば、アイリは感嘆の声をあげる。
けれど、実際のところ、私にはあまり花火の良さはわからない。
私はあまり色に敏感じゃないから。いや……隠さず言うのなら、私はほとんど色の違いがわからない。
別に色覚異常なわけじゃない。
聞かれれば色はわかる。けれど、それに感想を持てない。きっと、色に対して実感を持っていない。
私の現実は白黒のようなものだから。
花火もただの無数の色の集合だとしか捉えていない。
それを綺麗だとは本心から思えるほど、感受性豊かでもない。どちらかと言えば感受性が失せているのか。
「……あのね。さっき、どうして祭りに行かなかったのかって聞いたけれど……」
アイリが花火の音の中でぽつりと呟く。
横を向けば、彼女は花火ではなく私を見ていた。
横顔が色とりどりに照らされている。
「レーネと一緒にこれを見たかったからだよ」
「……そうなんだ」
「うん。それだけ」
「そっ……か」
多分、もう少し何かを返答したほうがいい。
けれど、それ以上、なんて返せばいいかわからない。
そんな風に言われても、相変わらず私はぼんやりとした返答をしている。
「だから、ありがとう。今日、来てくれて」
「約束したからね」
「そうだけど……でも、ありがとう」
「じゃあ、まぁ。どういたしまして」
自分で言ってて首を傾げる。
感謝されるほどのことをしている気はしない。
少なくとも私はアイリに何もしていないのだから。
それからしばらく花火を眺めていた。
互いに話すことはなかったけれど、アイリは楽しそうだったし、気まずくはなかった。
きっと、私は彼女がこの部屋にいてくれるだけで、それなりに満足しているらしい。独りじゃないという錯覚をさせてくれるからかもしれない。
ふと、私の手に何かがふれる。
温かい何かが。
「アイリ?」
見てみれば、それは手だった。
彼女の手が私に触れていた。けれどすぐに戻っていく。
「い、いや……その」
アイリは目を伏せて顔を赤くして何も言わない。
けれどその行動の意図が推測できないほど鈍感でもない。……もし外れてたら恥ずかしいけれど。
「……手を繋ぎたいの?」
「……うん」
どうやら推測通りだったらしい。
一瞬考える。
けれど、手を繋ぐことにそこまでの抵抗感はない。それに私も少しは歩み寄ると決めたのだから。
「寒いなら好きにして良いけど」
「ほ、ほんとに」
彼女はぱぁっと嬉しそうに笑って、私の手を握る。
触れ合う彼女の手はどこまでも温もりを帯びている。
……こんなに温かいなんて。
錯覚してしまいそうになる。
でも……
でも、アイリは私とは違う。色のある世界の住人だから。




