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第40話 心に巣くう刃

 今日はアイリが家にいない。

 こういう日は時折ある。彼女がいない休日。大抵、理由は検査とかそういうもので、傍目からみても頻度が多いと思うけれど、同調者の同調率とその精神状態確認はそれぐらいには重要であることぐらいはわかる。

 私も特にやることはなく、昼間から家でなんとなしに映画を流していた。


 こういう1人の時に、過去というか、後悔を思い出すときがある。

 私にとって過去というのは大抵の場合、後悔の記憶か寂しい記憶しかない。今までの人生とは、そういうものだった。少なくともアイリと出会うまでは。


 アイリが私と一緒にいたいと言い出してからかもしれない。私が過去の後悔や未来の不安から逃れて、今にいることができたのは。アイリのおかげで、私は様々なことを忘れて、今にいることができる。彼女が強い想いをもって、私を引き留めてくれるから。


 けれど、最近はまた過去のことを思い出している。過去の事というか、正確には魔法学校時代のことというか。ティスタと話したから。


 映画はあまり面白くない。一応、前作をこの前見たときはもう少し面白かったのに。つまらないというよりは、頭に入ってこない。思考が過去に遡ろうとしている。


 瞬きをすれば、過去が蘇る。

 泡が流れる音がする。


 魔法学校では何かしら研究をして発表するという授業があった。二人一組になって、指定された項目に対する研究成果を発表するみたいな形式のものだった。

 私の組は魔力干渉領域における魔力密度変化時の周期規則の解析術式の改良点についての研究だった。正直、よくわからなかったけれど、それなりにやってみたりはした。私がやったことが意味があったのかは知らない。それに対して、私の相方だったミリアムはとても優秀な人で、なにかしら重要そうな発見をしたらしい。


 ……正直言えば、この研究という授業は少し楽しかった。久しぶりに誰かと深く話した気がするし、上手くいっていたから。上手くいっているように見えていたから。


 思えば、私は誰かと話すのが好きなんだろう。いや、誰かに話すのがといった方が良いかもしれない。でも、私は致命的なまでに会話が苦手で、相互的会話が上手くできなかった。

 でも、ミリアムはそんな私の欠点に目を瞑ってくれていたのか、気づかなかったのか、それなりに仲良くなっていたと思う。会うのは週に1回ほどであったし、研究以外で会うこともなかったから、友人と言えるほどなのかはわからないけれど。


 研究発表での優秀者には学長賞が贈られる。学長賞を取れれば、研究職として良い席が手にはいるという噂があった。私は信じていなかったけれど、今考えればミリアムはそれを信じていた。


 担当の先生も、ミリアムの成果は認めていて、学長賞は確実だと言っていた。私はお世辞だと思ったけれど、彼女は信じたようだった。

 学長賞かどうかは十数人の先生達が各発表に点数をつけて決まる。そんなの個人的な感情みたいな運の要素が大きいだろうに、確実に学長賞になるなんてことがあるとは思えない。ミリアムはそうは思わなかったらしい。


 ミリアムはとても準備をして、贔屓目無しにもいい発表をしていたと思う。対して私はそれなりの準備をして、それなりの発表をした。

 結果は2位だった。

 1位は仲の良い2人による同時術式展開による相互術式補完という実演を含めた発表だった。

 

 それから発表終わりに懇親会という名の宴会が行われた。私はすぐにでも帰りたかったけれど、全員参加らしく、隅の方で座っていた。会場である広間の奥には、広間から死角になる位置に腰掛けがあって、そこに座っていた。そこは多分、使う予定がないようで明かりがついていなかったけれど、薄暗いというぐらいには明るかったから問題はなかった。


 広間から貰ってきた飲物をちびちび飲みながら、広間の喧騒から耳を背けて、外を眺めていた。遠くの外では別の学年の男女が並んで座っているのが見えていた。彼らが何を話しているのかはわからなかったけれど、楽しそうな笑い声が時折聞こえていた。


 広間のほうからは将来の話が聞こえてきていた。15歳から就職する人と進学する人に別れるからか、そういう話が多かったのかもしれない。

 私も討伐隊に入ることは決まっていたぐらいで、あまり良い気分ではないままに過ごしていた気がする。同時に、諦めてもいた気がするけれど。


「レーネ」


 少しばかり時間が経って、宴会も終了間際になった頃。ミリアムに見つかった。そして何か言わなければならないと思った。

 だって、彼女は気まずそうに黙っていたし、大抵喋るのは私からだったから。


「えっと、今日は良かったね。2位だって」


 嬉しくはなかったけれど、とりあえず言葉をだす。それに少なくとも、3位だったことは良いことだと思っていたから。

 けれど、ミリアムはその言葉にきゅるりと目つきが変わり、言葉を詰まらせたのがわかった。その時、彼女が何を言おうとしたのかは知らない。今もわからない。


「あぁ、いやその。幸運だったかなって。2位で。1位じゃなかったのはそれは残念だけれど、でも。ほら、ミリアムの努力の成果っていうか。ありがとうって言いたくて……ミリアム?」


 ずっと黙っていた。彼女はずっと無言で、私を見ていた。

 私の問いに彼女はぱちりと瞬きをしたのを覚えている。

 ……私の言葉はミリアムを励まそうと思って口に出した。ミリアムが1位を目指しているのは知っていたし、そうじゃなくて悲しんでいると思ったから……だから、2位であることを認めるのが良いと……その時の私は本心からそう思っていた。はず。


「悔しくないんだ」


 だから、わからなかった。言葉の意味が分からなかった。

 今になれば、ようやく理解はできたけれど、まだ共感はできない。永遠にできない気がする。


「私は悔しいよ。もう少しだったのに。もう少しで学長賞だったのに。あと一歩だったんだよ。そしたら私は」


 ミリアムらしくない多くの言葉に、失言したらしいことを理解した。

 多分、このことが原因だと思う。私には考えなしに言葉を紡いでしまうという悪癖があることに気づいたのは。


「レーネは悔しいとか思わない? もう少し必死にやってたらって。負けて悔しいとか思わない?」


 思わない。それは今でも変わらない。

 私は学長賞なんか興味はなかったから。それに負けたという感覚もなかった。

 けれど、ミリアムは違った。彼女は多分勝てると考えていて、そして勝ちたいと思っていた。1位になりたいと。


 ……それを知らなかったわけじゃない。けれど、それを私にまで押し付けられても困る。だって、私にはどうしようもないことにしか感じないのだから。


「私に言われても困るよ」


 その時のミリアムの眼は忘れたい。

 瞳が黒く染まっていて、私のことが映らなくなっていく記憶。


「ごめん。期待しすぎた」


 ごとりと音がする。

 記憶が傾く音がする。


「でも、失望した」


 それだけ言って、ミリアムは広間に消えた。

 それから会っていない。私はもう会いたくなかったし、ミリアムだってそうだろう。


 そんな過去を思い出していた。

 気づけば日は傾きつつある。


 あの時の私は飾らずに言うのなら、ミリアムと仲良くなりたかった気がする。基本的に魔法学校での生活は孤独だった。私は孤立していて、とても寂しくなかった。だから、それが授業の一環だとしても、久しぶりに誰かと話すことが楽しかったらしい。


 アイリのことを寂しがりと言ったけれど、本当に寂しがりなのは私のほうだ。

 私はとても寂しさを感じやすくて、誰かと一緒にいたい。けれど、私の心は致命的なまで刺々しくて、誰かと一緒にいることに向いていない。相手を傷つけてしまうから。失望させてしまうから。

 

 でも、アイリは私の傍にいてくれる。

 傷つけるようなことも言ったのに。それなのにアイリはずっと私のことを大切にしてくれる。期待した目で見てくれる。でも、それは過剰なものにしか見えなくて。


 かちかちと時計の音がする。

 時間が流れている。けれど、まだアイリは帰ってこない。

 映画はあまり面白くない。こうして面白くないと感じるのは、私の感覚が鈍いせいかもしれない。心の在処が、独りではわからないから。

 

 このままアイリが帰ってこなかったら……そんなことはありえないけれど、少しばかり考えてしまう。

 アイリに失望されたくない。捨てられたくない。彼女の瞳の中に私が映らなくなったらどうしよう。彼女が私のことに興味が無くなってしまったら、私はまた孤立してしまう。この現実にいられなくなってしまう。


 そんな感情があったなんて。

 思ったよりも、アイリのことが好きらしい。好きとは違うか。好きというよりは、アイリとの関係がかけがえのないものになりつつある。


 ……怖い。というよりは不安に近いのかもしれない。

 かけがえのないものを失った時、私はどうなるんだろう。


 私はアイリの望んでいるものを返せていない。天秤はすでに傾いている。いつ崩れてもおかしくはない。……変な事を考えている。不安になっているらしい。ただアイリが少し出掛けているだけで。


 膝を抱き寄せる。近くのぬいぐるみの視線を感じる。

 

 気づかぬうちに私の中の想いも少しは大きくなっていたらしい。

 それは嬉しいけれど、同時にとても怖くもある。アイリとの関係を失った時、私は正気でいられるのかな。それがとても怖くて、目を背けたくて……私はもう少しばかり、自分の身を抱き寄せる。


 どれぐらいそうしていただろう。

 適当に流していたつまらない映画の音はいつの間にか消えていた。ただ時間だけが流れていく。

 何をしているんだろう。私は。何もせずにこうして自分の不安すら制御できずに。


 がちゃり。

 扉が開く音で目を開ける。現実を見るのは怖かったけれど、桃髪の彼女の姿は視界に収めておきたかったから。

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