第38話 手のひらを光に
「またね。アイリちゃんも」
大きくティスタが手を振る。
私はそれに小さく手を振る。隣のアイリも小さく頭を下げる。どうやら私がぼんやりとしている間に、それなりに仲良くなっているらしい。
ティスタの怪我は治したけれど、念のために病院に行くとか。私もそれが良いと思う。やばそうなら、第五世代回復魔法を使ってもらえると思うし。ついでに遺留品とかの提出もやってくれるというのだからありがたい。
欠損した右足を治すために、私も本当はそうするつもりだったのだけれど、既に私の右足は元通りになっているから行く必要はない。
アイリが第五世代回復魔導機を使って治してくれたから。どうせ都市に戻れば、病院で治すつもりだから大丈夫と言ったのに、彼女は聞く耳を持たなかった。
というわけでアイリと帰路についたのだけれど。
遺跡から帰ってくる時も、ティスタとアイリが挨拶というか世間話をしている時もそうなのだけれど、彼女はずっと私の手を握っている。それだけじゃなく距離も近い。
いや、別にアイリは日ごろからかなり距離が近いし、私の手を握るのが好きだけれど、それにしてもいつもより距離が近いような……それこそ誰かの前でもこんなに近寄ってくることは少なかったのに。それに歩くのが早い。気のせいかもしれないけれど。
「本当に良かった……レーネが無事で」
その声はいつものように穏やかで、するりと流れるような綺麗な声だったけれど、同時に心の底からの安心がにじみ出ていた。
そんな声を聞いてしまえば、距離が近いことぐらい気にすることは無い気がしてきた。こうして無事にアイリと家に帰ることができるのだから、それでいい気がする。
「アイリがくれた回復魔導機がなかったら死んでたよ。ありがとう」
「……またあげるよ。今度からずっと持ってて」
そんなにぽんぽん渡して貰っていいのかな。
多分、かなり貴重なものだと思うし、アイリの方が危ないことが多いのだから、持っていて欲しい。まぁ、アイリはその強さ故に使う機会も少ないだろうけれど……
「でも、多分あの遺跡にはもう行かないと思うよ」
多分だけれど。
流石に今回のことは上からしても想定外だったのだろうし、恐らく危険度が跳ね上がる気がする。今回の魔物はざっと2級から3級程度の強さだったし、私のような魔法師が行ける場所じゃない。
流石にそんな場所に行けと言ってくるほど、討伐隊に余裕がないわけじゃない。はず。
というか、私もその想定外に遭遇した人だから、あとで報告とかをしないといけないのかな。一応、軽くはティスタがやっていたけれど……あれだけで良いということになってほしい。面倒だし。
「それでも持ってて。心配だから」
「そんなに?」
「……うん」
……そんな不安気な顔をしなくても。
「戻ってきたら、警報が出てて、被害報告も出ててね」
震えた声で呟く。
握りしめた手が強くなる。ぎゅっと。
「レーネに何かあったらって。もし。もしも……死んじゃったらって……」
それで急いで私の担当場所まで来たということらしい。私の前の前に降りて来れたのは、探知魔法で見つけたのだろう。
嬉しいけれど、少し過剰な気もする。私のような人のために、同調者という存在が動くなんて。でも、きっとアイリにはそういうのは関係ないのだろうけれど。
「私がいなくなったら、悲しい?」
「うん。悲しいよ。きっと耐えられないぐらい」
「……なら、帰ってこれて良かったよ」
アイリがさっきから距離が近いのは、多分これが理由らしい。私がいなくなるかもしれないと思ったから、安心したいのかもしれない。
……うーん。
どうにも、アイリは私のことを重要視しすぎな気がする。嫌ではないけれど。いや、正直に言えば、それをとても嬉しいと思っているらしいけれど。でも、よくわからない。
「そういえば、アイリは大丈夫だった?」
「私は、うん。大丈夫。怪我もないし」
「そっか。無事で良かった。じゃあ、遺跡内に高い魔力があったってのは融合体じゃなかったんだね」
アイリが隣で頷く。
「中心にいたのは、魔物だったよ。遺跡内の高魔力で異常成長したフレシアス種だと思う」
フレシアス種……たしか、植物型の魔物だったっけ。言われてみれば、今日の魔物についていた花は似ていた気もする。蔦を伸ばして獲物を絡めとるのも特徴としては一致するし。
「でも、フレシアスって寄生するっけ?」
「普通はしないけど……特異個体だったんじゃないかな。多分、魔物に自分の一部を寄生させることで、仲間を増やそうとしてたのかも。だから、中心部は沢山魔物がいたよ」
私が今日戦ったのは、その寄生された魔物だったのかな。
つまり、アイリが戦っていた場所には今日戦った魔物みたいなのがたくさんいて、しかもさらに強い本体までいたということで……そんな場所絶対行きたくない。アイリもそんな場所に行く勇気があるというか、同調者としての仕事なのはわかるけれど……
「ほんとに大丈夫? 私の方が心配なんだけれど」
「……大丈夫だよ。同調者だからね」
隣のアイリはちょっとばかりわざとらしく胸を張る。
まぁたしかに同調者としての力があれば、私が戦った魔物ぐらい敵ではないんだろうけれど。
「でも、数が多くて大変だった。本体を倒すのには結構時間がかかっちゃった。3人もいたのに」
同調者が3人って。融合体相手ならともかく、異常成長したとはいえ、魔物相手じゃ少し相手がかわいそうになる戦力差かもしれない。
いやまぁ、アイリの推測通りなら、その本体の一部が私を殺しかけたのだから、同情とかをするのは意味がわからないけれど。でも、本体の一部か。
本体の一部って……もしかして。
「もしかして倒してくれたからなのかな」
「……えっと?」
「あ、ごめん。戦ってた魔物の動きが急に遅くなったんだけれど……」
あれは今考えてもよくわからない。どうして最後だけで急に速度が遅くなったのか。あのまま拳が振りぬかれていれば、私は確実にここにはいない。今頃、ティスタ共々、魔力に還っていた気がする。
「あれは本体を倒してくれたから弱くなったー……みたいな感じなのかなって」
結構、的を射た推測かと思ったけれど、アイリは首を傾げる。
「うーん……本体って言うとあれだけれど、実際のところは親と子みたいな関係だし、そんなに連動しているって感じはなかったよ。本体を倒した後の、周りの魔物は止まらなかったし」
「そっか。じゃあ、違うのかな」
なら、もうお手上げかもしれない。
ティスタがやった可能性も考えたけれど、あの時は意識を失っていたし。
まぁ幸運ということにしておこうかな。ちょっと能天気すぎるかもしれないけれど。
そんなことを話していれば、家にたどり着く。
この場所に帰るたびに思うけれど、私にとってももうこの場所は家で、帰る場所になっているのは随分と影響されやすすぎる気がする。まぁ流されやすい私らしいとも思うけれど……
「ただいまー……っ、な、なに?」
扉を開け、家に入った途端、アイリは私のことを抱きしめる。後ろで扉が閉じる音がする。
少し前の私なら拒絶していそうだけれど、今は驚くだけですんでいる。それぐらいには変化している。なんでそんなことをとは思うけれど。そしてその答えはすぐにアイリ自身の口から放たれる。
「……怖かったから、撫でてくれる?」
いいよという代わりに、私はアイリとその場に座り込む。
いつもの座布団や敷物がない床は少しひんやりする。そのせいか、アイリの持つ想いの熱がすごく強く感じる。
彼女の身体がゆっくりと私の胸の中になだれ込む。アイリのふわふわした髪が少しくすぐったい。でも、私はこの感覚が嫌いじゃない。
「レーネ、本当に怖かった……」
要求通りに撫でていれば、アイリはそんなことを呟く。
くっついていることから察していたけれど、どうやら相当怖かったらしい。アイリ自身の方が格段に強い相手と戦っていたのに。
「そんなに怖かったの?」
「……当たり前だよ。レーネを失ったら、生きていけない」
思わず笑ってしまう。
大げさすぎる。
そんなに私がいなくなるのが怖いなんて。
よくわからない。共感できない。私がいなくなって、悲しいなんて……そこまでの価値がある気はしない。アイリには何もしていないし、ただ一緒にいるだけで。
たしかに私からしてみればこの関係はとてもありがたいし、アイリがいなくなれば寂しいけれど……彼女には私以外にもいろいろな人が周りにいるのに。
でも、アイリは私を求めてくれる。私の傍が居場所だからと言ってくれる。
未だにその気持ちはよくわからないけれど……でも、アイリがそういう気持ちなことはわかってきた。共感はしてないけれど、認識はしているというか。
「ど、どうして笑うの?」
「ううん。別に。あ、だから早歩きだったの?」
考えてみれば今日は随分と速足で帰ってきた。いつもはもう少しゆったりしているのに。気のせいかとも思ったけれど、アイリはこくりと頷く。
「早くこうしたかったから。2人きりになりたくて」
「そっか」
私は彼女の手を取る。ぴくりとアイリの手が動く。手が重なり、指が交じる。
こうして、指を絡める時に毎回思うけれど、こうして誰かの指の隙間の感触を知る日が来るなんて思わなかった。こんな互いの隙間を埋めるような感触だなんて。きっと、アイリと出会わなければ知ることは無かった。
「れ、レーネ?」
アイリがきょとりとこちらを見る。
私のことをその瞳の中に捉える。捉えてくれるのだから、ここにいる気がする。今、ここに。
「……どうかしたの?」
「なにが?」
「あ、えっと……レーネから手を握ってくれるの、珍しいから……」
そうだっけ?
そんな気はしないけれど。
手を繋ぐことぐらいはたくさんあると思うんだけれど……でも、そっか。言われてみればアイリから手を握ってくれることの方が多い気がする。
「嫌じゃないよね?」
「そうじゃないけど……」
「なら、良かった」
彼女の指をくるくると触る。そのたびにきゅるりと小さく綺麗に動く。
なんだかかわいい。動揺しているらしい。そんなに私から触れるのが珍しかったのかな。
……私も怖かったのかもしれない。
死にそうな目に遭って、アイリと会えなくなるかもしれなかったのが。
ここで生きているという実感が欲しいのかもしれない。アイリと触れ合っていれば、少なくとも1人でいるよりはここにいる感じがすることを知っている。心が現実に近づいて、私の意識が現実感をほんの少しだけでも取り戻すことを知っているから、アイリに触れたくなったのかもしれない。
「レーネ……」
私の胸の中で眠るアイリがきゅると動く。
少しでも私の近くを目指すように。
「アイリって、結構寂しがりだよね」
「……いけない?」
「そんなこと、ないけど」
別にそれで困ることは無い。
私も一緒にいることを否定する気持ちはもうないし。それどころか多分。私はこうして一緒にいることを望んでいる。
……望んでいるらしい。そんなことを。
あまり無理難題を望まないで欲しいんだけれど。
「ずっとこうしてたいな……」
アイリが呟く。
その感情は昔の私には理解しがたい感情だったけれど、今ならわかる。
一緒にいるのはとても心が安らぐ。
ずっとこうしていたい。アイリを撫でていたい。触れることを許して欲しい。
その想いがあるのはわかっている。私がアイリのことを好きなことは知っている。けれど、私がここにいられるのはあと3年半。
3年半……その先もアイリと一緒にいたい。
……そんなことを言えば、彼女は困るのかな。
私がこの都市に残ることはできないだろうから、一緒にいるのなら、一緒にここを出ていくことになるんだろうけれど……でも、彼女は同調者で……融合体との戦いのことを考えれば、アイリを手放すことを討伐隊が許すとは思えない。
彼女自身も、最近は同調者としての義務に積極的のようだし。これは私のせいらしいけれど……なら、やっぱり仲良くならないほうが良かったかもしれない。なんて。それは本末転倒というものだし。
結局、アイリの意思は私にはどうしようもない。本当はずっと私に手をこうして握っていて欲しいけれど……これ以上、アイリに願いを言うのも天秤を傾けるだけのような気もするし。
だから、こんなことは考えるべきじゃないし、考えたって意味はない。考えても辛いだけな気がする。でも、思考は止まらない。
だから、そんな想いがあることに、私は目を瞑るしかない。
目を瞑り、ふさふさとしている桃色の髪に顔をうずめるしかない。




