第37話 光の柱
「あー……」
ティスタの容態は思ったより酷い。
腕と足が一本ずつ曲がっているし、腹には穴が開いているのか出血しているし、血が出たそばから魔力還元している。
魔法師らしく魔力量が高い故にまだ生きているけれど、これが魔力量が低い人だったら既に死んでいてもおかしくない。
でも、第四世代回復魔法でも治せる範囲だと思う。
手は曲がっているけれど残っているし、腹に穴が開いているといっても、小さい穴だろうし、魔力情報の欠損率はそこまで高くなさそうだから。
「まぁ、大丈夫……かな?」
予想通り、魔導機を介した回復魔法によりティスタの身体は治る。手足は元通りになったし、出血も止まる。
多分、大丈夫そう。目に見える範囲はだけれど。
回復魔法分ぐらいの魔力が残ってて良かった。こうしてみると第四世代回復魔法もかなり便利というか。伊達に400年の間使われている魔法じゃない。
まぁ都市に戻ったら病院には行った方が良いと思うけれど。それは私もそうか。右足がないのだし。
でも、飛行魔法がある。
飛行魔法も比較的新しい魔法で200年ぐらいしか歴史はないけれど、十分効率化が行われているし、2度の貫通魔法で魔力はあんまりないけれど、少し休憩すれば大丈夫なはず。多分。昔は術式が複雑で魔力消費が膨大で飛行魔法すら一部の魔法師しか使えなかったらしい。
魔力が回復するまでは、ここで待つことにした。
正直、魔物が魔力へと還るのを見ながら待つのは怖いけれど、それ以外に選択肢はない。それにここがこの魔物の縄張りだったとするなら、他の魔物はいないはずだし。
いつまで待つかは決めてないけれど、魔力が多少回復するかティスタが目覚めるまで。もしくは、時間切れになるまで。
とりあえず緊急信号はだしておいたから、助けが来る可能性もある。多分、望み薄だけれど。
これぐらいの魔物がたくさんいるのなら、中心部を探索しているような強い人はともかく、端を探索している普通の魔法師はそれなりに被害が出ている気がする。
実際、薄っすらと聞こえる通信も雑音交じりだけれど、沢山飛び交っているのがわかる。雑音が酷くて、内容までは聞き取れないけれど、沢山通信が行われていること自体が緊急事態を告げている。
でも、これだけ通信機がうるさくなったのはついさっきからで、魔物と遭遇する前はこんなにうるさくなかった。
でも、この魔物は明らかに想定の強さを越えている。
ティスタのような優秀な魔法師が一撃でやられているし、私だって幸運だっただけで、別に勝てていない。
たまたまティスタが囮になってくれて。
アイリの回復魔導機が1度きりのやり直しをさせてくれて。
それがあっても、最後の速度勝負は実際には負けている。何故か勝って倒せたけれど。
たしかに私は魔法師としてそこまで優秀じゃないけれど、それでもこの魔物は明らかに強すぎた。魔物の等級で言えば、2級は絶対にある。どこかの班が遭遇しているなら、確実に緊急警報がでるはずなのに。
私達が最初に遭遇している。
のかもしれないけれど……そう考えるよりは同時多発的に遭遇していると考えた方が楽な気がする。
今回投入された魔法師は端を探索しているだけでも100班以上は余裕であるはずなのに、私達が最初に魔物と遭遇した気はしない。それに、それならそうで他の班にも同時に異常事態が起きるのも変な気がする。
何が起きているのかはわからないけれど。
とりあえず待てばいい。
あ、そうだった。
私は壁に寄りかかりながら立ち上がる。
どうにも右足がないと言うのは困る。早く病院で治してもらいたい。あの魔物と戦ってこれぐらいで済んだのは、相当幸運な方なんだけれど。
それでも、壁を頼りにしながら、少しずつ移動する。
目的地は魔力だまりの場所。正確に言うのなら、同じ班員のアルべとジェノが死んだ場所。身体はもう全て魔力へと還っており、衣類と物だけが床に転がっている。
これはもう死んでいる。考えるまでもなく。
魔力情報がほとんど残っていない。
いくら第五世代回復魔法が魔力情報の補完という効果とはいえ、ここまで魔力へと還ってしまえば、もう助けられない。
たしか相性もあるけれど、魔力情報が4割残っていれば回復できるんじゃなかったかな。逆にいえば、4割以下なら第五世代回復魔法といえど、どうしようもない。
「うーん……」
たしかこういう時は、何かそれっぽい持ち物を持ち帰るべきらしい。
でも私にとっては死はまだ遠いもので、どうしたらいいのかわからない。
「いちお、ね……」
癖で魔法を使おうとして止める。今は魔力は少しでも回復させた方がいい。
少し悩んでから諦めて、魔力だまりの中に手を突っ込む。適当に一番複雑そうな魔導機をそれぞれの服の中からひっぱりだす。
あんまりこんな高密度の魔力に触れたくはないんだけれど。
これぐらいなら多分害とかはないんだろうけれど、なんというか、ぎゅるりとするというか。単純にちょっと気持ち悪い。
ちょっと自分でもそれはどうかと思う。
一応、班員で少しは話したのに、あまり悲しくない。
というより死んでしまったという実感がない。こうして死と触れることがないから、どうしたらいいのかわからないのかもしれない。
それとももっと単純に、生きている実感がないからかな。
私は私の事すら他人事のように感じている。
それを思えば、他人のことなどもっと遠いのだから、何もかも実感が薄いのかもしれない。
……もしアイリが死んでしまったら。
私はちゃんと悲しいと思えるのかな。
それとも今みたいに、実感がないように思うのかな。
悲しむのは嫌だけれど、アイリがいなくなって悲しめないのは……
「すごく嫌かも」
なんでだろう。想いの差を感じるからかもしれない。アイリと私の感情の差は歴然で、彼女の意思はとても強い。
自惚れじゃなければ、私が死んでしまったらアイリは悲しんでくれる。多分。
それがどれぐらいの影響になるかはわからないけれど。
でも、今日の朝に別れる時には泣きそうになっていたぐらいだから、泣いてしまうのかもしれない。それはまぁ……悲しい。のかな?
今生きているこの場所も上手く認識できないのに、自分が死んだ後の想像なんて上手くできるわけもない。
でも、アイリが泣くのは困る。彼女はほにゃりと笑っているのが似合う。
そう考えれば、今日は生き残って幸運だったかもしれない。
アイリを泣かせなくて済んだのだから。また泣かせてしまえば、またしても天秤が崩れかねない。それは嫌だ。
今回は知人を見捨てずに済んだし、とりあえず心の楔はない。とりあえず良しということにできる。
……思ったよりも私はほっとしている。
後悔しなくて良かった。基本的に後悔というのは心に良くないものを残す。楔というか。
これまでの人生でたくさんの後悔はある。
その大抵はどうしようもないもので、それらは私に色々なことを教えてくれた。でも、後悔は今でも思い出せば、心がきゅっとするし、視界も揺れる。
ティスタも……
魔法学校の人なのだから、正直怖い。それは彼女自体が怖いというよりは、魔法学校には後悔がある。ティスタは未だに魔法学校の人という印象が強い。
だから、どうにもやりづらい。別に距離を取りたいと思うほどじゃないけれど……
でも、意外だったかもしれない。
魔法学校での知り合いと、話せるなんて。もう少し私は拒絶するのかと思っていた。気づかない内に、私は私が思っているよりも変わっているということらしい。
アイリの影響は思ったよりも強い。
「想いのおかげかな……」
そんなことを宙に呟く。
瞬間、急激な魔力が膨れ上がる。
場所は、私の頭上。 第一層? いや、地上から?
なにが。
そう考える間もなく、甲高い音とともに光線が目の前の通路に降る。
その光線は天井にぐるりと人が通れるぐらいの丸を描く。
そして光線は急激に強くなり、天井に穴を開ける。
「え、ど、どうしたの?」
ティスタが目を覚ます。まぁあんな魔法がこの距離で使用されたら眠っているのは無理か。まだ穴の付近にはぱちぱちと高密度の魔力が音を立てているし。
「あー……多分、大丈夫だと思う」
説明しようとして諦めた。
私も何が起きているのか確証があるわけじゃない。何かが地下に入ろうとしている。それはわかった。けれど、私はあまり警戒していない。
正直、さっきの光線を見るだけで警戒は半分ぐらい解けた。こんなことができる人を私は1人しか知らない。
その予想通りに、穴からは長い桃髪を携えたアイリが落ちてくる。目が合う。
「レーネ!」
綺麗な声が私を呼ぶ。アイリの不安げな顔がどんどんほころんでいく。
……それだけで私はとてもほっとしていた。きっと笑っていたと思う。自分の顔はわからないけれど。でも、どうやら私は、アイリと再会できたことがそんなに嬉しかったらしい。




