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第36話 きっと逃げ出しても良かった

「そろそろ戻る?」


 ティスタの言葉で私も時間を確認する。

 気づけば探索時間もあと少しらしい。まだそれなりに時間的な余裕はあるけれど、不測の事態も考えたらそろそろ戻るのは教科書通りな気がする。そういうのは好みかもしれない。あまり変なことをしても良い気はしないし。


 今回で決められた探索範囲の1割ほどは終わったから……あと最低でも10日はかかる計算になる。それもこのまま仕事が増えなければだけれど。

 まぁなんやかんや多分3層以降もやれと言われる可能性が高そうだし……多分ひと月ぐらいはやらないといけないのかな。


「そうだね。戻ろう」


 先のことを考え、少し憂鬱になりながら、ティスタに言葉を返す。


「わかった。ちょっと待って、連絡取るから……」


 彼女が懐から通信機を取り出す。

 連絡は全部ティスタ任せになってしまっている。

 それを申し訳ないと思うけれど、私には苦手な分野だから助かるし、任せている。

 まぁ私が得意な分野なんかないんだけれど。


「あれ?」 

「どうしたの?」

「繋がらない……不調かな」


 ティスタが軽く通信機を振る。どうやら壊れた魔導機は衝撃で治ると思っているらしい。ちょっと古い人っぽくて笑いそうになる。


 でも、壊れたわけじゃないはずだけれど。

 二手に別れたと言っても定期連絡自体はもちろんしていた。前の定期連絡は半刻前だったけれど、普通に繋がったし、そんなに異常があるような感じじゃなかった。


「様子、見に行こうか」

「あー……うん」


 正直、あまり気乗りはしない。でも、流石にそれぐらいの責任を果たすべきだということぐらいはわかる。それでも、実感はないから気乗りはしない。

 私が魔法師になってからまだ2年も経っていない。その間にあったまともな命令は両手で数えられるほどだし、魔法師としての自覚というものがあまりにも薄いらしい。


 アイリを見ているとよくそう思う。彼女には同調者らしい特殊命令が来ていて、それに疑問を持つよりも前に従っているところを見るに、アイリには自らが同調者である自覚があるということなのだろうと。

 私にはない感覚。自分のことすら自覚的でない私には。


 そんなことを考えながら、階段を下り2階層へ向かう。多分昇降機ぐらいあるんだろうけれど、流石に危険が高すぎる。動いているのかもわからないし。


 2階層は少し雰囲気が違う。さっきまでは無機質な雰囲気だったけれど、ここは1階層よりも物が多い。やっぱり下層になればなるほど、遺物が置いてある可能性は高そうに見える。まぁ流石に2層程度では、見つからないと思うけれど。


「どこにいるんだろ……」


 ぱっと見、視界内にはいない。物音もしない。人の気配がない。

 一応、高さが違うだけで上から見たら同じぐらいの場所を探索していたはずなんだけれど……


「先に帰ったのかな」

「流石にそこまで勝手じゃないと思うけど」


 それもそうか。でも、ならなんで。

 少しばかり探してみたけれど、影も形もない。

 ……本当に先に帰ったんじゃ。そうでないとおかしいぐらいだし、そろそろ私達も帰らないと時間に間に合わなくなる。


「もう戻らない? きっと彼らも戻ってるよ」

「うーん、そう、だ……」


 ふと隣のティスタの声が途切れる。


「どうかした?」

「あれ……」


 震える指で彼女が指さしたのは見た目は何もない場所だった。

 けれど、言われてみたらわかる。


 この辺りは魔力が濃いから気づかなかったけれど、魔力だまりがある。

 それもふたつ。かなり大きい。


 それこそ人が死んだ時ぐらいには。


「これ、死んで……」


 急に全身が警報を鳴らす。ここにいちゃいけない。

 ざわりとした嫌な感触が心の隅を撫でる。

 

「……逃げたほうがいいよね」


 私はその言葉に頷く。 

 ここは危険すぎる。彼らがどれぐらいの階位の魔法師かは知らないけれど、少なくとも魔法師ではあった。つまりここは、魔法師が死ぬような場所。

 

 何があったのかはわからないけれど、一刻も早く逃げた方が良い。


 多分、ティスタもそう思ったのだろう。

 彼女が走り出す。私もその後を追う。

 数歩前を走る彼女が階段に戻ろうとして曲がり角へたどり着き。

 その瞬間、視界からティスタが消えた。


「え?」


 反射的に距離を取る。

 視界の端に血を流すティスタの姿が映る。

 遅れてぬるりと現れた黒い影がそれをおこなったことを理解する。


「……魔物」


 巨大な体躯と大きな腕。6つの大きな目。

 背中からは何故か花が生えている。

 きゅるりと音を立てたのは、魔物の声か、私の心か。


 視界の端で赤いものが広がる。

 血。ティスタの血。

 回復魔導機を持ってきていないわけじゃないだろうけど、気絶していればそれも無用の長物になる。

 

 でも、別に回復魔導機なら私も持っている。

 私が治せばいい。

 でも……こいつの目を盗んでやるというのは現実的じゃない。

 不意打ちとはいえ、優秀なはずのティスタが反応できなかった。今はこっちを伺っているけれど……もしかしたら条件付きの速度なのかもしれない。

 それなら余計に余所見をするのは難しい。


 相手の魔力はそこまで多いように見えない。これぐらいならなんとかなる気もするけれど。でも、さっきも隠れていたし、隠蔽が得意な魔物のようだからあまり参考にはならないかもしれない。

 

 きりりと声のような音がする。

 魔物の声。

 それと同時に魔物が跳ねる。


 反射的に魔法を放つ。

 魔力放出系魔法第1種。

 もっとも基礎的で、それゆえに無数の術式改良が施された魔法。魔力弾。


 私の演算領域でも5発同時展開できた魔力弾を空中にいる魔物に躱す術はない。

 魔力弾の全てが直撃する。


「え」


 でも、止まらない。

 魔物は私の目の前に着地する。

 何事もなかったかのように。


 魔物の腕がぶれる。

 視界が回る。


 衝撃。

 悲鳴。

 私の悲鳴。

 視界が揺れている。


 あつい?

 あつい。

 ちかちかする。


 あつい。

 いたい。

 痛い。


 ばちりとしている。

 なにも聞こえない。

 うるさい。

 視界がおかしい。

 

「な」

 

 じがじがする。

 びーびーと。

 それだけで思考が埋め尽くされる。

 何も考えられない。


「た、ぅ」


 おかしい。

 感覚が。

 痛い。

 目が赤い。

 視界が赤い。

 焦点が合わない。

 

 ない。

 無くなった。

 今の攻撃だけで。

 

 かいふく。

 回復魔法を。


 ぐちゃりと嫌な音をたてる左腕を動かして、魔導機を懐の中で掴む。

 アイリに貰ったものを。

 第五世代回復魔導機を。


「っ、はぁ……はぁ……」


 急速に痛みが消える。

 強い感覚が急に消え、思考が戻ってくる。

 崩れていた右手を確認するように動かす。見えなくなっていた右目が見えるようになる。音が聞こえはじめる。

 ちゃんと動く。どうやら回復魔導機は正常に動いてくれたらしい。


 第五世代回復魔法を使うのは初めてじゃない。

 でも、こんなに大きな欠損を治したことはなかった。なんだかちょっと気持ち悪い。

 

 情報補完から見る限り、今の一撃で右半身が破壊されていたらしい。

 魔導機を起動できたのは奇跡に近いかもしれない。


「……やだ」


 どれに言うでもなく呟く。

 身体が震えているのがわかる。

 今にも逃げ出したい。


 怖いと叫んでいる。

 逃げたい。

 逃げ出したい。

 もう一度同じ攻撃を喰らえば今度こそ助からない。

 あんな怪我、第四世代回復魔法じゃ意味がない。


 でも、横を見れば気絶したティスタがいる。

 血も出ていて回復魔法を使わないと死んでしまうかもしれない。

 ……というか、あの攻撃をくらって出血のみで原型を留めているのは何でなんだろう。咄嗟に身体強化で守ったのかな。やっぱり彼女は優秀らしい。


 でも、気絶していたんじゃどれだけ優秀でも逃げ出すことはできない。置いていけば、確実に殺される。


 なら今すぐ一緒に逃げる?

 ……いや、彼女を連れて逃げるのは不可能だろう。私と魔物の位置に比べて、ティスタの位置は遠すぎる。それに、そこまでの隙があるようには思えないし。


 なら、怖くても倒すしかない。

 やるしかない。そうしないと。

 ……あれ? なんでそうしないといけないんだっけ。


 きりりと音がする。魔物の声が。

 またしても魔物が跳ねる。

 それに合わせるように私も後方に跳ねる。


 距離を詰められるわけにはいかない。

 あの巨大な腕。あそこが多分、強力な一撃を生んでいる。それに腕の動きが他の部分に比べて異様に速い。


 きっと、あれがティスタがやられた攻撃。

 近距離戦になれば勝ち目はない。

 逆にいえば全体の動き自体はそこまで早くはないけれど。


 かといって……魔力弾は効かなかった。

 多分、外殻が固いのだろうけれど。


 ……詰んでる?

 なら逃げればいいのに。

 私ひとりだけ。

 それで助かるかもしれない。


 そんな声がする。

 そんなわけにはいかないのに。


 ……あれ。なんで、それがいけないだっけ。

 どうして逃げようとしないんだろう。

 この魔物は明らかにおかしい。

 事前に想定されていた魔物よりも強すぎる。

 だから逃げてもいいはずだし、なんならそっちのほうが良いような気もする。


 でも、私は戦おうとしている。

 ティスタを見捨てられないから?

 彼女が大切だから?


 ……そんな気はしない。

 彼女とは出会ってまだ1日も経っていない。

 それにそこまで仲が良いというわけでもないし。


「もう、ほんとに……」


 わかっている。

 ここで逃げれば、アイリとの天秤はまた傾く。

 今も大分傾いているのに。

 ここでティスタを見捨てれば、私はいよいよアイリの隣にいることができなくなる。気がする。


 見捨てたら、きっと心の楔になる。

 アイリと心地よく一緒にいられなくなる。

 死んでしまったのなら仕方がないけれど……魔力に還っている様子はない。多分、まだティスタは生きている。


 ……それに詰んでいるわけじゃない。

 魔力弾は効かず、一度近づかれたら負け。

 でも、前者は変えられる。

 貫通魔法を使えば。


 またきりりと声をあげる。

 そして跳ねる。

 同じ動き……?


 私はまた距離を取ろうと跳ねる。

 それと同時にきゅいと魔物は声をあげ、蔦のような触手を伸ばし、私の右足にからめる。


「あっ」


 一瞬躊躇した。

 けれど蔦が引かれるよりも先に魔力弾を放つ。自分の右足に。

 右足ごと、絡みついた蔦を切り落とす。そして飛行魔法を起動して距離をとる。


 すごく、痛い。

 さっきと同じように。

 覚悟する時間なんかなかった。


 でも、これぐらいの対処法は魔法学校で学ぶ。実際に使う時が来るとは思わなかったけれど。初めて習った時から感じていたけれど、いくら回復魔法が発展したからって、これが標準的な拘束解除手段なのは乱暴すぎる。


 簡単に涙が出る。

 呻き声も。

 痛いことには痛い。

 でも、治るし。


 またしても第四世代回復魔導機を起動する。

 この魔導機は外部魔力依存式。回数制限はないけれど、それなりに複雑な術式故に私の魔力をそれなりに食う。そう何回も使えない。それに痛みは引くが、削られた足が治るわけじゃない。

 

 けど、耐えた。

 あのままだとやられてた。

 蔦で動きを止めてくるなんて。

 なんで植物系の魔物みたいな……

 背中に花?


 瞬きをする。

 今はそんなことよりも、足がやられたことの方が問題になる。飛行魔法を使わないと機動力が維持できない。


 でも、こいつを倒すには貫通魔法を当てるしかない。

 貫通力と指向性に優れた魔力放出系魔法の第11種。

 代償として魔力放出系らしくない術式の複雑さと魔力消費の多さ。

 今の魔力量なら2回は使えるはず。逆に3回は絶対無理だけれど。


 けれど、これならあの外殻も貫通できる。はず。

 というよりできないとおかしい。一応、現存する汎用魔法の中ではもっとも貫通能力が高いはずだから。さらに魔力情報自体の破壊力もある。

 160年前の戦争で第五世代回復魔法による復活戦術に対する対策として生み出された魔法とかなんとか。

 

 問題はこれを使うには飛行魔法との併用は難しい。

 そして飛行魔法を使わないとこいつの動きには対応できない。あの跳躍が比較的ゆっくりと言っても、片足で逃げられるほど遅くはない。

 私の演算領域がもう少し広かったらよかったんだけれど。


 きりり、また声がする。

 でも、わかる。攻撃を当てるなら。

 この声がするのなら、こいつは。


 跳ねる。

 それと同時に飛行魔法を解除する。

 

 ずっと同じ行動。

 今度は同時に展開された蔦が多い。

 全身を絡めとるつもりらしい。


 でも、この距離なら私の方が早い。

 一瞬目を閉じて、一息に術式を編む。

 そして魔力を流し込む。


 甲高い音と、歪な光の塊が高速で宙を駆ける。

 そして、魔物の頭を吹き飛ばす。

 ぐしゃり。すごく嫌な音と共に、目の前に魔物が落ちる。もう魔物の目に光はない。


「あ、あたった……」


 よかった。

 深く息を吐く。

 目を閉じて、座り込む。


「違う違う」


 助けないと。

 ティスタにせめて回復魔法を。


 そう思って目を開ける。


「へ?」


 私の口から笑えるほど間抜けな声がでた。

 だって、頭が半分も破裂したはずの魔物から蔦のような触手が迫っていたから。

 躱そうと思う暇もなく、私の身体を絡めとる。

 動けない。これじゃ、さっきみたいに身体ごと破壊するわけにもいかない。


 それと同時に魔物が目の前に着地する。

 そしてきゅいりと不快な音を奏でる。

 辛うじて原型を留めている左目は死んだように光がない。

 というより、完全に死んでいる。蘇生したわけじゃない。ならなんで。


 ……本体は背中の花か。

 この距離でまじまじと見れば、ようやくわかった。

 体内の方に強い魔力情報の塊がある。

 そこから細い魔力がたくさん流れている。

 多分、あそこが本体らしい。


 そしてこの魔物自体は最初から死んでいる。

 この蔦が操っていたということらしい。死体の魔力情報に寄生するようにして。


 それがわかったところで、今は近距離戦。

 勝ち目なんかない。

 元よりそんなものはなかった。

 たまたまティスタが先にやられて、様子を伺う機会があったおかげで戦いになっただけで、本当のところは負けている。私の魔法師としての力では。


 でも。

 ここで素直に死んであげるほど私は死を受け入れてはいない。

 死にたくないなんて、言うつもりはないけれど。だって、またアイリと。


 だから、これは最後の機会。

 この距離なら確実に当たる。貫通魔法を。

 術式制御は荒くていい。とにかく術式を編めば。


 辛うじて残った魔力をかき集める。

 1発撃てるかはわからない。

 それでも術式を編む。


 きりりと音がする。

 大きな腕が動き始める。


 間に合わない。

 それぐらいのことはわかる。

 わかってしまう。

 私の魔法発動より、こいつの腕が私を粉砕する方が早い。

 けれど、反復の練習のせいか、私の身体は術式を編み続ける。


 そして。

 魔力が炸裂する。


「……え」


 声が漏れる。

 だって、そこには私の貫通魔法で貫かれた魔物の姿があったから。

 身体を抜け、花へと直撃した。

 私に絡みついていた蔦がへにゃりと力を失い、魔力へと還っていく。


 間に合った……?

 なんで……?

 

 理由はわかる。

 一瞬、腕の動きがゆっくりなった。

 そのおかげで、私の魔法は間に合った。

 今のは何……?

 周囲を見ても、私とティスタしかいない。

 残滓からしても、他人の魔法ではなさそうだけれど……

 魔物が手加減したとも思えないし……


「まぁ、いいか……」


 よくわからないけれど、助かったし。

 それに疲れて考えたくもなかったし。

 だから、まぁ良いということにした。

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