第35話 あの時とは違う
魔法学校での記憶というのは今となっては随分と遠い記憶のように思える。
いや、遠いことにしたのかもしれない。あまり良い記憶はないというか。
私はその頃から対人関係が上手くできなかった。
というか、魔法学校時代で学んだのかもしれない。
私は孤立する側の人間だということを。
学んだというよりは理解せざるを得なかったという風な言い方の方が正しいのかもしれないけれど。
その記憶が蘇る。
今、目の前にいる黄緑の髪をした少女のせいで。
思い出したくもない記憶なのに。でも、それはまだ遠い記憶でしかない。彼女は記憶の端にしかいないから。
彼女の名はティスタ。
ティスタは同じ教室で勉強をした仲だけれど、それ以上でもそれ以下でもない。
ただ顔を知っているぐらいで、仲が良いというわけでもなかったし。逆に険悪というわけでもなかった気がするけれど……
でも、私でも名前を憶えているぐらいにはティスタは目立っていた。
いわゆる中心人物というか。魔法の成績も良さそうだったし。
対して私は隅っこで座っていただけで。
なんというか彼女は私の名前は知らないんじゃないかな。
別にそれが不誠実だとは思わない。私も彼女以外に同級生で覚えている人は片手で数える程度しかいないし。
「えっと、これで全員だね」
私には触れずにティスタが声を上げる。
ちらりと他の人を見る。
ティスタのほかには男が2人。
これが今回の班らしい。
この4人でひとつの班。それだとざっと全体で200班ぐらいはできる計算だけれど、別にこの班が4人なだけで、他の班はそうでもないらしい。ざっと周りを見ただけでも、人数は結構適当というか。多分探索場所次第なんだろうけれど。
「えっと自己紹介は……」
「必要か? 役割さえ理解していればいいだろ」
「いや、必要じゃない? 仲間なわけだし」
話を回そうとしたティスタに彼らが口を挟む。
私はとりあえず状況に流されておく。
こういう時に私が意見をしてもあまり意味がないことは、流石に学んできたし。
「じゃあ、僕からいこう。僕の名前はアルべ。こっちはジェノ」
小さく会釈する。
比較的小さい方がアルべで大きい方がジェノ。
この遺跡探索がどれぐらいの期間かはわからないけれど、それが終われば関わることもないわけだから、覚える必要があるのか疑問だけれど。
「じゃあ、次はあたしね。ティスタって言います。よろしくね」
ティスタの自己紹介が終わる。
すると必然的に三人の視線はこちらに向く。
少し心がきゅっとする。
なんだか嫌な感じというか。
魔法学校での発表の時間みたいな。
視界が狭くなるというか。
宙に放り出されるような。
息を呑み、言葉を絞り出す。
「レーネです。よろしく……」
なんだか多人数相手だと声が出づらい。
アイリと初めて話したときはここまで緊張はしなかったのに。一対一だったというのが大きかったのかな。
そんな意味があるのかないのかよくわからない自己紹介を終え、私達は小型垂直離着陸機に乗り込み地上を目指す。
なんだか久しぶりの地上な気がする。
喜ばしいことではないけれど。
「ほんと久しぶりだよね」
隣に座ったティスタがふいに声を出す。
少し横を見れば、彼女は私の方を向いていた。
「まぁ、そう……だね」
一瞬、敬語にするか悩んでやめた。
同級生とわかっているし。
「2年ぶりぐらい? 全然知らなかったよレーネが同じ討伐隊魔法師だったなんて」
「まぁ……」
言ってないし、当然な気がする。
でも、それこそティスタが討伐隊になっているとは思わなかった。
彼女は私の記憶が正しければ、もっと選択肢があったはずなのに。どうしてわざわざ討伐隊の魔法師に。
まぁそれなりの動機か事情があったんだろうけれど。
それはそうか。私ですら理由ぐらいあるんだし。
あまりにも他人軸の理由だけれど。
「えっと、これからよろしくね」
「あ、うん」
それだけ呟いて言葉が途切れる。
どうやらもう会話を続ける気はないらしい。
私も話題を出さなかったから同じようなものかな。
まぁほぼ初対面の会話なんてこんなものな気がする。
そんなこんなで地上にたどり着き、遺跡内部に侵入する。
探索範囲はこの周囲の第二層まで。
第三層以降もいつかはやらないといけないのかもしれないけれど、現状はその予定はない。
というか古代人はどうしてこうも多重構造にしたのだろう。それも地下に。わざわざ掘るなんて大変じゃなかったのかな。
「二手に分かれるぞ。俺たちは第二層。お前らは第一層だ」
持ち場に着いた途端、ジェノだったかジュノだったかが、そんなことを言った。
まぁたしかに一応探索するだけなのだから、そうしたら早くなるのかもしれないけれど。
「え、でも4人で探索するのが命令なんじゃ」
ティスタが声をあげる。
もっともな反論な気がするけれど、彼等は引き下がらない。
「4人で協力しろなんてどこにも書いてなかったと思うけど?」
アルべが擁護する。
そう言われてみればそうかもしれない。まぁ私はどっちでもいい。
どっちでもいいというか、私の意見で彼らの意思を変えられる気はしないし。どうしようもないと言った方がいいのかな。
「それに男と女に綺麗に別れられるだろ?」
「ま、そういうわけだからよろしく~」
それだけ言って、彼らは階段を下りてゆく。
一応第二層の方が危険なのに行ってくれるのはありがたいかもしれない。そんなに危険度が変わるのかは知らないけれど。
「行っちゃった……レーネはあれで良かったの?」
「まぁ、仕方ないかなって。どうしようもないっていうか」
「そっか……どうしようもないことか」
ティスタは少し考えるように黙り込む。
命令違反か考えているのかな。
私の解釈でも、それは大丈夫だとは思うけれど。危険性の問題からすれば、別れずに探索したほうがいいとはいえ、この階層ぐらいの脅威度なら早く終わらせたいという彼らの気持ちもわかるし。
……昔なら、そこまで急ぐ必要なんかないと思っていたし、安全を選ぶべきだと思っていたかもしれない。けれど、今は私にも一応理由があるし。
「ま、そうだね。私達も行こうか」
黙っていた彼女はそう言って、歩き出す。その後を2歩ぐらい遅れて歩く。
こうやって前を歩いてくれるのは楽でいい。自分で道を決めなくていいから。
……やっぱり流されがちの体質は治らないらしい。
こういう私はまだ好きにはなれない。こういう私は嫌い……ではなくなったけれど。きっとアイリのおかげで。
古代遺跡を歩く。
灯りはなく、暗いせいでそれなりに身体強化をしないといけないのは面倒だけれど、それぐらいで特に怖い要素はない。魔物らしき魔力反応もないし。
古代遺跡というのに入ったのは初めてだけれど、昔の施設がこんなに綺麗に残ってるものなのかな。崩落している場所もなければ、それどころかひびすらもない。汚れぐらいはあるけれど……
大体、この辺りで魔力反応があるものを探せと言われても困る。
こんな上層にそんなものある気はしないし。多分第二層にもない気がする。
それゆえに魔物とか魔導機械も少ないのだろうけれど。
というかこの作戦で、外縁部にまで私達のような魔法師を置いているのはどういう意味でがあるんだろう。中心部に高魔力があって、それに同調者達が対処するのなら、私達のような弱い人は後から探索に来るでも良いはずなのに。
……そんなに討伐隊には時間的余裕がないんだっけ。
何か時間制限があるのかもしれない。情報規制があるのは知っているけれど、もう少し公開してくれないと困るというか。融合体が殲滅されたみたいな陰謀論がそれなりに流行るのもわかる気がする。
「レーネ、話してもいい?」
「いいけど?」
「どうして男と女に分けたんだと思う?」
「え?」
一瞬、思考が止まる。
言葉の意味がわからなかった。
それが多分、さっきのアルべとジェノの行動に起因する言葉だというのはわかったけれど、どういう意味の問いなのかはよくわからない。
「ごめん急だったよね」
「いや、えっと。どういう……?」
「魔力生物って男でも女でも魔力情報的にはほとんど差異がないでしょ? それなのに雌雄っていう差があるのっておかしくない?」
「まぁ、言われてみれば……」
考えたこともなかったけれど。たしかにそんな気もする。
「なんか意味ないのに、不思議だよねって」
「性別自体が後付けなんじゃないの?」
私達の差異に後付けでそういう風に言っているだけで、何も変わらないとか。
自分で言ってて無理のある説だと思うけれど。
「いや、多分それはないよ。性別によってそれなりに身体に差がでるわけだから……それよりは子供のためだと思うな」
「子供のため?」
男女いることが子供に何か得になるのかな。
ぱっと考える限りは何も思いつかないけれど。
「正確には子を成すためって言った方がいいかな」
「何か関係あるの?」
別に性別が子供を産むのに関係あるという話は聞いたことがない。
それこそ私の親だって、母が2人だし。
大体、魔力を掛け合わせて作るのだから、関係ある気はしないけれど。
「昔は子を成すには性別の差か性別の同一性が必要だったんじゃないかってこと」
「そうなの?」
「そういう説だよ。複雑性仮説か別生物仮説ってやつ」
ティスタの口ぶりからすれば、それなりに有名な説らしい。授業で軽く聞いたような気もする。
その時、遠くで大きな魔力が動く。
「おおっ。揺れるねー」
小さく遺跡自体が揺れる。
強い魔力は遺跡の中心部の方向からしている。
どうやら戦いが始まったということらしい。
「同調者だよね?」
「多分」
これだけ大きな魔力を出せるのは同調者だけなはず。
あ、一応、融合体も可能か。その場合はもっと魔物っぽい魔力なはずだけれど。
アイリも今頃戦っているかもしれない。
そう思うと、少し心がふらふらとするのを感じる。
大丈夫かな。
どうやら私はアイリを心配しているらしい。
あんなに強い同調者を心配しても仕方ないと思うけれど。
もう少し私は自分のことに集中したほうが良い。ここも未開拓領域なのだし。
「同調者ってすごいよねー」
「まぁ、うん」
ティスタの言葉に雑に頷く。
ちょっと雑過ぎたかな。
きっと彼女なりに私に歩み寄ろうとしてくれているのだろうし。
私としても彼女はこれからそれなりの間、同じ班員なわけだから、もう少しばかり歩み寄るべきかもしれない。
「えっと、意外かも。ティスタがそういうこと言うの」
「そう? まぁ、そうかもね」
私は別にティスタのことに詳しいわけじゃない。
けれど、魔法学校での彼女は傍目から見ても努力家のように見えたし、憧れを憧れのままにしておくような人ではなかった気がする。ちょっと印象で話しすぎているかもしれないけれど。
「……あたしさ。わかってなかったんだ。同調者がどういうものか」
「そうなの?」
今のティスタの言葉が言葉通りじゃないことは分かる。
彼女は座学でも高得点だったし、同調者が遺物と同調して力を発揮することなんかは、今時は子供だって知っているし。
「魔法学校では希望があった」
そうだっけ。喉元まで来ていた言葉を呑みこむ。
きっと私とティスタではあの学校の見え方が違うのだから。
「練習すれば魔法が使えるようになって、どんどん強くなって、それが評価されたし」
「ここでは違うの?」
「……違うよ。どれだけ術式構築が早くなっても、魔法出力があがっても、演算領域が拡大しても、評価されるのは……」
同調率。
それがなくては意味がない。きっとティスタも同調率が低いのだろう。それぐらいのことはわかる。私と同じ班になるぐらいだから。それなりの同調率なら、もう少し中心部に送られているはずだし。
そして同調率は努力よりも運の要素が大きい。
遺物自体は増えていくわけだから、いつか適合するものが来た時のために魔法の練習をしておいたほうが良いと言われてはいるけれど。結局は、運なのだから。
「なんか、やになっちゃって」
「そっか……」
「……失望した?」
震えた声で問われる。
けれど意味はよくわからない。
ティスタとこんなに話したのは、今日が初めてだし。
「まぁ、そんなもんじゃない?」
理想と現実が違うのなんてそんなものだろうし、それに抗う気が失せるのも当然な気がする。それに私達の立場は甘んじることのできる場所だし。戦いから比較的遠い場所にいることができるのだから。最大5年だけれど。
……あと3年強か。最近、私がこうして魔法師でいられる残り時間を強く感じる気がする。アイリとの残り時間を。




