第30話 想いの差
アイリとまた住むようになって、大分経つ。
気づいたら長い冬も終わり、短い夏がやってきた。
まぁ、だからと言って特に何かがあるわけじゃないんだけれど。
それどころか、日常すぎるというか。
「へー……」
適当に流し見していた情報掲示板では、融合体が出現しなくなって150日というのが書いてあった。
こんなに長期的に現れなかったことは、40年ぶりとからしい。
もし今、融合体が来たらアイリは戦いに行ってしまうのだろうし、融合体が現れないのはとてもありがたいことだけれど……正直、この静けさは怖い。なんだか嫌な事が起こる前兆のようで。
「やめよ」
難しいことを考え始めた思考を捨てて、情報掲示板を閉じる。
わざわざ自分から見て不安になることもない。
どうせ不安になっても、私にできることはないし。
それに融合体が来ないことは良いことなのだから。
「レーネ……」
隣に座っていたアイリがことりと私の肩に彼女は頭をのせる。
綺麗な髪がふわりとかかってこそばゆい。
嫌ではないけれど。
「どうかしたの?」
「ううん……最近、ずっと一緒にいるって思って」
「それはまぁ……そうじゃない? 一緒に住んでるんだし」
一緒に住んでいるどころか、ずっと一緒にいる。
訓練の時も隣にいるし、眠る時も同じ部屋だし……
それこそ風呂の時ぐらいしか1人の時間はない。それを私はもう少し窮屈に思うかと思っていたけれど……
「そうだけど……それが嬉しくて」
「まぁ、そうかもね」
ずっと、このままの生活ならいいのに。
そんなことを思えるぐらいには、アイリとの生活は日常になっている。
それを最近感じる。壊れないように願うぐらいには。
「……レーネも嬉しいの?」
「そうなのかもね」
嬉しい。
そう思っているらしい。
私は。
……嬉しいって。
ただアイリといるだけなのに。
それだけでそう感じるなんて。
「私もレーネとこうしているの……嬉しいよ」
そう言って、彼女はまた少し身を寄せる。
穏やかな沈黙が流れる。
静かだけれど、嫌な沈黙じゃない。
……なんというか。贅沢な時間の使い方をしている気がする。
私には聞かないといけないことがあるのに。
……ずっと先延ばしにしている。もう今、聞いてしまうか。
「アイリ」
ふと思い出して、彼女の名を呼ぶ。
アイリは返答として視線をこちらに向ける。
「あの、私だけを見て欲しいって言ってたよね」
「え……」
不意に彼女の表情が固まる。
ちょっといきなりすぎる問いだったかもしれないけれど、もう止まれない。
「あれはどういう意味だったの?」
「どうって……」
アイリは見てわかるほどに目を泳がせる。
慌てているというよりは、適切な言葉を探すように。
「レーネに、その。私のことだけ考えて過ごして欲しい。ずっと私のことだけを……って。思って……」
ふーむ。
それだけなら。
「なら、最近は一応そうなってるのかな」
「……でも、ニルヴァのことも気にしてるよね」
「まぁ少しはね。それもだめなの?」
「だめっていうか……嫌、かも」
思ったより縛りは厳しいらしい。
やっぱり独占欲が中心の考えなのかな。
まぁ、アイリはそれなりに寂しがりだし、そこも関係しているのだろうけれど。
「……あの、レーネ。別に私は、大丈夫だよ。そこまでしてもらわなくても」
……まぁ確かにアイリの願いはそれなりに厳しいものだと思う。
でも、まだ天秤は傾いたままで。
いつかは均したいけれど。
「……レーネがこうしてずっと一緒にいてくれるなら。それでいいから」
彼女が呟く。
深く呟く。
確かな意志を込めて。
「……一緒にいてくれるよね」
「できる限りは、そうするよ」
そう簡単に答えてしまうけれど。
それでいいのかな。
私はずっと一緒にはいられないことは確定しているのに。
あと4年? もうあと3年半ぐらいしかないのかな。
「……なら、なんでもいいよ。大丈夫」
またことりと傾いて、アイリが私に少しばかり身体を預ける。
今度は私の腕の中に、彼女の小さな身体が収まる。
なんだか幼く見えて可愛らしい。
……相変わらずアイリは甘えたがりというか。
どうしてこんなに甘えられるのかはよくわからない。多分、一緒にいるだけじゃ寂しいということなのだろうけれど。
でも、嫌な気はしない。
彼女に甘えられて嫌な気をする人なんかいないだろうけれど。
……まぁ、これほど距離が近づいても、なんとかなっているのは、自分でも驚くに値することというか。
彼女の髪を撫でてみる。
こうしているとなんだか、もうこれだけで良いような気がしてくるけれど。
でも、私はやっぱり考えないといけない。
アイリが伝えようとしてくれた想いの意味を。
流石にこれだけ時間があれば、少しは分かってきている。
多分、『私だけを見て欲しい』という言葉の意味は、同じぐらいの感情を返して欲しいということなのだろうけれど。アイリが私に向けてくれているような感情を。
それは多分独占欲の裏にある何かで。
まだ、それが具体的に何かは分からないけれど……
でも、きっと私の心の中にそんなに大きな感情はない。
少なくとも、今のどこにあるかわからない心では。
……そう思えばやっぱり、アイリとこれからも一緒にいたほうがいい。
こうして彼女といる時が、一番私の心を近くに感じるのだから。
そんなことを考えていると、腕の中の彼女からふわわと欠伸が漏れる。
なんだか眠たくなってきたらしい。
「アイリ、そろそろ寝ようか」
そう言いながら、立ち上がる。
それと同時にアイリは、声を上げる。
「レーネ」
ちょこりとアイリの指先が私の指を掴む。
それはなんだか縋るような姿で。
……いつも思うんだけれど、それはずるいような。
ずるいというか。甘え上手というのかもしれないけれど。
うーん。こういうのを煩わしいと感じなくなってきたのも、変化といえば変化なのかな。
「えっと、何?」
「……い、一緒に寝たい」
えーっと。
……今は、違うんだっけ。
「今でも一緒に寝てない?」
「そうだけど……そうじゃなくて」
アイリの手はふるふると震えている。
……そんなに緊張するなら言わなければいいのに。
でも、同じように揺れた瞳の中には確かな意志があって、きっと彼女は緊張以上に私に何かを伝えようとしてくれている。それはきっと、私にはできないことで。
多分、そのおかげで私達の関係は続いている。いや、アイリのおかげで、私達の関係はこれだけ大きな関係になった。
「い、一緒に……一緒の布団で……わ、私の隣で、一緒に寝て欲しい……」
少し思考が止まる。
それはつまり、同じ布団で寝ようという意味で。
「えーっと」
正直、そこまでする意味はよくわからない。
眠っている時はどこにいても、夢の中で独りになるし、目が覚めたら見える位置にいれば良いような気がするんだけれど……
「だめ、かな……」
……うるうるとした目で願われてしまえば、断る気もなくなる。
別に嫌というわけじゃないし。
「いいよ。そうしようか」
そう答えれば、途端に彼女は嬉しそうに笑顔になる。
随分と表情が忙しい。
……そういえば、出会った頃はもっと静かな印象だったけれど……いつからだろう。こんな風にころころと表情を変えるようになったのは。
何かきっかけがあったのかな。それが何かはわからないけれど……
うーん。
なんだろう。
変な感情がある。
……ぐにゃぐにゃ、みたいな。
「ま、いいか」
「レーネ、こっちー」
嬉しそうなアイリがぴらぴらと布団をはためかせて、私を誘う。
この布団で2人で寝るってことなんだろうけれど……やっぱりこう見ると。
「布団、小さくない?」
「ううん。大丈夫」
……まぁ確かにアイリは小さいから大丈夫かもしれないけれど。私はちょっと狭い。私もどちらかといえば小柄なはずなんだけれど。
小さな身体。彼女は一歳下の16歳だから、もう成長は止まっている。
この小さな体で、融合体と戦うなんて……なんだか想像するだけで恐ろしい気もする。
「レーネ……」
目の前にあるアイリの手がぴくりと動く。
私の左手の指を掴む。
お返しとばかりに右手で、綺麗な彼女の髪に触れる。これに触れられるというのは……多分、すごく幸運なことな気はする。
ふわふわとしているというか。とても鮮やかで。ずっと触れていたくなる。
ちらりとアイリの顔を見ればすごく赤くなっていた。
「えっと。大丈夫? やっぱりやめとく?」
暑いのかな。
……それとも少しぺたぺた触りすぎたかな。
ちょっと夢中になりすぎたかもしれない。
「だ、大丈夫……このままで、このままでいて……」
「そう?」
「こうしてたい。ずっと……」
でも、アイリはもう少しだけ身を寄せる。
どうやら暑いわけではないらしい。
……なんだかたまにこういうことがある。アイリから望んだことなのに、とても恥ずかしそうにしているというか。やっぱり彼女のことを全部理解するのは難しい。
それでも理解したい。
なんて、思うのは自分でも意外だけれど。
「じゃあ、おやすみ。アイリ」
「う、うん。おやすみ」
目を閉じる。
アイリの息遣いがとても近くに感じる。
彼女と繋がった手のひらを感じる。
絡まった指がこそばゆくて。
多分、それぞれの感覚は眠る時には邪魔なものなんだろうけれど。
どうしてだろう。
私は今、こんなにも安心している。
……こんなに人が近くにいるのに。
アイリがこんなに近くにいることを許せるようになっているなんて。
あまつさえ、眠れるようになっているなんて。
自分の変化に笑ってしまいそうになる。
意外と私は変わりやすかったらしい。
きっかけも原因もアイリで。
彼女は私の視線を求めている。
きっと、こうして一緒に眠ろうと言ったのだって、その言葉と関係しているのだろうけれど。というより、最近のアイリの行動原理は大体、それな気がする。
私には知らない感情が元になって、言葉を紡いで、動きを決めている。
……それはとても大きな感情だけれど。
多分、私の中には無い感情で、何なのかはまだわからない。
でも、もし……それが恋だったら……
「困る、かも……」
夢の中でそう呟いた。




