第28話 では、その心はどこに
腕の中にいるアイリの頭を撫でるというのは、これまでもよくしてきたけれど。
今日はなんだか一段と長くそうしていた。お風呂に入った後もずっと。理由はよくわからない。まぁ緊張がほぐれたのが大きいのかもしれない。
わかっているのは、アイリがそれを求めたことと、私がそれを断らなかったことなんだけれど。
でも、未だにどうしてそんなに撫でて欲しいなんて望むのかはよくわかっていない。別に嫌ではないからいいんだけれど。
この綺麗な長い桃髪に触れるのが嫌いな人はいないと思うけれど。
魔力が強いせいか温かくて、ふさふさで触ってて心地が良いし。
けれど、ずっとそうしているわけにもいかない。
具体的にはアイリは眠くなってきたらしい。嬉しそうに笑っていた彼女も、次第に口数は少なくなり、うつらうつらとし始めてしまった。
流石にこの体勢で眠られると困る。
私の腕の中で眠ったら、寝づらいだろうし、私も眠りにくい。体重の掛け方によっては膝も痛くなりそうだし。
「もう寝ようか」
「ん……」
半目の彼女と共に、諸々の準備をして寝室に移動する。
布団に入れば、彼女はすぐに寝てしまった。
どうやら疲れていたらしい。
私もなんだか疲れた。
今日の出来事はそれなりに大変だったし。
……はぁ。
やっぱり割と私達の関係は薄氷の上にあるらしい。多分……私の心の問題なんだろうけれど。
アイリが寝てしまえば、私は1人現実世界に残されることになる。
夢の世界にいる彼女を見ていれば、孤独であるという感じはしない。
それどころか、なんだか懐かしい感覚になる。
誰か一緒に眠りにつくというのは、こんなにも安心するものだったっけ。
一応、最近も同じ家のなかに妹がいたりしたんだけれど……こんなに近くにはいなかったし。
やっぱり好きな人かどうかというのは大事らしい。
ニルヴァのことが嫌いなわけじゃないけれど、まだ出会って時間も間もないし、そこまで仲良くなった気もしない。
「アイリだけを……」
小さく呟く。
私だけを見て欲しい。
そんなことを言っていた。
なんだか軽く請け負いすぎたかもしれない。
一緒にいたい。というそれだけではないようだけれど。
でも、それ以上に何をしたいのかはわからない。
こうして一緒の部屋にいられるのなら、それ以上に望んでも仕方がないというか。同じな気がするけれど。
こうして少し時が経って、落ち着いてみれば、心の内も多少は整理されてきている。どうやら私は喜んでいるらしい。
どう取り繕うとも、私はアイリのことが好きで。
一緒にいることが好きなのだから。
こうして一緒にいることを彼女も望んでくれているのは嬉しい。
……けれど。
同時に、アイリのことがわからない。
一緒にいること以上の事があるような言い方だった。
アイリだけを見ると言うのがそれに繋がるというのなら、考えないといけないことなんだろうけれど……
全然わからない。
アイリだけを見るって、どういう状態なんだろう。
別に、今はアイリだけを見ている。
目を瞑り、夢の中にいる彼女しか私の視界の中にはいない。
この状態を続けたいという話なのかな。
それだけじゃない感じがする。
……どちらかと言えば、アイリのことを考えて欲しいという話なのかな。
今も考えているけれど。
これだけじゃ足りないのかな。
アイリとしては足りないんだろうけれど。
この関係性の天秤の上に、アイリは想いを載せすぎている気がする。
私は今日まで全く気づいていなかったけれど。
……本当は気づいていたのかもしれない。
ただ気づかないふりをしていたのか。
それとも想像よりも大きな想いだったのか。
元々の想いの量が違うのかもしれない。
心の力の量というか。
意志力の差というか。
そんな想いに触れることができるのは、幸運なのかな。
知らなかった方がいい……なんて考えがないわけじゃない。別れはそれ相応に辛くなっていくのだから……
でも、アイリともっと話がしたい。
きっと、これからたくさん話していれば、彼女のわからない部分を知ることができるのだろうし。
もしも、アイリの心の中を覗けたら、そこはどんな場所なんだろう。彼女の綺麗な所作と同じようにとても美しかったりするのかな。
……まぁ、それはちょっと不可思議すぎるけれど。
でも、それぐらいには彼女の心を知りたいらしい。
知りたいなんて……そんな風に想っているのは少し面白い。
私の心というものにはそんなに期待していなかったけれど、こんな風に想うことがあるなんて。
……意外というか。
私も意外と心が動くようになってきたというか。
私の想いは確かにアイリと比べれば小さいけれど……
でも、確かに存在していて。
まだ心の在処はわからないけれど。
でも、そのとっかかりぐらいは見つかっている気がする。
そのきっかけは考えるまでもなくアイリで。
……だから、アイリと一緒にいたいのかな。
彼女と一緒にいれば、私の心が見つかる気がするのが良いのかもしれない。
普段はぼやけてどこにあるかもわからない心だけれど、一緒にいる時はまだ少しばかり近くにある気がする。私を見つけられる気がする。
……独りだと、自分がどこにいるのかわからなくなる。
泡のように曖昧なものになっていく気がする。
あの感覚がとても恐ろしいものなのだけれど。
最近はずっと忘れていた。
今日は久しぶりにその感覚を得た気がする。
でも私は将来的にはあの感覚にこそなれないといけないというのは、今から憂鬱になってくるけれど。
……まぁ、今は気にしないでおこう。
こうしてアイリと一緒にいることを選んだのだし。
選んだというよりは……彼女の強い想いに流されることにしたというか。
まぁそう思えば、私がやったことなんて何もないのかもしれない。
でも良かった。
アイリとの関係が破壊されなくて。
どうやら私は正解ではなくても、間違いを間違いのままにはしておかなかったらしい。
……私はこれまで沢山の関係を破壊してきた。
いや、関係なんてものではなかったのだろうけれど。
上手く他者との関係を構築できなかった。
それは別に私があまりにも周りと合わなかったから。
魔法師として高みを目指そうと思えるほどの向上心もなければ、別の何かを目指そうという決断力もない。
ただ意志のない流されるだけの人だったのだから、当然なんだけれど。
それに親との関係すらまともに構築できなかった人が、他の他者との関わりなんか上手くできるはずもない。親とは初めて出会う他人なのだし。
……でも、ここに来て、アイリと出会って。
どうしてかはわからないけれど、彼女は私といることを望んでくれて。
そして今もこうして2人で同じ部屋で寝ている。
この関係を壊さずに済んで良かった。
……アイリがどうして私といることを望んでいるのか、わからないなんてことはないのかな。
アイリは一応説明してくれたし。居場所になってくれたとか言ってくれたのだから。
でも、そんなことを言われても、あまり納得はできなかったけれど。だって、彼女には私以外にも居場所があるし。
だから、きっとそれだけではなくて、まだ理由がある気がする。
今日、言われた『私だけを見て欲しい』という望みにも繋がる話なのだろうけれど……
まぁ、わからないことを考えても仕方がない。
今日は結局、聞きそびれてしまったけれど、また今度聞いてみよう。
どういう意味だったのかって。
少し気恥ずかしいけれど。
私へのこんなに大きな感情の意図を聞くなんて。
まぁでも、そうしたほうが良い気はするし。
あまり対人関係というものに詳しくはないけれど、結局今日のように話し合うことが大切なのはわかってきた。
きっと数カ月前にアイリと酷い別れ方をしてしまったのは、私がろくに話すこともせずに逃げてしまったからなのだろうし。
なんだか大変そうな感じがする。
アイリに限らず、誰かと話すというのは、それなりに精神を使うし。心を痛める気もする。
でも、それ以上にこの関係を好んでいるらしい。
ふと視界の端で画面が光る。
アイリを起こさないようにそっと通信機を取る。
どうやらニルヴァからの返信が来たらしい。
さっき連絡したばかりなのに、随分と早い返信というか。それなりに心配させてしまったかもしれない。文句のひとつやふたつ言われてもおかしくはない。
「えぇ……」
覚悟して画面を開いてみれば、送られてきた文面に思わず、声が漏れる。
そこには家に帰らないことを理解したことと同時に。
『今度一緒に研究所に行きましょう』
なんてことが書かれていて。
交換条件というやつなんだろうけれど……
正直ぽつりと面倒くさいなんて言ってしまいそうになった。




