第25話 絶対不可侵領域
今日も外を歩く。
こんな風に休日に二日連続予定があるなんていつぶりだろう。
大体、私にとっての休日というのは、そのままの意味で休んでいる日でしかなかったし。
でも、今日はアイリが会いたいと言っていた。
適当に良いよと言ってしまったけれど、詳しく何をするのか聞いておけばよかった。アイリも買い物に行くとか言い出したらどうしよう。
昨日のニルヴァとの買い物は、自分でも思ったより疲れていたようで、少し身体が重いというか、魔力の巡りが悪いというか。だから、昨日と同じような感じになるのなら、私の体力が持つ気はしない。
「まぁ、それはないかな……」
あんまりそういう感じはしないし。
まだ知り合ってから1年も経ってないけれど。
……そっか。
アイリと知り合ってから、そんなものなのか。
全然そんな気はしないけれど。多分、私の生活にしては色々な事がここ1年弱の間に起きたからかな。
こんなに色々なことが起きた1年は初めてだったかもしれない。
そのせいか1年程度だった気はしないというか。
「レーネ」
集合場所につけば、小さく手を振る姿と共にアイリが私を待っていた。私も軽く手を振り返す。
アイリはこういう日は……約束した日はいつも私より早く来ている気がする。
……もしかして、いつも待たせてしまっているのかもしれない。
うーん。一応、私も別に遅れているわけじゃないと思うんだけれど……
「えっと、おはよう」
こんにちはかな。
まぁ時間的にはどちらでもいいか。
その辺りまで気にするのは、少しばかり真剣に生き過ぎている気がする。悪いというわけじゃないけれど。
私にはできない生き方というか。
「おはよ。えっと……新しい服?」
「あー、うん。よくわかったね」
今の私は昨日ニルヴァに選んでもらった服を着ている。これは私の意思というよりは、朝に彼女からねだられたからだけれど。
でも、アイリに気づかれるなんて。
確かにこんな服着てきたことはなかったし、意外と気づけるものなのかな。
「買いに行ったの?」
「うん。昨日、ニルヴァが行きたいって言って」
「そう、なんだ……」
急に彼女は声を萎める。
……そうだった。アイリはあまりニルヴァが得意ではないらしいから、あまり話さないほうがいいんだった。
こういうところは、それなりに面倒だなと思わないでもない。直して欲しいと思うほどではないけれど。
「あー、えっとじゃあ、今日はどこに行くの?」
話題を変えるようにアイリに問うてみる。
聞いてから思ったけれど、まぁどこでも良い気もする。そんなに危ない所に行くわけでもないし。
けれど、答えはない。どうかしたのかな。
そんなに妹の話が微妙だったのだろうか。直接的な関わり合いはないはずなんだけれど……
顔を伏せているせいで、よくわからない。
でも、こういう時のアイリは大抵、悩んでいる時な気がする。それぐらいのことはわかってきた。だから、少し待ってみる。
そして数舜の後に、彼女はほんのりと赤らめた顔を上げる。
「あの、手……握ってもいい?」
「えっと、いいけど」
何を言うのかと思えば……ちょっと今更過ぎる話な気がする。これまで何度も手を繋いできたのに。
そう思ったけれど、次のアイリの行動に私は小さく声をあげそうになった。
彼女は私と指を絡ませた。
……確かにこの手の繋ぎ方をしたことは無いかもしれない。
「……嫌、かな?」
「別に。大丈夫」
ちょっと変な感覚な気もするけれど。
別に嫌な感じじゃない。
「……なら、このままで」
……なんというか。
そんなに照れた顔をしないで欲しい。
まぁ確かにこれはどうにも近い気もするけれど。
そして私達は歩き出す。
隣に並んで。
「今日は、どうして?」
歩き出して、少し。
私は我慢できずに質問してしまった。
一応、これでも割と持った方だと思うけれど。
「え?」
「どうして会いたいって言ったのかなって」
なんか理由があるのかと思ったけれど、そんな感じはしない。
今も明らかにアイリの家の方向に進んでいるし。
「……ただ会いたくて。それだけって言ったらおかしい?」
「そんなことは、ないけれど……」
あれだけ会ってるのに。
たしかにニルヴァが来てから休日は会わなくなっているけれど、平日は毎日会っているのに。
「まぁいっか」
あまり気にしないでおこう。
アイリが会いたいと言って、私の中にそれを拒否する理由はないのだし。
ちらりと隣を歩く彼女を盗み見る。
なんというか、随分と嬉しそうで。
まだなにもしてないというか、何も起きていないのだけれど。
でも、確かにこうして休日に誰かと会えるのは、会いたいと思えるのは随分と嬉しいことな気はする。それこそ1年前の私なら、こんな風に想うことも、こんな風にしていることも想像できなかっただろうし。
……昨日ニルヴァといたせいかもしれないけれど、随分と静かに感じる。
アイリと私には沈黙が多い。でも、そんなに苦じゃない。
歩き方や息遣い、絡んだ指に揺れる長髪。
別にいつものアイリなんだけれど。
隣に彼女がいるというだけで、どうにも楽な感じがするというか。
ただ好きな人と一緒にいるというのは、それぐらいには力があるらしい。
「えっと、ただいま」
そんなことを考えていれば、アイリの家に着く。
ぽつりと呟きながら、扉を開ける。
この家に入る時にただいまというのは、まだ違和感があるけれど。
でも、流石に少しは慣れてきた。
どうやら本当に何も計画はないようで、彼女と私はいつものように隣り合う座布団の上に座り込む。
「なんだか久しぶりな気がするよ」
「……そうだね。レーネがいなくなって、寂しかった……」
「いなくなるって」
そんな言い方をすれば、私ともう会えなくなったような言い方だけれど。
どちらかといえば、その逆で。
「平日はずっと会ってたのに?」
「……うん」
……そんなに寂しかったのかな。
私にはあまりわからない感覚だけれど。誰かと会っているのに寂しいと言うのは。
……いや、そういうこともないのか。私もこの家でアイリがいない夜に、同じような感覚に見舞われたことがないわけじゃない。多分。
「ね、久しぶりに家だし……映画、見ようよ」
少量の沈黙の後に彼女はそんな提案をした。
私はそれに頷く。
アイリの家に住むようになってから知ったことだけれど、意外とアイリは映画というか映像作品というやつが好きらしい。時折、こうして一緒に見ようと言われる。
私も別に物語を見るのは嫌いじゃないというか。どちらかと言えば好きな方だから、こういうことをして過ごすのは嬉しい。こうして一緒に過ごすことと言ったほうがいいのかな。
「何見る?」
アイリは手を振って、大きな画面を操作する。
彼女はそれなりのお金を出して、映画をある程度色々見れるようにしているから、それに私もただ乗りしている。一緒に住んでいる時は少し悪いかなとも思って、私も出そうとしたけれど、断られてしまった。
「あ、それで良いんじゃない?
「これ?」
題名は星間空間。
題名からして多分、宇宙ものというやつだろう。
これぐらい空想的な作品のほうが私は好みだから。アイリはどうか知らないけれど、少なくとも嫌いじゃないはず。
……というか、アイリは結構なんでも見たがる気がする。映画自体が好きなのかもしれない。
「もう見た?」
「ううん。けど、有名だよね」
「そうそう。だから、見たいなって」
そうして始まった映画は、題名から予想できた通り、くるくると回る円形の大きな宇宙船に乗り、未知の惑星に行くという話だった。
多分、設定的にはかなり遠未来で、星間移動がそれなりに普通の世界観らしい。
「この宇宙船って、実際にできるのかな?」
アイリに問いかけてみる。
こうして映画を見ながら話すのも、なんだか久しぶりな気がする。
「うーん……理屈上はできるんじゃないかな」
「この超長距離転移も?」
「一応ね。術式自体は今あるやつを改良すればできそうだし……あ、でも座標指定とかはどうしているのかわからないけれど……」
「でも、質量とか距離とかは魔力の問題だし。多分、これだけ巨大な宇宙船だったら、少し転移するだけでも莫大な魔力が必要だと思うけど……」
一応、できるのか。
現在の魔法技術というのはすごいらしい。
「でも、その魔力量は流石に非現実的だけれどね。少なくともこんな高頻度で転移はできないと思うよ」
「まぁ、結局はその辺だよね」
大抵こういう世界観では何も言わずとも、強力な魔力源があるのが当然らしい。
まぁ一応、ちょっとだけ説明はあったけれど。宇宙空間上にある微細な魔力を吸収してどうこうみたいな。
「でも魔力の話を始めたら、推力とかも意味わからないけれど。でも、魔力問題さえ解決したら、大体できるぐらいの技術じゃないかな」
「意外と現実的な作品なのかな」
思ったより近未来系の作品だったらしい。
たしかにそう言われてみれば、そんな気はする。
「……でも、無理かもね。天罰があるし」
「それ言ったらもう、そうとしか言えないけれど」
天罰は外気圏上に存在している何かからの自動攻撃。
細かい攻撃対象は、一定高度以上に存在すること以外は不明だけれど、宇宙船ぐらいの大きな物体が攻撃対象にならないとは思えない。小さな飛行機とかでも対象内なのだし。
その自動攻撃の威力はとても高い。それ故に人類はこの都市以上に高い位置に行ったことはない。一応、たまに障壁魔法の実証試験とか言って、飛ばしているのがあるけれど。
「天罰は、もうどうしようもないよ」
噂では200年以上前から天罰をなんとかしようという計画もあるらしいけれど。
でも、そんなことは無理な気がする。少なくとも旧文明に技術が追い付くまでは。
それに融合体や魔物に制空権を確保されずに済んでいるというのは、天罰の恩恵でもあるのだろうし。
「まぁでも、できたらいいよね。こういうの」
「……レーネは宇宙に行きたいの?」
「そういうわけじゃないけれど……というか、私が行くのはちょっと怖いかな。少しのことで死んじゃいそうだし」
もしもこういう宇宙船に乗ってたとして、事故を起こしたときとかに宇宙空間で生存できる自信はない。事故でなくても、宇宙では少しの不測の事態で死んでしまいそう。魔力も薄いだろうし。
「アイリは? 宇宙に行きたい?」
「うーん……」
彼女は自らの髪の先を手の中で弄る。
これは考える時の癖らしい。
「宇宙で星が見たいかも……レーネと一緒に」
「そんなこと?」
悪くはないと思うけれど、宇宙に行かなくてもできると思うけれど。
それこそ、今外に出るだけでも成し遂げられる気もする。
そんな話をしているうちに、映画はどんどんと進んでいって、物語は終わりに向かっていく。
映画はこの辺りは小説と違う。映像作品というものはそうだけれど、こっちの意思や状態を無視して進んでいくのは、なんというか……寂しい気もする。だから小説の方が好きなのかもしれない。
でも、誰かと見れるのはやっぱり良い所ではある。小説なら、こんな風に同じ視点で物語を見ることはできないだろうし。
「次は、これ見ようよ。面白いみたいで」
どうやら今日は映画を見る日にするらしい。
アイリは次の映画に画面を切り替える。
「これ? まぁ、いいけど」
それは題名やあらすじから見ても、恋愛映画と言われるものだった。
正直、私はあんまり興味ないけれど。
でも、アイリが見たいと言うのなら、止めるほどでもない。私も嫌いというわけではないし。
というわけで2本目の映画が始まったわけだけれど、生憎というかなんというか。
私の予想通りに恋愛ものだった。
探索者の2人が出会って、憧れて、求めて……みたいな。よくあるというか、典型的というか。そういう作品な気はするけれど、同時に出来は良い気がする。
2人の感情がわかりやすく描かれている。少し私には直接的過ぎる気もするけれど。
……なんというか。
やっぱり人は恋をするものなのかな。
ちらりと隣を見る。
ぼんやりと画面を見ている彼女も。
「アイリも恋とかするの?」
「……ぇ、え、あ、うん」
アイリは驚いたように声を上げて、少し照れたように小さな声で肯定する。
「あ、するんだ……」
心がきゅるりと音を立てる。
やっぱりこれぐらいの歳になればみんな恋のひとつやふたつぐらいはするものなのかな。
……けれど、それはちょっとアイリが遠すぎるというか。真横にいるのに。
もう少しそのことを理解しないといけない。みんなは私より大分先にいるということを。
「するっていうか。なんていうか……よくわかんないけど」
「別に隠さなくてもいいのに」
「そ、そういうわけじゃなくて。恋なのかもしれないってだけで。よくわかってないっていうか」
「そっか」
……なんだかほっとしている。
アイリがそう言ってくれて。
さっきよりは彼女が近くにいる気がするからかな。
「まぁ、そうだよね」
「え?」
「よくわからないよね。感情って」
この人たちはすぐにそれを恋だと気づいて。
そんな人たちが前提となって、話が進んでいくけれど。
それは私からしてみれば、あまりにも遠すぎる。
私には普段の感情すら上手く掴めていないのに。
……アイリも同じように感じることもあるというのが。
すごくほっとした。
でも、それはなんというか。とても酷いことのような気もする。彼女が困ることを願っているような感じがして。
それから物語は素直に進んだ。
あまり特筆することもない終わりというか。
でも、それなりの終わりをして。
そうやってアイリと映画を見ていれば、いつの間にか時間は過ぎていく。素直に飾らず言うのなら楽しかったから。
それから同じように映画を2本見た。
流行りの映画と少し……いや、かなり知名度の低い映画。
どちらもそれなりには面白かったけれど、後者ですら知名度が低いというのは、なかなか映画業界も難しいものらしい。同じぐらいの出来だったのに。
「……次は何見る?」
「あー……私、そろそろ戻るよ。もうこんな時間だし」
結局、映画を4本も見てしまった。
少し目が疲れた気もする。
小さな欠伸がもれる。
昨日の疲れのせいか、少し眠い。
戻ったら、少し寝ようかな。
「……レーネ」
「ん?」
「今日は泊まっていかない?」
アイリは少しを身を乗り出して、上目遣いで願う。
少し断りづらいけれど、今日は帰らないなんてニルヴァに行ってないし……
「いや、私、戻らないと」
「……お願い」
「うーん……でも、急に1人にするっていうのもあれだし」
そろそろ良いような気もするけれど、妹は今でもたまに泣いている。やっぱり、こんな場所に急に来て、それなりには心に来ているらしい。
私にはどうしようもないけれど、一応近くにいることぐらいはした方が、それっぽいような気がする。
「けど……レーネと一緒にいたい」
「それはまぁ、私もそうだけれど、明日も会えるし」
「やだ……ここにいてよ。私といることを望んでくれていたんじゃないの?」
……なんでそんな。
そんな決めつけるような言い方。
「そんな言い方……」
やめて欲しい。
それはだって。
母と同じで。
私の心を定義するような
「アイリ、困るよ。そんなの」
「……そんなに妹さんのことが大事なの?」
「そういうわけじゃないけれど。頼まれたし」
それぐらいのことはやらないといけない気がするから。
……どれぐらいのことまでやらないといけないのだろう。ほぼ縁の切れている家族のために。思えば……何で私は、まだ母に従っているのかな。
「レーネも一緒にいたいって言ってくれたのに」
「……言ったけれど」
確かにそう言った。
今もそう思っている。
……正直に言うのなら、アイリと過ごす時間はとても心地が良い。
なんだか楽でいられる。だから一緒にいたいけれど。
「なんでそんなに」
……面倒くさい。
そんなに踏み込まれても困る。
今のままでいいのに。
……今、なんて。
私はなんて考えたんだろう。
「お願い……帰らないで……」
ちりちりする。
視界が。
私達の関係という天秤が軋んでいる。
崩れようとしている。
このままじゃ。
「アイリ。その……」
まずい。
私の心がわからない。
また変な事を言おうとしている。
上目遣いで願っているアイリに。
どうしよう。
わからない。
視界がきゅっとする。
色々な事が思い浮かんで消えている。
逃げなきゃ。
「きょ、今日は楽しかったよ。じゃあ、また明日」
彼女の言葉を遮り、それだけ口早に言って、私は立ち上がる。
もうこれ以上一緒にいたら、良くないことになる。また昔のように会えなくなるぐらいには私の心が決壊してしまう。
そんな予感めいた確信がある。
だから逃げ出した。
「ぁ……」
小さく何かを言おうとした彼女を無視して、部屋を出る。
扉がきぃと音を立てながら閉じ始める。
……ちらりと振り向けば、彼女が私を見ていた。
いつも私を見つめている瞳に涙を浮かべて。




