第24話 疎外、阻害
妹と住むようになってから、そろそろひと月ほどが経つ。もう寒さも弱くなってきた。まぁ弱くなった程度で、まだ寒くはあるのだけれど。
しかしそろそろひと月経つというのに、ニルヴァとの生活にはまだ慣れない。険悪という感じではないけれど、時折気まずさを感じる時もあるというか。14年間会ってなかったというのがそれなりに効いているのかもしれない。
かといってどうしたらいいのかはわからないけれど……まぁニルヴァ自身がまだこの都市に慣れていないというのもあるのだろうし。時間が解決してくれるような気はしているのだけれど。
「あの、姉さん」
そんな声で目が覚める。
眠い目を擦りながら、重たい身体を起こす。
「どうしたの?」
ぼやけた視界の中では扉を開けたニルヴァがこちらを見ていた。寝起きを見られたのはちょっとだけ恥ずかしい。少し無防備すぎる気がして。同じ家にいるのだから仕方ないんだけれど。
「その、少し、出かけませんか?」
彼女は少し震えた声でそう言った。
私はぼやけた頭で、言葉を絞り出す。
「今日?」
「はい。急すぎますか?」
急ではあるけれど。
でもこれが多分、妹からの歩み寄りであることはわかるから。
「……まぁ、今日ならいいけれど」
特に断ることはない。
元より予定とかがある日ならともかく休日だし。明日ならちょっと困っていたけれど、今日は別に空いている。
「本当ですか? じゃあ、早速行きましょう!」
私の返答に彼女はぱぁっと嬉しそうに笑う。
それは結構だけれど、すぐには出られない。
「あ、ちょ、ちょっとまって」
まだ起きたばかりすぎるというか。
流石に寝間着すぎるというか。
そこから急かされるままに準備をして、気づけば私は家の外にいた。
当たり前のようにニルヴァは私の手を握り、先を進んでいる。どうやら彼女も私を先導できるぐらいにはここに慣れてきているらしい。
これは多分、私があまりにもこの場所のことを知らないからと言った方がいいのかもしれないけれど。普段使っている道ならともかく、それ以外の道は全くわからない。
1年もこの都市に住んでいるのに、こんな感じなのはどうしてなのだろう。それはわからないけれど……ニルヴァを見る限りでは私が異端らしい。
「で、どこに行くの?」
「えぇっと、ここです」
歩きながら彼女は端末上の地図を見せてくれる。
そこはこの都市で最も大きな複合商業施設だった。
大抵のものはここに行けばある。逆に言えば、ここにないなら、少なくともこの都市では手に入らない可能性が高い。
「何か買うの?」
「はい。暖かい服が欲しくて。その、思ったよりここは寒いので」
たしかに、去年私も同じことを思った気がする。
私は面倒だったから、魔力での体温維持を選んだけれど、魔法師でなければ、服による防寒の方が現実的か。
ここから商業施設に着くまでは、歩いてもいけるけれど、どうやらニルヴァは交通機関を使うことを選んだらしい。
私としては歩きの方が良かったけれど、たしかにそれなりに歩かないといけないし、大変なのかもしれない。
「結構混んでますね」
「まぁ、休日だからね」
列車の中は隙間がないというほどではなかったけれど、それなりには人がいた。二駅程度なら立っていればいいのかもしれないけれど。
「姉さんは何か買いますか?」
「いや、私はいいかな」
買いたいものは特にないし。
そう思ったけれど。
「そう、ですか」
少し気まずそうに顔を伏せるニルヴァを見れば、何か別のことを言えば良かったかもしれない。
でも、そう思ったところで、私も何を言えば良いのかわからないから、どうすればいいのかわからない。
妹がそれなりに勇気を出して、歩み寄ってくれているのだから、私も少しは歩み寄るべきだと思うんだけれど……でも、やり方がわからない。いや、正直、私としてはこれでも歩み寄っているつもりなのかもしれない。
……多分、本当のことを言えば、商業施設なんて行きたくないからか。
だから、歩み寄っているつもりになっているのかもしれない。いや、多少は歩み寄っているのだけれど、あと一歩ぐらい踏み出せばいいのに。
うーん。その辺は億劫だと思うのは、自分でも何とかしてほしいけれど。同時にそれが無理であることも知っているからなんとも言えない。
そんなことを考えているうちに、私達は目的地に到着した。
結局到着したはいいけれど、今日はニルヴァについてきただけだから、私にはどこに行けばいいのかはわからない。
「えっと……」
……駅を降りた途端、案内板を凝視している感じ、彼女も目的地がはっきりと決まっているわけじゃないらしい。
私もちらりと見た感じでも、明らかに服屋の数は多い。他にも飲食店とかもそれなりにあるみたいだけれど。
というか、服屋だけでこんなにも必要なのかな。逆にこれだけの種類があるぐらいには、需要があるということなのかもしれないけれど。でも、私のような人には毎回どこに行ったらわからなくて、とりあえず安い店以外使ったことはない。
「えっと、少し歩きながら決めても良いですか?」
「あー……いいよ」
いいのかな。
頷いたものの、どうなんだろう。人混みは思ったよりすごいし、既にそれなりに帰りたい気もするんだけれど。
でも、頷いたからにはニルヴァに手を引かれるままに歩き出す。
「あ、これとか良さそうじゃないですか?」
そこから彼女が足を止めたのは、7個か8個目の服屋さんに差し掛かった所だった。
ニルヴァが指さしたのは、白い上着というべきもので、確かにもこもこしていて暖かそうだった。
「良さそうだね」
「でも、こっちでも良いと思うんですよね」
「まぁ、そうだね」
さっきと色と柄しか変わらないけれど。
白くて羽の生えた動物が印刷されているものか、黒くて手の大きな動物が印刷されているものか。それだけの違いでしかない。
「姉さんはどっちが良いと思います?」
「えぇ……」
……今回は温かさが主題なわけだから、どちらでも一緒じゃないかな。という答えがぱっと思いつくけれど。
まぁ、ニルヴァがそういう答えを求めているわけではないことは分かる。
どっちが良いっていうのは、どちらのほうが似合うかみたいな意味だったらしい。それこそどっちでも良いような気がする。白も黒もそこまで変な色じゃないし。
「うーん、じゃあこっちかな」
とりあえず白い方を指してみた。
別にどっちでも良いんだけれど、適当に。
「そうですか? うーん……」
「あの、別にニルヴァの好きにしていいからね。多分、私はそういう感覚は鈍い方だし」
色への感覚を鈍ければ、絵柄とかそういうことの良し悪しに関しても鈍い。
大体自分で買う時も、こんなふうに適当に選びがちだし。割引されてるやつを選ぶとかはするけれど。でも、そのせいか家には緑色の服が多くなっている気がする。
「……こちらにします。折角、姉さんが選んでくれたものですし」
少しばかり悩んだ後に、結局白い方を選んだようで、服を買い物籠に入れる。
あとは購入するだけ……と思ったけれど。
それから彼女はそれなりに大きな服屋の中を歩き回り始めた。
……どうやらまだ買いたいものがあるらしい。
だんだん疲れてきたんだけれど。こんな人混みの中にあまりいることはないから。
結局、ここについてから3時間弱ぐらいだろうか。
それぐらいいた気がする。結局のところ籠の中には数点しか入っていないけれど、それらもかなり悩んで購入していた。
たまに意見を聞かれたりもしたけれど、私の感覚はかなり適当で大概がほぼ運に任せて答えていた。
……思ったけれど。
これは私がついてくる意味はあったのだろうか。
案内ぐらいの意味にはなるかと思ったけれど、私は服にはあまり明るいとは言えないし。それどころかニルヴァを惑わしてばかりというか。
うーん。
まぁ、いいのかな。
ニルヴァも楽しそうだし。
それに疲れてはきても気まずくはない。
それなら、そんなに悪いことでもない気がする。
「あの姉さん」
「ん?」
思考に耽っていた私を彼女が呼ぶ。
また欲しい服を見つけたらしい。
「姉さんも、どうですか?」
「え?」
「これです。これ、いりませんか?」
どうやら彼女が欲しいものではないらしい。
黒い片手の大きな動物が印刷された上着だった。
最初の方にレーネが見ていたもので、彼女の籠の中には既に同じ種類の白い服が入っている。
「姉さんに似合うと思うんです」
「……そうかな」
似合うとはどういう状態かわからないからなんとも言えない。感覚としては似合わない気もするけれど、かといってそれが正しいという自信もないし。
「似合いますよ。その、私が払いますから。贈り物ということにさせてくれませんか。こうして今日も付き合ってもらいましたし」
「え、いや、いいよ。その、それなら別に私が払うし、服も間に合ってるから」
確かに少し肌寒いけれど。
上着に困っているわけでもない。
それに人にお金を出してもらうのも気が引ける。
「あの、私がそうしたいんです。着なくても構いませんから、その……」
そんなにこれを私に着て欲しいのかな。
理由はよくわからないけれど、そんなに言うのなら。
「……まぁ、なら買うよ」
「え、いいんですか? 私が買いますよ?」
「それは流石に……」
悪いというか。気が引けるというか。
それなりの値段がするものだし、これを買ってもらうのはあまりにも不均衡な気がする。
「自分の服ぐらい、自分で買うよ」
「そうですか……でも、これでお揃いですね」
ニルヴァは跳ねるように喜ぶ。
お揃いではないと思うんだけれど。色も柄も違うし。
……まぁ、嬉しそうならいいのかな。
それからの彼女は付き合いの浅い私から見てもわかるぐらいには上機嫌だった。
それは服を買った後も続いている。
私の手を引いて、軽やかに歩くニルヴァを見ればそれは一目瞭然というか。
「あの、姉さん」
行きと同じにように不意に彼女がこちらを振り向く。
少し驚きそうになるのは、ちょっと困る。
「ん?」
「疲れてませんか?」
「まぁそれなりにはね」
こんなに長い間、この商業施設にとどまったことは無い。
人に酔うというのか、人が多すぎて疲れる。
「なら、少し休憩していきましょうよ」
彼女は少し遠くを指さす。
そこにはいわゆる喫茶店というものがあった。
「あの店に入るの?」
「嫌いですか?」
「そういうわけじゃないけれど……」
こういう展開になるのなら、疲れたなんて言わない方が良かったかもしれない。
「行きましょう?」
「え、あ……うん」
まぁいいか。
正直、帰ったほうがいい気はするけれど。
でもそれ以上、頑張って歩み寄ってくれているであろう妹を無下にするほうが悪い気がした。
……いや、多分断るのが面倒だったのかもしれない。
どちらでもいいけれど。
結局、私はニルヴァに連れられるままに喫茶店らしき店に入った。
「こういうところ初めて入るよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。機会もなかったし……」
逆に妹はこういう場所に慣れているらしい。
やっぱりなんというか。
……住んできた世界というか。暮らしてきた環境が違う。
それはなんとなくわかってきた。一応、同じ親の子供なのに。多分、当然の事なんだろうけれど。
「……あれ? でも魔法学校には喫茶店とかもあるって聞いたんですけれど」
「あるよ。でも、私はお金なかったし」
一緒に行く人もいなかったし。
知り合いがいなかったわけじゃないんだけれどね。
多分、友達というほどの関係でもなかったから。
「だから、ちょっと、あんまりわからないんだけれど。なんだか緊張するというか」
「そんなに緊張する場所じゃないですよ。どちらかと言えば落ち着く場所という側面の方が強いです」
そんなことを言われても。
緊張するものは緊張する。
……ちらりと彼女のほうを盗み見れば、本当に緊張している様子はない。周りの様子もそんな感じはする。
だから、異端なのは私らしい。
「ふぅ……」
そっと息を吐いておく。
喫茶店というのに来たことはないけれど、まぁでも喫茶店というのだから何かを頼まないといけないというのはわかる。
……こういう一度店に入ったら何かを頼まないといけないというのはあまり得意じゃない。選択権がこちらにない気がして。
まぁでも入ったからには仕方ないので、品書きを眺める。
うーん……私が食べられるものがあるのだろうか。
実は結構偏食気味ということをニルヴァに言うのを忘れていた。
昔からずっと安くて簡素な食料ばかり食べていたせいか、濃い味が苦手というか……怖くなってしまった。
そのせいかこの店の料理で、ほとんど食べられるものがない。その上、高い。
逆か。高いからこそ簡素な味のものがないというか。
でも、ただの果汁飲料でも、普通に買うのに比べたら3倍ぐらいしている。
量を考えたら、これぐらいで妥当なのかな……?
「えっとじゃあ、イココ味のこれで……」
イココ味はそれなりに味は濃い気もするけれど、飲み物なら多少は大丈夫なはず。
あれ? でも、これにするとは言ってみたものの、ニルヴァに言っても仕方ないんじゃ。
店員さんに言えばいいのかな。
「え、これ。どうやって注文するの?」
くるくると周りを見ても、店員らしき影はない。
確か入る時には近くにいたような気もするけれど。
あそこに行くのだろうか。
「それは、もちろん呼ぶんですよ」
呼ぶ?
そう問いかけるよりも早くニルヴァは手を軽く上げて声をあげる。
「すいませーん」
「はいー」
え、え?
そういう仕組み?
そんな声を出して呼ばないといけない仕組みなの?
ちょっと社交的過ぎる場所じゃないかな……?
そんな風に困惑している私を他所に、いつの間にか来ていた店員さんにニルヴァは注文をしていく。どうやら焼き飯らしきものと何か飲物を頼んだらしい。
「姉さんは、これですよね」
「え、あ、う、うん」
不意にふられて、こくこくと頷く。
なんだかあっという間だった。
私はなんだか呆気に取られていた。
「えっと、姉さん?」
「あ、いや……その」
どう言えばいいのか。
この感覚を。
「ニルヴァはすごいね。なんかこういう場所にも慣れてて。良く来るの?」
「いえ、私もそう良く来るわけじゃないですよ。他の場所ですが、何回か入ったことがあるので、少しはわかります」
それから少しすれば、注文したものが届けられる。
店員が何事か話して、余計に食器も置いていった。
「取り皿みたいですね。いりますか?」
「ううん。大丈夫」
「そういえば、姉さんは何も食べなくていいんですか?」
「うん。一昨日ぐらいには食べたし」
私はあまり食事頻度が多い方じゃない。
逆にニルヴァはそれなりに食べるほうのようで、毎日1食は食べている気がする。少し食べすぎな気がするけれど。彼女の基礎魔力消費がそんなに多い方には見えないし……
「それに……ちょっと高いかなって」
「……そうですか? こんなものだと思いますけれど」
「そうなの?」
じゃあ私には店での食事というのは向いてないかもしれない。
元より偏食家というのもそうだけれど、なんだか私のいる場所ではない気がする。色々な人が話していて、色々な事をしている。食事が終わっても談笑しているらしき人もいるから、多分、値段が高いのはそのせいもあるのだろうけれど。
なんというか。
ずっと感じていたけれど、ここは私がいても仕方がない場所というか。
焼き飯というのはそれなりには美味しそうだったけれど、同時に私が食べるには味が強すぎると確信できる匂いだった。そういう意味では少し吐きそうというのは言い過ぎにしても、食欲が湧く感覚もなかった。
……やっぱり、私は外での食事に向いていない。
今日が最初で最後の外食かもしれない。
そう思えば、この店の風景も少し面白く見えてくる気もする。
「あの、姉さん」
不意にご飯を食べる手を止める。
「な、なに?」
変な事を考えているのがばれたかと一瞬焦ったけれど、そういうわけではないらしい。その証拠に、彼女はまだこちらを見ていない。悩むように俯いている。
けれど、すぐに私を見つめる。その瞳には確かな意志を感じて、少し狼狽えそうになる。
「今日はありがとうございました。買い物に付き合ってくれて」
「まぁ、暇だからね」
「それでも、嬉しかったし……楽しかったです」
「……それは、良かったよ」
楽しかった、のか……
じゃあ、まぁいいのかな。色々疲れた気はするけれど。
でも……正直な事を言えば、あまりにも多人数の中にいるというのが向いていないということが露呈しただけの日だったような気がする。
……はぁ。
まぁ。
喜んでくれたのなら、いいことにしておこう。
そう思いながら、手の中の器をころりと傾けた。




