第22話 貨車問題
ニルヴァがこの空中要塞都市に来てから5日。
彼女が来て、アイリと一緒に住むことは辞めてしまったけれど、アイリと会えなくなったわけじゃない。
結局、この訓練室で一緒に魔法の練習をするから。
昼間はニルヴァも本業の研究の方に行っているから、私が家にいても仕方がないからというのもあるけれど。
今日も強力な光魔法を見れば、やっぱりアイリが同調者であることを思い知らされる。まだ彼女ぐらいの同調率なら、戦闘義務はないらしいけれど。
でも、アイリの同調率は少しずつ上がっている。
いつ閾値を越えるかはわからない。
……私はアイリが戦わないといけないのかわからない。
この都市には彼女のほかにも同調者がたくさんいて、彼らだけでも今まではなんとかなっている。なら次もなんとかなるんじゃないかって……そんなことを思うのは身勝手すぎるのかな。それとも無責任か。
でも、そんなことは思っても言えない。
ずっと彼女が戦いに行かなければいいのになんて。
そんなことを私が願う資格はない。
私はただの傍観者なのだから。
「そういえば、最近は融合体も来てないよね」
座り考えごとに耽る私に、アイリがぽつりと呟く。
その言葉で変な思考は霞へと消える。
「言われてみればそうかも。もうどれぐらいだっけ?」
「えっと……前が2カ月前かな。去年末ぐらいから融合体の出現頻度は急激に減っているみたいで……」
それは私もどこかで見た。
たしか去年の融合体出現数はこの都市だけではなく、全都市で22体。例年の2分の1ぐらいで、これだけ少ないのは16年ぶりだとかなんとか。
「どうしてなんだろう。別に来ないことに越したことは無いけれど」
「うん。ちょっと怖いかも。次がもし2体同時だったりしたら大変だよ」
2体同時。
そんなのは聞いたことがないけれど。
……でも、言われてみれば、どうして2体同時に出現することは無いんだろう。もしも融合体を作る工場みたいなのがあるのなら、戦力は溜めて放出すればいいのに。融合体にそこまでの組織だった思考はないということなのかもしれない。
「もし今、融合体がきても、ここからじゃ見えないね」
たしかにこの訓練室は窓ぐらいはあるけれど、都市の外を見るための窓はない。というかそんなものある場所の方がおかしいんだけれど。
「見たい?」
「私は別に。でも、レーネは融合体を見るの好きなのかと思ってたよ」
好きって。
一応、あれは人類にとって明確に脅威であるものというか。しっかり敵なのに。好きという感情を抱くのは難しいと思うけれど。
「……違う?」
「うーん……まぁ、好きではないけれど。でも、なんというか」
こういう言い方が合っているかはわからないけれど。
「面白いとは思ってたかも」
……あれ。
この言い方だと戦いを見て楽しんでいる人になっている気がする。
「面白いって言うのは、その。なんていうか。あんな大きな存在がいるのが面白いっていうか」
咄嗟に出た言い訳は自分でもわかるぐらい早口だった。
それが面白かったのか、アイリはくすりと笑う。
「わかってるよ」
「それなら、いいけれど……」
また短絡的に考えた言葉で失敗するところだった。
アイリは気にしてないみたいで助かったけれど。
彼女のこういうおおらかな所は、失言の多い私としては助かる。だからこそ、一緒にいることを望んでいるのかもしれない。
「ん?」
懐の中の通信機がぴこりと音を立てる。
こんなことはほとんどない。私の通信機に連絡をくれるのはアイリぐらいだし、そのアイリは目の前にいる。
他にも一応、討伐隊からの連絡も取れるようにしてるけれど、それなら私の通信機だけが音を出すというのは変だし。
「どうかしたの?」
「なんか連絡が……ニルヴァ?」
そこには妹からの連絡が来ていた。どうかしたんだろうか。
一抹の不安と共に開いてみてみれば、そこには少し変えるのが遅くなるということが、割と長い文章で書いてあった。
まぁ、私は遺物研究者というのがどういう仕事かはわからないけれど、こういう連絡や普段の妹の様子を見る限りでは、かなり忙しい仕事らしい。
「えっと……妹さん、だよね?」
「うん」
返事をしながら、ニルヴァにも適当にわかったと返信しておく。
「もう生活には慣れたのかな」
「いやー……どうかな」
さっき来た長文にも言えることだけれど、あまりそんな気はしない。普段の様子とかも考えれば、多分まだ。
「まだ不安なのかも」
一応、ここはいつ融合体が来るかわからない場所だし。
基本的には空中要塞都市での生活は地上とほとんど変わらないけれど、融合体がくる時ばかりは流石にはっきりと非常事態の様相を取るし。
まぁ慣れてしまえば、同調者以外の人は特に関わりがないことに気づくとは思うんだけれど。
逆に言えば一度来るまではそれなりに不安なままかもしれない。それか来ないことに慣れてしまうか。
後者だといざという時を考えると危うい気もするけれど。
「まぁ人は慣れる生物だけどね……」
これはよく言われる言葉だけれど、融合体が来るという事態に慣れるにはどれぐらいかかるのだろう。
少なくとも私もまだ完全に慣れきっているわけではないのに。
それこそアイリとかは融合体が来ることには慣れているのだろうけれど……それでも同調者として融合体と戦うことにまで慣れているわけじゃないはずだし。それぐらいには恐ろしい存在というか。
「……心配?」
「まぁ、それなりにはね」
一応、助けてくれと頼まれてはいるし。たった1通の通信連絡だったし、そう言われても、私にできることは限られているんだけれど。
それに私なんかが心配することなのかわからない。別に私がいてもいなくても変わらないような気はする。
「あの、座ってもいい?」
「うん。いいよ」
アイリは私の隣に座り込む。
少しばかり体重を預けられる。肩を寄せるというのか。
こうした小さな接触を彼女が好んでいるらしい。最近知ったことだけれど。
けれど、今日は少し笑顔の中に影がある。
何か言いたいらしい。それぐらいのことは分かるようになってきた。
「レーネ。もし私が……」
そこでアイリは言葉を区切る。
声を詰まらせるように。
こういう時のアイリは大概、どういうべきか考えている。だから、とりあえず私は彼女の言葉を待っていればいい。
そして数瞬の後に彼女は口を開く。
「もし、私がすごく危ない状況だったとして」
「うん」
なんだか難しい話を始める気らしい。
危ない状況って。仮定の話にしなくても、アイリは同調者なのだから、今の状況もかなり危ないと思うんだけれど。
「でも、ニルヴァも同じように大変だったら……どうする?」
「えー……うーん……」
やっぱり難しいことを言い出した。
危ない状況? 例えば魔物とか?
目の前にアイリとニルヴァがいたとして、2人の前に魔物がいたとする。
もしそうなら、私はどうするのか。わからないけれど……私の力なら。
「まぁ、状況によるけれど……ニルヴァの方を助けるのかな?」
別にそうしたいわけではないけれど。
それ以外にそんな選択肢はないというか。
「……そ、っ……」
アイリはまた言葉を詰まらせる。
今度は声も出ないという風に。
……また言葉を間違えたかもしれない。
「ほら、だって、アイリは強いし」
「ぇ?」
彼女はきょとんとする。
やっぱり私の意思は正確に伝わってはなかったらしい。
そんなに言葉足らずなのかな……対人関係への経験のなさが露呈しているかもしれない。
「まぁ、そうかなって。アイリが危ない状況って……私が助けられることはないっていうか。だから、消去法で」
そっちのほうがアイリの生存率も高そうだし。
私が助けに行っても、ただ足手纏いになるだけということは考えるまでもなくわかることだし。
というか仮にアイリが危機的な状況になるとすれば、それより先に私は死んでしまっている気がする。そこまで絶望的な状況ならという話だけれど。
「そんなこと、ないよ。レーネにはたくさん助けられているっていうか。助けてくれたって言うか……」
「そうかな」
そうは思えないけれど。
助けたことなんてあったっけ。
そんなことなかった気がするけれど。アイリから言わせてみれば、私が覚えていないだけなのかもしれないけれど。
「あ、い、いや、そうじゃなくて。そういうことじゃなくてね」
話題を難しい話に戻すらしい。
「えーっと……」
けれど、またしてもアイリは長考に入った。
まぁこれぐらい丁寧に話したほうがいいのかもしれない。少なくとも私のように適当に言葉を紡ぐよりは。
……でも、不思議とこういう沈黙が苦じゃない。なぜかはまだわからないけれど。
というかこれは別に沈黙じゃないからかな。
アイリは考えるときは、小さく「うーん」とか「えーっと」とか言いがちだし。その穏やかで綺麗な音だけで退屈しないからかもしれない。
「あ、あのね」
どうやら何というか決まったらしい。
頷いて、言葉を持つ。
「その……どっちが大切かー……みたいな……」
アイリは俯きながら、小さな声で問う。
そんな恥ずかしいなら聞かないで欲しい。
これに答えるのはそれなりに私も気恥ずかしいのだから。
「……まぁ、それはアイリじゃないかな」
「ほ、ほんとに!?」
アイリは見るからに顔を明るくする。
なんかすごく言わされた気がする。
答えがわかりきっていることだったし。
「う、うん。まぁね」
「そ、っか。そう……なんだね」
「当然、だと思うけれど……」
これでも一応、一緒にいたいと言ったはずなんだけれど。そんな人と、ほぼ他人の妹なら考えるまでもないというか。
「当然。当然かー……」
アイリはにまにまとしている。
嬉しそうなのは結構だけれど、なんだか少し癪というか。
こっちだけ恥ずかしい思いをしている気がする。
釣り合わせるのなら。
「……アイリは? どう?」
ちょっと反撃とばかりに問うてみる。
けれど、聞いてからすぐ反撃にもなってないことに気づいた。でも、もう遅い。
「どうって、レーネの事を大切かってこと?」
……そういう質問をしたことになってしまう。
これはこれで、気恥ずかしいというか。
というか、そこまで言葉にすると言うんじゃなかったという気もする。
でも、アイリは私の沈黙を肯定と受け取ったようで。
嬉しそうなままに。
「とっても大切だよ」
そう言った。
そして彼女は私の手を取る。
穏やかな笑顔の中に恥ずかしさはなさそうで。
なんだか自分のしたことがすごく浅ましく感じる。
そのままアイリは指をちょこりと動かす。
私の手を連れたまま、彼女の手は彼女自身の頭へと誘われる。
「撫でて欲しいの?」
問うてみれば、アイリはこくりと頷く。
私は手を彼女の髪をなぞるように動かす。
最初にこう乞われてから、何度か同じようにこうしたけれど。
……まだ、やっぱり慣れない。多分、すごくぎこちない撫で方をしているはずなのだけれど、アイリはとても嬉しそうに微笑む。
なんだか彼女はいつもにこにこしている気がする。そういう……いつも楽しそうなところも、過ごしていて楽な所なのかもしれない。
「……その、もう少し」
「いいよ」
ぽつりと言ってみたら、アイリは私の膝の間に入ってくる。
ここを彼女は随分と気に入ったらしい。確かにちょうど良い感じはするけれど。
けれど……少し不思議なのは。
最近はこうして彼女と触れ合う機会が多いけれど。
……私はいつのまにこうして身体をくっつけることを許せるようになったのかな。私の心理的領域はそれなりに広かったはずなんだけれど。
こんなに近くにアイリがいて、嫌な気はしない。
少し前の私なら、こんな近くに人がいたら、耐えられなくなってそうなのに。
……やっぱり多少は変わっているのかもしれない。私も。
アイリに手を引かれて。
蹲っている私も、少しぐらいは。
動いているのかも。
進んでいるのかは、まだわからないけれど。




