第21話 私も意外と
この第五空中要塞都市は首都を中心とした時に、北東側に存在している。北東部未開拓領域における脅威存在の捜索と除去を目的として、もう50年ぐらいこの都市は浮いている。
その間ずっと空中に浮いているわけだけれど、地上と完全に隔離されているわけじゃない。一応、都市内部だけで自給自足できるようにはなっているけれど、人や物の連絡はそれなりに大切であるが故に定期的に地上との連絡便がある日がある。
頻度としては大体月に1回ぐらい。
そういう日は、唯一この都市が未開拓領域以外の場所に浮かんでる日になる。とはいっても、人類領域の端にある町の上だけれど。
私も1年ぐらい前にはあの町に来て、この都市に入った。
妹であるニルヴァも今日同じようにこの都市にくるらしい。
地上連絡日は数多くの連絡便が行きかうけれど、母からの連絡では彼女は夜の便で来ると書いてあった。
……というわけで、それなりに寒い中、とりあえず連絡便の駅出入り口付近で待っているわけだけれど。
なんだか緊張する。
妹とはいっても、ほぼ初対面だし。怖い人だったらどうしよう。
その時はもう放っておこうかな。
……まぁ、そういうわけにはいかないんだろうけれど。
多分、この緑母からの文面も見る感じ、私が助けることが前提で話が進んでいる気がする。
なんか、あんまり私の意思があることを理解していない気がするというか。昔から緑母はそういうところがある。今回のように、時折、連絡が送られてくるけれど、大概がこちらの意思をあまり考慮していない書き方というか。
……どちらかと言えば、こちらの意思を向こうで決められていると言った方が良いのかな。まぁ、確かに私の意思は弱い方だけれど、勝手に決めつけられて良い気はしない。
けれど、良い気はしないぐらいで抗おうという意思もなく、こうして魔法師としてここにいるのだから、私も私なんだけれど。一応、それなりに恩があるというのがあまり逆らう理由もない気がするからというか。
まぁ、そんな感じだから、今回も流されておくのが無難なのかな。
妹と再会するというのは緊張するし、あまり好ましいことではないけれど、嫌な事かと言われるとそうでもない気もするし。別に嬉しくもなければ嫌でもない。魔法学校での同室規定と同じというか。
……上手くいくことを祈るというのは、言いすぎだけれど。
せめて、あまり酷いことにはならないで欲しいぐらいは祈っておきたい。
でも、妹もあの2人の母に囲まれて育って苦しくないのかな。
私は正直、母達とあまりうまくやれていないという自覚はあるけれど。
ニルヴァはどうなんだろう……もし、母のことがすごく好きな子だったら、私はどうしたらいいかわからないかもしれない。
当然だけれど、本当に私は何も知らない。
どんな姿なのかすら、わからない。
妹は形式上は家族という関係ではあれど、ほぼ他人のようなものらしい。
……あれ。
ふと思ったけれど、私はどうやってニルヴァが来たかどうかを判断したらいいんだろう。5歳の頃の顔がわからなければ、当然今の姿なんかわかるわけもない。せいぜい水髪だったことぐらいか。
それこそ母も写真ぐらい載せてくれれば楽だったのに。まぁこれは私からも写真を送ってないからかもしれないけれど。
……ということは、向こうも私がいるかどうかわからないのかな。
どうしよう。手持ち看板みたいなものを持って来るべきだったかもしれない。流石に冗談だけれど。
けれど、本当にどうしよう。
母に連絡したほうがいいのかな。
……あんまり気乗りはしない。この12年間、自分から連絡をしたことなんかほとんどないし。ないわけじゃないけれど。
というか、妹の連絡先を知らない。
直接、連絡出来たら楽で良いのに。
……いや、楽ではないか。話したこともないのだし。
でも、母に連絡するよりは良い。気がする。
これは母を苦手に思いすぎかもしれない。
うーん。
まぁ、わかってくれることを祈るべきか。
軽く辺りを見渡すだけでも、私と同じように出迎えの人は多いけれど。この中から、10年以上会ってない相手を見つけるなんてことができるのかな。できない気がするけれど。
まぁ、最悪取り残されている人に声をかければいいか。
声をかける? 私が?
そんなことできるのかな。
その時、ふと空気が騒がしくなる。
どうやら夜の連絡便が到着し始めたらしい。
なんだか本格的に緊張してきた。
今更どうしようもないんだけれど。
次第に空気の騒がしさは音の喧騒へと変化し、多数の人が駅から降りてくる。
おそらくこの都市に住んでいるであろう人はすたこらとどこかへと消えてゆき、初めてここに来る人はきょろきょろとしながらゆっくり歩く。
そしてその中には私達のような迎えの人を探す人もいる。多分あの中にいるはずなんだけれど……
うーん。
この人混みじゃ全然わからない。
水髪の人なんかたくさんいる。
そんな感じの便がいくつか来て。
私はもう諦めていた。
通信機を眺めながら、人が捌けるのを待つ。
残り物作戦でいくことにしよう。
一応、夜の便で最後だから、そこまで待たなくてもいいはずだし。
そんなことを考えていると。
「姉さん」
ふとそんな声をかけられた気がした。
振り向けば、そこには短めの水髪を携えた女がいた。
姉さんという呼び方からすれば、この人がニルヴァらしい。正直、全く判断はつかないけれど。
でも……どうしてそんなに嬉しそうな顔を。
まぁ知らない土地に来たのだから、不安だったのかな。
一応、私は知り合いという枠には入るのだろうし。
「あー、えっと。ニルヴァ、さん。でいいですか?」
こうして相対してみれば、なんて呼べばいいかもわからない。
妹にさん付けというのは少し変な気もするけれど、ほぼ初対面のことを考えるのなら、これぐらいな気がする。
「はい。ニルヴァです。母の名前も言った方がいいですか?」
「いやまぁ、別に」
そこまで疑い深くはない。
というか、そんなに疑うと疲れるし。
考えたくないというか。
「というか、よくわかりましたね。私だってこと」
私から見てもわからないように、彼女からしてみても私が姉だとわかる要素はほとんどなかったはずなのに。
すると彼女は当然と言った顔で。
「わかりますよ。その青髪。忘れたことはありません」
「こ、これ?」
「綺麗ですから」
……よくわからない。
私は色に敏感な方ではないけれど、この髪の色はどちらかと言えばくすんでいるという言葉で表現されるような気がするんだけれど。
「まぁ……じゃあ、その。行きましょうか」
「はい」
とりあえず家に向かう。
荷物も重いだろうし。
明らかに大きな鞄が2つ。背中に背負っているものと片手で持っているもの。それなりに大荷物のような気がするけれど、引越し荷物としてはこんなもののような気もする。なんなら少ないぐらいかもしれない。
アイリならぬいぐるみを持っていくわけだから、もっと大荷物になるはずだし。私はもっと何も持っていなかったけれど。
……というか、もしかして、これって私が持った方が良いのかな。一応、私の方が力はあるのだろうし。正直、この程度は多少の身体強化の範疇だと思うけれど。
うーん。
「荷物、持ちますか?」
「いえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」
一応、勇気を出して聞いてみたけれど、ばっさりと断られてしまう。
まぁ、いきなり自分の大切な荷物を預ける気にはならないか。私も逆の立場なら断っているだろうし。
「それより、あの、どうして敬語なんですか? 姉さんは、私の姉さんなのに」
「……えっと」
そんなことを言われても。
ほぼ初対面なのに、急に距離感を縮めることは難しい。
一応、12年前は同じ場所で暮らしていたとはいえ、あの頃のことなんて誰も覚えてはいないだろうし。
「昔はもっと気軽に話してくれていたじゃないですか」
「そう、でしたっけ」
訂正。彼女は昔のことを覚えているらしい。
ニルヴァはあの頃3歳とかなのに、よく覚えているものというか。
なんだか歪曲されて覚えられている気がする。あの頃も別に距離感は近くなかったはずなのに。
流石に仲がとてもよかったりすれば、多少なりとも覚えている気もするし。
「でも、ニルヴァさんも、敬語じゃないですか?」
「私は……だって、尊敬していますから。姉さんのこと」
思わず吹き出しそうになった。
尊敬? 今、尊敬と言われたのか。
えぇ……何か尊敬されるような要素があったっけ。連絡すら、ほとんど取ったことはないのに。
「だからこそ、気になるんです。その、お願いですから昔みたいに話してくれませんか」
「そう言われましても……」
私には昔の記憶はないから、そんなことを言われても困る。
でも、彼女は俯いたままで。
「ならせめて、敬語は辞めてください。お願いします」
「そんなに、嫌ですか?」
「はい。嫌です」
そんなはっきりと言わなくても、いいのに。
嫌って。そこまで私の敬語は酷いのかな。たしかにあんまり使う機会はないから、十全に使いこなせているという気はしないけれど。
でも、そこまで言われると無理に口調を維持する気も起きない。
「まぁ……はい。わかったよ」
うーん。少し違和感があるような。
あ、でも初対面の同年代と思えば、そんなに変じゃないのかな。アイリの時とかは、最初から普通に話していた気がするし。
……いや、あれは、今思えばアイリの持つ雰囲気のおかげだった気がするから例外かな。
「やった。嬉しいです」
そう言って、ニルヴァはにこりと笑う。
そして私の手を取る。
思わず払いのけそうになるのを、ぎりぎりのところで堪える。
「……えっと?」
「昔、こうしてくれましたよね」
「そう、だっけ……?」
全然覚えていない。
というか、なんで私も忘れているようなことを覚えているのだろう。
ニルヴァの方が小さかったのに。研究者になる人の記憶力は高いということなのかな。
「またこうしていてもいいですか?」
どうやら彼女は手を繋ぎたいらしい。
アイリもよく手を繋ぎたがるけれど、もしかして流行っているのかな。私は流行には疎いからわからないけれど。
「まぁ、いいけど」
とりあえず頷いておく。
無理に断る理由もない。
だからというか。
私が手を引く形になった。
家の場所は私の方が詳しいわけだから、当然なのだけれど。
でも、違和感がある。
最近は、いつもアイリに手を引かれていたからかもしれない。
「姉さん。今回はごめんなさい。居候させてもらうことになってしまって」
ニルヴァは少し申し訳なさそうに呟く。
「あー、うん。別に」
別に、良いのかな。
良いというわけじゃないか。
アイリにあんなに悲し気な顔をさせてしまったし。
「お母さんに言われて。そうすると家賃分が浮くからと。あ、紫のお母さんです」
「そんなに家計は苦しいんだっけ?」
正直、どんな感じの家庭だったかも覚えていない。
少なくとも、大金持ちじゃなかったのは覚えているけれど。
「切羽詰まっているというわけではないでしょうけれど、その……私の学費は高くつくみたいですから」
「まだ学生なの?」
「一応、規定上の扱いとしてはそうです」
……なるほど。
その分、利用できそうなものは極力利用するという方針らしい。
もしかして私を討伐隊の魔法師にさせたかったのも、ニルヴァの将来を考えてのことだったりするのかもしれない。
そんな風な話をしていれば、意外とすぐに家についた。
いや、これは嘘かもしれない。
いつもより道が長く感じた気もする。
沈黙が長かったりとか、気まずかったわけじゃないんだけれど。
どちらかといえば、ニルヴァはたくさん話してくれたし。
そういう意味では、私は気を遣わせたのかもしれない。
申し訳ない気もするけれど、でもどうしたらいいかわかるほど、対人経験値はないし。
「じゃあ、その、入って?」
魔力を流して扉を開け、ニルヴァに入るように促す。
ここの扉の鍵は魔力感知式だから、またあとで彼女の魔力も登録しておかないと。なんだか忘れそう。
「お邪魔します」
ニルヴァがぺこりとする。
たしかにこれはちょっとむずむずするかもしれない。
「えっと、まぁ適当に使っていいから」
「綺麗な部屋ですね」
……どうだろう。
たしかに綺麗な部屋ではあるかもしれない。
でもそれは、何もないことの裏返しな気がする。
それから、適当に寝る準備だけを整える。
もう夜も遅いし、本格的な荷ほどきは明日にすることにしたらしい。
「えっと、こっちの部屋でいいかな」
当初の予定通り、ニルヴァには適当な空き部屋を使ってもらうことになった。
何もない部屋だし、手狭ということは無いと思う。少し寂しいかもしれないけれど。アイリの家だったら、空き部屋にも大きなぬいぐるみがあったりするんだけれど。
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ、その。おやすみ」
「あの……」
扉を閉じようとした私の手をニルヴァが掴む。
そして言葉を続ける。
「楽しみです。これからの生活」
「……そっか」
ニルヴァはそう言って笑顔を浮かべる。
これがお世辞というか。
私への歩み寄りだということには気づいているのに。
どうしてこうも、ぎこちない相槌しか返せないのかな。
「では、おやすみなさい」
「おやすみ」
彼女が扉を閉める。
なんだかほっとするような。
……私も寝よう。
そう思い、身体を横にする。
なんだかこの家で寝るのは久しぶりな気がする。
気がするというか、実際久しぶりなのかな。
ひと月ぶりぐらいかもしれない。
そのせいか、なんだか変な感じがする。
家の中には誰かがいるのに、同じ部屋にはいない。
孤独なような、そうじゃないような。
うーん。
やっぱり最近はアイリが隣で寝てくれていたからかな。
なんだか違和感がある。今日は上手く寝付ける気がしない。
ニルヴァは多分悪い人ではなさそうで助かった。
これでとんでもない人が来ていたらもっと大変だっただろうし。
まぁ、遺物研究者になるぐらいなのだから、そこまで変な人ではないということはわかっていたはずなんだけれど。
……でも。
なんだか距離が近い。
手を繋ぐこともそうだけれど、多分感じている距離感が私と妹では差がある。
多分、歩み寄ってくれているのだろうし、嫌われているよりはいいのかもしれないけれど……ちょっと私にとっては近すぎる気がする。
アイリとのこともあったし、多少は人と関わるのにも慣れてきたのかと思っていたけれど、そんなことはないらしい。もうちょっと上手くやって欲しいところだけれど、そんなに期待しても仕方ないことは流石に自分でもわかっている。
それに、アイリと今日は話していない。
これまで毎日のように話してきたのに。いや、だからこそだろうか。
たった一日だけなのに。
少しだけ。
「……憂鬱かも」




